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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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早咲きの桜 “おかめ桜”(3)  [2017年03月30日(Thu)]
早咲きの桜 “おかめ桜”(3)

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以下7枚の写真は星ヶ山会場のおかめ桜です

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終わり(次は大寒桜に続きます)



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
早咲きの桜 “おかめ桜”(2)  [2017年03月29日(Wed)]
早咲きの桜 “おかめ桜”(2)

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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
早咲きの桜 “おかめ桜”(1)  [2017年03月27日(Mon)]
早咲きの桜 “おかめ桜”(1)

JR東海道線、小田原駅から早川駅、根府川駅と二つ目の根府川に早咲きの「おかめ桜祭り」が開催されているというNHKの報道を聞いて早速行ってみました。
祭り会場は3会場あり、第1会場は「きのこ苑」、第2会場「星ヶ山」、第3会場「オーランジェ・ガルデン」ですが、いずれも山の中腹で三会場を全部廻ろうとするとかなりキツイウオーキングをしなければなりません。
初めての場所なので、根府川の駅近くで地元の野菜・果物を売っている婦人に尋ねたところ、山上の「ヒルトンホテル」まで行って、そこから坂を下りながら桜をみるのがいいでしょうと教えてくれました。

ヒルトンホテルと根府川駅の間はホテル専属の無料バスが頻繁に往復していて、ホテルへの宿泊客は勿論、単にホテル売店の買い物だけの客も運んでくれます。
前述のヒルトンホテルから下ることを教えてくれた婦人はホテルバスの運転手から目的を聞かれたら買い物と答えたらいいでしょう美味しいパンが買えますよとアドバイスしてくれました。しかし。運転手からは何も聞かれませんでした。
ヒルトンホテルはかなり高い山上で国内最大級と言われるだけあって、豪華そのもの、確かホンダが開発した人型ロボットが客の応対をしていました。
お祭り会場のうち、第1のきのこ苑はおかめ桜は未開花で、第2の「星ヶ山」が見どころを迎えていました。

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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
湯河原の幕山(2) [2017年03月25日(Sat)]
湯河原の幕山(2)


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終わり


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
湯河原の幕山(1)  [2017年03月24日(Fri)]
湯河原の幕山(1)

青梅の吉野梅郷は日本一の梅林だと思います。
吉野梅郷は奈良県の吉野山の桜のように梅と山を一体の構図にして風景として撮れるためアマは勿論、プロも足繁く通うゲレンデでした。
しかし、PPV(プラムポックスウイルス)に侵され梅は全滅、途中から国の調査も加わって梅林の部分伐採から全部伐採の判断で丸坊主の山に変わり果ててしまいました。
2016年に至って漸く苗木の植樹が認められ再生の一歩が踏み出されたのです。
吉野梅林再生プランは2016年にスタートして2020年完成を予定しています。

前置きが長くなりましたが、吉野梅郷が当分ダメだとすれば、それに代わる梅林は幕山しか思い当たりません。


今年整備の進んだ東京近郊中央連絡自動車道を利用し高尾経由で東名高速に出て小田原・湯河原幕山と行ってみました。
久しぶりの幕山は想像以上の人気で駐車場は以前と違い開場午前9時ジャストとなり、そのため2km以上のマイカーの長い待ち行列ができる有様、加えて団体バスも押しかけて騒然とした雰囲気でした。

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続く




文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
今月の俳句(平成29年3月) [2017年03月22日(Wed)]
今月の俳句(平成二十九年三月)

今月の兼題は「朧月」「朧夜」「」(春の季語)です。内容については、それぞれの句につけた藤戸さんの解説をお読みください。今月の一句の選と評は皆川瀧子です。

「里山は遠むらさきに朧の夜」
  渡辺 功

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春は大気中に水分が多いので物の形が霞んだように見えます。その状態を朧(おぼろ)(春の季語)と言います。また、里山とは人里近くにあって、人々の生活と結びついた比較的低い山のことで、昔なら薪を採取したり、炭焼きなどをしたものです。その里山が霞がかって夜には紫色に見える情景を詠まれました。遠むらさきの措辞により情緒ある雰囲気が醸し出されています。

