今月の俳句(令和元年七月) [2019年07月23日(Tue)]
今月の俳句(令和元年七月) 兼題は「日傘」「砂日傘」です。今年は七月下旬になってもぐずついた天気が続き、日傘の必要な太陽を毎日待っています。句評は藤戸紘子さん、今月の一句の担当は皆川眞孝です。 「待ち合わせ高く日傘をかかげをり」 木原 義江 日傘が夏の季語。戸外での待ち合わせでしょうか。先に着いた方が日傘を高く掲げて自分の存在をアピールしている景。こんな景は日常よく見かけます。待ち合わせスポットとなると待ち合わせする人も大勢でなかなか相手の人を捜すのも難儀なもの。そこで日傘を高く掲げて自分の存在を相手に知らせる、または待っている人の姿をいち早く見つけて思わず手の日傘を「ここよ、ここよ」と掲げた瞬間でしょうか。日常よく見かける景を素直に写生されました。 「乞はるるまま日傘のモデルポーズ変へ」 宮ア 和子 モデルの措辞により写真の撮影会であることが解ります。モデルを取り巻くカメラを構えた集団を庭園や景勝地で見掛けることがよくあります。カメラを構える集団は概ね男性が多いようです。モデルは大体若い女性。この句もどうやら定番の撮影風景のようです。日傘をさしていることから夏の戸外での撮影のようです。カメラ陣から様々のポーズの要求が出されます。モデルは暑さの中、その要望に笑顔で応えているのでしょうが、その笑顔も仕事だからと作り笑顔かもしれません。撮影に夢中のカメラマン達と冷めた笑顔のモデルの対照を鋭く切り取られました。 「冷蔵庫昨夜(よべ)のカレーと眼薬と」 皆川 眞孝 冷蔵庫が夏の季語。冷蔵庫は今では四季を通して生活の必需品ですから夏の季語ということに疑問を感じる方も多いのではないかと思います。しかし、夏は食物が傷みやすく冷蔵保存の必要性は高まりますし、飲み物を冷やしたりアイスクリームを作ったりと使う頻度や必要性は高まりますので比較的新しく季語となりました。 この句の眼目はカレーと眼薬の取り合わせの妙。妙とはいえ案外目薬を冷蔵庫で保管している人は多いのではないでしょうか。かく言う私もその一人。特に夏場は冷たい目薬は涼感を感じるもの。何でもない日常を切り取り一句として仕上げた感性はさすがです。俳諧味たっぷりでもあります。 「連山へ靄(もや)立ち込める四葩径」 皆川 瀧子 四葩(よひら)とはあぢさゐのことで夏の季語。かたしろぐさ、七変化、刺繍花ともいいます。あぢさゐはご存じのように陰湿な地や気候を好みますから、梅雨入りの頃から咲き始め梅雨明けとともに花期が終わります。この句でも靄がたちこめ遠く連山が煙り、作者が歩いている小径の両側にはあぢさゐが今を盛りと咲き乱れています。あぢさゐの湿りを含んだ毬は小径を塞ぐほどの勢いであり、生を謳歌しているかのようです。煙る静の連山、生命力旺盛な動の紫陽花、遠景の山と近景のあぢさいの組み合わせが鮮やかで、絵画を見るような景が浮かびます。 「寝て覚めて雨に倦(う)む日や心太」 渡辺 功 心太(ところてん)が夏の季語で暑い季節に涼を得られる食べ物として江戸時代から庶民に好まれていました。つるっとした食感と喉越しの良さでさっぱりしていて、暑い夏に最適の日本古来のファストフードです。俳句は瞬間を切り取って詠む文芸と言われますが、「寝て覚めて」の措辞により時の経過を圧縮されて表現されたのは作者の見事な力業といえます。今年の東京の梅雨は明けても暮れても雨や曇天で心まで湿っています。