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BBC NEWS JAPAN 「難病の子供の薬がない  あきらめなかった米夫婦」 [2017年03月20日(Mon)]
BBC NEWS JAPAN 動画

「難病の子供の薬がない  あきらめなかった米夫婦」

日本語訳されてるので、とてもよくわかります。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49463

Hempel 夫婦のシクロデキストリンの静注と髄注治療について。
おかげで、絶望的な難病患者は希望の選択肢を持つことが出来ています。
しかし、まだまだ道半ば。
開発中の未承認薬は、
未だ一部の人にしか届いていません。
更に様々な諸事情、立場で、
気持ちや立場が分断されていたりしますが、、気持ちを合わせる必要があります。
応援ありがとうございました。 [2017年03月20日(Mon)]
毎年恒例のNPC応援活動、
Matt Painterコーチへの応援ありがとうございました。

今年は大接戦での結果2位でした。
研究資金としてはわずかな額ですが、
スミスご一家はその15万ドル全額をNPC研究費に寄付されるとのことです。
4人のお子さんのうち3人をNPCで亡くされた後も尚、
この活動を続けて下さっている事に感謝です。

Infinityの 慈善賞金活動に参戦することになった、
Smith Familyと男子バスケチームのMatt Painter コーチの物語です。

http://www.purdueexponent.org/sports/mens/basketball/article_362ef2d2-c55c-565f-afa1-42c5dbd5a4a7.html

記憶にもまだ新しい2015年、
Matt Painterコーチが勝利し賞金を受け取った5月、末っ子のKeatonくんは病院で厳しい時間を過ごしていました。そしてまもなく亡くなられました。
毎日クリックの応援お願いします。 [2017年02月08日(Wed)]
Matt Painter コーチへの投票応援お願いします。

http://promo.espn.go.com/espn/contests/infiniti/2017/index?next=home



世界中のNPCの患者、家族、遺族、友人で毎年この時期、
毎日クリックを頑張っています。

3月初旬〜中旬の最終第3ラウンドで1位になると、NPC研究費を獲得します。

現在第2ラウンド、

米のご遺族が開いた道

皆さま、ご協力どうぞよろしくお願いします。




登録は簡単、
費用は無し、面倒な広告も来ません(Newsletter要らないよ、とㇾ点を押さなければ)

Matt Painter コーチへの投票Voteボタンを押すと
登録してない場合、登録画面が出て来ます。
そこへお名前、アドレス等記入して頂けたら完了です。


毎日日本時間の17時になると日付が変更され、
また新しく投票ボタンをクリックできます。








2月末日は希少難病の日 [2017年02月06日(Mon)]
IMG_6474.JPG今年もやって来ました!
2月末日は希少難病の日四つ葉

遺伝子のGenesと掛け合わせて、ジーンズJeansを身に付け一緒に希少難病啓発参加。

希少難病に意識を寄せてみませんか?
ザ・ドキュメント そよ風の残したもの [2017年02月06日(Mon)]
放送は終わりましたが、

とても良い番組でしたので、紹介致します。きらきら

「ザ・ドキュメント そよ風の残したもの
-障害者殺傷事件の波紋-」

関西テレビ 2017年1月28日(土)深夜1:48〜2:43

こちらのブログでも何度か紹介させて頂いています
北村かな子さんが出られてます。

以下HPより抜粋
***************
番組紹介
関西テレビでは1958年の開局以来、さまざまなドキュメンタリーを制作してまいりました。
1982年からは「ドキュメントα」の枠タイトルで、エリアに密着したドキュメンタリーを定期的に制作、2001年からは「ザ・ドキュメント」として、現在も単発ドキュメンタリーとともに、「その時代の、その地域に暮らす、その人々を」記録しています。
2017年1月28日(土)深夜1:48〜2:43
【番組ディレクターの思い】
相模原の事件は発生時から、亡くなった人の数に比べると扱いが小さいと感じていました。
名前が公表されなかったことで、障害者に対する社会からの差別の根深さを改めて示された気もしました。
障害者団体によるアピール活動や声明文にふれると、その悲痛な叫びや思いに私は共感するのですが、社会にはそうでない人が多いとも感じています。
40年前の障害者解放の運動以降、ハード面は大きく変わりました。まだまだ改善の余地は大きいですが、
都会では多くの駅でエレベーターが付き、階段を回避するスロープが作られました。その一方で、障害者を理解する環境は貧弱です。
養護学校義務化反対の運動は成果を出せず、特別支援学校へと変わった今では、障害児の親が望んで支援学校に進むケースも増えています。
しかしそれは、社会がそう仕向けているのではないでしょうか。隣に障害者が当たり前にいる社会を作るには何が必要かを考えたいと思い、この番組を作りました。
真鍋俊永(カンテレ 報道局報道センター)
【番組公式HP】
http://www.ktv.jp/document/
【番組予告編】
https://www.youtube.com/watch?v=L6Pa-m1_qOA
内容
2016年7月に起きた、神奈川県相模原市の障害者施設での殺傷事件。 「生きていても役に立たない」と、障害を理由に多くの命が奪われた。
この事件に衝撃を受けた人たちがいる。 雑誌「そよ風のように街に出よう」の編集部だ。
NHKハートネットTV [2016年11月27日(Sun)]
ニーマン・ピック病の会※で一緒に活動している野口希さんが
NHKハートネットTVに出演されます!!
告知解禁となりましたのでお知らせします。