「朧夜や湯殿の窓を少し開け」
  宮ア 和子

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朧夜(春の季語)とは朧月の夜の意。作者は湯殿の窓を少し開け、入浴しながら朧月夜を堪能されたのでしょう。ご長男の家族と同居されて三か月目。朧月をゆったり鑑賞されるゆとりを感じます。大病を乗り越えられた作者です。病も癒え心も生活も充実した日々を過ごされていることが句からも察せられます。

「飛び出せるシーサーの目や朧月」
  木原 義江

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シーサーとは沖縄で魔除けの為に瓦屋根にとりつけた焼き物の唐獅子像のことで、獅子さんの意だそうです。作者が沖縄に滞在された折、昼間には気付かなかったが、朧月に照らされたシーサーの目玉が飛び出しているのに気がついた。月光の当たった部分と影の部分の対比が鮮明ではっきり判ったそうです。やはり俳句に関わっていると注意力・観察眼が鋭くなりますね。

「春うらら健診結果は二重丸」
  皆川 瀧子

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私を含め会員一同、年齢的に健康が一番気になるところです。作者は年に一度の健康診断を受けられたのでしょう。結果は二重丸つまり異常なし。その帰路でしょうか。外はまさに春うらら、気持ちもうきうき、良かったですね。

「春光や朱色深まる見舞ひ花」
  皆川 眞孝

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作者は大手術を受けられ、今も療養中なのですが、南窓会会長の仕事、ハーモニカ、俳句のサークル活動を既に開始されています。周りははらはらしているのですがご本人は責任感の強い方で、じっとしていられないのかもしれません。
この句はお見舞いにいただいた花束を花器に移されたのでしょうか。春の光に映えて花の朱色が深まっていくのを写生されました。春光が日に日に強くなっていくにつれ術後の痛みが薄れますように祈っています。

「春昼やぽっぽぽっぽと鳩時計」
  小野 洋子

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鳩時計は説明不要でしょう。春の昼は明るくて暖かくてうとうとと眠気に襲われるようなのどかさがあります。そんな春昼という季語と鳩時計の取り合わせの句。春昼ののどかさと鳩時計の可愛いいぽっぽぽっぽと時を告げる音がよく響き合っています。ぽっぽぽっぽという音は何故か幼い頃の思い出を引き出してくれます。

「碇泊の沖の客船灯の朧」
    藤戸 紘子

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夜の横浜港でしょう。沖に豪華客船が碇泊しているのが見えます。その船の灯りが、ぼんやりと朧(おぼろ)に霞んでいます。単純な景のようですが、この句を読むだけで、ロマンチックな気持ちにさせてくれます。あの船は、どこから来てどこへ行くのだろうか?船客たちはダンスパーティでもしているのだろうか?それとも、豪華なディナーの最中かな?一度でもいいから、あの豪華客船に乗ってハワイや西海岸に行ってみたいな、等々。これも、「灯の朧」という措辞の効果で、全体にぼんやりした印象を与え、かえって私達にいろいろと想像の余地を与えてくれるからでしょう。(評―皆川眞孝)

今月の一句(選と評:皆川瀧子)

「囀りに振り向きもせず検針婦」
    渡辺 功


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春は一年中で一番小鳥の囀りが賑やかな季節です。(囀り=春の季語)
小鳥の囀りが聞こえると、思わず天を見上げてしまうのですが、この検針の女性はそんな囀りに振り向きもしないで熱心に仕事に没頭しています。電気かガスか水道の検針でしょうか? 仕事熱心のあまり、小鳥の囀りなんて全然聞こえないのかもしれません。
そういう検針婦の様子が目に見えるようですし、ユーモアが感じられる佳句だと思います。(評―皆川瀧子) 


