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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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額田王の歌の表記について(8) [2009年12月06日(Sun)]
額田王の歌の表記について(8)
―万葉仮名をめぐる妄想―

(万葉集写本)

この贈答歌(注:額田王の「あかねさす 紫野行き・・・」と大海人皇子の「紫草の にほえる妹を・・・」)は言うまでもなく現場でやりとりされた歌とは考えられない。もしそうであるなら、このように万葉集に公開されることなど無かったであろう。この額田王と大海人皇子の贈答歌は、公の宴席で衆人の前に披露され、参会者に強い印象を残し、記憶されたと思われる。
 そもそもこの遊猟というのは、『日本書紀』天地天皇七年五月五日の記事に

天皇(すめらみこと)、蒲生野(かまふの)に縦猟(かり)したまふ。時に、大皇弟(ひつぎのみこ)・諸王(おほきみたち)・内臣(うちつまへきみ)及び群臣(まへつきみたち)、皆悉(ことごとく)に従(おほみとも)なり。

とある行事を指し、時に額田王の推定年齢は三十八歳前後、中年女性の分別を十分にみにつけていたはずである。言葉に思いを封じ込めて、さりげなく詠みきったところが実に見事である。
 額田王が生きた時代は、政治的には天皇を中心とする中央集権国家が形作られていく過渡期であったが、歴史の舞台裏では血腥い事件がいくつもあった。
645年 大化の改新・蘇我入鹿を暗殺

(蘇我入鹿暗殺の図・江戸時代)

649年 蘇我倉山田石川麻呂反逆の罪に問われて自害
658年 有間皇子謀反の嫌疑をかけられて絞殺
663年 日本の百済救援軍が白村江の戦いで唐・新羅に大敗
667年 近江遷都
672年 壬申の乱・大友皇子自殺
686年 大津皇子謀反の嫌疑で処刑
などなど、すべて中大兄皇子(天智天皇)に絡んだ出来事である。俗な言い方をすれば、古代律令国家を作るという大義名分のもとに、男は権力闘争に走り、そのためにどれほど多くの血が流れたかしれない。額田王は、そのような政治状況の間近に身を置きながら、権力から一歩引いたところで、人間らしい心を失わず自己の抒情の世界をひたむきに追い求めたと思われる。女であったがための恩恵かもしれない。
(伊藤道子)(文集・花筐より)

(額田王)
Posted by 皆川眞孝 at 19:28
この記事のURL
http://blog.canpan.info/nsk/archive/590
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コメント
伊藤様 皆川様
額田王の歌についての連載、日本の歴史にも思いをよせる良い機会になりました。

伊藤さんの「想い」の深さには感嘆いたしました。万葉集を読む時には、伊藤さんのこの連載のことを思い出すと思います。ありがとうございました。
菊間

文責 菊間
Posted by:菊間敏夫  at 2009年12月09日(Wed) 09:43

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