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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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himaar coffee&crafts コーヒーと手仕事“ヒマール”

[2012年06月30日(Sat)]
ちょっとかわいらしいお店発見。

120630ヒマール玄関.JPG

ヒマールとは、アラビア語でろばの意味。ろばのようにたとえばかだと言われようとも毎日まじめにまっすぐに、ものづくりに向き合いたいという、皮を使った小物を手づくりしている制作部長?さんの気持ちをあらわしているのだそう。ろばのマークがとてもかわいい。

120630ヒマール主人作品.JPG

そのほかの作家さんの手作り小物や陶器などが置いてあり、喫茶店でもあります。

120630ヒマール内部1.JPG

120630ヒマール内部2.JPG

6月15日にオープンしたばかり。
岩国駅からは少し離れています(徒歩8分)が、岩国市役所からほど近い元書店だったところというと、地元の人にはわかるでしょう。

個人的には、名刺入れがかわいくて気になっています(百均の名刺入れをマスキングテープでデコったばかりで気に入っていたはずなのに)。

また、奥の本棚には私の好きな作家の作品などがあったり、福島県相馬市の今を伝える新聞が置いてあったり、興味をそそられます。

作品についてなど詳しくは、ホームページがありますのでご覧ください。「岩国 ヒマール」などで検索すれば出てきます。


286_はたけの虫たち2

[2012年06月30日(Sat)]
2012年6月26日の記事「282_はたけの虫たち」でいろいろな昆虫を紹介しましたが、あれから数日で、前の記事の他にいろいろまた写真が撮りたまったので、まとめて紹介します。

虫嫌いの方は、見ないように無視してください(失礼しました。オヤジギャグでした)。

モロッコ豆の葉にとまる名も知らぬカメムシ?
01 120626カメムシ.JPG

チシャの蕾にとまるブチヒゲヘリカメムシ
02 120629ブチヒゲヘリカメムシ.JPG

ニンジンの花にとまるガの一種
03 120628ガ.JPG

ニンジンの花にとまるハチの類
04 120627ハチ?2.JPG

ニンジンの花の上で交尾するコガネムシの一種
05 120628コガネムシの類.JPG

ニンジンの花の下にとまる甲虫類
06 120629甲虫類.JPG

ニンジンの花にとまるカメムシ
07 120629カメムシ.JPG

こぼしながら懸命にニンジンの花粉を食べる甲虫類。ニンジンの花は、なかなかの人気ですね。とても小さな花がたくさん咲いていて、花畑の面積としては広く、小さな虫から比較的大きな虫まで花粉の好きな昆虫には広く門戸を開いているという感じなのでしょうか?
08 120629甲虫類2.JPG

そして、クチブトカメムシの類?
09 120629クチブトカメムシ?.JPG

よく見ると、背中に全長1ミリにも満たない小バエのような虫が!
まさにミクロコスモス(ちいさな宇宙)です。このハエの上にまた何かとまっていたらどうしよう(どうもしなくていいです)かと思いましたが、一応目には見えません。
10 120629クチブトカメムシ?の背中に乗った虫.JPG

どんどん、名前のわからない虫が増えてきましたが、私自身はそれほど名前を知りたいわけではないので、勘弁してください。でも、様子を見るのは楽しいのです。

10メートル四方の小さなはたけに、どれだけたくさんの昆虫がいるのでしょうか?まだまだ見落としている虫たちがいるはずです。

撮影機材:オリンパスTG-1


「山口県 スマ旅女子」

[2012年06月29日(Fri)]
たまたまインターネットのニュースで知った企画。
2012年6月30日(このブログを書いている時点では明日)10時から、山口県内を旅しながらスマートフォンを駆使して、その魅力を伝えようというもの。
10時から、岩国の錦帯橋などを2人の女性が訪れて、様子をツイッターで流したりするようです。

どんなことになるのやら、おじさんにはよくわかりませんが、たくさんの人が参加して盛り上がると楽しいですね。「山口県 スマ旅女子」で検索するとホームページが出てきます。天気がよいといいのですが。

とりあえずお知らせまで。


285_ハナムグリは花潜り?