他の兼題の句
「この町を隈なく包む朧かな」
    渡辺 功
「もう聞けぬ母の小言よ朧月」
   小野 洋子


添削教室
元の句「来年も会ふを願ひつ雛納め」  宮ア 和子
「雛納め」は3月に飾ったお雛様をしまうことで、春の季語です。お孫さんのお雛様でしょうか、片づけるときは、来年も元気に逢いたいという気になります。ただ、「会ふを願ひつ」がやや長い言い方なので、シンプルに「再会願ひ」と藤戸先生は添削しました。
添削句「来年の再会願ひ雛納め」
  宮ア 和子
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
悪徳商法事例集(121)ニセ電話 [2017年03月21日(Tue)]
悪徳商法事例集(121)ニセ電話


独立行政法人国民生活センターから最新の見守り新鮮情報が届きました。
今回は国民生活センターを名乗るニセ電話で騙された例です。キーワードは、個人情報が洩れているという言葉です。個人情報が洩れている言われると、慌ててしまいますが、名前、住所・電話番号が知られたとしても、それほど心配する必要はないのではありませんか?
とにかく、お金を請求されたり脅かされたりしても、絶対払わないことです。このブログの読者なら大丈夫でしょう。(皆川)

国民生活センターを名乗るニセ電話 絶対にお金を渡さない
____________

国民生活センターを名乗る人から電話があり「あなたの個人情報が漏れて、通信販売業者など3社に登録されている。名義を変更しなくてはならない」と言われ、名義を貸してくれるというNPO法人に所属する人を紹介された。後日、その人から、「震災関連の除染機械1600万円を名義変更前のあなたの名前で購入してしまった。このままお金を払わないと、あなたも警察に捕まってしまう」と言われ、指示どおりに500万円を小包で送った。その後、心配で電話をかけたがつながらない。(70歳代 女性)
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================
<ひとこと助言>
☆電話で国民生活センター等の公的機関をかたり、「個人情報が漏れている」などと話し、最終的にお金をだまし取る詐欺が後を絶ちません。

☆国民生活センターが「個人情報が漏れている」などと電話をかけることは絶対にありません。相手にせず、すぐに電話を切ってください。

☆お金を渡してしまうと、取り戻すことは極めて困難です。決してお金を渡してはいけません。

☆電話に出ると切りにくくなります。留守番電話機能を利用して、かかってきた電話には出ないで、必要な相手にだけ電話をかけ直す方法も有効です。

☆同様の電話を受けた際には、お金を渡さずにお住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(消費者ホットライン188)。
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
CANPANブログランキング(29年2月) [2017年03月20日(Mon)]
CANPANブログのランキング
(2017年2月)

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三井台南窓会ブログの運営団体CANPANから、2月のランキング・ベスト100の連絡がきました。
三井台南窓会のブログのランキングは、12月には8位まで上昇しましたが、今年に入って残念ながら大幅に落ちてしまいまいした。2月は33位と振るいませでした。
詳しくは、次の「お知らせ」の中のホームページをご覧ください。

最近はブログをよんでいただく件数が減っています。ブログの記事を書くメンバーも頑張っていますので、どうぞ三井台南窓会のブログを毎日開いて、お読みくださるようにお願いします。また、コメントも歓迎いたします。(皆川眞孝)
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●0o。 【CANPANブログ】2月のランキング・ベスト100 。o0●

CANPANでは2014年から毎月、アクセス数(Googleアナリティクスによるページビュー数)の多いブログのランキングを発表しています。
このたび、2月のランキング・ベスト100が決まりました。

○2017年2月のランキング・ベスト100
http://blog.canpan.info/cpforum/archive/839

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Posted by 皆川眞孝 at 09:00
乃木神社(港区赤坂)(5)  [2017年03月17日(Fri)]
乃木神社(港区赤坂)(5)

