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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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倉敷市美観地区見学(四国周遊の終わりに)-1 [2016年06月30日(Thu)]
倉敷市美観地区見学(四国周遊の終わりに)-1


倉敷市美観地区

四国周遊の起点・終点がJR岡山駅で、帰路は 岡山までバスを利用して、しまなみ海道を帰るという旅であったことから、僅かな空き時間をみて倉敷市の美観地区を見聞することができ幸いでした、
倉敷市はかつて軍需産業の町でもあり、広島も近い都市ですが、奇跡的に空襲被害を免れました。ここには大原美術館があり文化財の消失を惜しむ米軍の配慮によるという話も流布されましたが、あくまで偶然の賜物であったようです。

私は美観地区については全くの無知でしたが、Wikipediaによると倉敷市本町と倉敷川を中心に伝統的建造物群 15ha 伝統的美観保存地区6ha 合計21ha の広大な地区で特に、倉敷川周辺の建造物は「倉敷川畔伝統的建造物群保存地区」の名称で国の指定をされているそうです。
これらの建造物や美観が保存されたのは戦災が無かったことが第一の原因ですが、歴史的背景として、この地が寛永19年(1642年)江戸幕府の直轄地-天領に定められ代官所が設置されて、以後、備中南部の物資集積地として発展したことも大きな要因です。

昭和5年(1930年)日本最初の西洋美術館として誕生した有名な「大原美術館」は倉敷の大実業家大原孫三郎がパトロンとなって援助しヨーロッパ留学をした明治生まれの洋画家児島虎次郎が蒐集したエル・グレコ“受胎告知”など多くの泰西名画が収蔵されていますが、
当日添乗員から大原美術館にはいる時間などありませんよ・・といわれ諦めて45分間小さな案内図を片手に倉敷川の周辺を汗だくで歩き回りました。

折から、バスパーキング近くの国際ホテルではG7教育担当相の国際会議が開催されていました。


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この中国銀行などは倉敷市の産業遺産の一つです

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続く


文責 荒川
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七夕の準備始まる-2 [2016年06月29日(Wed)]
七夕の準備始まる-2


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終わり



文責 荒川
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七夕の準備始まる-1 [2016年06月28日(Tue)]
七夕の準備始まる-1

6月20日の朝から高幡不動尊参道の七夕祭りのお飾りが始まりました。
季節の移り変わりの早いことは、わかっていても己の老いと重ねてちょっぴり感傷的になります。
不動尊恒例の「あじさい祭り」はまだ進行中で、観光バスは毎日くるようだし、写真サークルの皆さんも訪れています。


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続く


文責 荒川
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所沢西武ユリ園(3)  [2016年06月27日(Mon)]
所沢西武ユリ園(3)


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終わり


文責 荒川
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所沢西武ユリ園(2)  [2016年06月26日(Sun)]
所沢西武ユリ園(2)


私たちが出かけた15日水曜日は終日曇りの予報でしたが、入園直前からかなりの雨、傘を持って行ったのが幸いでした。


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続く



文責 荒川
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所沢西武ユリ園(1)  [2016年06月25日(Sat)]
所沢西武ユリ園(1)

6月14日(火曜日)にNHK総合テレビで所沢西武ユリ園が紹介されました。
ユリは西武球場から3分と近い自然林、約30000uの広さに50種45万株のスカシユリとハイブリッドが見頃を迎えているというのです。

インターネットで公共交通機関を利用したアクセス時間を調べると、モノレール玉川上水で西武新宿線に乗り換え西武球場前駅までほぼ1時間とわかり利用することにしました。
ユリは思ったより鮮やかで一見の価値があるとおもいます。
ユリ園の営業はHPで7月上旬までとなっています。

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続く



文責 荒川
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四国周遊 愛媛県大山祗神社 [2016年06月24日(Fri)]
四国周遊 愛媛県大山祗神社


大山祗神社(おおやまづみじんじゃ)