[2012年06月29日(Fri)]
ニンジンの花に、かわいいハナムグリが4匹。きれいに一列に並んでいました。

120628ハナムグリ2.JPG

見ている少しの間に、手前のハナムグリは花の中に潜ってしまいました。花に潜るから、花潜り→ハナムグリ、なのですね。きっと。

120628ハナムグリ3.JPG

花に潜って、花飾りをつけたのもいました。おしゃれ。

120629ハナムグリ.JPG

ニンジンの花の全体風景もついでに。

120629ニンジンの花.JPG

ちなみに、今朝のキュウリの収穫は3本。今回のキュウリは、とてもいい感じで、葉っぱがすごく大きく(手のひらを広げたより何回りか大きい)、緑も濃く生き生きしています。

120629キュウリ収穫.JPG


『せいめいのはなし』

[2012年06月29日(Fri)]
『せいめいのはなし』(福岡研一著、新潮社、2012年)

1206せいめいのはなし.JPG

福岡研一さんが、内田樹さん、川上弘美さん、朝吹真理子さん、養老孟司さんと対談した部分と、福岡さんによるまとめ的な部分の合計5つの章からなる本。

もともとこの本は、最近私が聞いたこんな話がもとになって読んでみたのです。養老孟司さんが、岩国市の錦町と周南市の鹿野町の分水嶺を訪れたことがあって、「分水嶺の道を境にこちら側は九州地方の昆虫が住んでいて、あちら側は中国地方の昆虫が住んでいる」と話していた、と。

普通で考える九州と本州の境である関門海峡ではなく、広島県と接した山口県の東の端が、九州地方と中国地方の境になっているのだというのは、なんだか面白いなあ。人間の世界でも、例えば新聞や大きな企業の九州地方と中国地方の境が山口県の東の端の岩国になっているし(これって多分一般にはあまり知られていないことだと思います。ただし、最近では、岩国はすっかり広島経済圏)。

興味深いのだけど、人づてに聞いた話しなので、どうも確証がない。で、いろいろ知り合いに聞いているうちに、この本にそれに関する記述があるよ、ということになって行き着いたのです。確かに養老さんとの対談のはじめの部分に、<過去のある時点で、九州・四国地方は、東シナ海が干上がっていて中国大陸とつながっていて、同時に山口県の一部も中国大陸と陸続きだった。中国地方はほとんどは水没していた>というようなことを言っています。

このことは、もう少し他の人などもあたってみて調べてみようと思っています。

それはそうと、そういうきっかけで読んでみたこの本はなかなか面白かったです。常に入れ替わりや変化をしているのに一定の形を保っている動的平衡というものが、大きなテーマになっていて、それは生命の話だけではなく、人間社会にも言えるのだというふうにつながっていきます。

その中で特に印象に残ったのは、水俣病のことについて数年前に出た『水俣病の科学』という本についての言及です。アセトアルデヒドを水銀触媒で作っていた工場というのは、世界に何千もあっただろうけど、あれだけの大惨事を起こしたのは日本のチッソだけで、そのことを追求していったら、5つの独立した過程があって、その全部が悪いほうに転がったために起こったらしいということ。そういう確率は非常に小さくて、普通ならどこかで止まっていたはずなのに、結局、特定の原因があったというより、偶然の積み重ねだったのだと書いてあるのです(だからといって、チッソの責任は免れませんが)。

それは、逆に言うと、常日頃、現場現場で悪い方向に転がりそうなことに気付いたら、その段階で止めておけば、大きな事故につながらなかったかもしれない、ということなのですよね。

それって、工場などの現場で事故を防ぐために気をつけるべき普通のことなのですが、社会を構成するシステムが複雑多岐にわたっている現代にあっては、全体が見えなくなっている分、現場で少しおかしいなと感じても、それはもっと他の人が気付いて対応してくれるだろう、みたいな無責任体制になっているのではないか。その積み重ねが、例えば今回の原子力発電所の大きな事故になったのではないか。

