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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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かたらいの路(2)(わが町スナップ) [2011年03月31日(Thu)]
かたらいの路(2)(わが町スナップ)

「かたらいの路」ハイキングコースは、京王線・高幡不動駅を出発して高幡不動尊の裏山を越え、三井台・鹿島台の住宅街を抜けて、南平東地区センターの裏に達します。今回は、皆様お馴染の高幡不動尊の裏山の路を掲載します。

三井台から行くと住宅街はずれに、「かたらいの路」入口があります。入口から少し登れば、ここは緑に囲まれた別世界です。

谷底に「馬場跡」があります。少し歩くと、この丘の頂上に高幡城址があります。中世の城あとですが、史実は不明だそうです。今は何も残っていません。

高幡城址から北の眺望がよく、眼下に高幡不動駅のプラットフォームが見えます。
このあたり、鬱蒼とした木に囲まれた道もあります。

途中に急な坂があり、落ち葉の季節は滑りやすく危険です。手すりがついています。

3月末のこの季節、山椿が満開です。高幡不動尊まで降りると、アジサイのあるところに桜の花が咲いていました。

今の土地を購入するときに、高幡不動尊の裏山があるのが、大きな決定要因でした。ここは開発されないだろうと思ったからで、今でも無事に緑地として残っています。(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 08:39
被災地ボランティア(続) [2011年03月30日(Wed)]
被災地ボランティア(続)


前回のブログで紹介した中城茂登子さんについて、日本財団のCANPANブログに、「82歳のボランティア」として、足湯の事前講習会を受けたときの記事がでています。次をクリックしてお読みください。

http://blog.canpan.info/koho/archive/1388#BlogEntryExtend
(文責:皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 09:01
被災地ボランティア [2011年03月30日(Wed)]
被災地ボランティア

2008年9月に、技能ボランティア海外派遣協会・中城茂登子様の講演会を三井台自治会が行いましたが、記憶にある方もいらっしゃるでしょう。

中城様はシニアボランティアとしてスリランカに派遣され、地元の女性グループにミシンを使った縫製技術指導をした経験を語ってもらいました。(次をクリックすると、その講演会の様子がわかります。)
http://blog.canpan.info/nisva/archive/779

その中城茂登子様(82歳)が、このたび日本財団のボランティアに応募して、大震災の被災地に派遣されるという話を聞きました。
日本財団は、いち早く被災地にボランティアや救援物資を送って、被災者を助ける運動を行っています。政府や公的機関と違って、迅速で、ユニークな援助を行っています。今回は、寒さに震える被災者に、「足湯」を提供するものです。体を温めるだけでなく、ストレスや疲労を軽減する効能があるそうで、日本財団で用意したバスに乗って避難所をボランティアが巡回するものです。ボランティアは、心身とも健康な20歳以上の男女で、寝袋持参で、風呂にも入れず食料も十分でないという不自由に5日間耐えられる人60名を募集したところ、既に満員で締め切ったそうです。

私などは、自分は老人だから何も出来ないだろうと思っていましたが、私より、ご高齢な中城様が、不自由をいとわず、何かお手伝いしようとするお気持ちで活動をすると聞くと感激するとともに、自分が恥ずかしい気持ちです。
日本財団は、このような活動のための支援基金を募集しています。私はせいぜい募金に応じるぐらいしか協力できないので、出来る範囲で送金しました。
一口2000円で支援金を募っていますので、ご協力出来る方は次の日本財団のホームページをご覧ください。
http://www.nippon-foundation.or.jp/
(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 08:59
かたらいの路(わが町スナップ) [2011年03月29日(Tue)]
かたらいの路(わが町スナップ)

今回は、三井台のほとんどの方がお馴染の、多摩動物公園裏の「ハイキングコース」を掲載します。高幡不動裏山から続く道が、住宅を通りぬけ、南平東地区センターのところから、再び、ハイキングコースとなります。いまでは、「かたらいの路」と呼ばれています。