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うつし世を 神さりましし 大君の
みあと したひて 我はゆくなり   
       臣希典上

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出てまして かへります日のなしときく
けふの御幸に 逢うそ かなしき
         希典妻静子上

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神あかり あかりましぬる 大君の
みあとはるかに をろかみまつる
           希典辞世

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乃木大将夫妻殉死への反響

青天の霹靂とも言える乃木夫妻の殉死の報は内外の世情を震撼させました。
外国の報道は敬意を籠めた好意的報道が目立ったようです。
国内については、あらゆる階層の人々に衝撃と波紋そして感銘を与えたに相違ありません。
森鴎外や夏目漱石等はそこに“明治の精神”をみたのでしょうか。一方
芥川龍之介、武者小路実篤、志賀直哉、福沢諭吉等は若干批判的であったようです。

批判の理由(Wikipediaなどインターネット掲載記事による)

1日露戦争旅順の攻防戦指揮官として13万の兵力のうち6万もの死者を出したのに没後 軍神化の動きへの反発(戦死者の中に乃木将軍の二人の子息も含まれている)
2 松下村塾の思想による志士武士道的な行為は時代錯誤
 (乃木希典は長州藩士、伯父玉木文之進は長州萩の学者で松下村塾の開祖であって乃木は吉田松陰のおとうと弟子として幼少時から伯父玉木の薫陶をうけた)
3 西南戦争で小倉14連隊を率いて西郷軍と戦ったときに軍旗を奪われ、責任を取って自害しようとして総司令官山縣有朋や朋輩の児玉源太郎等に度々止められ、日露戦争終結の報告を明治天皇に言上した際にも天皇から固く死を禁じられた。
4 明治天皇から学習院長を拝命し皇太子の教育を一任されていたのに途中で責任放棄



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取材を終えて帰ろうとしたらまた外人の女性が現れ盛んにシャッターを切っていました


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後記)
   殉死当日の乃木夫妻の立ち居振る舞いはいつもと全く変わらず平静そのもの
   であったと記録されています
終わり



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
乃木神社(港区赤坂)(4)  [2017年03月16日(Thu)]
乃木神社(港区赤坂)(4)


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正松神社

祭神は玉木文之進・吉田松陰
玉木文乃進、吉田松陰、乃木希典は姻戚関係にあり、玉木文乃進は松陰の父杉百合之助の末弟、山鹿流の兵学者で“松下村塾”を創立し、後、松陰がこれを引き継ぎました。
玉木文之進の教育は峻烈を極めるスパルタ教育であり、滅私奉公の武士道精神を少年吉田松陰とその弟弟子 乃木希典に注入したのです、それは、武士は生まれるのではなく創るものという信念に基いたものでした。

玉木文乃進は明治9年(1976)“萩の乱”の責任を取って切腹したが、その時介錯したのは松陰の愛した一番上の妹お芳、介錯したとき40歳でした。

註)乃木大将の切腹も古式に則した左腹から右へ横一文字、上から下へ切り下げ右上に跳ね揚げる見事な最後であったといいます。このような武士の作法は、少年時にうけた玉木文之進の教育や松陰との交流が背景にあるのではないでしょうか



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以下「宝物殿」の参観記録です。宝物殿は乃木大将の遺品が主です

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旅順攻防をめぐる三つの漢詩 乃木希典作

「爾靈山」


爾靈山 嶮なれども 豈に攀じ難からんや
男子の功名 克難を期す
鐵血 山を覆ひて 山形改まる
萬人 齊しく仰ぐ 爾靈山
註:爾靈山は203高地であり爾(なんじ)の靈の山

「金州城下の作」

山川草木 転(うたた)荒涼
十里風腥(なまぐさ)し 新戦場
征馬前(すす)まず 人語らず
金州城外 斜陽に立つ

「凱旋」

皇師百万強虜を征す
野戦攻城 屍 山を作す
愧ず 我何の顔(かんばせ)ありて父老に看みえん
凱旋 今日 幾人か還る





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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
乃木神社(港区赤坂)(3)  [2017年03月15日(Wed)]
乃木神社(港区赤坂)(3)


