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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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今月の俳句(平成31年4月) [2019年04月25日(Thu)]
今月の俳句(平成三十一年四月)

  今月の兼題は「青き踏む」「踏青」です。この季語の説明は、次の藤戸さんの解説をお読みください。句を作るのには難しい季語でした。句評は藤戸紘子さん、今月の一句の選と評は宮ア和子さんが担当しました。

「青き踏む秩父最後の札所寺」
  木原 義江

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青き踏む(踏青)が春の季語。あまり見かけない季語ですが春、芽生えた青草を踏みながら野山を散策すること。この句は秩父三十四か所観音霊場で詠まれた句でしょう。江戸時代は庶民の観音信仰があつく巡礼の聖地として秩父の霊場は大変な賑わいだったそうです。今でもその趣は残っているそうです。一番四満部寺から三十四番水潜寺まで静かな山村と美しい自然の中を一巡する百キロメートルの巡礼道で順番にお札を収めていきます。この句は最後の札所で詠まれた句。百キロメートルを歩くのですから一日では済みません。数日または数回にわけて巡りようやく最後の札所に辿り着いたという達成感と安堵感に包まれた一瞬でしょう。悲願を達成した気分が青き踏むの季語の斡旋によりしみじみと伝わってきます。

「踏青やカウベルの音をちこちに」
  皆川 瀧子

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踏青(青き踏む)とは春の季語で、意味は前の句で説明した通りです。
作者がスイスを旅され高原の牧場を訪れた時のお句。広々とした高原の牧場、遠くに雪をいただいたアルプスの麗峰、長閑にカウベルが聞こえてきます。カウベルとは牧場などで居場所がわかるように牛の首につける大型の鈴で、平べったい形をしています。牛たちは自由に牧場内を動き回りますからあちらからもこちらからもカラカラカランとカウベルが響いてきます。その音はいかにも長閑で、人の心を癒してくれます。大きな景と伸びやかなカウベルの音そして牧場も高原も緑一色です。青きを踏んでいるのは勿論人ですが牛たち生き物も同じように青きを踏んで生きているのです。大変気持ちの良い句です。
私が聞いたところによると、牛たちを放牧する前には牧場を管理する人々により一歩一歩牧草の根元まで釘その他の異物がないか丁寧に調べるのだそうです。万一にも牛その他が飲み込まないように、との用心の為だそうで、見えない所で安全を期して大変な努力がされていることに私はとても感動いたします。

「チーターと目合わせ泣く子風光る」
  宮ア 和子

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チーターとはネコ科の哺乳類で体長1.5メートルほど。毛の色や体形は豹に似ています。特徴は目から口にかけて黒い線があることです。時速100キロメートル以上で走り、哺乳類では最速といわれています。多摩動物園にもチーターの一家がおり、毎年数頭づづ赤ちゃんチーターが誕生しています。数年前赤ちゃんが生まれた時5頭のうち3頭がキングチーター(豹に似た黒い斑点ではなく身体全体が黒い縞模様で突然変異)で大変なニュースとなりました。この句は作者がひ孫ちゃんを多摩動物園に連れていった時の景。ひ孫ちゃんをチーターがじっと見、ひ孫ちゃんがワッと泣き出したそうです。赤ちゃんが柔らかそうでチーターにとってとても美味しそうに見えたのかもしれません。チーターの目、成長期のひ孫ちゃん両方に「風光る」(春の季語)がかかり、季語の斡旋が光ります。

「日々通う歩道の割れ目すみれ草」
  湯澤 誠章

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すみれは春の季語で、日本には約80種、変種まで含めると200種以上あるそうです。これらを総称して菫といいます。どこからか種が風に運ばれたのか、鳥が運んだのか、道の割れ目や石垣のちょっとした隙間などに紫の小花を咲かせている菫をよく見かけます。厳しい環境でも懸命に可憐に花を咲かせるその生命力に驚いたり、励まされたりします。どうか踏み潰されませんように、と祈る気持ちになります。

「鳥帰る近くて遠き子の所帯」
  渡辺 功

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何と含蓄のある句でしょうか。親としてこんな気分を味わっておられる方も多いのではないでしょうか。家制度は崩壊し、核家族化が進み、加えて少子化が蔓延し、親子の関係が希薄になるのは時代の流れでしょうか。一方では濃密な親子関係により親離れ・子離れのできない親子もいていびつな社会が形成されつつあるようにも感じます。共働きの家庭も増えています。結果、子世帯は自分たちの生活に手一杯で親のことは二の次となる。親子が顔をあわせるのは年数回の家族的イベントの時のみというご家庭も多いのではないでしょうか。イベントは楽しくても終わるとさっと帰っていく子供達。春の季語「鳥帰る」で切なく寂しい年老いた親世代の思いが的確に表現されました。血縁は近いのに何故か遠い存在の成人した子供達、寂しい親心にちょっぴり俳諧味という香辛料が効いているのもお手柄でした。