私(皆川)が大学生時代に、高幡不動から平山城址公園までこのハイキングコースを歩いたことがあります。当時(50年前)は、多摩動物園も、三井台住宅地、鹿島台住宅地もなく、自然の中の山道でした。まさか、ここに住むことになるとは、その時は考えもしませんでした。
地区センターの石段を登ると、入口です。

ここからは、三井台の向こうに新宿のビルや東京スカイツリーが見えますが、今日はかすんでいて見えません。

入口から、動物公園を左にみて、自然路がつづきます。動物園は、金網で囲まれています。金網にある鉄板は、たぬきなどが園内に入らないためだそうです。

坂のきつい場所は、階段になっています。ここでは、46段ありました。
坂の上からは、木立ち越しに、市役所が見えました。

途中に、御嶽大神の石碑がありました。これだけの石を運びあげたのは大変な労力でしょう。

南平台住宅地の近くに、見晴らしの良い場所があり、日野市全景が見られます。

新しく開通した京王線の下をくぐる道路(一番橋に続く)も見えます。快晴の日は、富士山が見られますが、今日はだめでした。今日は、ここまでで、元の路を帰りました。
(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 17:02
計画停電のグループ [2011年03月28日(Mon)]
計画停電のグループ


東京電力では、計画停電のグループを今までの五つのグループを細分化し、それぞれの5グループにさらにABCDEの小グループを作ることを発表しました。

三井台のある三沢五丁目と、鹿島台のある南平1丁目は、第4グループのC、になります。これからの計画停電はTVでも事前に発表されますので、気を付けてみてください。

また、みなみが丘のある南平2丁目は、第2グル―プのDとなりますので、ご注意ください。
(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 08:46
近畿逍遥(49) [2011年03月27日(Sun)]


近畿逍遥(49)


(2月−3)




京都駅近くの本願寺界隈(京都タワー「お東さんのろうそく」の灯下にあたるエリア)を歩いてみます。七条通りと並行して走る「正面通」を西本願寺から東に向かい鴨川にかかる正面橋までの本願寺門前町を寄り道しながらゆっくりと歩いてみましょう。








西本願寺(下京区)

浄土真宗本願寺派の本山。世界遺産(文化遺産)。本尊は阿弥陀如来。
前身は文永9年(1272)に宗祖親鸞の末娘覚信尼(かくしんに)が建立した東山の大谷廟堂。第三代の覚如の時に本願寺と称した。天正19年(1591)に豊臣秀吉が現在地の堀川六条に寺地を寄進、伽藍が整備された。慶長7年(1602)に教如が徳川家康から烏丸七条の地を寄進されて東本願寺を分立した。元和3年(1617)の焼失後に伽藍を再建して今日に至る。西本願寺と通称される。
御影堂(ごえいどう)は寛永13年(1636)の建築で重要文化財。寛政の大修復(1800)及び平成の大修復(1999〜2008)の2回の修復を経ている。宗祖親鸞の像を安置する壮大な建築である。2011.4月より親鸞聖人750回遠忌法要が修行予定である。

尚、御影堂門を入って左手突きあたりに「飛雲閣」がある。桃山様式の建築で国宝の建造物として、「金閣」(鹿苑寺)、「銀閣」(慈照寺)と並んで「京の三閣」と呼ばれている。ここは、原則非公開であるが、特別公開される場合があります。私もタイミングが合わず拝観できていませんが一見の価値ありです。




写真上左:御影堂門から見る御影堂
写真上右:御影堂門(門前の総門が見えている)

写真下:阿弥陀堂(本堂)宝暦10年(1760)の再建で重要文化財。
東西42m、南北45m、高さ25m、中央には本尊阿弥陀如来像を安置しています。





唐門」 国宝

桃山様式の建築。もと御影堂門で、元和4年(1618)現在地に移築して彫刻を飾るなど改造された。伏見城の遺構との伝承ををもつ。
豪華な装飾彫刻を全体に施した四脚門。建築細部に見られる彫刻は、これを丹念に眺めていると日の暮れるのを忘れるといわれ、「日暮門」と通称されている。










