CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

<< 2014年02月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  
Google

Web全体
このブログの中
カテゴリアーカイブ
最新記事
PVアクセスランキング にほんブログ村

『里山資本主義 ―日本経済は「安心の原理」で動く』

[2014年02月27日(Thu)]
『里山資本主義 ―日本経済は「安心の原理」で動く』(藻谷浩介・NHK広島取材班著、角川ONEテーマ21、2013年)

去年読んで印象に残った本。感想を書くのが難しかったのですが、なんとか書いてみました。

1307里山資本主義.JPG

今の世の中が、すっかり規模の経済、日々の大量物流網によって支えられていることは、大きな災害があったときなどに気づかされます。というか、そういうことでもないと気づけないほど当たり前のことになっています。

そんな中、『里山資本主義』で語られていることは規模としてはショボすぎるのかもしれない。そして、大きなシステムに取り込まれて暮らすほうが日常的には楽で安心であるし、それ自体はいろんな人がかかわって分業しあって創り上げているものなので、ある意味素晴しいものなのではあるのです。

小さなところで満足しているだけでは、ただ大きな社会システムのあだ花というか、ガス抜きにか過ぎないのかもしれない。などと考えたりもします。

それでも、里山資本主義という言葉はなかなか魅力的です。しかも、舞台になっているのは私の住む生活圏である中国山地や瀬戸内海の島。

それまで産業廃棄物としてお金を払って処理してもらっていた製材のときに出る木屑を、バイオマス発電に使って工場で必要なもの以上の電力を作り出し、さらに、木材の新しい需要を生み出すために世界で注目され始めている集成材に取り組む岡山県の真庭市にある製材所。

山口県の周防大島で、都会での大手電力会社勤めから転職してはじめた周防大島ジャムズガーデン。地元特産の規格外のかんきつ類を適正な価格で買い、地元の人たちをたくさん雇って(私の知り合いも勤めていたりします)手間隙かけたジャムをそれなりの高い値段で販売する。そして、それが人気商品になっている。最近では、直営農園も開業して、スタッフ募集もしています(かわいらしいホームページがありますのでご覧ください)。
オーナーの言葉が効いています。
「我々にできることは何だろう、とこの島に来てから考えるようになりました。単純に自分のところの利益を最大化するのがいい話ではなくて、地域全体が最適化されることで、自分たちにも利益がまわってくるのです。だからこそ、地域をまず改善していく取り組みをしたいと考えています」
(周防大島は時々遊びに行く近場なので、書く量が増えてしまいました)

デイサービスに通う人たちの家庭でできる余剰野菜を、デイサービスの車で運んで施設の食材の一部として使い、それを地域通貨で買い取ることによって、2重の意味で地域内にお金が回る仕組みを作っている広島県庄原市の老人保健施設の例。

など、規模の経済の常識からは考えられない、その地域にある里山の資源を生かした取り組みが、着実に行われつつあることが取り上げられています。何より、多くの登場人物が肩肘張ったものではなく、あくまで里山の生活を楽しんでいる様子がうかがえます。

さらに、「都会のスマートシティ」と「地方の里山資本主義」がこれからの日本に必要な「車の両輪」ではないか、と実例も出しながら次のように説明します。

―都会の活気と喧騒の中で、都会らしい21世紀型のしなやかな文明を開拓し、ビジネスにもつなげて、世界と戦おうという道。鳥がさえずる地方の穏やかな環境で、お年寄りや子どもにやさしいもうひとつの文明の形をつくりあげて、都会を下支えする後背地を保っていく道。

規模としてはかなり違って、本来は並列にはできないものなのかもしれません。しかし、田舎に住んでいて田舎の好きな一個人としては、田舎の魅力を引き出してくれる人がどんどん活躍してくれると楽しいので(実際増えているように思う)、私なりの情報発信はしていきたいと思います。

身近で言うと、私が最近関心を持っているのは、岩国市周東町の樋余地地区での取り組み。
キャッチフレーズは、[『人が人らしく安心して暮らせる場所』をつくるために自給自足を基軸としたコミュニティーを目指しています。](「里山ひよじ村」でフェイスブックがあります)
取り組み自体はかなり前から行われていて、最近住み着く若者やまちなかから草取りや稲刈りなどの参加者で活気付いているようです。通りすがったことしかない場所なので今度遊びに行ってみたいと思っています。

追記:東北などに比べて比較的温暖な中国地方のほうが、限界集落などの話題が多いと感じるのは何故か気になっていたのですが、そのヒントがこの本の中にありました。

曰く、比較的温暖で棚田なども作りやすい中国山地では、小規模集落が昔からたくさんあり、高度成長前の前近代期まで、たたら製鉄などや一般家庭の燃料として中国山地の木から作った木炭がもてはやされていて、一定の収入があったために維持できていた人口が、エネルギー革命によって一気に木炭の需要が落ち、人口流出が進んだというもの。つまり、炭鉱が閉山になって人口減少が起こったようなことが中国山地で起こったというのです。もちろん、それだけではないのでしょうが、なるほどそういう面もあるのかと。


第3回「mt factory tour」工場見学会

[2014年02月26日(Wed)]
気になるイベントをもう一つ。2012年からはじまっているマスキングテープのカモ井加工紙の工場見学(岡山県倉敷市の本社)。

1403mt factory tour.JPG


第1回目に参加してその報告を何回かに分けて書かせてもらっています。基本は、同じようなので、事前にある程度知っておきたい人には参考になると思います(ブログ内検索で、「mt factory tour 報告」で検索すれば出てきます)。mtを使ったインスタレーションの作品があったり、新しいmtがいち早く買えたりといろいろと楽しめるはず(工場見学者限定のノベルティグッズもあります)。

