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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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そして帰国 私の旅の工夫(22) [2012年10月26日(Fri)]
10月26日(金曜日)
いつものホテルで、いつものように5時前に起床。急いで身繕いをして暗い中を飛行場へのタクシーに乗り込む。飛行場が近づくころに漸く外は明るくなってくる。熱帯の朝は一年を通して日の出時間はほとんど変わらない。ここまでは、このところ何年も変わらない私のバンコクからの帰国の朝のルーティン。最近変わったのは、車の中での時間の過ごし方だ。以前だと、薄暗い車の中で何もすることはなかったのだが、数か月前にiPadを手に入れたので、今では日本の新聞の電子版をホテル内で起床とともにダウンロードしておき、車の中で目を通す。液晶はバックライトに照らされて明るいので車内灯をつける必要もない。
1026shudou.jpg
<左が手動式の髭剃り 右が手回し式のLED懐中電灯、ソーラーパネルつき>

便利な世の中になったものだが、一方で、私が旅の際にいつも持参する様にしている敢えて電気を使わないですむ小道具類がある。それらを、今回の「私の旅の工夫」として紹介しよう。手動式の髭剃りと、手回し式のLED懐中電灯だ。写真のようにいずれもかなりのミニサイズなので、嵩張らないので持ち歩いている。
停電の時や、電気が使えない時などのためを考えてのことだが、幸か不幸か、現実にこれらを使うことは余りない。それでもミャンマーのように停電が起きる国は少なくないので、手元に小さな懐中電灯があれば安心だ。また、手動式の髭剃りも、充電式のシェーバーがうっかり電気切れになっていた時に重宝したことも無い訳ではない。何より、超ミニサイズ、そしてエネルギーを使わないで済む電化製品(?)として自分ではとても気に入っている品物だ。

05時半 ホテル出発
08時10分 バンコク発
16時25分 成田着
IDPP事業打合せでマヒドン大学へ [2012年10月25日(Thu)]
10月25日(木曜日)
1025Campus.jpg
<王室に近いマヒドン大学はお金持ち>

バンコクの朝、8時半にAPCDの車に乗り込む。所長の二ノ宮さんや現地スタッフのアンさんらと一緒にホテルを出発。マヒドン大学でのIDPP(障害者公共政策大学院)事業に関する会議に参加するためだ。大学での会議は10時からに設定されていたのだが、道路状況次第では時間がかかるかも知れないというので、余裕を持って8時半に出発することにしたもの。
しかし、結果的には道路は順調で、9時半前にはマヒドン大学本部のあるサラヤ・キャンパスについてしまった。ミーティングルームが設けられた障害者研究で有名なラチャスダ・カレッジに案内される。
1025Dean.jpg
<障害学部ラチャスダカレッジのタウェー学部長と談笑する二ノ宮所長>

ラチャスダと言う名前は、障害者を含む弱者に対する熱心な支援で、国民の人気も高いシリントーン王女の名前に由来する特別のものだ。
近くの壁にはラチャスダカレッジの組織図が飾られていたが、その地の色は鮮やかな紫、シリントーン王女の誕生日の土曜日を表す色だ。
10時まで待たされるのかと思いきや、程なくしてラチャスダ・カレッジのタウィー学部長、次いで副学長のスラキット博士まで姿を現し、早々に会議が始まった。テーマは、IDPP事業の拠点を現在のアメリカン大学からアジアに移管すること。
これは、先に、マドリードでコアメンバーだけで開いた非公式会議で合意した長期目標である。ただ、具体的な移管方法についての議論は、次回に持ち越されていたのだが、ここで、マヒドン大学が名乗りを挙げた、と言う訳であった。
1025Ratchasuda.jpg
<ラチャスダカレッジの教職員の顔写真入り組織図>

