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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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熊野三山をめぐる旅(1)  [2018年06月30日(Sat)]
熊野三山をめぐる旅(1)

熊野那智大社-1

熊野三山は日本人の魂の古里と言ってもよい神話の里です。
神話の里 熊野は日本書記などの記述に裏付けられた歴史的文化的遺産に接することの出来る場所です。

30年ほど前に相賀(三重県紀北町)から尾鷲に至る馬越峠越えの熊野古道を歩いたことがありますが、当時の熊野詣ではJR紀勢本線を頼るしかなく、えらく時間がかかりました。

和歌山県は陸の孤島と言われる状況を今も引き摺っていて、ここは他県に比べ交通網の整備が5年遅れているそうで現在はそれを取り戻すため急ピッチで工事が行われています。

今度の熊野詣では、東京から名古屋まで新幹線で2時間、名古屋から那智まで高速バス2時間の4時間、トンネルを10ヶ所以上通りましたが時間短縮には隔世の感がありました。

ガイドの説明によると中辺路の一角にイーデス・ハンソンさんがお住まいになっていたということですが、欧米白人系老若男女の姿が神社やお寺、古道を問わず沢山みかけましたが、アジア系の人は見かけませんでした。
再度、熊野詣でをして感じたのは建国以来江戸末期まで続いた長い神仏混合の歴史です。

那智大社に行ったとき、ボランティア説明員の方から熊野三山の祭神について
熊野本宮大社:阿弥陀如来  那智大社:観世音菩薩  速玉大社:薬師如来
と説明を受けたのが印象的でした。
さらに、熊野古道は至る所 ***王子という石碑などが目につきますが、***神社と読み替えて理解して欲しいと言われました。


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那智大社は仁徳天皇の御代に創建され祭神は夫須美神(ふすみのかみ 伊弉冉尊)、476段の石段を上った標高330mの所に建っていますが、現在修理中で囲いの外からしか拝観できませんでした。
熊野本宮大社に参詣したとき、地元ボランティヤの説明員から、那智の祭神は観世音菩薩ですという説明を受けました。(神仏混合)


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青岸渡寺は那智で滝篭りされた花山法王が永延2年(988)西国三十三ヶ所第一番札所と定めたお寺で、本堂は豊臣秀吉が天正18年(1590)再建しました。なお本堂に安置されている
如意輪観世音は、仁徳天皇の時代にインドから渡来した裸形上人が那智の滝壺で発見したとの言い伝えがあります。



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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
ところざわ のユリ園(3) [2018年06月29日(Fri)]
ところざわ のユリ園(3)


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THE END




文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
ところざわ のユリ園(2) [2018年06月28日(Thu)]
ところざわ のユリ園(2)


ユリの名前は不明なので、殆ど記入できません

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続く




文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
ところざわ のユリ園(1) [2018年06月27日(Wed)]
ところざわ のユリ園(1)

「ところざわ のユリ園」は7月8日(日曜日)まで開園しています。
かつてユネスコ村だった跡地3万平方メートルの自然林に50種類,約45万株のハイブリッドユリが咲き乱れています。
行き方は簡単で、JR国分寺駅で西武多摩湖線西武遊園地行に乗り、西武遊園地で西武山口線に乗れば30分くらいで西武球場前駅です。西武球場前駅からユリ園までは3分くらいです。



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園内売店では8種類ものソフトクリームを販売していて、入園草々ソフトを頬張っている人も大勢

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続く


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (18) [2018年06月26日(Tue)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (18)

一乗谷城址-4

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終り




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (17) [2018年06月25日(Mon)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (17)

一乗谷城址-3

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (16) [2018年06月24日(Sun)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (16)

一乗谷城址-2

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続く




文責 荒川
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北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (15) [2018年06月23日(Sat)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (15)

一乗谷城址-1

一乗谷と朝倉氏遺跡


一乗谷は福井市の東南約10km、九頭竜川支流の足羽川の更に支流の一乗谷川沿いの地域を指し、その昔は北陸街道、美濃街道、朝倉街道など交通の要衝を押える位置にありました。
現在はJR西日本越美北線の一乗谷駅があり、県道18号線が通っています。
一乗谷は元但馬(現兵庫)の豪族朝倉氏が、朝倉孝景時代の文明3年(1471)一乗谷城を築き以後103年間孝景から数えて5代目義景の時代まで越前を支配した拠点です。