今回の企画の中で私が一番気になるのは、mtを使った缶バッジ作り。これは、以前からやってみると楽しいのではと思っていたので。

実は私がもっと気になっているのは、第1回目の工場見学の時に、カモ井加工紙の社員さんが言っていた、本社から少し離れているところにあるもっと大きな工場の見学も考えてるとの情報。本社の方が展示場があったりと設備が揃っていて受け入れ体制があるので仕方ないとは思いますが、本格的な工場見学もしてみたい。

見学期間は春休み期間の3月26日(水)から4月6日(日)。
申し込みは、カモ井加工紙のホームページから、3月3日(月)10時までで、定員オーバーの場合は抽選。

1回目の時は知り合いと連れ立って5人で行ったのですが、抽選に受かるかどうかドキドキしたことを思い出します。2回目は行かなかったけど、今回はどうしようか、締切までもう数日迷うと思います。


Rachael Dadd + ICHI “Spring around Japan tour 2014”

[2014年02月25日(Tue)]
先日、横川シネマで映画を見たときに手に入れた数々のチラシの中から特に気になったのがこれ。

140302rachael dadd.JPG

 イギリス ブリストルより来日
 生活の一部のように日常に寄り添い、
 小鳥のさえずりのように心地よく
 フォーキーな歌声のレイチェル・ダッド
 みたことのない楽器が飛び出す、
 キラキラのおもちゃ箱を
 ひっくり返したようなひとりサーカス楽団イチ
 そんなふたりのジャパンツアーが
 広島で決定!お見逃しなく!!


見覚えのある素敵なイラストだなあと思ったら、オカリナとアコーデオンの野口さんのCD本『12の扉』のイラストを描いておられる石田さんが、ツアーの広島での受け入れのようで、こんなかわいいチラシなのです。

これは行かねば。

2014年3月2日(日) 16時開場 17時開演
LOG(広島市中区土橋町6-17-2F 電話082-231-7022)にて
予約2500円/当日3000円(+1drink order)
食と雑貨のマーケットも併催
予約&問い合わせは、Taruho


2月の焚き火遊び

[2014年02月24日(Mon)]
2月1日には日米交流となった焚き火遊び。2月23日には通常通り、地元の子どもたちと遊びました。

いつものように、檜に結んだハンモックで遊んだり、

14022305焚き火.JPG


ホットケーキミックスを、(手にくっつかない程度の)少なめの水だけでといて竹の棒に巻きつけて熾火で焼いたり、

14022312焚き火.JPG


桜の木に綿のロープでぶら下げた竹ブランコや、

14022320焚き火.JPG


竹の滑り台や、

14022325焚き火.JPG


竹のシーソーで遊びました。

14022336焚き火.JPG


今回面白かったのは、初めて参加した子が多かった5年生軍団が、最初は自分たちだけで遊んでいたのに、途中からみんなを含めて鬼ごっこをはじめたこと。メンバーが変わる度に、全体の雰囲気も変わっていろいろなことが起こります。

のこぎりを初めて使ったらしい年中の子どもが、最初はなかなか上手く切れなかったものの、のこぎりが動かないように溝を作ってやると、上手く切れるようになり、休み休みながら自分だけで竹を切りきって満足そうな顔をしていたのもよかった。


今年も節分草を見に行ってきました

[2014年02月23日(Sun)]
錦川清流線に乗った人限定の錦町の節分草観察会。昨年に引き続き、また参加してみました。

今年は、行きの列車の中食べることができるお弁当も注文。

140222錦川清流弁当.JPG


140222錦川清流弁当中身.JPG


おいしくいただきました。

年のよって気候がかわるので、募集期間なども考えて日程を決めるのは難しいでしょうね。今年は、ちょっと終わりかけで花の勢いがないものもちらほら。

それでも、天気に恵まれ、可愛らしい花を楽しむことができ、地元の商店街で買い物したり、春先を先取りする散策を楽しむことができました。

140222節分草01.JPG


140222節分草03.JPG



食べてみました、ロマネスコ

[2014年02月18日(Tue)]
毎月第3日曜日に岩国駅前の中通商店街で開催されている「軽トラ新鮮組!」(錦町や本郷町、美川町、周東町、玖珂町や周防大島町から新鮮な野菜や加工品を軽トラックで運んできて行われる市場)。

毎回ではないものの、楽しんでます。

今回は、インターネットなどでは見たことのあるブロッコリーの変わり種、ロマネスコが売られていたので、思わず買ってみました。1個100円ですし。

16世紀にローマ近郊で開発されたという説があって付けられた名前らしいです(世界的に流通し始めたのは1990年代かららしい)。

140218ロマネスコ01.JPG


何とも不思議な形。

出店者によると味は普通のブロッコリーとそんなに変わらないということでしたが、一応試してみないとね。

半分に切ってみると、普通のブロッコリーに比べてつまっている感じで、小分けにできるのかと思ったら、意外と手でカンタンに花蕾ごとに分けることができました。

140218ロマネスコ02.JPG


とりあえずはシンプルに塩ゆでしてみることに。

140218ロマネスコ03.JPG


確かに、味は少し濃いかなというくらいでそれほど変わりません。しかし、食感がなかなか楽しい。突起が多いのでそれが舌や頬の内側に当たるのが面白いのです。


367_春の兆し[玉葱(タマネギ)の草取り]

[2014年02月16日(Sun)]
高速道路が立ち往生したたくさんの車で通行止めになったり、東方面は大荒れの天気のようで、こちらも週末はあまりいい天気でなさそうな天気予報だったのですが、柔らかい日差しの好天に恵まれました。