2週間ほど先ですが、
ぜひ、皆さん見て下さいね。
日: 12月12日(月)
時: 20時〜20:29
https://www.facebook.com/JapanNPD/posts/1159998927370814

※日本ニーマン・ピック病の会を
昨年の7月に立ち上げて活動しています。

難病子供ネットワークの小林信秋さんにも
会を立ち上げる前に相談をして背中を押して頂きました。

昨年末には「いのちのかがやき毎日奨励賞」も受賞して
活動資金を頂き、大切に会活動の為に使わせて頂いています。

ブログでの紹介が遅くなってしまいましたが、
会のFacebook頁をご覧ください。
そして応援をお願いいたします!
たけしくんがラーメンをすきになったわけ! [2016年11月14日(Mon)]
素敵なお話し、読んで下さい!

相模原の事件の後、施設の塀やセキュリティを上げるといった議論がなされたり、
そこに助成金するといった話がでているようですが、
解決するのはそこではないのです。
一人一人みんなの心の中のこと。

動画よりも文章の方がいい。
ぜひ読んで見て下さい。

「たけしくんがラーメンをすきになったわけ!」

差別解消法紙芝居作家 清水明彦

http://www.mcnet.or.jp/download/pdfdata/20160816-simizu.pdf

https://www.youtube.com/watch?v=N0E-94O7mMQ

(ドンドンドン♪ さぁー紙芝居始まりますよー
はい、見たい人集まって。
見たくない人は遊んでたらいいですよー
はい、最後まで見てくれたら、これ、みんなにあげるねー
「差別解消法パンフレット」
みんなの大好きな、みやたんがついてるよ−。
はいこっち見てねー)

(これ何かなー「ハンバーグ」 みんなハンバーグすき??
そうそうこれはー「ラーメン」 ラーメンすきな人!
はい!今日の紙芝居は)

「たけしくんがラーメンをすきになったわけ!」
(たけしって市長さんのなまえといっしょだね)

たけしくんはハンバーグがとてもすきでした!
(みんなもいっしょかな)(いっしょだね)
たけしくんは10才小学校の4年生です!
(みんないっしょくらいかなーいっしょやねー)

たけしくんは生まれたときから「しょうがい」があって、
自分の手や足を自分の思い通りに動かすことができません。
(自分の体やのにね。たいへんやね。)

歩いたりするのはもちろん、寝返りなんかも自分でできないので
おかあさんやらに手伝ってもらっています。

そしていつも寝てる姿勢の車イスに乗っています。
ごはんを食べたり、おトイレしたりするのも同じことです。
何でも誰かに手伝ってもらわないといけません。

お話するのも、言葉をはなすことはできません。
アーとかウーとか声は出せますが、自分の気持ちを言葉にして言うことはできません。
(みんなとちがうねーちがうよねー)

それでも悲しかったり楽しかったり、うれしかったりする心はみんなといっしょです。
(当たり前だよねーいっしょだね)

(だけどね、みんなといっしょの学校にきたりするのは、
年に2〜3回の運動会とかの行事のときぐらいなんだよ。
たけしくんは普段は「特別支援学校」という特別の学校にバスに乗せられて行っています。
もっと、みんなといっしょに遊びたいのにねー)


ぼくは(これからは、たけしくんに話してもらうね)
学校とは別に、月に2回は療育園というところへ行って、
訓練とかリハビリというプログラムに参加しに行っています。

体のかたちが変わってしまったり、あちこちもっと動かなくなったりしないように、
お母さんと特別にそこへ通っています。

(みんなとちがうねー、でもみんなも歯痛くなったら歯医者さんに行ってるよねーいっしょやね
ー公文やスイミングスクールに行ってるよねーいっしょかなー)