しまなみ海道の中央(瀬戸内海の中央)にある大三島(愛媛県今治市所属)の西部、鷲ヶ頭山標高436.5mの西麓に「大山祗神社」があります。
この神社の創建年代については諸説があり神武天皇の御代とするものや、16代仁徳天皇、33代推古天皇、42代文武天皇の御代とする説がありますが、いずれにせよ非常に古く、いわゆる神話時代まで遡る神社であることは間違いないとおもいます。

ご祭神は大山積大神、別名和多志大神で天照大神の兄神であり、また天孫瓊瓊杵尊の皇妃となられた木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)の父神でもあり日本民族の祖神とも云えます。
神社は日本最古の原始林と称される楠群に囲まれた境内に鎮座し、日本全体の鎮守様、海上交通の守り神として崇敬され四国唯一の国幣大社でもありました。
連合艦隊司令長官山本五十六が参拝していますし、いまでも海上自衛隊の幹部や、皇族、政界の方々が参拝をする神社となっています。

私は初めて参拝し、瀬戸内海の島にこれほど立派な神社が鎮座していることに驚きました。

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註:祗(づみ)という字は初めてなので岩波漢語字典で調べたら“つつしむ”の意でした。
参考までに、ここの宝物館には我が国武具国宝の8割を収蔵してるそうです


終わり(四国周遊最後の倉敷市へと続きます)


文責 荒川
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四国周遊 愛媛県松山城(3) [2016年06月23日(Thu)]
四国周遊 愛媛県松山城(3)



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このような名城が過去「放火消失」という人災に遭ったと知り愕然としました


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終わり(次は愛媛県今治 大山祗神社へと続きます)


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
テーマ川柳(蝸牛) [2016年06月22日(Wed)]
テーマ川柳(蝸牛)


先週の産経新聞の川柳のテーマは「蝸牛(かぎゅう)(かたつむり)」でした。蝸牛は俳句でも夏の季語になっています。それでは俳句との違いは何でしょうか?川柳では、「蝸牛」という言葉を直接入れなくて「ほのめかし」でもいいですが、俳句では必ず蝸牛の言葉をいれなければなりません。蝸牛の俳句として「かたつぶり角ふりわけよ須磨明石」(芭蕉)が有名です。
ただし、川柳だからと馬鹿にしてはいけません。今週の川柳は、古典の引用など知的レベルの高い考えるものが多くありました。(評)は選者の復本一郎氏(神奈川大学名誉教授)です。蛇足かも知れませんが、一部の句に私の独断で(注)をつけました。(皆川眞孝)

<天>
「白居易は見事蝸牛で世を諭す」 
  泉大津市 葛城隆雄

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(評) 久しぶりの「知」の川柳。争いは禁物です。「石火ノ光ノ中ニ此ノ身ヲ寄ス」。白居易の無常観。

(注)  白居易(白楽天)は、「酒に対す」という詩の中で、荘子の中の「蝸牛角上の争い」(かたつむりの左の角 (つの) にある国と右の角にある国とが争ったという寓話から小さな者同士の争い。つまらないことにこだわった争い)を引用して、「蝸牛角上何事をか争う」と述べています。

<地>
「戯れ唄に舞はねば踏むと脅される」
   東京・目黒  川村亮介

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(評)これも「知」の川柳。「梁塵秘抄」の中の「馬の子や牛の子に・・踏み割らせてむ」ですね。謎解き。

(注)後白河法皇編の「梁塵秘抄」に「舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり) 舞はぬものならば 馬(むま)の子や牛の子に蹴(く)ゑさせてむ 踏み破(わ)らせてむ 実(まこと)に美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせむ」という歌があります。

<人>
「文字数の都合デデムシとも呼ばれ」
   横浜市  岡田話史
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(評)川柳人や俳人は、文字数が命ですからね。一字得して。マイマイでもいいですか?他に?呵々。

「舛添さん吐き出せうみ出せ辞表出せ」
    福知山市  北川敏宏
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(注)ご存知の文部省唱歌「デンデンムシムシ、カタツムリ・・・角出セ槍出セ頭出セ」をもじっています。舛添さん、とうとう辞表を出しました。

「耳奥にめまいの元凶潜んでる」
     奈良市  上田福子
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(注)内耳に蝸牛管がありますが、聴覚を司っていて、めまいの元凶は三半規管だそうです。。