東本願寺(下京区)

真宗大谷派の本山。真宗本廟という。本尊は阿弥陀如来。
慶長7年(1602)に本願寺の十二代教如が徳川家康から寺地(現在地)を与えられて当寺を建立。この時に堀川の本願寺(西本願寺)から分派して、東本願寺となった。
御影堂は、二層建築に見えるが下部は裳階である。開口76m、奥行き58mあり建築面積において世界最大の木造建築であり、現在の建物は、平成16年(2004)〜平成21年(2008)大規模修復が行われたものである(写真左下)。

写真左上:御影堂門
明治44年(1911)の再建(高さ約28m)。「真宗本廟」の扁額を掲げる。

写真右:京都タワー(御影堂門下からのショット)。
まさしくお東さんの「ろうそく」ですね。









本願寺伝導院(下京区) 写真下・上段

西本願寺門前の総門をくぐると、正面通(地元の人は御前通りと呼ぶそうです)、両側は仏具店、法衣店、仏教書出版と仏教関係の店が並ぶ、その中で一風変わった建物があります。天文台風な外観です。建物前にガイドがあり、それによるとこの伝導院は明治44年(1911)に真宗信徒生命保険株式会社の社屋として創建されたとのこと。門前に似合わぬ建物なので、この前を行く人が一様に不思議そうな顔して通り過ぎてます。化粧煉瓦仕上げといい、塔屋の周囲のテラスと高蘭といい、円形の屋根といい意匠に優れた建物ですね。
京都市有形文化財に指定されています。




山内任天堂ビル(下京区) 写真上・下段2葉

ご存知いまや世界に冠たる「Nintendo」の創業の地(現本社は南区にあります)。
3階建の重厚な建物である。建物といい表札といい、さりげなく歴史を語らんとしてますね。
前身は明治22年(1989)に誕生した小さな会社、現相談役の山内 溥氏の曽祖父が「任天堂骨牌(かるた)」つまり、かるたや花札を製造する会社を興したのが始まりです。
形・大きさが同じぐらいなのに目をつけて、全国のたばこ店網を活用して拡販に努めた由。
また、日本ではじめてトランプを製造したんですね。「大統領印の花札」なんか懐かしいですね。
このビルは使われていないようで、保存されているんだと思います。
表札の最下段には「京都正面大橋西」と記されてます。









渉成園しょうせいえん(下京区)

真宗本廟(東本願寺)の飛地境内地(別邸)。
東本願寺成立後、寛永18年(1641)に十三代宣如(せんにょ)上人が徳川家光から東本願寺の土地を寄進され、自らの隠居所と定め、陶淵明「帰去来辞」の一節「園、日に渉って以って趣を成す」から採って「渉成園」と名付けた。そして周囲に枳穀(からたち)を生垣として植えたことから枳穀邸(きこくてい)とも称されるようになったとのこと。
庭園はいわゆる「池泉回遊式庭園」で、洛北「詩仙堂」を開いた石川丈山の作庭になると伝えます。和漢の香り豊かな「市中の隠」である渉成園は、昭和11年(1936)、文人趣味に溢れる仏寺庭園として国の名勝に指定されています。

写真上段:入園口(西門)
東側は河原町通りに面してますが、入口はこの西の一か所です。

写真下段:印月池ほぼ中央に架かる「侵雪橋」(しんせつきょう)越しには京都タワーが映り込みます。ここは山とかを借景としたいところですが、景観論争にこの「ろうそく」は勝ったのです。
園内は、200m四方の広さで、印月池や侵雪橋を含めて十三景と諸建築が配されていて見応えがあります。