朝倉義景は天正元年(1573)織田信長に攻められて城を放棄し城は焼かれて朝倉氏の越前支配は終焉しました。以後越前は柴田勝家の支配に帰することになりましたが、勝家は
海運・陸運に便利な北の庄(現福井城の近辺)に拠点を構えたため、一乗谷は辺境になり以後、土の下に埋没してしまいました。
埋没した朝倉氏の城址、城下町、武家屋敷、寺院、町屋、職人屋敷、朝倉氏居館跡。庭園などの発掘調査が昭和42年(1967)から始められ全遺跡が完全な姿で現れ、それらは文化財としての評価の高さを示す国の三重指定を受けています。

昭和46年(1971)、城址を含む一乗谷278heが“特別史跡”指定
平成3年(1991)、各種庭園遺跡4205uが“特別名勝”指定
平成19年(2007)、出土品2343点が“重要文化財”指定

一乗谷の朝倉遺跡に国の三重指定を受けるほどの文化遺産が眠っていた理由は、室町時代の応仁元年(1467)、応仁の乱が起こり、京都から高僧、文人たちが多数兵火をを逃れて一乗谷に集まり、ために一乗谷の人口は10000人を超え越前の中心地を成したからではないでしょうか。
ともあれ発掘は現在も続いているようで一乗谷は一見の価値があると思いました。



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続く



文責 荒川
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北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (14) [2018年06月22日(Fri)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (14)

永平寺-2

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永平寺を終り次は一乗谷城址、城下町へ向かいます


文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
6月18日高幡不動(3) [2018年06月21日(Thu)]
6月18日高幡不動(3)


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おわり




文責 荒川

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6月18日高幡不動(2) [2018年06月20日(Wed)]
6月18日高幡不動(2)


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続く




文責 荒川
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6月18日高幡不動(1)  [2018年06月19日(Tue)]
6月18日高幡不動(1)

18日朝のNHK総合テレビで気象庁の女性予報官が高幡不動の四季の道からアジサイの放映をしていました。このところ連日、高幡不動には数台の観光バスが見え大賑わいです。
すべてアジサイに関係しているようです。
私も久しぶりにお不動様に行ってアジサイを見てまいりました。以下レポートです。



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続く




文責 荒川
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今月の俳句(平成30年6月) [2018年06月18日(Mon)]
今月の俳句(平成三十年六月)

今月の兼題は「トマト」です。トマトは今では温室栽培のため年中食べられますが、俳句では夏の季語です。赤茄子(あかなす)とも言います。平凡な食材のために、俳句にするには大変難しいことがわかりました。句評は藤戸紘子さん、今月の一句の選と評は木原義江さんです。

「紅顔の板前帽やトマト切る」
  渡辺 功

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紅顔とは年若い頃の血色の良いつやつやした顔のこと。つまりこの句はまだ修行中の半人前の板前を詠んでいます。身なりは一人前ですが取り組んでいるのはトマト。この句の面白く味わい深いのは食材のトマト。たかがトマトと侮る勿れ。張りのある皮と柔らかく崩れやすい果肉を形を崩すことなくスパッと切り揃えるには相当の腕が必要なのです。それも客に出すのであれば猶更のこと。親方や先輩の厳しい目が手元を見詰めているかもしれません。若者の緊張感が伝わってきます。真っ赤なトマトと板前の真っ白な帽子(仕事着)の対照が鮮やかです。

「古民家の並ぶ川辺や花菖蒲」
  皆川 瀧子

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南窓会のバスツアーで千葉の佐原を訪れた時の句。佐原は江戸時代に栄えた水郷の町であり、伊能忠敬の故郷としても有名です。町中を流れる小野川は坂東太郎の異名で呼ばれる利根川に下流で合流します。つまり江戸の大消費地に物資を運ぶ水運業の繁栄と物資の集散地でもあったわけで、当時は相当な賑わいであったろうと思われます。小野川の両岸には当時の建物がそのまま保存され、旅籠、雑貨屋、呉服屋、和菓子屋等々今でも生活が営まれています。川辺には様々の木や花が観られます。この句には花菖蒲が取り上げられました。花菖蒲の楚々とした風情と江戸風情が見事に響き合っています。

「山清水溢れる井戸や城下町」
  宮崎 和子

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作者によりますと、詠まれた場所は長野とのこと。長野といえば松本城、上田城で有名ですね。長野は山国。浅間山、八ヶ岳連峰など大きく高い山に囲まれた地です。その山々からの無数の水脈により、豊かな土地として昔から栄えてきました。畑も城も城下町も水無しでは成り立ちません。今でも溢れるように豊かな井戸があるのですね。山清水(夏の季語)という季語の斡旋により山の霊気と清浄な空気までが感じられます。