現場でおかしいと思ったら、もっと大きなところで対応してくれるはず、と思うのではなくて、その現場で対応できる範囲でおかしさを是正していく。声を上げていく。注意してあげる。という、普通のことが今大切なんじゃないかと感じているところだったので、少しタイムリーでした。

少し蛇足です。
『生物と無生物のあいだ』という本でも感じたのですが、なんだか福岡さんの本って、微妙に違和感があるんですよね。例えば、この『せいめいのはなし』で言えば、対談がメインなのに、なぜタイトルや副題に対談した4人が出てこないのか、それは編集者段階で、有名な1人だけ出すわけにいかないし、でも4人だとバランスがよくないので出さないことにしたのか、それとも、今福岡さんが売れているので、福岡さん1本で行こうということになったのか? とか、往復書簡的にするならまだしも、4人との対談のあとに、福岡さんだけがまとめのような文章を書くのはなぜなのか、など。単純に私の勘違いなのかもしれないのですが、もやもやした感じが残ります。


マリリン・モンローが岩国に来たときの記念写真が置いてあるお店

[2012年06月28日(Thu)]
1951(昭和26)年に国際飛行場に指定されて、1952(昭和27)年から1964(昭和39)年まで民間空港として利用されていた岩国飛行場(一時は、国際空港と言えば、羽田空港と岩国飛行場しかなかった)。

1954(昭和29)年2月11日、マリリン・モンローが新婚旅行で野球選手のジョー・ディマジオとともに日本を訪れたときに降り立ったのが岩国飛行場だったことは、6月9日の記事にも少し書いたのですが、そのときの記念写真を店内のカウンターに飾ってあるお店があることをご存知でしょうか?

その証拠写真が、これ。

120626モンロー.JPG

どこで撮られたかなどの詳細はわかっていないのですけれども、岩国での写真であることは本当のようです。

お店の名前は、このブログの常連さんならわかるかもしれませんが、とりあえずは出しますまい。そのうち気が向けば、書きたいと思います。

こうやって、岩国に来てみたくなるようなちょっとした情報を、多少期待を持たせて(じらして)、開港の雰囲気を盛り上げ(あおり)ながら、掲載していけたらと思っています。


284_なぜプランターの野菜は一気に虫にやられたりするのか

[2012年06月28日(Thu)]
最近では、はたけはできないけど野菜を作ってみたいという人が、アパートやマンションのベランダのプランターで野菜を育てたりする話しをよく聞きます。

そのときに、一気に虫に食べられて困っているというようなことを聞くことがあります。なぜでしょう?

私は、これまでいろいろな種類の野菜を育ててきましたが、農薬というものを使ったことがありません(夏時期などは、実際一気に青虫に葉っぱを食べられた経験もあるので、明らかに全滅しそうなことはしません)。

そして、趣味でやっているので小規模多品種、ということになります。雑草も、適度(?)に生やした状態にしています。要は、狭い範囲に、多様な植物があるような状態にしているわけです。

一方、ベランダでプランターでということになると、どうしても単一な植生にならざるを得ない。昆虫同士というものは、一見何のかかわりもないように見えます。専門化して、それぞれが食べる植物(野菜)を決めているわけですし。

しかし、同一空間を共有しているもの同士、まったく関係がないということはなくて、お互い微妙にけん制しあっているのではないか、と私は思っています。

なので、ベランダでのプランター栽培の場合、押さえが利かずに一気に虫が大量に食いついて野菜が枯れてしまうということが起こりやすいのではないか。と思ってしまう私は、考えすぎでしょうか?