なので、はじめてビニールマルチを使って育てているタマネギの草取りを行うことに(とは言っても、何かと用事が入ったのでほんの3、4時間)。

14021601玉ねぎ草取り.JPG


14021602玉ねぎ草取り.JPG


はたけをしていると、季節を感じることができてうれしいと思う時がよくあります。

今日がそんな日。この季節なのでそれなりの覚悟をした服装ではあるものの、背中に当たる太陽が暖かい。

細かな草取りなので軍手をしているとやりにくいので、思い切って素手でやってみることにしました。というか、素手でやってみようと思えるほどの暖かさなのです。2月なので、寒い時には手がかじかんでとても軍手なしではできないはずなのに。

日々はたけをしているわけではないヤワは手なので、普通は、季節にかかわらず軍手を使います。でも本当は素手でしたほうが、草や土の感触などを直接感じることができて楽しいのです。

手で感じる春の兆し。

ついでに書くと、ビニールマルチの効果は絶大で、草取りの手間は大幅に減少しています。11月中旬から下旬にかけて苗を植えてからまだ2回目で、しかもあまり面倒ではない。これまで畑全面に生える草に苦労していたのが・・・。
これは、なかなか楽チン。


『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限から見た生命の科学』

[2014年02月14日(Fri)]
『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限から見た生命の科学』(夏井睦著、光文社新書、2013年)

1401炭水化物が人類を滅ぼす.JPG


同じ著者の『傷はぜったい消毒するな』がとても面白かったのでつい手を伸ばしてしまった本。

前半は、最近流行しているらしい、糖質制限ダイエット?についての理論的な解説も含めた実際的なお話で、「糖質セイゲニスト」の体験談なども入っていてそれはそれで興味深い。しかし、それで終わらないのがこの著者の面白いところ。後半から、縦横無尽な知的探求がはじまります。

脳が消費するのはブドウ糖のみなので、ブドウ糖の摂取は大切と言われているが、実際には、ブドウ糖は体内で合成することができるため、食物から直接取る必要はないらしい。実際脳がどんどん発達していると思われる乳児が飲んでいる母乳には、ブドウ糖はあまり含まれていないとのことなので、そりゃそうだ、と思わざるを得ない。

興味深かったのは、元々は肉食動物だったパンダが、人間に生活域を追いやられた結果、通常考えられているよりはるかに短期間に草食動物に変化して言ったことを、飢餓によって弱った腸管在住菌の中に元々わずかにいたセルロースを分解できる細菌が大勢を占めるようになったか、そのとき食べた笹に付いていた細菌が腸内に定着したかによって起こったことではないかという説明をしていて、なるほどと思わせます。

本人が「思考実験」と書いている通り、ありうる推論として書いている部分もたくさんありますが、それが納得させるに十分なので、間違いがあるかもしれないけれども、それに派生していろいろ考えさせてくれるのが楽しい。

例えば、パンダの話のつながりで書くと、私は昨年の人間ドックで胃の中にピロリ菌がいることがわかっています。ピロリ菌は胃がんの原因であるとか最近非常に評判が悪く、抗生物質を1週間飲み続けて殲滅させる治療があるそうで、しかも知り合いで、その治療をしてとても調子がいいという人もいたりします。

私の場合、まだ胃の中は少し荒れている程度なので、それほど切迫感がないのもありますが、相当強い細菌であるらしいピロリ菌を殺してしまうということは、当然、他にたくさんいる腸管在住菌にもかなりのダメージを与えることは必須なわけで、そのリスクは本当にないのだろうか?少ししかいなくて細々と生きているけど、意外と重要な役割を果たしている細菌がいたりして、それまでも殲滅してしまうのではないかと気になったりするのです。

その一方で、この本の中に出てくる話の流れでいけば、もしかしたら、抗生物質治療のあとに植物を分解できる細菌をとる(まあ具体的には、野菜にはそういう細菌が付いていると思われるので野菜サラダをたんまり食べる)とかして、腸内にそういう細菌が優勢になると、野菜の繊維質(セルロース)さえも消化してしまえる腸内環境に変えてしまえるのだろうか?とかね。

脳がより効率のよい脂肪酸でなくて、なぜブドウ糖をエネルギー源として使うのかについてとか、血液中のブドウ糖濃度のいろんな動物による比較、など、具体的なデータも示しながら探求していて飽きさせません(食物のカロリー数の矛盾については少し疑問を感じた部分があるのですが、うまく説明できないので置いておきます)。

1万2000年くらい前に穀物(保存のきく糖質主体の食べ物)の農耕が始まったことによって、世界の人口が爆発的に増えるようになったが、地下水が枯渇してしまうことなどによって、今後穀物の大量生産が難しくなる可能性が高いことはいろんなところで指摘されていますが、その対応策案などについての考察も面白い。

かつて糖類も含めた食事を楽しんでいたらしい著者が、糖類こそが食事に楽しみを与えた犯人で、睡眠や排泄などといった基本的な欲求である食欲は楽しむ必要はないと、言い切ってしまうところが、それにもまして、糖類を制限することによるメリット(やせた、昼寝をしなくなって有効に使える時間が増えた、二日酔いをしなくなった、など)が大きいのだろうなあ、と推測はできるのですが、ちょっときっぱりしすぎていて、食事の楽しみというのも捨てがたいと思う今日この頃。

この本の中に書いてある糖質制限の段階の中で、プチ糖質制限として位置づけられている、夜には糖質をあまり食べないというのは、これまでもすることが多く、私の場合はそれだけで結構やせることができるので、現段階ではそれほど糖質制限しなくても大丈夫かと思ったり。加齢に伴って新陳代謝が落ちてきているので、そろそろ本格的に糖質制限をしないとやばいかも、と思ったり。
     

『ある精肉店のはなし』

[2014年02月13日(Thu)]
『ある精肉店のはなし』(監督:纐纈[はなぶさ]あや、日本映画、2013年)