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私が神社参拝に訪れた日、ここで結婚式を挙げている方々がいました。
参列者の多いことや、神社側の神主・巫女の多いこと、雅楽や能舞を伴う荘厳な神前結婚に目を奪われました。


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乃木神社手水舍の前に竹添井井文学碑がありました

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竹添井井(タケゾエセイセイ)という人

九州天草の生れ、熊本藩士 戊辰戦争で藩の参謀を勤めました。明治維新後、外交官に転身
北京公使館書記官、朝鮮弁理公使を経て東京帝国大学教授へ就任。
“春秋左氏伝”の研究で学士院賞・文学博士授与
乃木大将夫妻の殉死を悼み漢詩「雙殉行」を発表

 
「雙殉行」


戰雲壓城城欲壞,
   
戰雲 城を壓(あっ)して  
城 壞(くだけん)と欲し
腹背受敵我軍敗。
   
腹背(ふくはい) 敵を受けて  
我が軍 敗(やぶ)る。
聯隊旗兮臣所掌,
   
聯隊旗は  臣が
掌(つかさど)る所,
爲賊所奪臣罪大。
  
 賊の奪ふ所と爲(な)る  
臣が罪 大なり。
旅順巨礮千雷轟,
   
旅順の巨礮(きょほう)  
千雷 轟ろき,
骨碎肉飛血雨腥。
   
骨 碎け 肉 飛びて 血雨  
腥(なまぐさ)し。
二萬子弟爲吾死
二萬の子弟  吾わが爲に
           死し、
吾何面目見父兄。
  
 吾れ 何の 面目あってか  
父兄に見(まみ)えん。
山馳道連朱闕 
   
山の馳道 (ち だう)  
朱闕(しゅけつ)に連なり,
萬國衣冠儼成列。
   
萬國の衣冠  儼(げん)として
列を成す。
靈輿肅肅牛歩遲 
  
靈輿(れい よ)  肅肅として  
牛歩 遲く,
金輪徐輾聲如咽
 
金輪(きんりん)徐ろに輾(き)しりて
聲 咽(むせぶ)が如し
弔砲一響臣事終,
  
 弔砲 一たび響けば  
臣事 終わり、
刺腹絶喉何從容。
   
腹を刺し 喉を絶つ  
           何ぞ從容(しょうよう)たる。
旁有蛾眉端坐伏,
   
旁(かたはら)に 蛾眉(がび)の 
           端坐して伏す 有りて,
白刃三刺纖手紅。
 
 白刃 三たび刺して  纖手(せんしゅ)
           紅(くれなゐ)なり。
遺書固封墨痕濕,
   
遺書 固く封じて  墨痕
           濕(うるほ)い,
責躬誡世情尤急。 
  
躬(み)を責め 世を誡(いましむ)情
           尤も急なり。
言言キ自熱腸逬,
   
言言(げんげん) キ(すべて)熱腸より
逬(ほとばしり),
鬼哭~恫天亦泣。 
 
 鬼 哭(きこく)し ~(しん) 恫(いた)み           
           天も 亦(また) 泣く。
嗚呼以身殉君臣節堅,
 
嗚呼(ああ) 身を以て 君に殉ず  
           臣節 堅(かたく),
舍生從夫婦道全。
  
 生を舍(す)てて 夫をっとに從ふ  
           婦道 全(まったし)。
忠魂貞靈長不散, 
 
 忠魂 貞靈  長(とこしへ)に
           散ぜず
千秋萬古侍桃山。
  
 千秋 萬古  
           桃山(ももやま)に侍(じ)す          
       


註) 
軍旗(連隊旗)を奪われた事件

明治10年(1877)西南戦争が勃発するや、乃木少佐は第14連隊(明治8年小倉に創立)の
連隊長として出兵、同年2月夕刻熊本の植木町付近で西郷軍と激突した。
その際あまりの強行軍であったため会戦時兵力は200人、これに対し西郷軍は400人、さらに兵力を増して乃木軍の退路を断ち包囲しようとしたため、乃木軍は退路を断たれる前に脱出を図り、軍旗を奪われないよう部下の河原林少尉の体に巻いて撤退したが、不運にも河原林少尉が戦死し、西郷軍の岩切正九郎に軍旗を奪取されてしまいました。

