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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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荒川 健三
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世界遺産を巡る旅(2) [2018年04月30日(Mon)]
世界遺産を巡る旅(2)


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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
世界遺産を巡る旅(1)  [2018年04月29日(Sun)]
世界遺産を巡る旅(1)


三つの世界遺産とは「厳島神社」「原爆ドーム」「萩城下町」です。以上三つの所在地は広島、山口の二県ですが、高速道を利用するバスの旅で、山口県への途次、島根県も通ることから“山陰の小京都“と言われる津和野なども観て参りました。


観光順序

宮島厳島神社→原爆ドーム→津和野→太鼓谷稲成神社→松陰神社・松下村塾→萩城下町→
千畳敷→元之隅稲成神社→角島大橋→別府弁天池→秋吉台→秋吉洞

宮島厳島神社-1

厳島神社は50年前に一度訪れ見学しました、神社は昔のままですが、周囲の状況がまるで変っていました。ここは瀬戸内海の覇権をめぐる古戦場で、豊臣秀吉の千畳閣の建つ小高い丘は、毛利元就が反乱軍陶晴賢と世にいう“厳島の合戦”を行い、夜襲で大勝利を収め勝鬨をあげたところで、弘治元年(1555年)のことでした。

厳島神社の創建は古く推古元年(593年)佐伯鞍職によると伝えられますが、地政学的な場所であることから戦火に遭い荒廃と繁栄を繰り返しました。
平安後期の仁安3年(1168年)佐伯景弘は平清盛の援助で回廊で結ばれた海上社殿と内宮下宮を数年費やして完成させました。その後平家が破れ荒廃しましたが、前述した毛利元就が厳島神社を支配下において庇護したのです。


豊臣秀吉も天下統一の直前、ここに参拝して武運長久を祈願しました。
長い歴史を有する厳島神社は海上社殿という独創的な構成の上に平安時代寝殿造りの粋を極めた建築で平成8年12月(1996年)世界文化遺産に登録されました。

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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
今月の俳句(平成30年4月) [2018年04月28日(Sat)]
今月の俳句(平成三十年四月)

今月の兼題は「花冷」です。桜の咲くころ急に冷えこむ時候を表現した季語で、具体的な花を意味するわけではありません。今年は桜が早く咲き、一足飛びに夏のような暑さになり、花冷えを実感するときがあまりありませんでした。そのためか、ブログに掲載する花冷えの句は少数です。句評は藤戸紘子さん、今月の一句の選と評は、皆川瀧子さんです。

「花冷えや小糠雨降る絹の道」
  木原 義江

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この句の絹の道は所謂シルクロードではありません。我々の身近な絹の道です。ご存じの方も多いと思いますが、明治期、八王子は養蚕が旺んで輸出用の生糸を量産し、横浜港へ生糸を運ぶ道として鉄道が出来るまで荷馬車が往来したことでしょう。今では史跡として約1Kmほど未舗装の昔のままの姿で残されています。
花冷えは桜の咲く頃急に冷え込むことがありますが、この気候を花冷えといいます。京都の花冷えはつとに有名です。その肌寒い花冷えの頃、人影の消えた絹の道に小糠雨が降りしきっている景が浮かびます。寂しさ、うら悲しさが伝わってきます。

「手燭の灯百の揺れゐて復活祭」
  宮ア 和子

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手燭(てしょく)とは燭台に柄をつけて持ち歩きに便利にした灯火器。復活祭(春の季語)とは
キリストが死んでから3日目に復活したことを記念するキリスト教の重要な行事で、春分後の最初の満月直後の日曜日となっています。彩色した卵を贈る習慣があります。この句は教会での復活祭の景。信者が其々手燭の蝋燭に灯を点しお祈りをしたり聖歌を歌ったりします。この句の百は数としての百ではなく沢山という意で、手燭の灯が沢山ゆらゆらと揺れている薄暗い教会は美しく厳粛な雰囲気に包まれていることでしょう。