「船頭の飛白(かすり)のもんぺ花菖蒲」
  小野 洋子

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こちらは潮来での句。素晴らしい菖蒲田が川沿いにずっと続いていました。その川には和舟が観光客を乗せて行き来していました。その船頭が女性であったことは驚きでした。菅笠に絣のもんぺの出で立ちは水郷の情緒を一層引き立てていました。かすりというのは所々かすったような文様を織り出した織物または染め文様のことで、飛白・絣と表記します。飛白の方の字を選ばれたのは紺地に白いかすり模様を染めたもんぺを表現されたものだと思います。作者の細やかな表現が光ります。また、もんぺという言葉を知っている方は相応の年齢の方でしょう。私は若かった母を思い出しました。広辞苑によると、もんぺとは袴の形をして足首のくくれた股引に似た服で、保温用または労働着とありますが、別名雪袴ともいうそうでこれには驚きました。

「川舟のそろりと廻り夏柳」
  皆川 眞孝

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この句も佐原での川遊びの句。水郷から見上げる江戸情緒あふれる町並みはまた違った趣があったことでしょう。乗客満載の平底の和舟を操るのは船頭にとって大変な労力を要するものと思われますが、旋回するのは更に難しい技量を要するものでしょう。ゆっくりそろそろ舟の向きを変えた情景をそろりという一語で表現されたのは見事でした。ゆっくり廻った舟に川辺から緑豊かな柳の枝が触れそうに垂れ下がっている景を美しく思い描くことができました。夏柳の季語により川風の爽やかさまで感じられます。

「白鷺の一本脚や遠浅瀬」
  木原 義江

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鷺は田圃や川、海の浅瀬などでよく見られる鶴に似た美しい大型の鳥です。小鷺、白鷺、青鷺、五位鷺など15種ほどが日本で棲息しています。この内、白鷺と青鷺が夏の季語となっています。
この句では遠浅とありますから三番瀬辺りの干潟の広がる海辺でしょうか。遠くまで広々と広がる浅瀬に一本脚で身じろがない白鷺の姿が浮かびます。休んでいるのか、潮に取り残された魚を狙っているのかは遠目には分かりませんが、一本脚で動かない白鷺の優美な姿が浮かびます。
鷺の脚の垂直の線と浅瀬の水平の線の対照も面白いですね。

「かすかなる潮風運ぶ海鞘(ほや)の膳」
  湯澤 誠章

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海鞘(夏の季語)とは何か? 食物であり、好きな人と嫌いな人、見たことはあるが食べたことがない人、食べてみたいと思わない人、全く知らない人に分類されそうです。私自身岩手を旅行した時見たことはありますが、到底食べる気がしませんでした。子供の頃教科書で見た原生の海に繁茂する海藻のように見えました。
広辞苑によると尾索類の総称とあり、尾索類とは原索動物の一綱で海産、固着性のホヤとあり、原索動物とは動物界の一門、あるいは脊索動物の一亜門とありました。何が何だかよく解りませんが、どうやら動物らしいということだけは解りました。
作者によると取り立てのものだと非常に美味、少しでも時間が経つと生臭くなるのだそうです。
新鮮な海鞘には潮の香がほのかにするのでしょう。好物の海鞘の膳を前にして満面の笑みを浮かべている作者の顔が浮かびます。

「赤茄子を丸齧りして山男」
   藤戸 紘子

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作者は若いころはよく山に登られたそうです。そんなときに目にされた光景でしょう。
一休みしている山男、よほど喉が渇いていたのでしょう。大きなトマト(赤茄子)にがぶりと齧りつきました。その豪快さは、見ていて気持ちが良く、好感がもてます。もしかして、この山男は一緒に登山したボーイフレンド?作者の青春の一コマかもしれません。 山男とトマトの組み合わせにユーモアを感じます。山男のいる場所の高さや、周りの山々の空気の清々しさまでを感じさせてくれる、夏らしい一句です。

今月の一句(選と評:木原義江)
「もぎとりし茄子に残りし日の余熱」
  小野 洋子

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    作者は茄子を家庭菜園で楽しんで作られているのでしょう。初茄子を取られて(もぎとる)手にした時の暖かさをそのまま句にされる実感がよく伝わります。 そうそう私も経験したことありと思い浮かべながら選ばせてもらいました。(木原義江)



トマトのほかの句

「湧水受く桶の不揃ひトマトかな」 
  宮ア 和子
「あかなすは食はぬと媼眇(すが)めして」
   渡辺 功

<添削教室>(藤戸紘子先生)
元の句
「日を受けしトマトの並ぶ無人店(むじんだな)
 皆川眞孝
無人店は大体道端など戸外にあるので、日を受けるのは当然なことですし、説明的ですので不要です、ここはトマトをもっと具体的に描写した方が面白いでしょう。例えば、先の宮アさんの措辞を借用して、次のように添削してみました。
添削句
「不揃ひのトマト並ぶや無人店」
  皆川 眞孝
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (13) [2018年06月17日(Sun)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (13)

