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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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静岡・愛知・岐阜・滋賀 四県城跡巡り (6) [2019年05月19日(Sun)]
静岡・愛知・岐阜・滋賀 四県城跡巡り (6)

浜松城址

浜松城の前身は15世紀頃築城された曳馬城で、元亀元年(1570) 城主となった徳川家康が大改修をして浜松城と改名しました。
高い位置に設けられた大手門と野面石積みの石垣が有名ですが、もう一つ出世城の別名をもつ城です。家康以後の浜松城主は9家22代に引き継がれ、それぞれ江戸幕府の重役に就任したことから出世城の名で呼ばれたのです。

徳川家康は浜松城主として元亀元年(1570) 29歳(駿府での人質から解放10年後)で入城して天正14年(1586) 45歳まで17年間、この城で辛酸を嘗め、三方ヶ原の武田軍との戦いで大敗北を喫し九死に一生を得るなど幾多の死線を超えてついに関ヶ原に勝利し天下人となりました。



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次は“はままつフラワーパーク”へ向かいます


文責 荒川

Posted by wild river at 09:00
この記事のURL
http://blog.canpan.info/nsk/archive/4337
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コメント
皆川さま
コメントを有難く拝見いたしました。日本の城はそこに住んでる人には故郷そのものなんですね、確かに強く惹かれる何かオーラを感じます。松江城にいったとき小泉八雲は毎日城を散歩したと聞きましたが、外国の人にも訴えるものがあるのでしょうか。
子供の時読んだ本では、家康は狡賢い狸爺々を印象ずけるものばかりだった記憶がありますが、今度の城巡りをして現地の方たちのお話をお聞きして、まるで逆に傑出した類いまれな武将だった人物だと教えられました。
Posted by:荒川健三  at 2019年05月20日(Mon) 21:37

荒川様
  天守閣が再建されている浜松城にも、いらしたのですね。
私が前回行った時は、大手門がまだ完成前で工事中でした。数少ない浜松の観光スポットなので、スイス人の友人を連れていったことがあります。浜松城のすぐ隣のホテル・コンコルドに泊まりました。
  春は桜がきれいですね。
皆川眞孝
Posted by:皆川  at 2019年05月20日(Mon) 12:49

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