先日横川シネマに久々に行ったとき、横川シネマで上映した映画を随分見落としてしまったなあと思いながら、これからの予定を見ていたら、纐纈あやさんの最新作が3月1日から21日まで上映されるのが目に付きました。

前作『祝の島』で、上関町祝島での日常生活を描いた作品が印象的だったので、今回の作品も期待しています。

大阪の貝塚市にある、7代にわたって家族で牛を育て、手作業で屠畜を行い、その肉を自営の精肉店で販売する一家の1年を追ったドキュメンタリーフィルムのようです。職人さんの日常生活から、私は何を感じることができるのだろう。できたら観に行きたい。


『日本人はこれから何を買うのか? 「超おひとりさま社会」の消費と行動』

[2014年02月12日(Wed)]
『日本人はこれから何を買うのか? 「超おひとりさま社会」の消費と行動』(三浦展著、光文社新書、2013年)

1402日本人はこれから何を買うのか?.JPG


著者は、国立社会保障・人口問題研究所の『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』と三菱総合研究所の「生活市場予測システム」を活用して、未婚化と高齢化に伴って急速に一人暮らし世帯が増えている「超おひとりさま社会」の消費動向を分析していく中で、これから何が求められているかを考えていきます。

三つ前の記事でグラフのことについて書いたように、一人暮らし世帯の割合が増えていることは確かで(ただし人口でみると夫婦と子どもの世帯は少なくとも一世帯に3人以上いるので、そちらのほうが多いことにはなります)、その消費傾向を年代と性別でそれぞれみていくと、しかし、全体が似たような傾向に向かっているようなのです。

そんな中で語られるキーワードは「ケア」と「コミュニティ」。

2人で協力して生活できれば何ということではないことでも、1人で暮らしていると難しくなるため、生活の様々な局面での「ケア」(が必要となり、それが商品になっていく(具体的には「食の安全」や「かかりつけ医」、「マッサージ、リフレクソロジー」、「身近な知人同士の贈り物」、「生涯学習」など)。また、非正規雇用の増加が社会問題化している一方で、これからは、辞令一枚で世界のどこにでもいく無制約社員から、何らかの事情があって、制約を持ちながら働く制約社員が、仕事を分け合いながらお互いが「ケア」しながら暮らしていくという社会体制が求められていることについても触れています。

そして、第一章の最後に、「超おひとりさま社会」における消費の最大の特徴は、個人化・孤独化だけど、同時に、一時的にみんなと一緒に暮らしたり、毎日ではないかみんなと一緒にご飯を食べたり、というような著者が「シェア型消費」や「共費」と名づけたような消費行動が増えると書いていて、その具体的な姿を、最終章「コミュニティという商品を買う時代」で書いています。

そこで提唱しているのが、「コンビニ」ならぬ「コムビニ」。コミュニティ・コンビニエンス・ストアのことで、現在あるコンビニをより地域密着型にしたもの。多くの高齢者が住む住宅地にあり、ちょっとした小公園、マッサージや理・美容店、夜は少しお酒も出るような飲食店、家事を含めた日常生活全般のニーズに応える便利屋などが混在し、ビジネスが行われるだけでなく、人が集まり、会話が生まれるきっかけを提供する場所として描いています。それを、既存の建物を活用(リフォーム)することによって、しかも運営も大手の企業だけでなく、地域の事情に合わせて地域の住民も参加しながら経営していく。

そういったコミュニケーションやコミュニティを重視した取り組みの事例も示してくれています。

最後のほうで、著者はまだ詳しくないのでこれから研究していきたいと語って言葉だけ掲載している「コミュニティリビング」。これは、「家族が住む住宅にリビングルームがあるように、地域社会の中における地域住民が交流するリビングルームのような場所」という意味なのだそう。

著者は、「コムビニ」がその一例としていますが、私の住む岩国市の岩国駅前でも、2年弱前にオープンして展覧会や読書会、街かど科学教室など様々な文化発信をしているカフェ ヒマールや、この年末にオープンした、Wi-Fi+充電環境を整えていて2階に会議スペースのある喫茶店(POSカフェ)、同じく年末にオープンした介護老人福祉施設ヴィータの1階に併設されている地域交流センター(現在は貸しスペースとして運用)など「コミュニティリビング」(もしくは、になる可能性を秘めたている)と言えるようなスペースができています。

もちろん、それらは一例で、私が知らないだけで、そういった「コミュニティリビング」的な場所になっている居酒屋やカフェなどがもっといろいろあるのだと思います。

そういったスペースが充実していくのは、第一にはそこのオーナーの努力なのですが、コミュニティというのは人と人とのつながり。つまり、利用する人が積極的に参画していくことによって、ますます豊かなものになっていくものでもあると思います。

さらに理想を言えば、そういったそれぞれ特徴を持った「コミュニティリビング」が増えていって、それぞれの情報がある程度オープンになり、ゆるやかに連携していくことができれば、多くの人にとってより暮らして楽しいまちになると思うのです。


『ラジオの恋』

[2014年02月11日(Tue)]
『ラジオの恋』(監督・脚本:時川英之、主演:横山雄二、日本映画、2013年)

横川シネマで久々に観た映画の2本目がこれ(チラシがすでになくなっていたので写真はありません)。

実は、広島が舞台になっている映画みたいなので面白いかも、くらいの前知識しかない状態で行ったため、ちょっとびっくり。

というのも、前の作品『祭の馬』の時の観客は数人で、映画が終わって休憩で部屋を出たら、人がたくさん並んでいる。どうも広島では話題になっているみたいで、小さな映画館が補助のパイプイスを出さないといけないほどの満席状態(百人以上)。

直前に見た『祭の馬』みたいな映画ももっとたくさんの人に見てもらいたいなあと思っているので、のっけからついついやっかみの入った気分になってしまい、最初ちょっと映画に入り込めなかった私がいました。