永平寺-1

永平寺は歴史のある禅宗・曹洞宗の大本山です。
曹洞宗道元の名著“正法眼蔵”は仏教哲学の教本として難解で知られています。
しかしながら、永平寺は修行道場であるため文化財などに乏しい寺で諸外国から禅修行の目的で多くの方が見えていますが、世界遺産などの話はないようです、


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訪れたのは4月中旬ですが、まだ雪が大量に残っていました

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
2018北山公園の菖蒲(2) [2018年06月16日(Sat)]
2018北山公園の菖蒲(2)



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終り


文責 荒川
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2018北山公園の菖蒲(1)  [2018年06月15日(Fri)]
2018北山公園の菖蒲(1)

南窓会の旅行で潮来のあやめ祭りを見聞したあとで二番煎じになりますが、身近な東村山市北山公園今年の菖蒲をご覧頂きたいと思います。
北山公園の菖蒲は名札が立ててありますから分かりやすいのですが、菖蒲の名称は私のような高年者が付けた感じで漢文調の古臭い印象なのと、由来が名付け主に訊かないと理解できないのもあります。何しろ年々種類が増えるため名札立てが追い付かず名前も不明なのが多く写真に表示できません。しかし、菖蒲の名前は見る者の主観「私がこの菖蒲に名前をつけるとしたら*****とする」で鑑賞するのも一興かなと思います。


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続く




文責 荒川





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北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (12) [2018年06月14日(Thu)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (12)

丸岡城-2
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お静慰霊碑

天正4年柴田勝豊が丸岡城築城の際、基礎の石垣が何度も崩れ、家臣から人柱をたてるようにとの進言で募ったところ、貧しいお静が子供の一人を武士に取り立てることを条件に名乗り出て人柱となり城の芯柱の下に生き埋めにされた。
城は無事落成したが、勝豊はお静との約束を反古にした。以後夜毎にお静の泣き叫ぶ声がしたという。
柴田勝家400年祭の折、勝家の後裔一族がお静の非業を悼み発願して鎮魂の碑を建てました



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日本一短い手紙

丸岡城天守閣の入口石段のあるちょっとした広場には、上述のお静慰霊碑のほかに
「日本一短い手紙」と言われる“一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ”と彫った石碑が立っています。この手紙に記されている「お仙」とは丸岡城初代藩主本多成重(幼名仙千代)のことです。
天正3年(1575)長篠の戦いの陣中から、この短い手紙を妻あてに送った主こそ本多成重の父本多重次で、彼は徳川家康の家臣で、通称作左衛門と言い、気性荒く武勇に優れ、主君家康にも
遠慮なく諫言し鬼作左の異名で知られる武将でした。

簡潔で要を得た手紙が知れ渡り、それに乗じてイベントを考えていた坂井市は、丸岡町職員大廻政成氏の発案で平成5年(1993)「一筆啓上賞」の公募をはじめました。
入賞作品は出版した本でのみ読み見られる不便を避けようと常設展示館-「一筆啓上 日本一 短い手紙の館」を2015年8月、丸岡城に隣接して開館しました。



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以下の写真は桜の名所“福井市足羽川アスバガワの堤防千本桜”ですが、私たちが行ったときはすべて葉桜でした、今年の豪雪で痛めつけられていましたが、是非満開を見たい場所です
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丸岡城を終り続いて越前曹洞宗大本山永平寺へ向かいます

文責 荒川
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北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (11) [2018年06月13日(Wed)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (11)

丸岡城-1

丸岡城は現存する日本最古の天守閣 別名霞ヶ城(この名前には伝説があり、城が攻められた時大蛇が城を隠す霧を吐くという)
天正4年(1576)柴田勝家の甥 勝豊が築城、以後城主には幾多の変遷があり、元禄8年(1695)有馬清純が越後糸魚川藩より5万石で入城し有馬氏6代で明治にいたりました。
明治4年(1871)廃藩置県で天守閣以外は解体となり、濠は昭和まで埋め立て作業が続けられました。

天守の構造が大入母屋の上に回り縁のある小さな望楼を載せた古式の型から日本最古といわれますが、犬山城との間に最古論争がある。
昭和9年国宝に指定
昭和23年福井地震で倒壊、その後、倒壊材を用い忠実に原型復旧
昭和25年新法で重要文化財指定(過去の国宝指定からの格下げではないという)

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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (10)  [2018年06月12日(Tue)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (10)

兼六園と金沢城址-2

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金沢市の観光を終り、福井県の丸岡城へと続きます



文責 荒川
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北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (9) [2018年06月11日(Mon)]
北陸三県(富山・石川・福井)の旅 (9)

兼六園と金沢城址-1

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続く




文責 荒川
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