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NPO法人 さとうみ振興会

NPO法人 さとうみ振興会(さとうみしんこうかい)からのお知らせや、活動報告などを書いていきます。
当会のホームページはこちらです。
http://www.satoumi.org/


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太田川放水路完成50周年記念シンポジウムに参加しました! [2018年02月28日(Wed)]
太田川放水路完成50周年記念シンポジウムに参加しました!

◆日時
平成30年2月4日(日)13時〜14時05分

◆場所
広島県民文化センター(広島市中区大手町1-5-3

◆主催
国土交通省太田川河川事務所・広島県・広島市

◆概要
主催者挨拶
・広島県中下副知事
・広島市山地都市計画局長

○13時15分〜39分
太田川放水路のあゆみ上映

○13時39分〜14時05分
広島市立小学校4年生
合唱「僕にできること ぼくらの地球」
発表「太田川を学ぼう(未来の太田川)」
参考:己斐小学校は、明治6年7月(1873) 佐伯郡己斐村に「日彰館」として創立して以来、145年を迎える歴史と伝統のある学校です。
己斐の町は、以前から盆栽・花木の町としえ栄え造園業も多く営まれています。
現在は、広島市の西部の玄関口としてJR・市内電車など四通発達しており、交通の要となっています。
平成29年度135名の1年生を迎え全校児童650名です。

○14時05分〜15時35分
パネルディスカッション(一部:活動紹介、二部:これからの太田川)
コーディネーター :国新聞社論説主幹 佐田尾信作
パネリスト:
1) 国土交通省太田川河川事務所長 徳元眞一
太田川は、西中国山地の冠山(標高1339m)にその源を発し、幾つもの渓流を合わせながら東に流れ、主要な支川である梶谷川・三篠川へと合流します。
その後、流れを南向きに変え、広島デルタの北端で太田川放水路と旧太田川に分派し、さらに、天満川、元安川等に分かれ広島湾に注ぐ領域面積1710ku、幹川流路延長約103kmの一級河川で広島市内面積の約2割を占めます。「水の都ひろしま」の所以でもあります。
広島の発展の歴史は大正17年(1589年)毛利元就が太田川の三角地に広島城の築城に開始したことに始まり、築城当時の海岸線は現在の平和大通り付近であり、以降、江戸、明治〜昭和にかけて三角州の前面の干潟を次々と干拓・埋立され、現在の海岸線を形成しています。
平時、穏やかに流れる川は、飲み水、農業用水、舟運などの多くの恵みをもたらし、水辺は人々の憩い賑わいの場所にもなっていました。
なかでも、舟運は、鉄道などの陸上輸送が盛んになる昭和初期まで続けられ、藩政時代には三篠川筋からは米などが、太田川上流域からは林産加工品(木炭・紙)や鉄などが下流に向けて運ばれました。
また、猫橋(現在の本川橋)の雁木は荷物の積み下ろしを行う舟で賑わい、現在でも舟を繋いでおく舟繁石や復元された常夜灯が残っています。(江戸時代60基・明治時代10基)
広島市の町は、太田川の恵みを受ける一方、三角州上に発達したため、常に洪水の脅威にさらされていました。
江戸時代には大きな洪水は約30回を超えています。
明治22年(1889年)4月、広島市は市政を施行し全国で最初の都市のひとつとなりました。それ以降、広島が近代都市として発展していく中で、たび重なる洪水により多くの人命、財産が失われました。特に、大正8年(1919年)、昭和3年(1928年)の洪水被害は大きく、これを受けて地域の人々は太田川の本格的な改修を国に強く求めました。
昭和7年(1932年)から国による太田川改修事業が改修されることになることになり、デルタを流れる7本の川のうち、西側の2本(山手川、福島川)を利用して、延長9kmの放水路を造ることでした。
工事は昭和9年(1934年)から下流より順次進められましたが戦局の悪化により、昭和19年(1944年)には一時中断し、そして広島は運命の昭和20年(1945年)8月6日を迎えます。
戦争や原爆投下による一時中断はあったものの昭和26年(1951年)には本格的に工事を再開しました。
36年の歳月を要した日本でも有数な大規模工事(掘削・築提・護岸・大芝、祇園水門も含まれる)
昭和43年(1968年)放水路は完成し、以来「太田川」の名称は、放水路に移り、従来の太田川(本川)は旧太田川とよばれるようなりました。

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太田川放水路の効果
太田川において戦後最大洪水となった平成17年(2005年)9月洪水と同規模の昭和18年(1943年)9月の洪水、
2) 広島市都市計画局長 山地正宏
3) NPO法人雁木組 理事長 氏原睦子
4) オタフクホールデング(株)代表取締役社長 佐々木茂喜
5) NPO法人日本水フォーラム代表理事
Posted by さとうみ振興会 at 14:16 | 29年度活動報告 | この記事のURL