しかし、この映画もとてもほのぼのとしていて、いい映画です。

通勤などの自動車の中でしか聞かないものの、私はラジオが好きなんですよね。

RCCラジオのパーソナリティ横山雄二さんが、本人役で主人公として出演(でも、ドキュメンタリーではなくて、あくまでファンタジー)。長年朝の番組をやっていて、マンネリで、毎晩飲んだくれて、ラジオなんか誰も聞いていないし、もうやめようかと思っている。

そこに、「ミミ」と名乗る少女が現れてラジオに不思議なことが・・・。

100年以上昔から続いているアナログなメディアであるラジオの力を信じたくなるストレートなお話。

そういえば、現在岩国でもコミュニティFMを立ち上げる話が進んでいて、私も密かに応援しています。

3年前に『阪急電車 片道15分の奇跡』という映画が作られていて、昔阪急電車沿線に住んでいたこともあり、懐かしくレンタルDVDで見て、ほんわかとした気分になったものです。あちらは、中谷美紀さんとか戸田恵梨香さんとかメジャーな俳優さんで彩られていましたが、題材がローカルな映画としてはこちらのほうがおすすめだと思います(ちょっと広島びいき)。

2月14日まで、横川シネマにて。


『祭の馬』

[2014年02月11日(Tue)]
『祭の馬』(監督・撮影・編集:松林要樹、日本、ドキュメンタリー映画、2013年)

1402祭の馬.JPG


久しぶり(1年以上?)に、広島の横川シネマに足が向いて、映画を2本見てきました。
最初に見たのがこれ。

競走馬を引退するなどして、福島県南相馬市で食肉用として肥育されていた38頭の馬たち。
3月11日の東日本大震災で津波の被害を受けるも奇跡的に助かったが、東京電力福島第一原発から17キロの地点にいたために、飼い主は出来るだけの餌を残して避難。

2週間後に帰ってきた時には、7頭が餓死。被爆した馬が食用にまわってはいけないと県は殺処分を要請したが、飼い主の田中さんは拒否。南相馬市のはたらきかけで、伝統行事として行われている野馬追に使うためとして、特例で避難を許可された。

その馬たちの避難所での生活や、不健全な状況に手を差し伸べてくれた北海道日高市に一時的に避難し、嬉しそうに走り回る様子。そして震災から506日が経った2012年夏に行われた相馬野馬追で堂々と走る姿をカメラは追う。

ただ、それだけと言ってしまえばそれまでなのですが、馬とあまり接したことがなかったと言う監督なりの表現で、馬たちの生き生きとした感情が写し撮られていて、その躍動感が、つぶらな瞳が、心に残ります。

2月21日まで、横川シネマで。


「足切りグラフ」を使う人がいなくなってほしい

[2014年02月11日(Tue)]
『日本人はこれから何を買うのか?』という本が興味深かったので、そのことについて書いてみようと思ったのですが、その前に気になったことを少し。

この本には、説得力を持たせるためにグラフや表が多用されていて、もくじの前にもいくつかのグラフが掲載されています。

その一番最初のグラフが、いわゆる「うそのグラフ」になっているのです。多くの人があまりに当たり前に使っているの(新聞などにも多用されている)で、悪意というものは感じられないものの、結果としてはうそのイメージを持たせることになるので、なくなって欲しいといつも思っています。

このグラフでは一人世帯が増え、一般的と思われる夫婦と子どもの世帯が急激に減少していることを強調しようと、1000万世帯以下を省略しています。「足きりグラフ」と呼ばれ、かつては省略していることを2本の波線で表現していたりしましたが、今では多くの場合それさえなくなってしまっています。

グラフというのは、傾向を一目でわかるようにするためのものであるのに、下の部分を省略してしまうと、変化が強調されてしまい全体の傾向を見損なってしまいます。

せっかくなので、このグラフの本来の形を、大雑把にページ全体をまねて作ってみましたので比較してみてください。最初にあるのが元のグラフです。

1402一人暮らしの世帯の数.JPG

一人暮らし世帯の数 (1).JPG


さらに書くと、世帯数という量を表すものなので、本来は折れ線グラフでなくて、棒グラフのほうがいいと思います。しかも、できるだけ長期で取ったほうが傾向はよくわかるので、元の資料に掲載されている1980年から2035年までの実績数値と推計値を、世帯全体の推移がわかるようにグラフにしてみました。

日本の一般世帯の推移.JPG

一人世帯はどんどん増えていて世帯が増える大きな要因になっており、2005年あたりに夫婦と子どもの世帯と一人世帯が逆転していることがわかります。2035年には一人世帯も減り始めていますが、全体の人口減にともなって世帯も減少してくるからのようです。

「足切りグラフ」についてはこれまでも、書いていますが、折に触れ書かせてもらいたいと思っています。
本のことについては、別の記事で。


『音楽ヴィジョン×空間メタモルフォーゼ』

[2014年02月10日(Mon)]
2月7日、シンフォニア岩国多目的ホールで行われたサクソフォン2人とピアノによるコンサート。

140209メタモルフォーゼ.JPG


引きはあまりなかったのですが、岩国駅前に出る用事があったのでついでに聴くことに。

が、しかし、大当たり。岩国市出身で現在は山口市に住むサクソフォン奏者の福光恒星さんを中心に、ときに激しく、ときにしっとりと楽しませてくれました。サックス2本とピアノというのもなかなかいいです。

前半の、背景に映されたポップな映像と音(や言葉)に合わせてサクソフォンを演奏するアヴァンポップといわれるちょっと変わった分野も面白かった。

こういうことがあるから、時間が合えばコンサートなどには参加したいものです(もちろん、ハズレもありますが、生の演奏や舞台はのがすとそれで終わりなのですから)。

最初に前座的に、岩国市で行われたソロアンサンブルコンテストのマリンバ優勝者(中学生)の演奏を入れるという趣向も、岩国の頑張っている若者の発表の場という意味ではいいのではと思いました(全体の流れを壊さない工夫も必要です)。


