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レポ◆第175回園芸セミナー「田園調布が育ってきた時代の側面」〜田園調布の開発と温室村〜 [2018年10月14日(Sun)]
10月14日(日)に、田園調布せせらぎ公園で開催された、第175回園芸セミナー「田園調布が育ってきた時代の側面」〜田園調布の開発と温室村〜のレポートです。講師は三橋昭氏(大田区立蒲田図書館長)。 今月は「第11回 田園調布グリーンフェスタ」開催日に合わせて行われました。

開催概要:お知らせ★10月14日(日) 園芸セミナー第175回「田園調布の育ってきた時代の側面」〜田園調布の開発と温室村〜

1014グリーンフェスタ (1).jpg
↑講師の三橋昭氏

セミナーには約30名が受講。田園調布は大正7年に郊外型住宅として開発がはじまり、六郷用水と多摩川堤防に挟まれる細長い一帯は「玉川温室村」として都市型園芸、花卉栽培で繁栄したそうです。

堤防が作られたため水害の恐れがなく、肥沃な土壌、北側は崖線で北風を防ぎ、南側は 陽光降り注ぐ地理的条件が温室経営の適地でした。

1014グリーンフェスタ (3).jpg
↑セミナーの様子

温室村の経営者は、農家の方でなくアメリカなどに視察に行った華族など。温室の生産ピークは昭和10年頃で、経営者数30、15000坪。カーネーションやバラ、スイートピーなど 生産し、年間売り上げは同面積の自営米作農家の約11倍の売り上げにもなったとのことです。またクリスマスリースやコサージュ、母の日のカーネーション、ブーケなど切り花の需要拡大に努力したそうです。

しかし戦時色が濃くなるにつれて、ガラスは光るので攻撃の的、鉄材は戦争利用で温室は解体されてしまいました。

終戦後は宅地化が進み、現在は貸し植木屋さん二軒が残っているだけです。今も多摩堤通りを通るバス停留所に「田園調布温室村」の名称が使われています。

その歴史の流れのお話に皆様大変熱心に聴き入っておられました。バス停、探しに行ってみたいですね。よい勉強になりました。 (荻野博子)

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↑田園調布グリーンフェスタで当会が行った花苗販売の様子
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