ぼくはこの療育園に行って帰りにそのすぐ横にあるレストランで大好きなハンバーグをお昼ごはん
に食べるのがとても楽しみでした。(みんなもそんなことあるよね)

ぼくは口がうまくあけることができず、食べ物をかんだりうまくできません。
飲み込んだりするのも全然ヘタクソです。

むせてしまってゴッホゴッホせきこんだりします。
だからお肉が粉々になっていて、
飲み込みやすいかたまりになっているハンバーグがとても食べやすいのです。

ハンバーグのようなものしか食べれないと言ってもいいくらいです。
その療育園の横のレストランに行けるようになったのは、
階段が何段もあって高くなっていたレストランの入口にスロープがついたからです。

(今回できた法律「障害者差別解消法」で車イスの人もお店に入れるようにしなくてはおかしい、ということでスロープがついたのです。)【合理的配慮】

ぼくとお母さんはいつも療育園が終わった後そのレストランのちょっと急なスロープをかけのぼっ
て、そしてお母さんはうまく入口のガラスドア開けて入るのです。

ガラスドアの向こうにレジのお姉さんがいるのですが、
いつも知らん顔で見ています。

そして、ぼくとお母さんは隅の方に座って
ぼくはハンバーグそしてお母さんはぼくに食べさせながら
つまめるようにとサンドイッチとコーヒーです。


周りのお客さんたちはみんな男の人はネクタイ、そして女の人はなんかきれいな格好です。
みんなすまし顔ですが、でもなんだかしんどそうでもあります。

ぼくとお母さんが入ってくるとみんなジロジロ見て何かささやいたりしています。
あんまり居心地はよくありません。

でもぼくはハンバーグが食べたいのでこの店に行きます。

お母さんは何かに追われるようにサンドイッチを頬張って必死でぼくが食べる介助をしてくれます、そして冷めたコーヒーをすすってすぐに店を出るのです。


あるときこの店で、ぼくが風邪気味で息がしにくくなったり食べ物がつまりやすくなっていたので、吸引器(のどの奥の方につまっているものを吸い取る小さな掃除機みたいな機械)を使っていました。特別支援学校や療育園でもいつもしていることです。

すると店員さんが飛んで来て「お客さま、ここでそういった医療器具を使うのはご遠慮下さい。当店では責任を負いかねます。」と言われました。

(なんのせきにんやろね・・・)すると後ろに座っていたおばさんがお母さんに向かって「こん
な病気の子は病院に置いとかないとダメよ。レストランなんかに連れて来たらダメ」と言いました。

すると今度はその店員さんがおばさんに言うのです。
「お客さま迷惑をかけてすいませんねーただこの人たちの入店を拒否する【不当な差別的取扱】と(お店に来てはいけないと言うと)訴えられるんですよ、すいませんね〜そんな法律ができてるんです」と言ったのです。


ぼくはしょうがいがありますがみんなと同じです。
ぼくは小学4年生です!何でレストランに来てはいけないのですか。
何で病院にいなくてはいけないのですか。ぼくはこのおばさんに言われたこ
とにすごく悲しくなりました。

そして、お母さんは、このおばさんに対してこの店員さんが言った
ことにもっと悲しくなったのでした。
そんなことがあっても、ぼくはハンバーグが好きでこの店に行くのでした。


ある日、療育園のプログラムが少し長引いてしまったのですが、
いつも通りにお母さんとそのレストランのスロープをのぼって行きました。
するといつもと違うネクタイをしたお兄さんがレジの前にいました。
お兄さんはぼくたちを見て顔をしかめました。

そしてちょっと間をおいて、「あの…、すいません。今日は予約でいっぱいなんですよ」と言うのです。奥をのぞいたらいくつもの席が空いています。

予約をしている様子もありません。
(うそや、うそやなー、店の人うそいうてるよなー)

けれどお母さんは、「あっそうですか」と言ってスロープを下りていったのです。
そして、「たけし、ごめんね、ごめんね」何回もそう言ったのです。


外に出ると空がにわかにかきくもってきました。
さあ大変、寝たままの姿勢の車イスに乗っているぼくの顔に
ぽたぽたと雨粒が落ち始めました。


何とかしなければ…とりあえず店のひさしのしたに駆け込みました。
すると目の前に何かむかしのお店のようなラーメン屋があったのです。

見ると「当店じまんのラーメンお昼の営業は14:00まで」の汚れた札がかかっています。
閉店まであまり時間がありません。
お母さんはどうしようと思いましたが雨はどんどん激しくなり、
吹き込んできました。