マヒドン大学側からの力の入ったプレゼンテーションの後、当方からは、提案された方式についての詳細や、実現可能性などについてこまごまとした質問。その後、他の選択肢との比較における得失など、色々熱の入った議論が続いた。
そして、気が付くと時計の針は12時を回っていた。3時間近く議論をしていたことになる。驚いたことに、多忙なはずの副学長を始め、長時間にわたった会議にも拘わらず、マヒドン側は誰一人として席を立たなかった。IDPP誘致に向けてのマヒドン大学を挙げての熱意に大いに勇気づけられた。
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<IDPP事業打合せ会議>

12時半に一旦、会議を打ち切り、ラチャスダ・カレッジの中を少し案内してもらった後、林の中にある大学所属のレストランで昼食。この素敵なレストランは、昨年1月、アメリカン大学のデリック教授らとIDPP事業について、当時のピアサコール学長に説明した際に、連れて行ってもらったレストランだ。
この席にも、スラキット副学長とタウィー学部長は揃って顔を見せてくれた。スラキット副学長によると、IDPPの件は、マヒドン大学のピアサコールさんの後任の新学長からもサポートを得ているとのことであった。
1025restaurant.jpg
<林の中の素敵なレストラン>

08時半 ホテル出発
9時半 マヒドン大学IDPP事業打合せ
12時半 マヒドン大学副学長主催昼食会
15時半 内藤さん
16時半 間遠さん
18時半 朝日新聞 藤谷アジア総局長
モバイルクリニック事業ヤンゴンオフィス開所式 [2012年10月24日(Wed)]
10月24日(水曜日) 
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<ヤンゴンオフィスからの眺め>

朝9時、ホテルを出発して、ヤンゴン中央駅近くのビルに向かう。この建物の最上階に案内される。ここが、来月からスタートするモバイルクリニック事業の本部事務所である。今日はここで、オフィスの開所式が行われるのだ。
この事業は、ミャンマー医師会と共同で、少数民族が多く住む、ミャンマーの僻地を対象に、移動診療車などを活用した医療サービスに取り組もうというもの。初年度は試験的に、先ず、タイと国境を接するミャンマー東南部のカレン(カイン)州とモン州の2つの州で実施することになっている。
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<ヤンゴンオフィス開所式でテープカット>

モバイルクリニック事業のパートナー、ミャンマー医師会のチョウミンナイン会長とテープカットに臨む。テレビ局を始め、新聞や雑誌社からもジャーナリストが取材に来ており、テープカットの後、ミャンマー国営テレビ局のインタビューを受ける。
式典の後、事務所内で早速、モバイルクリニック事業の第1回目の月例会議が始まる。プロジェクトリーダーに就任した、元保健省の部長で、モン州保健局の局長経験を持つティンウィンチョーさんが、最新の状況について報告。
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<国営テレビのインタビューに応じる医師会長>

それによると、現地にはカレン州の州都パアンを含む4か所に拠点を設け、医師や看護師など40人ほどのスタッフを確保済み。11月中旬の現地でのオペレーション開始に向けて、着々と準備が進められているようだ。
ミャンマー医師会で本事業について初めて相談したのは今年の4月頃。それから僅か半年余りで実施に漕ぎ付けることが出来たのは奇跡的に思える。中央政府の保健省や、州政府の保健局をうまく巻き込みつつ、実行プランを作り上げたミャンマー医師会のメンバーの熱意の賜物と言えよう。
モバイルクリニック事業の会議を終えて、ホテルに戻ったのは丁度正午前。
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<モバイルクリニック事業月例会議>

前回の出張でも空港に送ってくれたメームさんが運転する個人タクシーの車で飛行場へ。道々、日本財団の事業を高く評価し、そのために働いてみたいと言う彼と、今後の契約に付いて車の中で話し合う。
彼は、1988年の大学紛争時にヤンゴン大学の学生であったために、その後の人生は波乱に満ちたものとなった。彼のような人が増えることだろう。良い仕事が見つかるよう願わずにはいられなかかった。
空港に向かう道では、特に、市内中心部での渋滞がどんどん酷くなっている。しかし、時間を誤って危うく飛行機に乗り遅れそうになった前回とは違って、今回は余裕を持って出発したので、今回は無事に空港に到着。
1024traffic.jpg
<市内中心部では頻繁に交通渋滞が起きるようになってしまった>

