「NO!で政治は変えられない」
ロッキング・オン、19.3.4
せたがやYES!で 区政を変えた8年の軌跡―
ロッキング・オン、19.3.4
はじめに
・ 政治とは理想を掲げて、現実をより良い姿に近づけていく仕事だ。東日本大震災の直後、世田谷区長に立候補し、僅差で勝ち抜いて都内最大自治体の長となった。「脱原発」を掲げ、自然エネルギーの活用に力を入れた。平均3億円の予算を要する学校建築時の仮設校舎を作らずに財源を生み出す行政手法改革に取組み、子ども教育予算を増加させて待機児童対策を進めた。
・ 2期目の選挙では、実質借金ゼロの財務体質を作った実績と「せたがやYES!」のコピーを掲げ、競争と不信が渦巻く時代に、地域にホッとできるコミュニティがあることで人生はもっと豊かになれると訴えて、相手候補の9万6416票に対し、19万6068票で再選された。住民の住民による自治体運営を育てるために、多くの区民の力を頂いたと考えている。
第1章 グリーンインフラで防災、緑のコミュニティをつくる 涌井史郎×保坂展人
・ ドイツ人は自給自足指向があってクラインガルテン(市民農園)で消費量の3割の野菜を作っ
ている。クラインガルテンは緑の豊かさとともに、生活の豊かさの指標になっている。
・ 世田谷区の「緑の基本計画」と「豪雨対策行動計画」のなかにグリーンインフラという考え方を日本で初めて取り込むことになった。農地には作物だけでなく防災などに役立ち、環境保全にも良いなど多くの機能がある。木は土がなければ育たないというところを文明が軽視して、効率優先で全部アスファルトで固めてしまった。そのために雨水が土に浸み込まずに一気に排水口に流れ込み、下水道のキャパを超えて内水氾濫となる豪雨災害が起こるようになった。
・ これまで企業はCSRで剰余利益を社会還元することが目標だったが、企業市民という言葉が使われるようになって初めて、市民と同じフラットな関係ができている。
・ 3・11は、後方支援拠点施設整備推進協議会の重要性を知る機会になった。遠野市は9市町村と結んでいたことから、棺桶からなにからなにまで全部遠野市が手配した。この交流自治体の資源と区内にある大学ネットワークをクロスして、いざというい時に役立てる仕組みを作っている。
・ 欠かすことのできないテーマは、地域に根ざした福祉だ。今までバラバラだったまちづくりセンターとあんしんすこやかセンター、社会福祉協議会を一緒にし、「福祉の相談窓口」に一元化した。その中で注目は「おとこの台所」で、男性を地域活動に引っ張り出すきっかけになっている。
第2章 保育は誰のものか?を問い続けた子育て支援のあり方 猪熊弘子×保坂展人
・ 区長に就任してすぐに、無作為抽出で車座集会を各地区27か所で行った。若いご夫婦から保育所整備を直訴され、「認可保育園を徹底的につくる」こととした。交渉を積み上げ国家公務員住宅跡地などを確保した。私のポリシーは「あるものを最大限活かす」そして「ないものをつくる」だ。世田谷区の2018年の予算3000億円に対し、保育園整備の費用は約480億円だ。
・ 政府の幼児教育・保育の無償化があるが、世田谷区では区立保育園が50園あり、無償化には25億円の財源がかかる。これからは“保育の質”が大きな問題になる。
・ 以前、スウエーデンの学者の研究会で「月に60時間も残業しているという国は、私には意味が判らない」と指摘されたが、その働き方を日本人が考えなければならないと思う。
第3章 生きづらさを抱えた若者たちをどう支援するか? 斎藤環(精神科医)×保坂展人
・ 世田谷区では2020年区立の児童相談所を職員106名体制で発足することになった。流れとしては、専門性を限定しないで、福祉関係者も教育関係者も他の専門家もチームに参加しながら、先入観にとらわれずに、対応することが大事だと思う。