「えいっ」と思い切ってガラガラとそのラーメン屋の戸を開けました。

するとラーメン屋のおやじが「いらっしゃいませ」と大声で奥から近寄って来たのです。
そしてほんの少し段差のある入口のところまで来て、
ぼくの車イスの前輪を少し持ち上げてくれたのです。

「すいませんなー」「くそっこの段差め!」と言って、
おやじは段差のところをトントンとこずきました。

お母さんとぼくはそのしぐさがおかしくてつい笑ってしまいました。
店はだいぶ混んでいましたが、おやじが大声で「どうぞどうぞ」と言うので、
作業服のにいさんが真ん中の席を空けてカウンターに移ってくれました。

おやじは「どうもどうも」と上機嫌です。
よくみると周りのお客さんもいろんな人がいます。
席を譲ってくれた作業服の兄ちゃんは、
何事もなかったようにうまそうにラーメンをすすっています。

怖い刈り上げの兄ちゃんもラーメンをうまそうに食べています。
その横でじいさんは昼間からビールを飲んでいます。
おばあちゃんたちや中学生たちも、
ラーメンを食べ終わっているのにペチャクチャと話を続けています。

みんなラーメンを食べたりしゃべっています。
でもみんないきいきしていて、ぼくやお母さんをじろじろ見たりしません。
そしてみんなとても楽しそうです。

「当店じまんのラーメンでよろしいでしょうか」とおやじは大声で言ったので
(どうもこれしかメニューはないようなんですが…)
お母さんもぼくも何かわからないけど、その勢いに押されてハイハイと言ってしまいました。

1杯のラーメンがドンとぼくの前に置かれました。
お母さんはさてどうしようかととりあえずラーメンの麺を取り出し、
冷まして小さく切るためにフーフーとラーメンを冷まし始めました。
そしてチャーシューやネギはのけてしまったのです。

あわてて取り皿を持ってきたおやじは「うーん」とうなりました。
そしてどうしてきざむのかとか色々聞きました。
「そんなに食べるのが大変だったのか」しばらくおやじはじっと見ていました。
そして「すいません。もう一回作り直させて下さい」
と調理場に戻りました。

10 分くらいたったでしょうか…、
おやじは「ラーメン一丁」と言ってぼくの前に新しいラーメンを置いたのです。

そのラーメンはとてもとても小さくきざんであって、ハンバーグより食べやすく、
そしてスープにはとろみがついているのです。

チャーシューもネギももやしもメンマもとてもとてもきざまれ、
同じように盛り付けられています。

そして熱過ぎず冷め過ぎず。
おやじはぼくの目をのぞきこんで「当店自慢中の自慢ラーメンです。
召し上がって下さい」と胸を張ったのでした。

そのラーメンはどんなにおいしかったことか、ぼくが生まれて初めて食べるラーメンです。
なんでこんなにあったかいんだろう。
なんでこんなしあわせな気持ちになるんだろう。
なぜぼくは生まれてから10年もの間、このことを知らなかったんだろう。
それは夢のようなラーメンでした。

ぼくが夢の世界に浸っていると、またおやじがやってきて、今度はお母さんに
「お連れさんもラーメンでよろしいですね」と言ったのです。
お母さんは「あっ、はい」と返事をしてしまいました。

もう時間は閉店時間になっていましたがお母さんのラーメンはなかなか持ってきません。
「閉店だからね」とお母さんは寂しそうに言いました。
ぼくは夢のようなラーメンをすっかり食べ終わろうとしていました。

お母さんはたべおわったぼくの口を拭くためにティッシュを出そうとしました。
その瞬間「はいお待ちどう」と湯気のたつできたてのラーメンがお母さんの前にボンっと置かれた
のです。

そして「時間は気にしないでゆっくり召し上がって下さいな」
とおやじは言うのでした。
そしてお母さんは熱々のラーメンを食べるのです。
お母さんも同じく10年ぶりのあったかいラー
メンです。 ぼくと同じようにおいしいラーメンを夢のような気持ちで食べたのです。
お母さんが食べ終わったころにはお店は誰もいなくなっていました。
いそいでレジに向かうとおやじは「ありがとうございました」とニコニコしています。

お母さんは「ありがとう。3人分出さないと…加工代もいるかしら。
作り直してもらっているし…」と言うと、おやじは口をとんがらせて言いました。
「何を言うんですか。私はラーメン屋のプロですよ。
ちゃんと2名様分いただきます。」とキリっとした顔で言うのでした。