京都タワーの展望台からは、東西本願寺の広大な寺領や渉成園の緑、この界隈の地形が手に取るようにわかると思います。



(2月−3 了)
Posted by 奥野 祥司 at 08:30
三沢の水道 [2011年03月26日(Sat)]
日野市三沢の

水道の放射能汚染数値について、

東京都水道局に尋ねました。

要点を簡単にお知らせします。

三沢の水道水は
東村山浄水場から40%
三沢浄水所の地下水から60%
この2カ所から供給されています。

東村山浄水場の水は
朝霞浄水場から3分の1
小作浄水場から3分の2

供給されています。

細かく言えば
三沢の水道水は
朝霞浄水場から約13.3%
小作浄水場から約26.7%
三沢の地下水60%
ということになります。

ですから

汚染度を知ろうと思えば

大雑把ですが

朝霞浄水場の汚染度の約13.3%

小作浄水場の汚染度の約26.7%

三沢の地下水の汚染度の60%

の合計ではないかと思います。

(まことに大雑把ですが)

朝霞浄水場の汚染度と
小作浄水場の汚染度は
ここに記載されています。


http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/tp_second.pdf
三沢の地下水の数値は、不検出≦20Bq/kgだそうです。

では、3月24日の数値で計算してみます。

76Bq/kgx13.3%+不検出≦20Bq/kgx26.7%+不検出≦20Bq/kgx60%
=10.1+5.3以下+12以下=27.4以下

ホッ、100以下ですね。

ちなみに、豊田地区の水道水は、

東村山浄水場から100%だそうです。

東京都水道局のHPはこちらです。

http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/press/h22/press110325-02.html

Bq/kgは、放射能濃度の単位です。
Posted by 明平暢男 at 09:33
フラワーアレンジメント [2011年03月25日(Fri)]
フラワーアレンジメント
2011.3月

震災から2週間、日が経つにつれ被害の大きさに驚き・悲しみ・嘆きは増すばかりです。
テレビ・新聞のニュースによれば、被災地道路の復興や片付けが少しずつ進みつつあるようですが、原発事故に関する不安な毎日が続いています。南窓会の多くのサークル活動が休止状態の中で、今月のフラワーアレンジメント教室はどうするか迷いましたが、少しは明るい事で気分転換もいいのではという意見もあり、実施する事にしました。

24日は学校の卒業式などもあり、田崎先生ご多忙のため、代わりに昨年3月にもお世話になった金沢先生に教えていただきました。

今日の作品は「オールラウンド」 どの位置から見ても良いように活けます。

先生の作品



使用した花(写真下、上段左から右へ、)
〇バラ(ヘリオスロマンチカ)
〇ラナンキュラス
〇アリウムコワン
下段左から
〇ヒベリカム
〇スターチス
〇宿根スイトピー
花器は浅い鉢受け皿で色は黒


活け方
〇1焦点に向かって挿す。焦点をイメージして斜めに。
〇低く、こんもりと。
〇大きいバラから、ラナンキュラス、アリウムコワン、の順に段差をつけて
〇ヒベリカムは後で間に入れる。
〇スターチスで足元のオアシスをカバーする。


生徒の作品




地震関連の用事でこられない方もいましたが、出席した会員にとって癒しのひと時となり、時折差し込む陽ざしが照明も暖房もない部屋をカバーしてくれました。

文責:石塚
Posted by みよちゃん at 09:50
大津波の前と後 [2011年03月23日(Wed)]
大津波の前と後


宮アさんのご友人が、東北地方を襲った大津波が来る前と後を比較した航空写真が沢山でている海外ウエッブサイト(ABC News)を紹介してくれました。

災害の後に写真をとるのならわかりますが、それ以前に同じ位置から写真を撮っていたのは驚きです。この写真で、美しかった国土が、一瞬のうちに荒廃した土地になったのがわかり、悲しい気持ちで一杯になります。外国人から見たら、自然がいかに人間に脅威をあたえるかという実例でしょうが、私達にとっては自分たちの愛する国ですから、複雑な気持ちです。
次をクリックして、写真が出たらその上の黒い縦の線をカーソルで左右にページをめくるように動かしてください。
http://www.abc.net.au/news/events/japan-quake-2011/beforeafter.htm
(文責:皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 08:57
三井台の一番細い公道 [2011年03月21日(Mon)]
三井台の一番細い公道
(わが町スナップ)