・ 2004年の佐世保市立大久保小学校で同級生から給食時間に首を切られ殺害された事件を取材した。クラス担任はショックで出勤できなくなった。心のケアを任された専門家は若い臨床心理士で学校カウンセラーだった。私の感覚では一番身近な教員が専門家に依頼するのは奇妙な印象だった。
・ 子どもたちの取材を続けていくと、「発達障害」という言葉に突き当たった。区長になって以降 聞かない日はないというぐらいになっている。児童養護施設は、1947年制定で、当時に比較し虐待を受けた子が多数を占めるようになっている。区は里親を増やす方向でやっている。
・ やまゆり園の事件に関しては、対策が正しくない方向になっているのが非常に残念だ。事件の構造的な問題で、障害者施設の長期にわたる収容主義自体がもたらした部分について、論じるべきだと思うのに、そこは不問にされて収容主義を強化する真逆の方向に議論が進んでしまったと思う。
・ 私は学校現場や教育問題取材の中で、たくさんの若者が精神疾患となり、強い不安や妄想に苦しんでいる姿を見てきた。「引きこもりのゴールは就労ではない」と言われるが、就労に固執しない方が良いと思う。
第4章 コミュニティの力で支え合う 「地域的養護」の役割とは 湯浅誠×保坂展人
・ 「住宅政策と福祉政策がドッキングしないと貧困と格差の解消は動かない」という認識がようやく生まれて、障害者やひとり親家庭などへの住宅支援策を国と都、そして区で毎月4万円を補助する仕組みが動き出した。
・ 自治体の現場というのは全部具体的で、動くのか動かないのか、ニーズがあるのかないのか?
制度を手厚くすると支援対象者が周囲から流入してくるという懸念がある。
・ 東日本大震災が、自然エネルギー転換などの発想の転換につながった。電力については、東電と随意契約していたのを競争入札に転換できたのもそのよい例だ。
・ 35歳から44歳の未婚で親と同居している男女が約300万人。この人達が起こす筈のベビーブームが起こらない。そういう環境の方々が、居場所みたいなところでの「活動の担い手になってくれるだけで十分ありがたい」という構えで、世の中が接していく必要があると思う。
・ 「貧困とは何か?」の答えは、社会的な諸関係を持っていない、友達がいない、相談できる人がいない、知り合いがいない、そうした社会的孤立のあり方だと思う。地域的養護が必要な時代だ。
家庭も養護施設もパンパンで、地域で出来ることを考えていかないといけない局面になっている。
・ 垂直的な縦の関係が根強い日本に比較し、アメリカ・ポートランドの水平的な草の根の住民組
織「ネイバーフッド・アソシエーション」の皆で討論を積み上げて決めていく仕組みは参考になる。
高齢化時代には、地域に水平的で自治的な関係を築いて、相互扶助的な子育て、介護等が必要だ。
・ 行政の仕事には、硬い岩盤のような区分けがある。小学校の敷地内の学童保育に行くと、そこは教育委員会ではなく区内の児童課が運営していて、その施設は学校から借りているという……
第5章 世田谷改革の政治的な意味 南彰
・ 日本のリベラル系の政治活動は、新しい票を取り込むことができず、大企業や官公庁という社会の歯車に乗りながら、労働組合活動の一環としてアフター5に「反対」「NO」と異議申し立てをする抗議主体の運動が続いてしまった。そんな中、区長が無作為抽出によるワークショップなどで既存の政治コネクションがない人を取り込む意味は大きい。熟議を通じて、仲間意識も醸成され、参加することに意味があると思える政治風土を作っていく、民主主義の基本を導入した珍しい体制だ。
・ 保坂氏は初登庁で職員に「行政は継続。これまでの仕事の95%は継続、5%を大胆に変える」と。
あとがき
本当の豊かさは、人と人との信頼関係の厚みにある。「参加と協働」「暮らし易さ」の世田谷区に。
所感:抜本的改革を目指した民主党は3年で沈没したが、僅差で当選した保坂区長は「5%の改革」を掲げて、住民の声を聴くことを積み上げて、財政も大幅に活性化し、3期目も大差で勝利した。日本も地方からの地道な政治改革が、大きな流れになることを大いに期待したい。