ハクジャオーの映画が、やばすぎる

[2014年02月09日(Sun)]
140209ハクジャオーパンフ01.JPG

140209ハクジャオーパンフ02.JPG


前宣伝もさせてもらった『清流光神ハクジャオー THE MOVIE』の初日(2月9日、18時〜)に行ってきました。当初岩国市民会館小ホールの予定が、問い合わせ等が多かっため、急遽大ホールに変更。数百人の家族連れやファンで賑わいました。

演技のことなど細かい点を言えばいろいろとあるのですが、岩国のローカルヒーローが1時間半の映画に仕上がったことが何よりうれしい。

内容的にも、ヒーローものの王道を行くような作りでなかなか好感が持てますし、こぼれ落ちそうなくらいの岩国に対する思いが伝わってきました。

ここまでこぎつけるのには大変な苦労があったと思います。

初日とあって、上映後には舞台挨拶で、主題歌を歌った「PiiCe」の2人が歌ってくれたり、ハクジャオーのコスチュームを作っているNPO法人岩国ヒーロー委員会の会長や監督、出演者、技術の方、脚本家、そして、サプライズで特別出演した佐々木剛さん(仮面ライダー2号の一文字隼人役だった俳優さん)の挨拶があったりと盛り上がりました。

このあと、2月10日(月)13時〜、16時〜、19時〜
       11日(火・祝)10時〜、12時半〜、14時半〜
の6回、岩国市民会館小ホールで上映されます。


366_ブロッコリーの収穫

[2014年02月09日(Sun)]
このところ寒いですね。江戸では46年ぶりの大雪だとか。

今年は、育っている途中で、猪(イノシシ)にはたけを荒らされ、ブロッコリーも、植えている位置がずれるほどだったので、あまり期待はしていなかったのですが、意外と大きくなってきました。

写真ではわかりにくいかもしれませんが、紫色が綺麗です。やはり、路地で育てたほうが、寒さに対抗するためにか、色素のアントシアニンなどがたくさんできるのでしょう。

140209ブロッコリー02.JPG


少し小さめですが、小さめ目の時に採ったほうが脇芽が出てきやすくなってたくさん収穫できるという話もあるので。

まだ茎が太くなっていないので、中に空洞はできていないようです。枝芽がすでにいくつも出てきています。

140209ブロッコリー03.JPG


もっと小さな花芽のかたまり。

140209ブロッコリー04加工.JPG


ちなみに写真の水滴の部分だけ拡大してみると、けっこうきれい。水孔(葉っぱにある水分の出口)からの出水と朝露の混じった水滴だと思います。

140209ブロッコリー05水滴.jpg


140209ブロッコリー05水滴04.jpg



食と農の映画祭in岩国

[2014年02月06日(Thu)]
食と農の映画祭in岩国 表2.jpg

食と農の映画祭in岩国 裏2.jpg

広島では、2009年にはじまり、去年5回目を迎えた『食と農の映画祭inひろしま』というイベントが行われています(去年はシネツイン新天地を会場に、1週間にわたって、多彩なゲストを迎えたトークライブと食にまつわる10本以上の映画の上映が行われました)。

食の安全に対する関心を持つ人が増えているようで、岩国でも、昨年6月『食と農の映画祭inひろしま』で上映された『モンサントの不自然な食べ物』の自主上映会が開催されました(私も見に行きました)。

今年も、葉っぱビジネスで有名な四国の上勝町の取り組みを描いた『人生、いろどり』と『食と農の映画祭inひろしま』で上映された『世界が食べられなく日』の食にまつわる2作品の上映会が行われます。

野菜や自家製酵母パン、焼き菓子、フェアトレード雑貨などの販売もあるようです。

■日 時 2014年2月23日(日)
     @『世界が食べられなくなる日』10時〜12時
     A『人生、いろどり』13時〜15時
     B『世界がたべられなくなる日』16時〜18時

■会 場 岩国医療センター(通称:国病) 研修センター(岩国医療センター南 看護学校建物内)医療センターの外来駐車場に停めて駐車券を持っていくと、無料処理をしてもらえます。

■鑑賞券 前売り1000円(当日1300円)、2枚セット券1600円(前売りのみ)
     学生500円(要学生証提示)

詳しくは、フェイスブックやブログがありますので検索してみてください。

遺伝子組み換え作物については、大きな企業がその権利を一手に押さえているのは大きな問題だと思いますが、作物自体の危険性については、疑わしいけどよくわからないというのが正直なところです。いずれにしても、多くの人が関心を持つことは大切なことだと思います。

個人的には、新しく移転したばかりの国病に併設されている看護学校の研修センターが会場になるということで、新しいイベントスペースとしても興味があります。
     

『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』についての追記。「清潔」とは?