「春雨の路地を小走り女下駄」
  渡辺 功

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女性を詠ませたらこの方の右に出る人は我が句会にはおりません。真に艶めかしく表現されます。舞台は柔らかに春雨が降る下町の路地。そこを小走りに駆ける女性、小走りと下駄からきっと和服の妙齢の女性でしょう。下町の小股の切れ上がったお姐さんかもしれないなどと想像が膨らみます。春雨や、とせず、春雨の路地としたところにこの作者の力量が発揮されています。

「春の雨蕎麦屋の緩きノクターン」
  皆川 眞孝

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この句の取り合わせの意外さに驚かされました。ノクターンとは夜景画、夜想曲のことですが、普通はピアノのための小曲をさします。夢想するような趣の旋律をもっています。ショパンの作品が有名ですね。そのノクターンが流れる蕎麦屋!一見合いそうにないこの二つですが、何故かしっとりした高級な蕎麦屋が浮かびました。春の雨の静かさ、柔らかさとノクターンの優雅さが響き合っています。その蕎麦屋は下町の蕎麦屋ではなく、銀座や赤坂の外国人も出入りするようなスマートな蕎麦屋かもしれません。が、単に蕎麦屋の親父がノクターン狂なのかもしれないなどと妄想が広がります。

「一片(ひとひら)の花弁舞込む春の朝」
  皆川 瀧子

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重く長かった冬が終わり、春の朝はまことに明るく感じます。小鳥の声も明るく聞こえます。朝、雨戸を開けると爽やかな外気がすーと入ってきます。と、小さな花びらが一枚室内に舞込んで来た、という景が浮かびます。何でもない景ですがなんと平穏で静かで丁寧に生きておられる作者の日常が感じられます。
この花びらは何か? 俳句ではただ花というと桜を意味します。が読み手は自由に自分の好きな花を思ってください。舞込むという措辞から多分木の花でしょう。桜、藤、花水木などなど。ただし、かすかな風に舞うのですから椿とか木蓮とかではないでしょうね。

「街の灯のにじむ川面や春の宵」
  小野 洋子

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宵とは夕よりやや遅く、夜の更けないころをいいます。特に春の宵はくつろいだ感じで、早春の冷えがなくなった頃の華やかな気分が漂います。この句の景は都会の春の宵。街中を流れる川面に外灯かビルの窓の灯が映って滲んでいます。
暗く冷たい冬がやっと過ぎ、人の心もゆったりと伸びやかになる。都会に住む人も思いは同じですね。春の情趣が漂ってきます。

「夕づつの淡き白さや花の冷」
    藤戸 紘子

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「ゆうづつ」とは漢字で書くと「夕星・長庚」で、夕方西天に見える金星のことです。宵の明星とも言います。花冷えの頃の夕方、宵の明星が輝いて見えるという分かりやすい景を詠っています。しかしこの句を読むと、静かな澄み切った美しい風景が眼前にひろがります。それは、肌寒い花冷えの空気と、西の空の金星の光が響き合っているからです。特に、金星を「夕づつ」と雅な措辞で表し、その色を、「淡き白さ」と具体的に表現したことにより、静かさと美しさが強調されていると思います。まさに、写生句のお手本です。(句評:皆川眞孝)


今月の一句(選と評:皆川瀧子)
「馬宿の馬塞のささくれ春寒し」
  藤戸紘子

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作者が川崎市立日本民家園へ行らした時の句だそうです。ここには、古民家のひとつとして、馬宿(うまやど)鈴木家が福島県から移築されています。馬宿は馬喰(ばくろう)たちが馬と一緒に宿泊出来る旅籠の事です。
馬塞(ませ)というのは馬が出られないように作った垣の事で、厩栓棒(ませんぼう)とも言います。
その馬塞がささくれているのを見た作者は、何となくうすら寒く感じたようです。当時の賑わいを想像し、時代の流れを痛感されたのでしょう。春まだ浅い頃の季語と「ささくれ」がよく響きあっている佳句だと思います。