乃木連隊長は殊の外明治天皇を崇拝し天皇の代わりと思う軍旗を奪われた恥辱をはらし、責任をとろうと切腹を申し出たが総司令官山縣有朋は切腹を許さず責任を不問に付したのです。軍旗を奪い返した同僚の児玉源太郎少佐も乃木の切腹を止めました。しかし、その後この事件は乃木の心に重くのしかかり、明治天皇からも自決を禁じられたということですが、軍旗喪失事件は後年の殉死のきっかけとなったといわれ、乃木大将はずーっと死に場所を探していたのではないでしょうか。


続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
乃木神社(港区赤坂)(2) [2017年03月12日(Sun)]
乃木神社(港区赤坂)(2)


乃木邸(乃木公園)


乃木邸の場所は江戸初期、青山常陸介忠成の土地で、江戸末期には美濃部藩青山大善亮の所有する広大な邸地でした。乃木大将はこの土地が気に入り明治12年土地を購入し、明治35年(1902年)住居を新築したが、かつてドイツ留学中にみたフランス陸軍の兵舎の簡素合理性に着目し、連隊本部の建物を範として、建坪168u半地下構造の木造住居を建てた。
(明治45年の殉死まで10年間の住まいでした)
乃木邸は乃木大将の遺言により東京市に寄付されました。


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水師営の會見         作詞:佐々木信綱
               作曲:岡野 貞一

1. 旅順開城約成りて、敵の将軍ステッセル
乃木大将と會見の所はいづこ水師営
2. 庭に一本なつめの木弾丸あともいちじるく
くづれ残れる民屋に、いまぞ相見る二将軍
3. 乃木大将はおごそかに、御めぐみ深き大君の
大みことのりつたふれば、彼かしこみて謝しまつる
4. 昨日の敵は今日の友、語る言葉もうちとけて
我はたゝへつ、彼の防備、彼はたゝへつ我が武勇

省略
9, 「さらば」と握手ねんごろに、別れて行くや右左
  砲音絶えし砲臺に、ひらめき立てり日の御旗



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乃木大将に纏わる逸話の一つ
「乃木大将と辻占売り少年像」


明治24年陸軍少将乃木希典は、金沢で当時8歳の今越清三郎に偶然出会い、辻占売りで一家の生計を支える少年に感銘を受け金二円を手渡した。
少年は乃木の恩義に応えようと努力を重ね、金箔業の世界で大きな実績を残した。
銅像は乃木の人となりを伝えるべく明治43年六本木旧ニッカ池の縁に造立され、後この地に移転


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乃木大将の令息

乃木大将と静子夫人の子供は男子二人、長男は勝典(カツスケ)次男は保典といい、共に陸軍士官学校を卒業して日露戦争に従軍、勝典は旅順近くの金州南山の戦いで腹部を直撃され満24歳で戦死、弟保典は父希典配下の将校として203高地の激戦で兄戦死の6ヶ月後に満22歳の若さで戦死しました。(記録によると、勝典はロシヤ軍の直撃で腹部腸が飛ばされて
穴があき、腹側から背中の向こうの背景が見えるほどの重症だったと記されています)
勝典戦死の報を聞いた母静子さんは三日三晩泣き通したということです。
私事で恐縮ですが、私の母の兄の三男が戦死したとき(母の兄は長男で実家を継いでいた)
母の兄夫婦はショックで食事が摂れなくなり、衰弱の挙句知らせから間もなく相次いで亡くなりました。
二人の子供の同時戦死で受けた乃木夫妻の悲しみが如何ばかりであったかと思います。

