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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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今月の俳句(平成三十年十二月) [2018年12月26日(Wed)]
今月の俳句(平成三十年十二月)


災害の多かった今年もまもなく終わります。今月の兼題は「年の市」「年用意」「春支度」です。この季語に、来年は良い年であるように期待を込めています。句評は、藤戸紘子さん、今月の一句の選と評は皆川眞孝です。

「メモを手に行きつ戻りつ年の市」
  小野 洋子

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最近は日常の買い物ですらメモをしなければ忘れることが多くなりました。まして年用意の買い物は種類も多く、値のはる物も多いのです。メモを片手に品定めと値段とを見比べ、あっちの店、こっちの店と行きつ戻りつするのが我々庶民の生活実態です。我が身を見られているような実感があります。本人の必死さが他人の目にはちょっと滑稽に見えるかもしれませんね。俳諧味が感じられます。

「値切る客もうひと声と年の市」
  宮ア 和子

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この句も年の市の景。東京人は買い物の際あまり値切らないが関西人は値切らないと損した気分になると聞いたことがあります。真偽のほどはさておき、上野のアメ横では盛んに売り手と買い手の値切り交渉が見られます。そのやりとりを聞いているだけで、年末の雰囲気に身を浸している気分になります。威勢の良い江戸っ子の兄ちゃんと客の粘り強い値切り合戦が聞こえてくるようです。

「揺れ動く裸電球年の市」
  木原 義江

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この句から昭和期のアメ横や築地の場外市場を思い浮かべました。もみくちゃになりながら少しでも安く良い物をと人々が行き交う熱気は年の市独特のものでした。この句の眼目は裸電球。裸電球とは笠などの被いや装飾のない、電線の先のソケットに電球が剥き出しになっている状態で、貧しさや荒々しさ、装飾を必要としない場などで昔はよく見かけました。木枯らしに揺れる裸電球とその下を往来する人々の熱気が年の市という季語でくっきりと表現されました。

「枯葉舞ふ展覧会の長き列」
  皆川 瀧子

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フェルメール展を見にいらした時の一句。フェルメールは日本で特に人気の高いオランダの画家で、今上野で展覧会開催中です。その人気は長い長い入場待ちの人の列からも判ります。上野は今枯葉で一杯です。枯葉が舞っているのは木枯らしが吹いているからでしょう。寒風の中にじっと待つ人々の心はフェルメールの絵と会いたいという思いで一杯なのでしょう。その熱意が伝わってきます。

「散髪の終へし項や小六月」
  皆川 眞孝

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小六月(ころくがつ)とは陰暦10月の異称で冬の季語。立冬を過ぎても厳しい寒さはいまだ訪れない穏やかな日和がしばらく続きます。このような日和を小春日・小春日和といいます。その可憐な名で冬らしい寒さを迎える前にほっと一息つくような感じがある季語です。散髪を終えて外で出ると項(うなじ)を撫でる風を気持ちよく感じた、ということは小春日和だったということがわかります。項のすっきり感と穏やかな日差しが作者の気持ちまで柔らかにしたことが窺えます。

「不揃ひの懸大根や深庇」
  渡辺 功

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懸大根(かけだいこん)が冬の季語。収穫して洗い上げた大根はしんなりするまで10日程振り分けにして干し、干しあげたものは沢庵漬などにします。最近の家屋は庇が大変浅く雨宿りもできません。この句は深庇ですので大藁家か古い農家かと思われます。その庇の下にずらーと大根が干されているという景。その大根の大きさが不揃いであったということが作者の観察の鋭いところです。姿の良い大根は市場に出荷されたのかもしれません。これは自家用の大根だろうな、とそんなことまで想像しました。下五の深庇がとても効いています。

「風呂吹や男料理の見せ所」
  湯澤 誠章

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風呂吹とは熱いものをふうふう吹きながら食べるので風呂吹というのだそうです。大根や蕪は冬に重みを増しておいしくなります。厚めに切って面取りをし、米のとぎ汁で下茹をする。熱いものに味噌をかけ、香りに柚子を散らします。旬の食材を活かした逸品です。作者は料理が大好きとのこと。旬の食材の旨味で勝負、の男の料理をご家庭でもされているのでしょう。作者の得意顔が見えるようです。

「虚無僧の佇む夕や街師走」
    藤戸 紘子


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虚無僧(こむそう)というと、時代劇の映画の中で、深編笠(天蓋)をかぶり尺八を吹いている僧に変装した武士を想いだします。時代劇では、たいていは、密偵や暗殺者で剣の達人です。実際は、禅宗の一派「普化(ふけ)宗」の僧侶のことで、行脚しながら托鉢を受けるのは修業のためで、菰(こも)を身にまとっていたので菰僧と本来は言われていたそうです。現在でも、お坊さんや虚無僧が街角に立って喜捨を乞う姿を見かけます。この句では「街師走」と言い切った季語のため、夕方に静かに佇んでいる虚無僧と彼を無視して忙しく歩く人々との対比が強調され、映画の一シーンのような景が目に浮かびます。(評:皆川眞孝)

兼題の他の句

「二つ三つ買ひ忘れたる年の市」
  渡辺 功
「背丈伸びし子ら引き連れて春支度」
   宮ア 和子
「肩越しに品定めする年の市」
   藤戸 紘子
「家中に煮物の匂ひ年用意」
   小野 洋子


今月の一句(選と評:皆川眞孝)
「木漏日のはけの小道や石蕗の花」
    藤戸 紘子

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  何げない冬の景を詠った俳句の様ですが、工夫が凝らされています。まず「はけの小道」。「はけ」というのは丘陵山地の片側が崖になっている場所を指し、関東・東北の方言だそうです。このあたりでは、国分寺や小金井のはけの道が有名です。この句では、「はけの小道」で単なる散歩道ではないことを示しています。次に「石蕗の花」。つわぶきとも言いますが、初冬に黄色の花をつけるキク科の植物です。この花言葉は、いつも葉が緑であることを評価して、「困難に負けない」というものです。初冬の木洩れ日のはけの道に、石蕗の花を見つけた景ですが、「つわぶき」の花に、これから来る厳しい冬にも負けないぞという作者の強い意志を感じたのは、私の読みすぎでしょうか?(評:皆川眞孝)

<添削教室>
原句 「するめ裂く火鉢ひとつをとりかこみ」 渡辺功

元の句でも、火鉢を囲んでするめを裂きながら食べている家族団らんの風景が良く出ています。ただ、上五を「するめ焼く」とした方が、火鉢との関連が強まり、するめの匂いまで感じられるのではないでしょうか。(藤戸紘子)
添削句
「するめ焼く火鉢ひとつを取り囲み」
   渡辺 功



Posted by 皆川眞孝 at 09:00
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