「パソコンの遅き起動や目借時」
  皆川 眞孝

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目借時(めかりどき)とは本来は「蛙の目借時」といい、春の季語。一般の方はあまり見慣れない季語だと思います。春も深まる頃人は眠くてたまらなくなりますが、これは蛙が人の目を借りてゆくからである、という俗説に基づく俳諧味のある季語です。また、この時期蛙の交尾期であり「妻狩る」「雌離る」であるという説もあります。
パソコンという語が俳句に馴染むか、という声もありますが今では我々の日常に深く関わっている物なので良しとしました。最近はパソコンを使用している人が多いせいか、時間的に使用が集中するせいか起動するのに時間がかかることが多々あります。このパソコンの目覚めが悪い時の感じと目借時の季語がよく響き合っています。俳句も時代の変化とともに変化するものであると思います。

「駆けつこで下校のをのこ葱坊主」
  小野 洋子

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元気なわんぱく達の下校風景。街の子は下校時に駆けるのは交通事故の心配があるから禁止されているかもしれません。作者の子供の頃の思い出の景かもしれません。男の子は元気が取り柄、背のランドセルをかたかた鳴らしながら一斉に駆け出す景は春ならではのことのように感じます。若い命の弾けるようなエネルギーはとても気持ちの良いものですね。この句は農村の風景でしょうか。駆ける道の傍らは葱畑、葱坊主(春の季語)が背比べしています。明るく元気な楽しい一句。

「内濠の水は薄紅花万朶」
  藤戸 紘子

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写真撮影:荒川健三様

まずあまり馴染みのない「花万朶(はなばんだ)」の説明から。「朶(だ)」とは、枝、またはその枝が垂れ下がっていることを意味します。「万朶」ですから、沢山の垂れた枝です。花といえば、俳句では桜を意味します。その結果「花万朶」とは満開の沢山の桜の枝が垂れていることを意味します。文字を見ているだけで、満開の枝垂れ桜の景がうかびます。ただし、「しだれ桜」は桜の木や桜そのものに重点が置かれますが、「花万朶」はむしろ垂れた枝がポイントです。
この句は、しだれた桜が水に映って普段は緑色の水が薄紅色になっている状態を詠っています。作者のいつもながらの鋭い観察力に感嘆させられます。
先日ブログに荒川さんが千鳥が淵の桜の風景写真を沢山載せてくれましたが、まさにこの句は、水に映った桜、春爛漫の日本の原風景を思い出させてくれます。
なお、「濠(ほり)」の字は、「掘」に水のある場合に使います。この句にまさにぴったりの漢字です。(句評:皆川眞孝)


兼題「青き踏む」の他の句

「満面の笑顔の幼青き踏む」
   宮崎 和子
「くるぶしに見ゆる齢や青き踏む」
    渡辺 功
「古戦場ありしあたりや青き踏む」
    渡辺 功
「青き踏む何をせんとて生まれけむ」
   皆川 眞孝


今月の一句 (宮ア和子 選と評)

「瀬波踏む爪に花屑鷺楚々と」
  藤戸紘子

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浅瀬に漂う花筏と鷺が目に浮かびました。優雅に脚を運ぶ一羽の鷺、春の光が注いでいます。脚を水中からすっと持ち上げたその時、花びらの何枚かが付いて爪先が染まって見えたその一瞬の観察力に感動しました。花屑の措辞、季語を生かすことの大切さを学びました。
作者から鷺が脚を持ち上げた時は爪先がつぼまるとお話しいただいて納得。下五の楚々としての措辞で鷺の白さと優雅にお澄ましな姿。微笑ましさも心に残り、選ばせていただきました。(句評:宮ア和子)

<添削教室>

原句「床払ひ春日射す部屋身も軽く」  皆川瀧子
俳句では、五七五がぽつぽつを切れていることを三段切れと言って嫌います。
この句も「床払い(名詞)」「春日射す部屋(名詞)」と三段切れです。また、病気が治ったから床払いしたのですから、「身も軽く」は言わずもがなです。次のように添削してみました。床払いした喜びは、下五の、「部屋に明るい春の日が射す」ことで表現されています。
添削句
「床払ひせし奥座敷春日射す」
   皆川 瀧子
Posted by 皆川眞孝 at 09:14
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