花冷えの他の句

「花冷やスイスの友の訃報受く」
   皆川 眞孝
「花冷や小さく丸まり犬眠り」
   宮ア 和子
「弓なりの日本列島花の冷え」
  小野 洋子
「花冷や雨の城址の石畳」
   渡辺 功


<添削教室>(藤戸先生)
  原句 「苔むせし古木に芽吹く並木路」  皆川 瀧子
「苔むせし」は、過去形なのでの「苔むせる」にした方が、現在の状態を正確にあらわします。
また、古木は苔むしている木が多いので「巨木の芽吹き」と変更したらどうでしょう。並木路は、少し細い「並木道」の方が落ち着きます。
添削句
「苔むせる巨木の芽吹き並木道」
 皆川瀧子
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
粟野城址公園のヤマツツジ(3) [2018年04月27日(Fri)]
粟野城址公園のヤマツツジ(3)


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防空監視哨

監視哨は外径4.3m内径2.6m、外内の径差1.7mの厚い石やコンクリートで固めた円形の見張り台で、ロシア、ウラジオストックから来襲する飛行機を監視するためのものでしたが、実際は宇都宮などを空襲するアメリカB29爆撃機を監視し、時に機銃掃射も受けたそうです。監視哨は土木学会から推奨土木遺産に指定されました。

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THE END



文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
粟野城址公園のヤマツツジ(2) [2018年04月26日(Thu)]
粟野城址公園のヤマツツジ(2)


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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
粟野城址公園のヤマツツジ(1)  [2018年04月25日(Wed)]
粟野城址公園のヤマツツジ(1)


栃木県鹿沼市の南西10kmほどの距離にある口粟野町に粟野城城址公園があります。
4月16日あるいは17日だったかもしれませんが、NHKから粟野城址公園ヤマツツジの紹介放映がありました。
19日木曜日に行ってみました。現地の人が“今日が満開かもしれない”と呟いていましたが、僅かに蕾が残っていました。

粟野城は栃木県の史跡になっていますが、この城は基本的に安土桃山時代の城だそうです。
足利尊氏一門の足利忠綱が最初の築城主とする説もありますが定かではないようです。
暦応元年(1338年)、足利尊氏に従っていた平野範久が修築し居城にしたという説が有力視されています。
平野範久は佐野氏に降伏し粟野城は佐野氏の支城になりましたが、天正16年(1558年)皆川氏の攻撃で落城、このときの佐野対皆川の戦闘は凄まじく、両軍ともに城代、大将が討ち死にするなど多くの武将がなくなり、まして雑兵をも含めると城山全体が累々たる死者で埋まるほどだったと伝えられています。

辛うじて勝利した皆川氏も2年後の天正18年、羽柴秀吉の派遣軍に攻められて落城、その後廃城となりました。
城山は標高240〜250mほどですが、戦時、防空監視令という法律のもと、奥の一番高い山上に防空監視哨が設けられ、そこで敵航空機の発見監視が行われたのです。
防空監視哨と並んで城山の標石がありますが、ここには物見櫓と狼煙台があったと推定されています。山にはあちこちに土塁など城の遺構を示す標柱が立っています。


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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(19) [2018年04月24日(Tue)]
九州観光(大分県)(19)

宇佐神宮-3

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THE END


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(18) [2018年04月23日(Mon)]
九州観光(大分県)(18)

宇佐神宮-2

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
悪党商法事例集(144)原野商法 [2018年04月22日(Sun)]
悪徳商法事例集(144)原野商法

(独立行政法人)国民生活センターから最新の見守り新鮮情報が届きました。
昔、原野商法というのがありましたが、まだ続いているのですね。被害者のリストが悪徳業者の間で交換され、その相続者からお金をむしり取ろうとする詐欺です。泥棒に追い銭とは、まさにこのことです。とにかく、お金を支払うのは気を付けましょう。