[2014年02月05日(Wed)]
前の記事で紹介した『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』について、長くなりすぎたので別記事にして少し追記を。

皮膚常在菌が外部からの細菌の進入を一次的に防いでくれているわけですから、石けんなどを使いすぎて皮膚常在菌まで洗い流してしまっては意味がない(というより、よくない)わけで、実際、皮膚から出る皮脂や老廃物は水溶性のものがほとんどなので水だけでもいい、ということで、著者も石けんをあまり使わなくなった(焼肉やタバコのにおいは石けんでないととれないらしい)という話が出てきます。

私も、以前から知り合いで、石けんは使う必要なんてないから使わないという人を知っていて、それもそうかもしれないと思っていたものの、踏み切れずにいたのですが、本を読んで一気に試してみようという気になって、試しています(実は本を読んだのは年末なのでかれこれ1ヶ月以上)。

おじさんですから、比較的あぶらっぽいのですけど、結構お湯だけでも汚れは取れるもんだなあというのは実感しています。

ついでの効用というか、石けんをあまり使わないようにして、手指で直接肌を洗うようにすると、(今まで洗い布で洗っていたのに比べて)体の隅々まで丁寧に触るようになり、「ああ、このあたりはガサガサになっているなあ」、とかよくわかるのです。自分の体の状況を知るという意味で、いいことなのかもと思ったりします。

おまけに書くと、以前、はたけ通信の部分で、ナスやトマトなどの芽欠きは鋏(ハサミ)などの器具をつかうより手でやったほうがいいのは、生物の表面というのは、微生物のバランスがうまく取れているので、細菌がないという意味での清潔ではないかもしれないけれど、無生物の表面よりきれいなのだと思う、というような意味のことを書いたのですが、この本を読んでより詳しいことがわかって心強い思いをしたと同時に、やはり、自然界のバランスというのは本当に緻密で素晴しいということに感心するばかりです。

どんどん広がりをみせている「除菌○○」。いわゆる清潔神話については、害のほうが大きいと感じているので、折に触れて取り上げたい話題ではあります。


『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』

[2014年02月04日(Tue)]
『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』(夏井睦著、光文社新書、2009年)

1401傷はぜったい消毒するな.JPG


前半は、かなり知れ渡ってきたものの、いまだに一般的にはなっていない傷の治療法としての「湿潤療法」についての背景なども含めた解説なのですが、実は、私にとっては後半部分がとても面白く、タイトルをもう少し変えたほうがよかったかもと思えたほどです(実際、私は副題に引かれて手にとってみたのです)。

久々に、各章の力の入り方をグラフ(一目でわかるようにするという意味で、これもグラフなのです)にしてみると一目瞭然。

1402消毒グラフ.JPG


全11章のうち、8章までが「湿潤療法」についてで、9章からの後半が3章分でほぼ半分になっているほどであることからもうかがえます(ページ数では中身を判断できないようにも思えますが、案外こういった量的なもので推定することができることが多いものです)。

とは言っても、8章までも、なぜ著者が「湿潤療法」を知るようになったか、「湿潤療法」の実際、どういう仕組みで傷が治っていくのか(皮膚の自己再生過程)、なぜ「消毒して」「乾燥させる」という従来の傷の治療法が生まれたかについての過去から遡っての検証など、とてもわかりやすく納得できるもので興味深いです。

そして、そこまで分かっているのに、なぜ「湿潤療法」がなかなか普及しないかということについて、「パラダイム」という考え方を解説しながら説明しているのが第9章。

第10章「皮膚と傷と細菌の微妙な関係」で、皮膚に常にいる細菌(皮膚常在菌)と人間の関係について解説してくれています。

1800年代中ごろに細菌がもたらす変化(発酵や腐敗)が発見されましたが、悪い面が強調されたため「植物や動物に病気を起こす厄介者であり、動植物の敵」であるというのが1900年代初頭までの生物学者の常識であったため、常在菌(人間のあらゆる表面には常にいる細菌が生息していて、皮膚常在菌や口腔常在菌、腸管常在菌などを合わせて人体常在菌と言うようです)の研究が進んできたのは1960年代以降のようです。

皮膚には、皮膚常在菌と通過菌(たまたま物の表面や空気に漂っていたものがくっついたもの)がいて、皮膚常在菌は皮脂や皮膚の老廃物のみを栄養源としている嫌気性菌で、人間の皮膚以外では繁殖することができません。何種類かの菌が協働して皮脂などを分解しつくすことによって生活し、その結果、通過菌の繁殖に適さない酸性の物質や毒になるものを出し、自分たちの生活圏を守ると同時に、通過菌の中にいる病原菌の人体への進入を防いでいるのです。

進入してしまってからあとにもキラー細胞などによって体を守る仕組みがあるわけですが、細菌は、地球上にもっとも生活域を広げている生物なので、自分にとって害を及ぼす細菌を進入してくるたびに退治するより、侵入する前の表面(皮膚や腸の表面)に特定の細菌に住んでもらって、まずそこで細菌同士のやりとりで他の細菌にはお引取りいただいた(りそれ必要以上に繁殖しないようにしていただ)くというほうが、断然効率がいいというか、必然なのでしょう。

いろんな生物は、基本的にそういう共生関係で成り立っているので、単独の生物というのはありえないというのは、いまさらながら、こういう実態的な話で説明されると本当に納得せざるを得ない。

細かいことを書くと、悪名高い黄色ブドウ球菌でさえ、ヒトは皮膚の湿り気の多い部分に常在させていて、より毒性の高い細菌の侵入を防いでいるということもあるらしいのです。

例えば最近話題の耐性ブドウ球菌(MRSA)は、抗生物質に対して耐性があるものの、その耐性を取得したために遺伝子が少し複雑になり、細菌の特性である早く分裂する能力に劣るので、普通のブドウ球菌と一緒にいると負けてしまう。病院などでは、抗生物質などを使って普通の菌がいなくなるためにMRSAが繁殖してしまいやすい。つまり医者自身がMRSAを繁殖しやすい環境を作っている。

最後の11章では、少し大風呂敷かもしれない思考実験を試みています。著者がたまたま出会った本の中にあった次のような実験結果を解決する仮説を展開していて、これがとても刺激的で面白い。

「皮膚の表皮細胞には、中枢神経の全ての神経伝達物質(ドーパミンやセニトロン)などの受容体が存在し、しかも全ての神経伝達物質を生産することもできる。そして、神経伝達物質を皮膚の損傷した部分に塗ると、そこの修復が促進したり遅延したりする」