09時 ホテル出発
09時半 モバイルクリニック事業ヤンゴンオフィス開所式
10時 ミャンマー国立テレビ局インタビュー
10時半 モバイルクリニック事業月例会議
12時半 ホテル出発
14時55分 ヤンゴン発
16時50分 バンコク着
18時半 APCDニノミヤ所長
ニューワールド養護学校の候補地を下見 [2012年10月23日(Tue)]
10月23日(火曜日) 
朝8時、ミャンマー外務省OBで今は、我々の仕事を手伝ってくれているエルウィンさんと、ホテルのレストランで朝食を取りながら打ち合わせをしていると、見知らぬ外国人に呼び止められる。昨日のMyanmar Timesに、日本財団が少数民族武装勢力代表団を東京に招き、300万ドルの緊急支援で合意したとのニュースが出ていた。素晴らしい仕事なので手伝わせてほしい、との申し出。
朝食の後、シャン州での学校建設事業を行ってくれているNGO「セィダナー」のヤンゴン事務所長の和田さんと現地スタッフのスーさんと打ち合わせ。日本財団のミャンマーでの活動についての最近の動きを説明するとともに、ヤンゴン事務所設置に向けての意見交換。
次いで、12時からは若手障害者による自立支援組織(MILI---Myanmar Independent Living Initiative)の中核メンバー4人と昼食を取りながら、障害者舞台芸術祭事業の打ち合わせ。これは、2014年のミャンマーによるASEANサミット主催国年に合わせて、ASEAN10カ国の障害を持った舞台芸術家によるフェスティバルを行うという事業。
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<ヤンゴン市内で見つけたロックコンサートのポスター>

これまでにラオスとカンボジアで行った地域芸術祭の経験を持つ日本財団側が提案、MILIがその主催団体となることを同意して始まったもの。来年2013年にはミャンマー代表を選ぶための国内予選を行うことになっている。
MILIとの昼食もそこそこに、13時半には、ティンニュントさんと一緒に、小児科で有名な私立病院であるパラミ病院へ。院長室でテインアウン博士らと知的障害児のための養護学校ニューワールドの建設事業に向けた打ち合わせに臨む。1時間ほどの協議を終え、建設候補地の下見に出ようと外に出ると、異様な空模様の中、強い風が吹いていた。スコール来襲時に特有の現象だ。果して、駐車場に行く途中で雨がぱらつきだした。
車に乗り込んで、目指す土地のある場所に着く頃には大変な土砂降り。一歩も外に出ることもままならない。車の中で土地に関する説明を聞く。
ティンニュント博士によると、ヤンゴンはこのところ、10月にしては異常な暑さが続いたので、今日はその反動なのだとか。
他にも候補地があるというので、見て回るうちに雨はやんだので、最後の土地では外に出て、実地検分することが出来た。
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<候補地のひとつを視察>

08時 エルウィンさん
10時 セダナー和田さん
12時 MILI代表打合せ
13時半 ホテル出発
14時 ニューワールド打合せ
14時半 ドーキンチー財団との打合せ
15時 候補地視察
18時半 ティンニュント博士
猛暑のヤンゴンで地方公務員研修の場所を下見 [2012年10月22日(Mon)]
10月22日(月曜日) 
朝9時、ホテルでティンニュント博士と落ち合い出発。郊外にある少数民族人材開発大学に向かう。ミャンマー中央政府国境問題省のテインテー教育訓練局長らがわざわざ首都のネピドーから出てきて案内してくれるという。と言うのも、日本財団が先般提案した、少数民族州7州の地方公務員の中堅スタッフに対する幹部研修のために、ヤンゴン市内にある研修の候補地を下見するとともに、研修の実施に向けて協議するのが今回の出張の目的の一つなのだ。
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<少数民族人材開発大学の立派な本部ビル>