大震災で、皆様の気持ちが沈んでいらっしゃることでしょう。
元気づけるために、全然違う記事として、「わが町スナップ」の続きを載せたいと思います。

三井台は、多摩丘陵を造成した住宅地ですので、ほとんどの道が坂道で、しかも道幅4メートルの細い道が多いところです。分譲当時は、道路は私道でしたが、管理が大変なため、日野市に譲渡されて現在は市道になっています。

ところで、三井台から動物園側の下の道路に下るときに、幅1メートルにも満たないとても細い道があるのをご存じですか?(三沢5丁目12番地あたり) 
これでも、立派な公道(市道)です。以前は、山道のようなでこぼこ道で急な坂道で歩くのに大変でしたが、今は舗装もされ、手すりもついています。この舗装のために、三井台自治会が署名運動をしたことを思い出しました。


道の入り口



急な下り坂


道の途中、珍しい日本タンポポが見つかりました


下から、見上げる三井台

まだ、利用したことのない方は、ぜひこの道を登ってみてください。
(文責:皆川)


Posted by 皆川眞孝 at 13:28
東京消防庁の会見 [2011年03月20日(Sun)]
連日のアップで失礼します。
昨日の会見をジャーナリストの江川詔子
氏が文字起こしをしてくださったので以下
アップします。


1)東京消防庁の会見。11日に原発での
災害を認知。12日から、このようなN災害
に対しどのような戦術でいくかを検討。屈
折放水塔車、大型化学車、40メートル
のはしご車の3方式を考え、いつ出動にな
るかは分からなかったが、16日にどの方
式が効率よく隊員を危険にさらさずに済む
か実験した

2)どうすればシンプルにできるかを考えた。
17日に出動命令があった。機会があれば
8分20人でできる作業だったが、現場の
状況が悪く、人手でホースを広げなければ
ならず、現地に行ってから計画を再構築
した。当初ははしご車を使うつもりだった。
しかし、これは毎分1100リットルの放水
で、

3)風が強かったので流されてしまうとい
うことで、3800リットル出せる屈折放水
塔車にした。これだと高さは22メートル
しかないがまとまった太い水量を送り込
める。注意したことは2点。1つは、担任
の呼吸管理。一番恐ろしいのは体内被
曝と聞いているので、2時間使えるボン
ベと防護服を着想した

4)第2に放射線量。一般では10ミリ、
 緊急の場合は30ミリで、よほどの場合
は一生の間にということで100ミリを許す
ということになっている。専門医の同行も
してもらった。被曝量は、27ミリが最大。
最初に入った測定車で現場をあちこち確
認して滞在時間が長かった石井隊長。

5)14〜15ミリが3人、10ミリ以下が45
人だった。14〜15ミリが3人、10ミリ以
下が45人だった。 今の心境を聞かれ、
冨岡豊彦隊長と高山幸夫隊長は「達成
感でいっぱい」と。

6) 冨岡隊長「どういう危険があって、
どういう活動ができるか。今までの訓練の
ように活動できるか。このメンバーであれ
ば何とかなると思った。隊員は士気が高
く、みんな一生懸命やってくれた。家族に
は申し訳ない。この場でお詫びとお礼を
申し上げたい」と涙ぐむ。

7)高山隊長「常に我々の側で測定して
声をかけてくれるバックアップしてくれた
仲間がいたからできた。現地に行く前、
妻には「派遣命令だから行ってくる。必ず
帰ってくるから」とメールした。妻からは
「信じて待っています」という返事が来た。

8)冨岡隊長は命令が出た時に家にいた。
妻、長男、長女に話をして「安全確保され
ない限り仕事しないから安心しろ」と行っ
て家を出た、と。佐藤康雄総隊長は妻に
「これから福島の原発に行ってくる」と
メールして出かけた。妻からの返信は
「日本の救世主になって下さい」と。