双子コーデ

[2012年06月27日(Wed)]
「双子コーディネーション」の省略形。

双子コーディネーションとは、一部または全体的に同じ服や靴などを身に着けて、目立たせたり、仲良し感をアピールすること。

要は、昔でいうペアルックなのですが、主に女友達同士が行うようです。社会現象としても面白いのですが、私が感心するのは、次から次へとこういった新しい言葉が生み出されること。日本語は表意文字と表音文字があり、しかも表音文字にはひらがなとカタカナの2種類があるという、表現方法の豊かさゆえ、新しい言葉を受け入れやすい素地があるし、表意文字があるために、まったく同じ読みの言葉が多いので駄洒落を作りやすいと思うのですが、それにしても、おもしろすぎる。例えば英語など他の言語ではこれほど、いろいろな言葉が生み出されているのかどうなのかと気になったりします。

などと考えていたら、昨日飲み行ったお店で、双子コーデをしている人を見かけてびっくり。こんな田舎で、しかもまさかの若者男子2人組。で、何気に聞いてみたら、それは制服(少しおしゃれなストライプ柄のシャツなので制服とは思わなかった)で、仕事のあとにそのまま飲みに来ている兄弟(!)だったのでした。

なかなか頼もしい楽しい2人組でした。もしかしたら、今度このブログでも紹介できるような進展があるかも。



283_ゴボウの花

[2012年06月27日(Wed)]
待ちに待ったゴボウの花が、ついに咲き始めました。
なかなかかわいい。

120626ゴボウの花.JPG

もうゴボウ自体の背の高さは2メートルくらいになって見上げるほどになっています。

120626ゴボウ.JPG

もう少し待つと、全体的に咲いて、もっときれいになるでしょう。


『釣り上げては』

[2012年06月27日(Wed)]
『釣り上げては』(アーサー・ビナード著、思潮社、2000年)

1206釣り上げては.JPG

8月3日〜5日に玖珂のこどもの館などで行われる全国演劇教育研究集会の記念講演の演者である詩人アーサー・ビナードさんの、中原中也受賞作を読んでみました。

なかなかステキです。

平易な言葉の中に、はっと思わせる語感やお茶目感、するりと別世界に連れて行かれるところなど、いろいろ楽しませてくれます。

外国人が日本語を操って詩作をする場合、この言葉の変な使いまわしは、どこまでわかってるんだろう、と不思議な感覚に襲われることがあります。そこを、どこまで読み込んでいるのかいないのか。その不安定さが、言葉に対する新しい解釈を生み出してくれたりするところも楽しい。