40分ほどのドライブの後、少数民族人材開発大学に到着。車を降りると、ニャンリンミン学長以下幹部が勢ぞろいで、迎えてくれた。だが、話をしているとどうも話がかみ合わない。
ここは、旧政権が少数民族の子弟を対象に、下級公務員養成を狙って2000年に開設した短期大学。日本財団が視察に来ると言うので、施設や備品の改善のための寄付がもらえると当てにしているようだ。中央政府国境問題省のテインテー教育訓練局長も居心地の悪そうな表情。
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<国境省立中央訓練校正門>

二時間近く、学内のあちこちを案内され、職業訓練など授業風景を見せられ、不足する機材や教材についての説明を受けた。
少数民族人材開発大学での視察の後、再び、車に乗り30分ほどの移動で、国境省立中央訓練校に案内された。
中央訓練校へは、予定時間を大幅に遅れての到着となったようだが、ミンタン校長以下幹部が総出で、我々一行を出迎えてくれた。
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<国境省立中央訓練校本部ビル>

到着早々、挨拶もそこそこに、先ずは、食事をしましょうと、別室へ案内された。幹部食堂らしき、質素だが清潔感のある部屋だ。そこで、白いご飯と魚や鳥、野菜を使ったおかずが数品という典型的なミャンマー料理がふるまわれた。
ミャンマー料理は一般に、とても油っこい上、おかずが総て冷めて供されることが多いのだが、ここの料理は温かくさっぱりとして美味しかった。
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<ミャンマー料理で昼食>

昼食の後、国境省立中央訓練校についての説明を受ける。
北ダゴンタウンシップに4万3000平米もの敷地を持つこの学校は、ミャンマーの少数民族州7州における教育や民生を管轄する国境省の職員のための訓練校。行政学や財政学、法学、都市計画などの文科系の科目の他、コンピューターやエネルギーから裁縫、料理まで幅広い分野を教えている、という。
敷地内には、野戦病院のように大きなホールに30台のベッドが整然と並ぶ。このような宿舎が全部で、7つ。即ち、最大収容人員は210人と、説明を受ける。
我々が提案している「幹部研修」の1回の定員は70名なので、研修場所としては全く問題はない。
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<国境省立中央訓練校の宿舎>

授業中の教室を覗いてみた。すると、そこでは国境省のロゴの入った制服に身を包んだ若い女性たちが洋裁の実習を受講中。数人にどこから来たのか尋ねてみると、北の端のカチン州や、シャン州、さらには、カレン州やモン州などの少数民族州との答え。殆どがビルマ族ではなく、少数民族出身者であるとのことだった。それにしても、国境省の職員になぜ洋裁を、と尋ねると。彼女たちは、少数民族の住民に対する職業教育として洋裁を教える教員たちなのであった。
中央訓練校での視察を終えて、ヤンゴン市内へ戻る途中、国軍第2病院に立ち寄る。軍医総監からの義足配布事業に関しての要請状を受け取る。
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<中央訓練校では洋裁コースも>

今日のヤンゴンは猛暑。外の気温は、恐らく35度を上回っていたのではないだろうか。しかし、車の中は、クーラーが効き過ぎ寒いくらい。風邪気味の身体にはこたえる。
東南アジアの危険はクーラーの効き過ぎ 暑いからと言って半袖にしていると、大変なことになるのはバンコクなどではこれまでに何度も何度も経験済み。しかし、これまではミャンマーでは車がオンボロ。そのためクーラーの効き過ぎを心配しなくて良かったのだが、それは過去の話。車の輸入規制が取り払われたために、これからは安心できないということ。
夜は、義肢装具士養成校事業のパートナー、カンボジアトラストのミャンマー代表として就任したばかりのマイク・スコットさんらと韓国料理で夕食。