――――  
雑木林を売却したはずが、別の新たな原野を買わされた
____________

宅地建物取引業の免許を持つ業者から、電話で何度も、昔両親が400万円で購入した雑木林の売却を持ちかけられた。断ったが「約5千万円で買い取る」と言われ根負けし、会って話を聞いた。「他の土地を一緒に購入すれば節税になる」「購入費用は後で返す」等と説明され、よく分からなかったが、買い手のつかない土地が売れるならと思い、約400万円支払って契約書にサインした。しかし、いつまでも購入費用は返金されず、業者は電話に出ない。契約書を確認すると、雑木林を1200万円で売り、原野を1600万円で購入する契約となっていた。(60歳代 女性)
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<ひとこと助言>
☆過去に原野商法(値上がりの見込みがほとんどないような原野や山林等の土地を、将来値上がりするかのように偽って販売する手口)の被害に遭った人や、それらの土地を相続した人に、「土地を高く買い取る」と持ち掛け、言葉巧みに売却額より高い値段の新たな土地も一緒に購入させる二次被害の相談が見られます。

☆「土地を買い取る」「お金は後で返す」などと言われても、きっぱりと断り、絶対にお金を支払わないようにしましょう。

☆宅地建物取引業の免許があっても、悪質な勧誘を行う業者もいるので、注意が必要です。

☆一度お金を支払ってしまうと、取り戻すのは困難です。不審な点を感じたら、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(消費者ホットラ
イン188)。
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
九州観光(大分県)(17) [2018年04月21日(Sat)]
九州観光(大分県)(17)

宇佐神宮-1

「宇佐神宮」


全国4万社あまりの八幡様の総本宮で、八幡大神(応神天皇)、比売大神、神功皇后をご祭神にお祀りし、神亀2年(726年)創建、鎮守の神として親しまれる。

註)比売大神(ひめがみorひめのおおがみ)
神道の女神を意味する比売大神ですが、宇佐神宮では上宮、下宮とも参拝所が一之御殿・二之御殿・三之御殿と三つあり、いずれも二之御殿が中央にあってそこが比売大神を祀る拝殿で、主祭神の一之御殿(応神天皇)、三之御殿(神功皇后)より幾分大きいように見えます。
宇佐神宮の比売大神とはいったい誰れ?

インターネットでちょっと探索したら天照大神あるいは卑弥呼ではないかという説があるようです。これは古代へのロマンを搔き立てるための憶測ではと思います。
専門家に尋ねてみたいと思いました。

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莬道稚カ子命は応神天皇の皇太子、若くして亡くなられましたが、死に関して自殺、夭折などの諸説があります。
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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(16) [2018年04月20日(Fri)]
九州観光(大分県)(16)

富貴寺

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富貴寺を終り次は宇佐神宮へ


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(15) [2018年04月19日(Thu)]
九州観光(大分県)(15)

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両子寺を終り次は富貴寺へ移ります




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(14) [2018年04月18日(Wed)]
九州観光(大分県)(14)

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(13) [2018年04月17日(Tue)]
九州観光(大分県)(13)

両子寺-1

両子寺(ふたごじ)は、天台宗別格本山で九州36不動 第一番札所、養老2年(718)仁聞菩薩が開基した寺です。
六郷満山の中では中山本寺すなわち山岳修行の根本道場に当たり、特に江戸期より六郷満山の総持院として全山を統括してきました。その後、明治初期の神仏分離、戦争による荒廃、人為災害などにより往時の姿は薄れかけてきていますが、歴代住職、檀家信徒などの努力で辛うじて面目を保っている。


註) 六郷満山

六郷満山とは、国東半島寺院群の総称で、両子山720mを中心とした山稜の間に開かれた六つの郷、満山はそこに築かれた寺院群を指し、古くから六郷満山文化と言われる独特の山岳宗教文化が栄えました。

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(12) [2018年04月16日(Mon)]
九州観光(大分県)(12)

血の池地獄


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今東光 “地獄賛”


ダンテにしても、ミルトンにしても、ブレークにしても、その描いた天国はちっとも美しくなければ面白いこともない。
それなのに地獄篇になると、まったく凄まじい楽しさだ。そこには生きるものの残虐さが遺憾なく表現され、僕など極楽へやってもらうよりは地獄行きを願いたい。偉大な詩人や作家によって描写される天国も地獄も、近代人にとっては恐ろしい所でもなく羨まいいところでもなくなった。