「デデムシを怖いと逃げる都会の子」
    京都・精華町  奥田登
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「愛でる国食べる国より安全だ」
    東京・千代田  服部充男
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(注)フランスでは、カタツムリを「エスカルゴ」と言いますね。私はパリで食べたことがあります。丁度、サザエのつぼ焼きのようなものです。バター味ですが。

「ナメクジが妬くほどもてるカタツムリ」
    堺市  笠村一彦
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(注)「なめくじ」も立派な夏の季語です。「なめくぢの左曲りと右曲り」(高野素十)

「マイマイもデンデンムシもカタツムリ」
   東京・品川  朝熊弘道
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「情操を育ててくれたカタツムリ」
   大阪・熊取町  井本健治
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「デンデンで良いから元気でいろと母」
   東京・新宿   菅佐原道夫
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「あじさい園 蝸牛(かたつむり)売る人のあり」
   寝屋川市 片岡洋介
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「蛞蝓(なめくじ)はお家を捨てた蝸牛(かたつむり)
高槻市   東谷直司
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(注)カタツムリは貝の一種(だから、食べられる)、ナメクジは軟体動物で違う生物です。カタツムリの殻を取ると死んでしまうそうです。
ナメクジという漢字は難しいですね。その漢字に関連した俳句があります。「蛞蝓といふ字どこやら動き出す」(後藤比左夫)
(以上)
  
Posted by 皆川眞孝 at 09:00
四国周遊 愛媛県松山城(2) [2016年06月21日(Tue)]
四国周遊 愛媛県松山城(2)



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続く


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
今月の俳句(平成28年6月) [2016年06月20日(Mon)]
今月の俳句(平成28年6月)


今月の句会の兼題は「十薬」「どくだみ」でした。花は可憐ですが、匂いが強烈、またその生命力に圧倒されます。俳句にするには難しい季語でした。
句評は指導者の藤戸さん、今月の一句は渡辺さんが選んで評を書いています。

特選
「蟇(ひきがえる)(つつ)かれ伸ばす後ろ足」
  宮ア 和子


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蟇は夏の季語で、大型の蛙。肥えていて四肢が太く短い。動作は鈍重でのっそりと歩く格好はグロテスクと感じる人と、ユーモラス・可愛いと感じる人に二分されるようです。後者の代表が芭蕉でしょうか。芭蕉は蟇が大好きで、深川の芭蕉庵には石造の蟇があったそうです。作者のお宅の庭には一匹の蟇が住み着いているそうで、ある日散水栓を開けてみると件の蟇が寛いでいたそうです。散水のために除けてもらおうと突くと後ろ足をにゅうと伸ばしたそうです。何とも大らかでユーモラスな、そして作者の優しさが感じられる佳句だと思います。

「荒れ果てて庭の十薬星の海」
  小野 洋子


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十薬(夏の季語)はどくだみという名でよく知られた草です。特有の臭気は脱臭作用があり、乾かして利尿・緩下剤として昔から民間薬として用いられてきました。この句は荒れ果てた庭に生命力の強い十薬がはびこっている景。白い十字形の花弁に見えるのは苞で、花は花芯に見える部分です。白い苞が庭一面を覆っている景を星に、広がる叢を海と見做し、海に散らばる地上の星と表現されました。なかなか想像力豊かな作者ですね。

「聞きとれぬまま頷くや毒だみ茶」
  木原 義江

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作者はちょっと聴力が落ちておられます。多分ご夫婦の日常会話でのご経験を詠まれたのでしょう。お茶を飲みつつの何でもない会話、ご主人が何か言われたが、よく聞き取れないけれど聞こえたふりをして頷いた、ただそれだけのことですが、長年連れ添ったご夫婦の穏やかな関係性がよく表現されています。下五の毒だみ茶により作者の少し後ろめたさや哀しみも併せて表現されているように感じます。

「雨そぼろあぢさゐ艶に山路かな」
  皆川 瀧子


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雨そぼろとは雨がしとしとと降るさまのことで、梅雨のこの季節の降り方にぴったりの表現です。静かに降る雨をしっとり含み、いよいよあぢさゐの色が深まり艶やかに咲きそろっている山路。あぢさゐの雫に足許を濡らしながら山路をゆっくり登っていく作者の姿が見えるようです。