おやじは2人分の代金を受け取って、深々と頭を下げ、「ありがとうございました。
今度来るときはこの段差はなくなっていますよ。またお越しください。」
とまじめな顔で言ったのでした。

ぼくはこのとき、何だか生きていることそのままよかったと思えて!
うれしくて!本当に生きていてよかったとうれしくて!
ぼくは言葉を話せないけど、それでも心のエネルギーのすべてをかけて、
ビビッと「ありがとう」のでんぱを送りました。

そのでんぱはすぐにおやじの心にビビッと届いたのです。
「おれはこうしてラーメン屋をやってて本当によかった!」
おやじはなんだか生きていることがとってもしあわせな気持ちになって、
誰もいない店で1人ガッツポーズをとっていたのでした。

外に出るともうすっかり雨が上がっておひさまが出ていました。
何と空にはとてもきれいな虹がかかっているではありませんか。
そして、ぼくの顔にぽたぽた落ちてきたのはお母さんの涙でした。
おしまい!


(お母さん、なんで泣いたんかなー)(みんなラーメンすきになったかなー)
【このことがあってから、たけし君はラーメン屋のおやじみたいな人に
もっともっと会いたくなっていろんなところに出かけるようになりましたよ。
みんなと同じように、ラーメンを当たり前に食べれる様に…。

みんなとおんなじ学校にも通いたいと思うようになりましたよ。
(たけし君と学校で一緒にあそべるよ。楽しみだね…!)
お母さんも、ラーメン屋さんみたいな町にしていこうと、
いろんなところに出かけて行って、
しあわせであったかい町を創るために大人の人に話をしていくようになりましたよ。
「当たり前でしょ!」とはつらつとしていますよ。

ほんとはね!障害者差別解消法は、だれもが一人ひとり自分らしくいきいきと、
しあわせな気持ちであったかい、そんな世の中をみんなで本気になってつくっていくためにできたんだよ!それだけはぜったいわすれないでね…!

今はね、たけし君はお母さんとだけでなく、
ガイドヘルパーのおにいさんやおねえさんと一緒にあちこちいっぱいいってるんだよ。
たけし君の、しあわせであったかいまちをつくっていく大冒険!もっともっとおもしろい
ことはじまるよ…!たけし君カッコイイね!】
(この紙芝居の続きはまた今度。おたのしみに・・・。)

(はい、みやたんのパンフレット持って帰ってねー。
おうちの人にもお話してねーまた遊ぼうねー)
バイバイ マタネ!!!
草花教室 [2016年10月28日(Fri)]
公民館開催の草花教室
終わりました。

IMG_5818.JPGIMG_5816.JPG
(これは、指導補助に入ってる先生の作品 綺麗)

楽しかったかな?



6、7、9、10月の毎月一回
4回コース

一般の方の中に混じって


IMG_5323.JPG

最初は遠目だったけど、
最後は直接七海にも色々見せてくれるように。


8、9月の開催ない時は染物講座にも

IMG_5457.JPG
見本 綺麗な色

IMG_5461.JPGIMG_5459.JPGIMG_5458.JPG
IMG_5654.JPG

IMG_5650.JPG

さて、次はどんなことをしてみよう?

IMG_5324.JPG
ヘルパーさんにもお手伝いお願いしました。
ありがとうございました(^^)

あおのの集い 補足 [2016年10月21日(Fri)]
あおのの集い

お昼には兵庫県重心守る会の理事の方も二人来られて、

私たち重症児者の今ある制度のほとんどは、
守る会の当事者運動によってできたこと。
昔は、施設も手当も医療保険も何もない時代からの出発だった、

というお話がありました。

私たちは、先人たちの運動の上に乗っかって生活をしていること。
そこを忘れてはならない。
また今も安穏としているだけではいけないこと。
声を上げ続けなければ、今の生活も一瞬にして白紙に戻ってしまうこと。

とても大事なことだと思いました。
あおのの集い [2016年10月21日(Fri)]

093.JPG
今日は、通所あおの の催しで、

マリンバ演奏を聴きました。

本物の音楽に触れて、七海のお目目は始終パッチリでした。

演奏開始して間もなく
各携帯の地震予報の警報音が鳴り響きました。

鳥取県中部で震度6
加古川、小野市でも震度3もあり、
その後も鳥取の余震は続いてる。

皆さん、大丈夫かなぁ。

マリンバ、
叩くバッジの軟らかさで音色が変わる。
軟らかいバッジだとまるで打楽器じゃない
吹く楽器の音色のようにも聴こえて
とても不思議でした!

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