282_はたけの虫たち

[2012年06月26日(Tue)]
ここ数日間で見かけた虫たちを一挙放出。虫嫌いな方はご注意。

ニンジンの花にとまるモンシロチョウ。
120609モンシロチョウ(ニンジン).JPG

モロッコ豆の葉にとまるベニシジミ。
120624ベニシジミ(モロッコ豆).JPG

モロッコ豆の葉に潜むバッタ。
120624バッタ(モロッコ豆).JPG

モロッコ豆の葉にとまる名前の知らない小さなカメムシ?
120624ゾウムシ?(モロッコ豆).JPG

モロッコ豆の葉にとまるアオクサカメムシの幼虫
120624アオクサカメムシの幼虫(モロッコ豆).JPG

ゴボウの葉を縦横無尽に歩くムカデヤスデの子(間違ってました)
120624ムカデ(ゴボウ).JPG

ゴボウの好きなオオゴボウゾウムシ
120623オオゴボウゾウムシ(ゴボウ).JPG

ナスの葉が好きなニジュウヤホシテントウ
120624ニジュウヤホシテントウ(ナス).JPG

ナスの葉にとまる名の知らぬカメムシ
120625カメムシ(ナス).JPG

ナスの葉にとまるセマダラコガネ
120625セマダラコガネ(ナス).JPG

キュウリの葉の裏に潜むウリハムシ
120625ウリハムシ(キュウリ).JPG

キュウリの茎で交尾をするクサギカメムシ?
120618カメムシ交尾(キュウリ9.JPG

モロヘイヤの葉を食い荒らすコガネムシ
120623コガネムシ1(モロヘイヤ).JPG

ニンジンの花の上で交尾するアカスジカメムシ
120624アカスジカメムシ交尾(ニンジン).JPG

ルッコラの葉の上で交尾するナガメ
120624ナガメの交尾(ルッコラ).JPG

エダマメの茎で交尾するマルカメムシ
120624マルカメムシ(エダマメ).JPG

最近、よくはたけの虫を観察するのでどんどん親近感がわくのですが、特にカメムシ類は野菜の存続に関わってくるので、少し手で駆除させてもらいました。

といっても、素手で(親近感が出てきて素手で触るのがあまり苦でなくなった)捕まえて、水を張ったバケツに入れるだけです。

120625カメムシたちinバケツ.JPG

これでしばらく置いておくと死んでしまいます。

ときどき、人間が一番進化している動物だと勘違いしている人がいますが、今生きている生物というのは、現時点での進化の最終形態なので、それぞれ進化が進んでします。人間なんかより長年進化を続けており、しかも種類も数もたくさんいる昆虫は、特に見ていて面白い。

生物の世界は弱肉強食、などと言われますが、実際にはそういった食べたり食べられたりというのはごく一部で、狭い世界でうまく共存共栄しています。その戦略の一つが専門化。つまり、自分が好む植物を決めているので、狭い範囲でいろいろな昆虫が混在できるわけです。野菜を植えるとその野菜が好きな昆虫がすぐにやってくるので、それまでどこにいたの?と不思議ではありますけど。

昆虫の真似をしているのが、秋葉原という人口密集地が発祥の地といわれる「おたく」かなあ、と思ったりすることがあります。あれも、ある意味専門化によって、共存・共栄しているという面があるのではないかと。

撮影機材:オリンパスTG-1


『原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて』

[2012年06月25日(Mon)]
『原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて』(宮台真司+飯田哲也著、講談社現代新書、2011年)

1206原発社会からの離脱.JPG

今、原子力発電所が話題になっているので、このタイトルを見ると、原発問題というものに目が行ってしまうのですが、この本は、むしろ、2011年3月11日の大きな地震をきっかけとして起こった原発事故を契機に、これからの社会を考えていこう、原子力発電所を受け入れてきたことに象徴される「原発社会」というものから脱皮して、新しい共同体自治を考えていこう、という趣旨のもののようです。

先日このブログでも紹介した、東京電力による社内調査報告書である「福島原子力事故調査報告書」などを見て私などが単純に疑問に思う(というか違和感がある)のは、あれだけの事故を起こしておきながら、今後も原子力発電所を使い続けることを前提に、淡々と、安心・安全対策を行っていきますと書いていることです。今後のどれだけかかるかわからない補償問題があり、それに加えてこれから考えうる安全対策に膨大な費用がかかると考えると、対応にかかる費用次第では、原子力発電所を事業としてやめていくという可能性もあるということを、事故報告書に書いてあってもおかしくはないと思うのですが、そういう視点はないのですよね。

通常の会社であれば事業にかかわる保険をかけたりするのですが、原子力発電所には保険が適応されず、大きな事故が起こった場合には、国が肩代わりする仕組みになっているので、国が推進する限りは推進していきます。といった雰囲気ですが、国が肩代わりするということは、私たちの税金が使われるということなのですが。そういう原子力発電所を受け入れてしまっている社会って・・・?