09時 ホテル出発
09時40分 少数民族人材開発大学
12時 国境省立中央訓練校
15時半 国軍第2病院
18時半 カンボジアトラスト マイクスコット・ミャンマー代表
3週間ぶりの出張、バンコク経由でヤンゴンへ [2012年10月21日(Sun)]
10月21日(日曜日) 
3週間ぶりの出張。目的地はまたまたミャンマー。ついに、今年に入り10回目のミャンマー行き。このところ、せっせと、ミャンマーでの案件開拓に勤しんでいる。その結果、昨年末には、笹川平和財団が実施中の事業も入れて日本財団グループがミャンマーで進行中の支援事業は3件に過ぎなかったのだが、現在は、23件にまで急増している。
日本政府や国際機関も、ミャンマー支援を拡大しようとしているのだが、公的な支援を実施するに当たっては厳格な手続きと十分な準備が必要となってくるので時間がかからざるをえない。その点、我々民間財団はフットワークが軽いので、柔軟かつ機敏な取り組みが可能だ。勿論、規模の点では公的な支援に較べるべくもないのだが、スピードの速さで、公的な支援を補完することが出来るという思いで取り組んでいる。
ただ、現実にはスピーディーに事業を進めるのは決して容易ではない。ミャンマーの人々は勤勉で仕事熱心、我々の多くの事業でカウンターパートとなるミャンマー政府の官僚もその通りなのだが、旧体制下で作られた煩雑な手続きや規則が今も残されており、彼らとしてはそれを無視する訳にも行かない。中には、旧来の発想から抜け出せない人もいるので、仕事はスピーディーにはなかなか進まない。動き出したと安心していたり、途中で気を緩めていたりすると、仕事が滞って動かなくなっていることもしょっちゅう。
そこで、我々としては、常にプッシュし続けなくてはならなくなる。いわゆる「外圧」をかけ続けていないと動かないことが多いのだ。かといって、滞っていることが分かってから、出張計買うを立てて、そしてホテルやフライトを予約するのでは、予約が取れなかったり、それでなくても、さらに時間がかかってしまうので、最近は、前回の出張時に次の出張用のホテル予約をすることにしている次第。
さて、今回の出張では、10月中旬から全日空が始めたというヤンゴンへ直行便を利用する気でいたのだが、日曜日は飛んでいないとのことで、いつものようにバンコク経由でヤンゴンへ行くことに。数日前から、風邪気味。体調不調のままで出発。
風邪気味の出張時には、いつもカコナールを買い、出発前と機内で服用することにしている。これは漢方で風邪薬として長い歴史を持つ「葛根湯」のレシピに基づくドリンク剤だ。私は、いつも出張時にはこれを持ち運びしやすいように錠剤にしたものを持ち歩いているのだが、即効性はこのドリンクタイプの方が上のようだ。
風邪のせいで頭がぼうっとしていたためか、バンコクでヤンゴン行きに乗り継ぐ際、機内にiPadを置き忘れてしまった。幸い、乗り継ぎのためのセキュリティーチェックで気が付き慌てて到着ゲートまで戻る。途中で、機内でiPadを発見し届けようと来てくれていた地上係員と途中で遭遇、無事入手することが出来た。
さらに、ヤンゴンでも、ホテルのチェックインの際に、クレジットカードを置き忘れ、エレベーターが閉まる寸前に、忘れ物ですと手渡される始末。これはもう単なる気の緩み。初日からこれでは先が思いやられる。一人旅こそ、気を引き締めねばと反省しきり。
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<出張中はいつも持ち歩いている葛根湯の錠剤>

10時50分 成田発
15時25分 バンコク着
17時50分 バンコク発
18時45分 ヤンゴン着
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