以上引用終わり。

普段は途中で放送を切るNHKも、
最後まで流したそうでうす。
Posted by 明平暢男 at 10:03
計画停電予定(18日〜24日) [2011年03月18日(Fri)]
計画停電予定(18日〜24日)


東京電力のホームページによると、三井台のある三沢5丁目は第2グループと記載されていますが、日野市役所に確認したところ第4グループです。
計画停電は、需給関係で実施が決まりますので、予定通り実施されないことがあります。いまのところ、幸いにも実施されていませんが、この時間帯に停電が実施されることを覚悟して準備しておいた方がよさそうです。(皆川)
東京電力ホームページによると、18日から24日までの予定は次の通りとなっています。(皆川)
3月18日(金) 15:20〜19:00
3月19日(土) 12:20〜16:00
3月20日(日) 9:20〜13:00 (最悪の場合追加 16:50〜20:30)
3月21日(月) 6:20〜10:00 (最悪の場合追加 13:50〜17:30)
3月22日(火) 18:20〜22:00
3月23日(水) 15:20〜19:00
3月24日(木) 12:20〜16:00
Posted by 皆川眞孝 at 12:17
希望の朝 [2011年03月18日(Fri)]
希望の朝

大震災から丸1週間がたちました。しかし、まだ被害の全貌もつかめず、救援も遅遅として進んでいません。福島原子力発電所の事故もまだおさまっていません。電力供給が追い付かず、計画停電も始り、首都圏でも交通機関の混乱が続いています。ガソリンの不足も深刻です。

未曾有の災害のために、私達もどうしてよいかわかりません。いったいこれから日本はどうなるのだろうか、復興できるのだろうか、このまま日本は沈没してしまうのではないだろうかと絶望的な気持ちにも襲われます。
しかし、このような時だからこそ、明るい気持ちをもって、希望を捨てないで、私達のできることを少しずつでもしていきたいものです。すべてを失った被災地の皆さんと比べたら、私達の今がどんなに恵まれているかわかります。

我が家から見た今朝の東京スカイツリーと、鹿島台から見た今朝の富士山の写真です。

日の出と東京スカイツリー(左)


東京スカイツリーはあれだけの揺れでも、大丈夫でした。

富士山は、直下の地震がおきましたが、雪に覆われた優美な姿は変わりません。

この震災後の私達の生活は、以前とは大きく変わるでしょう。電気の有難さを知り、いままで当然だと思っていた生活が、危ない糸の上でのバランスだったとわかります。世界が日本の底力を信じています。私達のできることは、まず節電する、車の使用を控える、風評で無用な行動はしない、お互いに助け合う、健康を維持する、といったことでしょうか。
希望を持ち続けましょう。(南窓会:皆川)

Posted by 皆川眞孝 at 08:50
三井台付近の放射線量 [2011年03月16日(Wed)]
三井台付近の空気中の
放射線量を10分おきに
測定しているブログを
ご紹介します。


「ナチュラル研究所」
ガイガーカウンター
Posted by 明平暢男 at 21:48
ひの煉瓦寄席の中止 [2011年03月16日(Wed)]
「ひの煉瓦寄席」の中止


3月18日(金)に予定されていた「ひの煉瓦寄席」(出演:三遊亭小遊三、好楽など)(主催・日野市))(日野煉瓦ホール)は、節電協力のため中止になりました。
チケットは、煉瓦ホール(市民会館)と七生公会堂で払い戻し中です。
なお、3月24日(木)に予定されていた「認知症と家族と日野」の講演会(無料)(市民会館小ホール)も中止となりました。
(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 10:30
計画停電予定 [2011年03月15日(Tue)]
計画停電予定


本日(14日)計画されていた停電は実施されずに幸いでした。しかし、第5グループの一部は実施されました。東京電力のホームページによると、三井台の属する第4グループの予定は次の通りとなっています。需給関係で実施が決まるそうですが、一応覚悟しておいた方がよさそうです。(皆川)
3月15日(火) 9:20〜13:00
3月16日(水) 6:20〜10:00 (最悪追加 13:50〜17:30)
3月17日(木) 18:20〜22:00
3月18日(金) 15:20〜19:00
Posted by 皆川眞孝 at 01:54
南窓会野外例会の中止 [2011年03月15日(Tue)]
南窓会野外例会の中止


