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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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「赤い鳥」掲載の詩(9) [2009年04月16日(Thu)]
「赤い鳥」掲載の詩(9)


               

(17巻5号)

*******

ももの實(み)


川尻小学校高等科一年
                山下 あさ


畠の中のももの實

緑の葉がゆれる

ざるをもった人

畠の中をしづかに歩いている

ももの木で見えなくなった

ももの實が赤く光る




(大正15年11月号、17巻第5号)

******

この詩を小学生の時に書いた、山下あさ・さんは現在95歳で、お元気です。長女の石塚美代さん(南窓会会員)に、あささんが、まだ若いお母さん時のことを書いてもらいました。

昭和20年2月、神田で空襲に遭い(3月10日の東京大空襲の前にあったそうです。)
私たち家族は田無(現西東京市)に移り住みましたが、田無には中島飛行機の工場があったため、戦争が終るまで、ここでも何度か空襲があったそうです。

何もかも焼けてしまい、戦後食糧難の時、唯一疎開してあった母の着物は、大方食べ物に消えたようです。しつけのかかったままの物がたくさんあったと言っていました。

その後次女、次男が生まれ、からだの不自由な舅の世話などでしばらくは和裁どころではなかったようですが、25年頃から本格的に和裁の仕事を始めました。
世の中も少しずつ落ち着いてきたのでしょうか。着物を新調する人も出てきたようです。

その頃父は勤めていましたので、家にいる夜や休日には母と一緒に仕立ての仕事をしていました。時には夕方、呉服屋の番頭さんが反物を持ってきて、明日の朝までと言う注文に、子供たちは早々と夕食を済ませ、父と母は板盤に向かい仕事にかかります。
翌朝にはきちんとたたまれた着物や羽織があり、母はいつものように朝食支度をしています。子供心に母はいつ寝たのだろうか?と不思議に思ったものです。(続く)


(ももの花の写真:皆川)
Posted by 皆川眞孝 at 18:43
この記事のURL
http://blog.canpan.info/nsk/archive/339
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コメント
皆川様
赤い鳥掲載の詩のご紹介ありがとうございます。今回のももの実の詩も素直で桃畑が見えてきます。ももの実が赤く光るが効いていますね。石塚様のお母様、山下あさ様がご健在でお幸せに穏やかな日々をお過ごしでいらっしゃるのも、嬉しい事です。戦後の食糧難時代に子育てをなさったご苦労は、大変なものだったでしょう。掃除機も洗濯機もない時代、みんな良く働きました。ともかく生きる事に一生懸命でした。お話を読みながらあの頃の事を思い出し胸が一杯になりました。思い出を語ってくださったあさ様とブログに掲載してくださった皆川様に感謝申し上げます。
宮ア
Posted by:宮ア和子  at 2009年04月17日(Fri) 18:06

 「忙しい」という字は「心を亡くす」と書きます。年度切り替えに心を奪われていましたが、私たちの近くでも素晴らしい自然の変化を愛でることができる事を知らせていただき有難うございました
 3月2日に日老連の親睦旅行、松田の菜の花畑を思い出しました
 豊かな自然に囲まれているのに、心を失ってはと反省落ち込み
Posted by:石川耀子  at 2009年04月17日(Fri) 17:55

皆川さま
投稿されたブログは、文字の大小、イラスト・写真、配色、読みやすさすべて非のうちどころがなく、まさにブログの模範解答の趣があります。私もこれをお手本にしたいと思います。自宅のももの花の写真も非の打ち所がなく素晴らしいです。実はこれを撮影させてもらおうかと思っていたのですが、その必要がなくなりました。
Posted by:荒川健三  at 2009年04月17日(Fri) 14:28

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