あの薄墨色の空と心太の半透明の色が響き合い、また、雨につくづく厭きた心に心太の舌触りと喉越しで少し気持ちが清々しくなったという作者の感慨が窺われます。 「背の割れて翅(はね)青白く蟬生るる」 小野 洋子 蟬が夏の季語。ただし蜩は秋の季語。「生るる」は「あるる」と読み、生まれることです。蟬が背を割りこの世に生まれ出る瞬間を見ようと一時間ほど待った経験がありますが、残念ながら見ることは叶いませんでした。蟬の抜け殻を「空蝉」といいますが、空蝉は淡い飴色で、生まれたての蟬も飴色と何となく思っていました。 作者によると生まれたての蟬の翅は透明で青白いそうです。背をぱっくり割って自力でこの世に飛び出す小さな命の誕生の感動的瞬間を丁寧に表現されました。 「潮鳴りや鱗輝く瀬戸の黒鯛(ちぬ)」 湯澤 誠章 作者の奥方は四国のご出身とか。里帰りされた時のお句でしょうか。黒鯛が夏の季語。体色が浅黒いため、真鯛の赤に対し黒鯛と呼ばれます。磯釣りの醍醐味は黒鯛に尽きると釣り人から聞いたことがあります。古くは大阪湾を茅渟(ちぬ)と呼んだところから関西や瀬戸内では黒鯛のことを「ちぬ」と呼びます。瀬戸内で冬を過ごした黒鯛はとびきりの美味。遠くから響き渡ってくる潮の音を聞きながら黒鯛を釣り上げた時の感動が伝わってきます。 「黒き脚によきによき生えて砂日傘」 藤戸 紘子 砂日傘とは海岸で使うビーチパラソルのことで、夏の季語です。海辺に並ぶビーチパラソルと、そのパラソルの中に男や女が寝そべっている景を詠ったものです。それを「黒き脚が生えている」と表現していて、一瞬どきっとさせられますが、日に焼けた脚だとすぐわかります。にょきにょきというユーモアのある擬態語により、脚の持ち主が若者だと暗示しています。意外性があり、若さいっぱいの夏らしい俳句です。(句評:皆川眞孝) 今月の一句(選と評 皆川眞孝) 「枝払ふ女庭師の紅の濃し」 藤戸紘子 最近は女性の庭師が多くなっているそうです。この俳句は、庭師という肉体労働をしていながら、しっかりお化粧をしている女性を詠っています。紅の濃い所に注目するとは、さすが女性の作者です。汗まみれの仕事と化粧の対比に俳諧味を感じ今月の俳句に取らせていただきました。お化粧をマナーとして肯定的に捉えるか、外での肉体労働には化粧は不要と捉えるかは、読み手次第です。「(木の)枝払ふ」が夏の季語です。 よく行くスーパーのレジ係りにも、厚化粧の若い女性がいます。スーパーですから、つけ睫毛の化粧をわざわざしなくてもよいと思いますが、これが女心なのでしょうか?(句評:皆川眞孝) 他の「日傘」の句 「おふくろの小さき背中 古日傘」 渡辺 功 「お辞儀され見送る日傘あれは誰」 「絵日傘や見知らぬ人にお辞儀され」(添削後) 皆川 眞孝 添削教室 原句 「嵐去り浜辺に一つパラソルが」 皆川瀧子 情景は良く分かりますが、このままでは散文のようで、単純な説明で終わっています。同じ情景ですが、順序と言葉をすこし変えるだけで、俳句がしまってきます。(藤戸紘子) 添削後 「パラソルのひとつ転がり嵐あと」 皆川瀧子 |
Posted by
皆川眞孝
at 09:13
やはりそうでしたか!私が一番ご迷惑をおかけしていたのですね!
お手数をおかけし申し訳ありません。ありがとうございました。
パラソルのイラスト、俯瞰図になっていてとても素敵だと感心しました、相当苦労して構成してくださったのですね。また厚保化粧した女庭師を私も初めて見ました。素顔の庭師に化粧を施している皆川さんの真剣なお顔を想像して有り難いやら可笑しいやら・・・。