「アフリカの乾きし風や麦の秋」
  皆川 眞孝


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1997年エチオピア(皆川撮影)

作者はアフリカ農業支援事業の仕事で、アフリカにたびたび出張された経験の持ち主です。その時のことを思い起こされて一句を詠まれました。私は写真やテレビでしかアフリカの事を知りませんが、瑞穂の国で暮らす者には想像もつかない過酷な自然環境の中での人々の暮らしはさぞ厳しいものだろうと思います。土色の大地がどこまでも広がり、そこを乾ききった風が吹きぬけていく。麦の秋(夏の季語)の黄熟の乾いた感じと乾ききった大地と風、よく響き合っていると思いました。ただ、麦の秋は収穫の時、一方のアフリカの大地は不毛の地、その落差の残酷さをもこの句は表現しているとも思います。かの地に黄熟の麦畑が延々と広がる日が来ることを祈るばかりです。

「老鶯(ろうおう)のひと鳴き山は雨模様」
  渡辺 功


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春を過ぎ、繁殖のために山に上がって鳴く鶯を老鶯(夏の季語)といいます。必ずしも老いた鶯を意味しません。春にホーホケキョと鳴いていたのが、夏には上達してホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ・・・と長鳴き(谷渡りといいます)をします。鶯の鳴いている山は雨の降りそうな気配だが、と作者は細やかな心遣いをして案じています。さて、山は、の‘は‘は他と区別して取り出していう意を表す助詞で、ここでは鶯の鳴いているその山だけを指しています。従って作者の居る場所は雨は降っていないと解釈できます。作者の巧な表現が光ります。

「黙々と飼葉運ぶ子麦の秋」
  藤戸 紘子


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「麦の秋」は「秋」という言葉が入っていますが、「夏」の季語です。植物の「麦」も、やはり夏の季語です。「麦の秋」は歳時記の「時候」の部に入っていて、麦が黄金色に熟して取りいれ時の初夏の頃で、「秋は実りの時を意味する」そうです。
さて、この句ですが、麦の秋、飼葉という措辞で、麦畑や牧場のある北海道の広々とした風景を思い浮かべました。TVドラマ「北の国から」で見たことがある雄大な景色です。目を近くに移すと、牛舎に飼葉を黙々と運んでいる子供の姿があります。遠景と近景、この対比を感じます。
たまたま私も「麦の秋」の句を作りましたが、さすが藤戸さん、「黙々と働く子供」の具体的な情景描写により、句がいきいきとしていて、私との格の違いを見せつけられました。(評:皆川眞孝)


今月の一句(選と評:渡辺 功)

「十薬や水琴の音のあえかなる」
  藤戸 紘子


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十薬と水琴の取り合わせの妙、忽ち古雅の世界です。そして、決め手は「あえかなる」。古典に弱い私としてはあまり見かけない言葉、古語辞典を繰りました。「頼りなく弱々しいこと。文例 花やかならぬ姿、いとらうたげにあえかなるここちして(源氏 夕顔)」とありました。まことに水琴の音にぴったりであります。作者の感性の豊かさに改めて感じ入りました。舛添氏、テロ、トランプ氏等々、騒がしい世情を離れて、新しい世界を知る優雅なひとときでした。ありがとうございました。
参考 「水琴窟」 水滴音を地中に埋めた瓶に共鳴させて、その音を楽しむ風流人の音遊びとして坪庭等に設置する。(評:渡辺功)

兼題(どくだみ)のその他の句を参考までに掲載します。
林道のどくだみ群れて花明り」
    宮ア 和子
「十薬の蔓延る(はびこる)庭や棲み古りて」
   渡辺 功
「どくだみの匂ひ強まり雨模様」
   皆川 眞孝

Posted by 皆川眞孝 at 09:00
四国周遊 愛媛県松山城(1) [2016年06月19日(Sun)]
四国周遊 愛媛県松山城(1)


