国立伝統医療学校は新年度からはNGO主体に [2010年02月04日(Thu)]
2月4日(木曜日)
<国立伝統医療学校の三階建て新校舎 大幅に遅れながらもついに完成> 基本的な考え方を巡って紛糾している国立伝統医療学校の新年度予算の問題を協議するため保健省へ。先ずは、国立伝統医療学校を訪れ、校長のポル博士らに挨拶。 私は、昨年12月にもここを訪れ、イムヤン次官ら保健省幹部らと、来年度予算について協議、2時間ほどの会議で何とか先方の理解を得ることに成功、今後の協力を約し友好裏に握手して別れたばかり。しかしながら、その後、保健大臣の意向を受けて、モナウーク副大臣から再協議の申し出があったもの。 一昨日の高田さんとの打合せを踏まえて、当方から最終的な解決策として、新たにNGOを設立しそこに運営責任を負わせる、という新提案を伝えてもらった。それに対し、副大臣の同意が得られたと聞いて、今日は挨拶だけで済むと気楽なつもりでやって来たのだが、、、。 <モナウーク保健副大臣と直談判> 果たして、隣接する保健省ビルの副大臣室に入ってみると、モナウーク副大臣からは、いきなり、白紙撤回の提案。そこで私は、新提案の趣旨とそのメリットを再び詳しく丁寧に説明。具体的な運営委員会の構成やメンバーのイメージまで明示して、その狙いを解説。一時間以上かけて話し合った結果、漸く合意に至った。 直ぐに、国立伝統医療学校に戻り、長時間化した会議に心配して待っていたポル校長や、プンレイ伝統医療局長らに、会議の首尾を報告した。新提案が受け入れられたということで、ほっとしたと同時に、NGOを主体とする新体制に一抹の不安も隠せないようであったが、私はこれからバンコクに向かわねばならない。 <国立伝統医療学校幹部たちと 右端は高田さん> 高田さんには、今後の進め方を相談するために、空港まで付き合ってもらうことにする。一緒にホテルに戻り、チェックアウト。そのまま、空港に向かう。車の中で、NGOの設立に向けた段取りなどにつき相談。 国立伝統医療学校は、日本財団の資金協力で昨年から始まったカンボジア初の伝統医学を教える学校である。カンボジアでは、クメール帝国の流れをくむ立派な伝統医学が存在するのだが、その伝承は、主に地方で活躍する伝統医療師の世襲などによる継承にまかされ、その体系化と知識の整理が遅れている。この学校は、そのような現状を踏まえ、ゆくゆくは、ミャンマーのマンダレーにある国立伝統医療大学のような本格的な高等教育機関に育てていくことを目指して始まったもの。何とか、新NGOのもと一日も早く安定した運営体制を確立してもらいたいものである。 <東洋のプチパリと言われた趣を取り戻した?プノンペン> 空港で高田さんに別れを告げる。午後5時、ほぼ定刻にバンコクに着陸。ついに10便ぶりにして初めて遅れることなく目的地に到着。共同通信バンコク支局沢井支局長に電話して、予定通り到着したことを連絡、夜の面会を確認。 気のせいか今日はビルの谷間に沈む夕日がやけに美しい。思わず、高速道路を走る車の中でカメラを取り出しパチリ。運転手が「バンコクは初めて?」と聞く。バンコク訪問は100回以上なのだが、、、。 <バンコク 高層ビルが作るスカイラインに傾く夕日> 10時 国立伝統医療学校訪問 10時半 モナウーク保健副大臣面談 11時半 国立伝統医療学校打合せ 12時 高田さんと昼食打合せ 13時15分 ホテル出発 15時40分 プノンペン発 16時50分 バンコク着 19時 共同通信バンコク支局沢井支局長 |