3月16日(水)に予定していた三井台南窓会野外例会(行先:柴又帝釈天)は、東北地方太平洋沖大地震の影響でバスの手配ができず、中止いたします。28名の方の申込みがあり、楽しみにしていたと思いますが、非常事態ですのでご了承ください。申込金はお返しします。
(南窓会:皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 00:06
急告ー計画停電 [2011年03月14日(Mon)]
急告ー計画停電

地震により発電所の被害があり、電力の供給に支障が発生しています。電力不足を補うため、東京電力は、本日から計画停電を計画しています。

三井台のある三沢5丁目、南窓会と関連の鹿島台1丁目、2丁目は、第4グループに属します。
本日の停電予定は、午後1時50分から5時30分までです。
停電の時間は毎日変更になります。
6時以降の東京電力のホームページを見てください、とのことです。
不便になりますが、この国難を乗り切るために、協力しましょう。
(皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 09:33
お願い [2011年03月13日(Sun)]
お願い 急告


テレビで節電の要請をしていますが、
関西電力の知人からも要請がきました。本日18時以降東京電力の備蓄が底をつき、

関西電力、中部電力が東京電力に送電援助をすることになった。

電力不足は重大な事態なので、被災地の医療などに支障がでないよう、
一人一人の少しの節電でも積み重れば大きい。

是非節電協力を知人、友人に伝えて欲しいとの強い要請がありました。

我々にできることはやろうではありませんか。ご協力をお願いします。

菊間
Posted by 菊間敏夫 at 19:14
防災常識のウソ [2011年03月12日(Sat)]
防災常識のウソ


3月11日の「東北地方太平洋沖大地震」は、この三井台でも大きく揺れました。皆さんは、大丈夫だったでしょうか?この地震による被害の大きさに唖然としてしまいます。同じ日本で、あれだけの被害を受けた人達がいるのを、こちらは無事で申し訳ない気持ちでTVをみています。
TVを見て、津波の破壊力の恐ろしさを、改めて認識しました。被害を受けた地域に親戚や友人のある方もいらっしゃるでしょう。被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。

「防災オンチの日本人」(防災システム研究所所長・山村武彦著)という本を読みました。その本に、参考になることが書いてありますので、ここに紹介します。

防災常識の三大ウソ

その1:「地震!机の下にもぐれ」は間違い

「防災のしおり」には、「地震が発生したらすぐに机の下にもぐれ」と書いてあるが、家が倒壊したら、机も壊れる。「最悪に備える」というのは、建物がこわれるという前提で行動すること。家がつぶれない地震なら、机の下にもぐる必要もない。「地震が発生したら、安全な場所に移動するか、直ちに出入り口を開け、いつでも脱出できるようにする」ことが必要である。

その2:「避難所に必ず避難する」は間違い

地震が発生したら、火災が発生しようと、生き埋めの人がいようと、とりあえず避難所に避難しなさいといわれるが、これは間違いである。人は「緊急援助行動」をしようとするが、その場に多くの人がいると、「誰かが助けるだろう」という気持ちになり、「誰も助けなかった」という場合がある。自分の安全確保が第一だが、それができたら緊急通報や負傷者救助を出来る範囲で行うべきである。

その3:「停電のときは非常用ローソク」は間違い

地震でひどく揺れて停電になり、「非常用ローソク」に火を付けた途端に爆発という事故がある。ガス漏れがあり、それに引火したのである。台風による停電ならローソクはよいが、地震直後は絶対に火を使ってはいけない。また、避難して無人となった家が、電気が復旧した時、壊れた電気器具が発熱し火事になる場合がある。避難する場合は、ガスの元栓をしめ、ブレーカーを切って、隣人と一緒に避難すべきである。
(文責:皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 18:46
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