以下Wikipediaなどから抜粋

勝典は父母の良い面、悪い面をそれぞれ受け継いだ典型的な人物で、元来、父方乃木家は学才に乏しく、一方母方湯池家は母静子およびその両親、兄姉等は学才に秀でていた。
勝典は士官学校の受験に二度失敗し、三度目に合格した。(士官学校の受験は三回が限度で四回の受験はできなかった)
父希典は合格を喜び、お祝いとして勝典に1000円を渡したという。(当時1000円は大将と言えども数か月分の給料に等しい大金)
勝典はさすがに驚き、半分は母静子にソッと渡したという。
保典は父母の良い面だけを引き継いだといわれ、秀才で士官学校の受験は一回でパスした。
兄弟は仲が良く、兄の負傷を聞いた保典は合間を見て勝典を見舞ったが、それから半年後兄と同じ運命を辿ることとなった。




続く




文責 荒川





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乃木神社(港区赤坂)(1)  [2017年03月11日(Sat)]
乃木神社(港区赤坂)(1)

以下文章 敬称略

私の写真の師、NHKのK先生は学習院大学を卒業後、英国の王立芸大へ留学された方ですが、K先生からブログの取材に「乃木神社」を紹介していただきました。
先生がおっしゃるには、司馬遼太郎作「坂の上の雲」で日露戦争旅順攻略戦における乃木の指揮采配に対し疑問を呈せられたが、最近反論や見直しをされてきて往時のように海外からの見学者も増えてきているとのことです。

乃木さんは明治天皇の信頼が厚く明治40年第10代学習院院長に就任されているし、学習院出身のK先生にはそうした面からの事情も伝わってくるのではと思います。
K先生からお話しを伺って、不図、講談社の絵本「乃木大将」が頭に浮かびました。
さて戦前の話で恐縮ですが、昭和11年(1936年)12月、当時の大日本雄弁会講談社は少年少女向けのヴィジュアルを眼目にした「講談社の絵本」を創刊しました。絵本は当時の著名な画家や作家を結集して編集した意欲的な新企画の絵本で、創刊号が「乃木大将」だったという朧気な記憶を確かめるため国会図書館のデータベースを検索したら
1936年講談社の絵本「乃木大将」伊藤幾久造 絵
                池田 宣政 文
と記録されていました。

絵を担当した伊藤幾久造は伊藤深水に師事した挿絵画家、池田宣政は昭和天皇の四女 (厚子内親王)と結婚された方でペンネーム南洋一郎として冒険小説を書いていました。
(冒険小説“吼える密林”の作者南洋一郎が皇族のお方とは知りませんでした)


絵本創刊当時私は小学3年生でしたから、絵本が出版された背景や創刊号に乃木さんが選定されたわけとか、挿絵の伊藤さんや池田さんについても関心はなく理解もまたできる筈もありませんでした。絵本は当時としては高価な本で私は母にせがんで入手しました。
絵本を読んで乃木大将に対する少年なりのイメージと理解が記憶されたと思います。

乃木神社は六本木の東郷神社とならび、明治三十七八年戦役日露戦争における陸と海の英雄を神として祀った所だから奉拝のあと取材することもあまりないと思っていました。
乃木神社は渋谷から地下鉄銀座線・千代田線と乗り継いで乃木坂駅を降り1番出口の目の前にあって、私の住所から、ほぼ1時間で行ける近いところです。地下鉄を出て左手の一の鳥居を通り抜けて見渡すと神社に隣接して区立の乃木公園があります。