つまり、皮膚の表皮細胞には自分で修復を促進させ(たり遅れさせたりす)る物質(しかもそれは神経伝達物質)を作ることも受け取ることもできるのに、外から与えられないとその効き目があらわれない。

その謎に迫っていくために、細菌という生物の特性からはじめて、生物の進化過程における外界を認識する仕組みの変遷、脳と皮膚の関係など、興味深い話題が次々に重ねられていきます。話は、なぜ、ヒトの皮膚はこんなにもひ弱なのか、とか、清潔神話、アトピー性皮膚炎の話にもつながっていますが、これは、本を読んでこその面白さで、詳しく書くのがもったいないので、是非本を読んでみてください。


『やさしさをまとった殲滅の時代』

[2014年02月02日(Sun)]
『やさしさをまとった殲滅の時代』(堀井憲一郎著、講談社現代新書、2013年)

1401やさしさをまとった殲滅の時代.JPG


タイトルが、時代の雰囲気をとてもよく表しているように感じて手に取った本。

まえがきで著者は、東京ディスにーランドにありながら、特に待たなくても味わうことのできた、知る人ぞ知る的な特別なサービスが、2000年代に入って多くの人に知られるようになってしまい、「小さな楽しみ」でなくなってしまったエピソードを例に、大きな変革が起こったにも関わらず、暴力的でなく、世間(みんな)の要望に沿ったものだからゆえにやさしさをまとって、人知れず、いろんなものがなくなっていっている感じがする。その変転について眺めてみたい。とはじめます。

そして、著者が気にかけている2000年から2009年にかけ起こったさまざまなことを「やさしさをまとった殲滅」というテーマに沿って解きほぐしていて興味深い。

印象に残ったことを一つだけ書くと、流行について掲載するような情報誌が売れなくなって廃刊になったのは、インターネットに負けたからではないという部分。

情報誌の元編集者によると、大きな要因は広告収入が入らなくなったからだけど、別の背景として、以前は、「目に見えないけが確実に存在している先端的な社会の動き」があって、それを敏感にとらえて特集記事にできれば、販売部数も上がり、その流行がまた増幅されるという循環だったのが、そういう世の中の動きがなくなってしまったのだと。あまりに細分化され専門化されてしまって、それでもまだ女性にはあるけど、特に若い男性にそういう大づかみできる動きがなくなってしまったらしいのです。

私などは、流行というのは雑誌などが煽っているだけではないかなどと思っていたのですが、そう単純でもないのですね。

ついでに書くと、江戸の東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催されているコミックマーケット(通称:コミケ)のことについても詳しく触れていて、2013年には3日間で約60万人が集まったのだそう(民間団体の行事としては最大らしい)。

そのコミケについての表現が興味深い。
曰く、「少年の妄想展開と、少女の性欲開示を、すべて受け入れるイベント」「個は個でいい、ということを、多くの人間が集まって認め合っている。だからこれだけの人数が集まっても、それが一つにまとまることはない」「60万人の人を集めながら、どこまでも閉じている」「個であることを強く要望された結果、いくら多く集まっても若者は個であることから脱することができなくなった。集団で動く熱狂の訓練を受けていないからだ。意味なく若者だけが集まる場所を、僕たちの社会はいつしか失っていたのだ」。・・・

著者は、大学時代から現在に至るまで漫画サークルに参加していて、傍観者的に言っているわけではないところに、説得力があるように思えます。

ちなみに、インターネットで「コミケ」で検索してみると、コミックマーケットの公式ホームページがあって、コミケの歴史や考え方など丁寧に説明してあります。例えば、「コミックマーケット年表」というのがあって、その中に参加数の推移が片対数グラフ(片方の軸が、1、10、100、1000…というふうに10倍ずつ増えていて、グラフの傾きで変化率がわかるようになったグラフ)で書かれていて、コミックマーケットが始まった1975年から急激に参加サークル数、一般参加者ともに増えていて、2000年代から落ち着いてきていることがわかります。

最後に、著者がこの細分化され恐るべく個々が分断されてしまった世の中に対して提言していることは、「他人に迷惑をかけること」。当たり前といえば当たり前のことで、[『新世紀エヴァンゲリオン』テレビ版の終わり方(この場合は、「自分はこのままの自分でもいいんだ」ってこと)のように]若干肩透かし気味ではあります。

ただ、以前このブログに書いたことがあったように思いますが、人間関係が希薄になっている昨今にあっては、一昔前のように人間関係が一般に濃いということを前提に子どもたちに注意していた「他人に迷惑をかけない」ように言うことを、今の子どもたちに言うと、ますます人間関係を希薄にしてしまう可能性が高まるのは確かなことだと感じるので、私もとても大切なことだと思っています。

私自身は、どちらかというと濃い人間関係は苦手なほうで、でも適当に迷惑をあったほうがいいんじゃないか、という程度なのですけど。

いずれにしても、私が今社会に感じている「いろんな選択肢や自由な雰囲気がある一方で、多数の意見をまとった無言の圧力で少数者が圧殺されているような息苦しい感じ。一方で、明るい事件も暗い事件も、注目を浴びるやいないやものすごい勢いで(みんなの望みにあわせて?)事細かなことまであらわになって、その膨大な情報を消費することに多くの時間が費やされ、本質的な議論がないわけではないが、その情報の洪水に流され、やがて忘れ去られていく」、ということについて考えるヒントになることがあって面白い。

ちょっと、まとまりのない話になってしまいました。


| 次へ
プロフィール

村夏至さんの画像
にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 岩国情報へ
にほんブログ村 にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 広島(市)情報へ
にほんブログ村
最新コメント
http://blog.canpan.info/nougeiraku/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/nougeiraku/index2_0.xml
月別アーカイブ