しかしながら我が別府に遊ぶと八大地獄が現前する。これは確かに恐ろしい地獄に相違ない。熱湯が噴出し轟々と地鳴りがし、生きた巨大な鰐が数えきれないほど犇めき、鬼こそ目にみえないが足を滑らせたら、一瞬にしてこの世のものではないのだ。地獄の釜より熱いだろうと思うと地獄え行きたい根性など掻き消えて仕舞う。
人間は一度は現世の地獄を見、何等かの意味でおのれを空しうして反省し、生きる道を考えるには別府の地獄の諸相を目の当たりに見ることを寧ろ御すすめしたい。地獄をくぐって生き返った人間こそ本当の人間だからだ。


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血の池地獄の温度 摂氏78℃
      面積 約1300u
     湧出量 1800㎘/24時間
      深さ 実測30m もっと深いという説もある
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別府温泉地獄めぐりを終り次は国東半島へ移ります

文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(11) [2018年04月15日(Sun)]
九州観光(大分県)(11)

別府温泉海地獄

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下写真は海地獄の敷地内にある血の池地獄(いわゆる“血の池地獄”は海地獄とは別の場所です)
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海地獄をおわり、次は血の池地獄です


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(10) [2018年04月14日(Sat)]
九州観光(大分県)(10)

別府明礬温泉の湯ノ花採取

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別府明礬温泉の湯ノ花製造技術

湯ノ花製造技術は江戸時代に明礬温泉で行われていた明礬の製造技術を応用したもので、作業は小屋づくりと小屋内での湯ノ花を結晶化させる作業に分かれる。
小屋は噴気を通した床の上に藁や茅で屋根を葺いたもので内部は噴気を満遍なく噴出させて、温湿度を一定に保ち易い構造になっている。その小屋の床には青粘土を敷きつめ、噴気の強さを調節し小屋内部の温湿度を一定に保つことで湯ノ花の結晶を造りだす。
このように沈殿物を採取するのではなく、湯ノ花小屋という特殊な製造施設をつくり湯ノ花結晶を得るという他に類を見ない貴重な民俗技術です



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明礬温泉を終り別府温泉海地獄へ続きます
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(9) [2018年04月13日(Fri)]
九州観光(大分県)(9)

臼杵石仏-2

石仏伝説(地元に伝わるお話です)

今から1400年前(飛鳥後期から奈良時代)真名野長者の名で親しまれた炭焼き小五郎が亡くなった娘の供養に中国天台山に黄金3万両を献上したところ、そのお礼に来られた蓮城法師からインドの祇園精舎の話を伺い、都から木彫りの仏師を大勢招き石仏を造らせたと


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以前、落ちていた佛頭はそのまま祀られていましたが、下写真の様に元位置に復元されました
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臼杵市深田は石の崖が多く、摩崖仏の作成に適した土地です
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本日の昼食は国東名物、太刀魚の蒲焼です。食感はかなりイケます。
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臼杵石仏を終りつぎは明礬温泉湯ノ花へ続きます


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
九州観光(大分県)(8) [2018年04月12日(Thu)]
(大分県)(8)

臼杵石佛-1

臼杵石仏は、凝灰岩の岸壁に刻まれた60 余体の磨崖仏群です。平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたといわれていますが、だれがどのような目的で造営したのか、はっきりしたことは分かっておらず、今なお多くの謎に包まれています。
昭和55年から14年間に及ぶ保存修復工事が行われ、その際に長年、頭部のみの姿で親しまれた古園石仏 中尊大日如来像も胴体と一体になりました。平成7年6月、臼杵磨崖仏4群59体が磨崖仏では全国初、彫刻においても九州初の国宝に指定されました。
見事な彫刻技術と仏の数は国内外で文化遺産として他界評価を得ています



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続く


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
黒山のミツバツツジ(2) [2018年04月11日(Wed)]
黒山のミツバツツジ(2)


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終わり




文責 荒川
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