この公園は乃木大将ご夫妻が明治天皇御大葬の日 明治45年9月13日に「殉死」する日まで晩年の10年間お住まいになった家屋敷だったのです。
私は迂闊にもそのことを知らずに乃木神社参拝にでかけました。
神社参拝の前に乃木大将の住まいや庭を参観してまず驚いたのは、「水師営の會見」で歌った棗の木(水師営の元木の根分けと同じ木)が植えられていたことです。これを見た途端に気持ちは戦前にタイムスリップし、さらに乃木ご夫妻の殉死の部屋、瘞血之處を見るに及んで戦時一色の当時の空気を生々しく回想しました。

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乃木大将の馬好きは有名で、馬舍は自分の住居と同等の立派な建物であった

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塚田清市という人

鳥取藩士、明治2年選ばれてフランス武官の教育を受け、日露戦争時に乃木大将の副官として第三軍の指揮を執った


続く



文責 荒川
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2017 梅(7)  [2017年03月09日(Thu)]
2017 梅(7)


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終わり



文責 荒川
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2017 梅(6)  [2017年03月08日(Wed)]
2017 梅(6)



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続く


文責 荒川
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2017 梅(5)  [2017年03月07日(Tue)]
2017 梅(5)


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続く


文責 荒川
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2017 梅(4)  [2017年03月06日(Mon)]
2017 梅(4)



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続く


文責 荒川
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テーマ川柳「山笑う」 [2017年03月04日(Sat)]
テーマ川柳「山笑う」


今週の産経新聞のテーマ川柳のテーマは「山笑う」でした。これは、山を擬人化した俳句独特の季語(春)です。歳時記によると、「山笑ふは春の山の明るい感じをいう。北宋の画家郭煕の「林泉高致」の一節『春山澹冶(たんや)にして笑ふが如し』から季語になった」とあります。
「故郷やどちらを見ても山笑ふ」(正岡子規)
なお、似たような山の擬人化の季語として、「山滴る」は夏、「山粧ふ」は秋、「山眠る」は冬となっています。なお、川柳の選者は復本一郎氏(神奈川大学名誉教授)ですが、このテーマを選ばれたのですから俳句にも造詣が深い方のようです。(皆川眞孝)

<天>
「亀が鳴く?季語ってインチキ笑う山」

   東京・目黒  川村亮介様
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(評)「目糞が鼻糞を笑う」ですね。たしかに俳句の季語には、妙な言葉が少なくありませんから。
(注)「亀鳴く」=春になると亀の雄が雌を慕って鳴くというが、実際には亀が鳴くことはなく、情緒的な季語。
「亀鳴くを聞きたくて長生きをせり」(桂信子)

<地>
「マスクして一緒に笑う春の季語」

   三鷹市  小坂恭一様
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(評)そうですね。山が笑うと花粉が飛散しますから。防御用のマスクは、必要不可欠な備品ですよね。

<人>
「山笑う野山歩けば膝笑う」

   松原市  岡林哲夫様
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(評)山笑う季節にはウオーキングなどしたいもの。が、寄る年波のせいでしょうか、膝がガクガクと。

「山笑い人は花粉に泣く季節」
   岸和田市  今口敬三様
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「品良くねゲラゲラ笑うと雪崩れるよ」
   八王子市  山上博志様
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「山笑う家では怒る山の神」
   泉大津市  葛城隆雄様
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「入山料取って富士山笑ってる」
   東京・府中市  阪本敏彦様
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「山笑い桜はまだかと受験生」
   大津市  晴嵐太郎丸様
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「トランプと小池だけかと山苦笑(くしょう)
   さいたま市   池脇一美様
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「山笑う国に生まれて知る平和」
   守口市  北嶋俊様
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「使ったらいかにも俳句山笑う」
   川崎市  大平小鈴様

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Posted by 皆川眞孝 at 09:00
2017 梅(3)  [2017年03月03日(Fri)]
2017 梅(3)


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続く


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
2017 梅(2)  [2017年03月01日(Wed)]
2017 梅(2)


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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
プロフィール

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