松山城

松山城は賤ヶ岳合戦七本槍の一人、西国大名の加藤嘉明が慶長7年(1602)に築城に着手しましたが、完成直前に会津藩に転封、次に蒲生忠知が城主となり二の丸を完成したものの継嗣がなくてお家断絶、この年嘉永12年(1635)親藩松平定行が城主となって以降明治維新に至る約230年間親藩松平藩主の居城として四国に君臨しました。

城は標高132m勝山の山頂に築かれていますが、1784年落雷で焼失し、嘉永7年(1854)再建されました。嘉永7年といえば代将ぺルリの率いる黒船来航の翌年のことです。
城の様式は安土桃山様式、日本最後の完全な戦闘用城郭建築で、すべて10m以上の高石垣連立式天守、現存する21棟の建物が重要文化財に指定されています。
城は文化財に指定された全国12城の中で唯一徳川親藩の城として紋章は丸に三つ葉葵を掲げています。

松山城は「日本100 名城」「日本さくら名所100選」「日本歴史公園100選」に入る城です。


城のある勝山は標高からいえば丘に過ぎないと思うのですが、現地で接すると山高く見え観光用のロープウエイとリフトが設置されている理由が納得できます。

熊本県の大地震で熊本城の石垣や建物が損傷し、過去何度も地震に遭う都度再建が繰り返されてきた歴史が詳しく報道されていますが、加藤清正が徳川の大軍相手に戦っても落ちない城として扇形高石垣を独創したと紹介された映像はまさしく松山城を彷彿とさせるものでした。


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続く


文責 荒川
















Posted by wild river at 09:00
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-3 [2016年06月17日(Fri)]
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-3



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終わり


文責 荒川
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悪徳商法事例集(105)不審な寄付募集 [2016年06月16日(Thu)]
悪徳商法事例集(105)不審な寄付募集


国民センターから最新の見守り新鮮情報を受け取りました。 
今回の悪徳商法は、不審な寄付募集です。
寄付のために訪問してくるのは、怪しげな団体です。被災地に義援金を出す以上、そのお金がきちんと届くかが重要なポイントです。寄付をだす相手をよく見て納得してから、寄付を出しましょう。(皆川)
__________
ご注意 熊本地震に便乗した不審な訪問や電話
___________

数日前、友人宅に不審な2人組の訪問があり、被災者への寄付金を求められたようだ。信用できないと思い断ったら、すぐに帰ったという。あやしいので情報提供する。(60歳代 女性)
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<ひとこと助言>
☆平成28年熊本地震に関連して、義援金等を求める不審な訪問や電話に関する相談が寄せられています。

☆義援金等は、募っている団体等の活動状況や使途をよく確認し、納得した上で寄付しましょう。

☆不審な電話はすぐ切り、来訪の申し出があっても断ってください。また、金銭を要求されても、決して支払わないようにしてください。

☆少しでも疑問や不安を感じたら、お住まいの自治体の消費生活センター等(消費者ホットライン188)や警察にご相談ください。
Posted by 皆川眞孝 at 11:00
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-2 [2016年06月16日(Thu)]
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-2



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続く


文責 荒川


Posted by wild river at 09:00
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-1 [2016年06月14日(Tue)]
菖蒲まつり(青梅市吹上菖蒲園)-1

8日、NHK総合テレビで青梅市吹上425番地所在の「吹上菖蒲公園」で花菖蒲の見頃を迎え、今週末くらいまで鑑賞できるでしょうと報道されました。
インターネットで青梅市観光協会のお知らせをみると、19日の日曜日まで「しょうぶ祭り」と出ていますが、報道のことも考え、早お昼の食事を済ませてでかけてみました。
吹上菖蒲園は青梅ゴルフクラブの南側に接し東青梅駅のほぼ真北に位置しています。

行ってみればなんとかなるだろうという調子でマイカーを走らせたのですが、テレビの報道を見聞きした人が集中し狭い道路はマイカーの行列、それでも駐車場が大きいせいか30〜40分程度の待ち時間で3時頃入園できました。
吹上菖蒲園は菖蒲にとり少し水不足の感じで午後の陽射しの中でぐったりしているように見えました。


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続く



文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
四国周遊 愛媛県道後温泉 [2016年06月13日(Mon)]
四国周遊 愛媛県道後温泉



道後温泉については温泉を有名にした一人の偉大な人物を抜きに語ることはできません。
彼の名は伊佐庭如矢(いさにはゆきや)本名成川斧右衛門 
この人については“NHKぶらタモリ”で詳しく紹介されました。

伊佐庭は明治23年(1890)道後湯之町初代町長に就任するや当時荒れ果てて疲弊の極に達していた温泉観光地のシンボル道後温泉本館を建替することを決意し、総工費135000円の
予算を計上しました。明治初期、小学校教員初任給8円の時代ですから、まして貧窮の町には財源もなく町を挙げての大反対に遭いました。

伊佐庭は「百年経っても真似のできないものを作ってこそ意味がある」と言って説き伏せ、城大工棟梁坂本又八郎の設計施工で壮大な木造建築の粋たる「道後温泉本館」を完成させました。道後温泉の復活繁栄の基礎ができたのは伊佐庭の決断の賜物だといえます。
伊佐庭如矢は金刀比羅宮禰宜も勤め、幕末から明治の大教育者であり、松山城の存続にも貢献した人です。


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終わり(次は愛媛県松山城へと続きます)



文責 荒川
Posted by wild river at 14:00
四国周遊 愛媛県宇和島城(2) [2016年06月12日(Sun)]
四国周遊 愛媛県宇和島城(2)


四国に国指定重要文化財 全国12城のうち1/3の4城もあり、しかもそれぞれが個性的な人物の手で造られたという事実は目を瞠るものがありました。
城は存在する土地の人々にとっては故郷であり魂でもあるのですね。



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四国の城や神社仏閣の境内には巨樹が多い気がします。
それらの大樹は滅多に見ることができない国の宝だと思いました。


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終わり(次は愛媛県道後温泉へ続きます)


文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
四国周遊 愛媛県宇和島城(1) [2016年06月10日(Fri)]
四国周遊 愛媛県宇和島城(1)

宇和島城


四国の城見学の二番手は築城の名手と言われた藤堂高虎会心の作「宇和島城」です。
高虎は中世期 宇和島の標高74〜80mの台地にあった丸串城の跡地に目をつけ、ここに築城秘法ともいえる五角形の城郭を築きました。それは攻めるに難く守りに安い様々な独創と工夫に満ちた城構えであったことが調査により判明しています。

城は慶長元年頃工事に着手し慶長6年(1601)に完成、天守閣も高虎により造られました。
その後高虎が今治に転封になり、元和元年(1615)奥州仙台藩主伊達政宗の長子秀宗が入城しました。2代伊達宗利城主のとき、天守以下城郭の大改修を行い、寛文11年(1671)に完成しましたが、縄張りその他高虎創建時の基本を踏襲して改修されました。
現在私たちが目にする天守は寛文11年改修のものです。


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塔型の美しい天守は戦闘用というより、城主の権威の誇示の意味合いが濃いようです。

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続く



文責 荒川
Posted by wild river at 09:00
ブログランキング2016年5月 [2016年06月09日(Thu)]
CANPANブログのランキング
(2016年5月)

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三井台南窓会ブログの運営団体CANPANから、5月のランキング・ベスト100の連絡がきました。
三井台南窓会のブログは、先月の14位から上昇し、3月と同じく堂々の11位となりました。もう一息でベスト10入りです。

詳しくは、次の「お知らせ」の中のホームページをご覧ください。
ランキングの好成績は、皆様が読んでいただいているお蔭と感謝しています。
記事を書く方も増えています。これからも、今日はどんな記事があるかなと、毎日ブログを開いて、お読みくださるようにお願いします。また、コメントも歓迎いたします。(皆川眞孝)
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●0o。 【CANPANブログ】5月のランキング・ベスト100 。o0●
CANPANでは2014年から毎月、アクセス数(Googleアナリティクスによる
ページビュー数)の多いブログのランキングを発表しています。
このたび、5月のランキング・ベスト100が決まりました。

○2016年5月のランキング・ベスト100
http://blog.canpan.info/cpforum/archive/601

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Posted by 皆川眞孝 at 10:00
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