閑話休題

この本の中で印象に残ったのは、就職当初、「原子力ムラ」の中で、原子力関係の仕事を疑問を感じながらもしっかりこなしたあと、ヨーロッパに渡って、自然エネルギー事情を学んだ飯田さんが、1996年、「市民によるエネルギー円卓会議」を主催し、東京電力の副社長勝俣さんと原子力資料情報室の高木仁三郎さんを招き、さらには通産省、文部省の官僚、審議会の学者、グリーンピースなどの環境NGO、つまりは、原発推進・反対の両派を呼んで、その段階で合意を創り上げたこと。その合意とは、

1 自然エネルギーを増やすこと
2 省エネルギーをすすめること
3 エネルギー政策の意思決定の場をもっと一般に開くこと

飯田さんが自ら、「今から見ると素朴な合意」と語っているものの、その段階で、「原発を推進したい東京電力と原発批判の環境NGOが、酒を飲みながら原発を議論し、でも太陽光は一緒にやろうという、初めてのコラボレーション」を3年間も続けていたことは驚きです。

明治維新以来、日本で進んできた中央集権型の物事の進め方、その象徴としての原子力発電所のことを考えされてくれるこの本の肝は、北欧のスウェーデンなどでは、電力が自由化され小規模な発電が自分たちの目に見える形で行われていて、どこから電力を買うかを選ぶことができると同時に、各家庭にスマートメーターという電気メーターが付いていて、電気料金の請求書にはグラフが同封され、各時間ごとの電力使用量と、ピークを避けるための時間別電気料金体系が掲載されて、前年同月との比較もできる。それを見ながら、家族や町工場の人たちが自分たちの生活や活動をどうしようかと相談している状態があるということを紹介してくれているところでしょうか。

つまり、エネルギー自治が、エネルギーのことだけでなく、自分たちがどういう生活をしていくかを考えるきっかけにもなっている。そして、そういうことは、もしかしたら、中央で考えるのではなく、それぞれの地方で、顔の見えるところで実践しながら考えていくことでこそ、変えることができるかもしれない。

エネルギーの在り方を考えることが、現在国が進めている地方分権ではなくて、地方が官民にこだわらずに主体性を持って自らの自治を考えていく地域主権のようなものにつながってく可能性があることについて考えさせてくれる本です。


281_カボチャの苗

[2012年06月25日(Mon)]
苗を植えた当初は、ウリハムシに葉っぱを食べられて息も絶え絶えだったカボチャの苗も、(農薬など使わなくても)自分の力でだいぶ元気になってきました(手前の2つが苗です)。

120624カボチャ苗.JPG

しかし、とりあえず、苗を植える部分だけこしらえたはたけの周りは雑草の勢いがすごい。
カボチャの苗は、その場で充実してくると、一気に四方にツルを広げるので、もう少し猶予があるものの、早めに草取りをして、敷き藁をしてやらないと、ツルが広がってからだと草取りが面倒になります。

昨日も雨で草取りができなかったので、どんどんすごいことに。

ついでに、キュウリの現況も。

120624キュウリ.JPG

まわりは草ぼうぼうですが、順調に育って、収穫間近です。

さらについでに、薹が立って、倒れてしまい、ようやく咲いてきたチシャの花を。とても小さな(数ミリ)のかわいらしい花です。

120624チシャの花.JPG


280_つくね芋の支柱立て

[2012年06月24日(Sun)]
昨日の夕方、延び延びになっていたつくね芋の支柱立てを行いました。

種芋を植えたのがゴールデンウィークだったので、1か月半以上経ってしまっていて、もう早くから芽が出ている苗は、数十センチツルが伸びています(普通は植え付け1か月後くらいをめどに支柱立てをします)。

このところほったらかしなので雑草も伸び放題で、一見すると何が植えてあるのかわかりません。

120623自然薯支柱立て前.JPG

周りの草を採り、笹竹をメインに支柱を立てて、できあがり。伸びすぎたツルは、支柱に巻いてやりました。本当は、巻く方向などあるのでしょうが、あまり考えたことがありません。

120623自然薯支柱立て後2.JPG

一番遅いのはまだ芽が出たばかりなので、大丈夫と言えば大丈夫。

120623自然薯一番遅い芽.JPG

昼間は用事があったので、夕方5時くらいから取り掛かって、笹竹の調達から行ったので、終わった時は7時半過ぎていてもう暗くなりかけ。というわけで、完成時の写真の色味がちょっと違ってます(画像処理ソフトで調整しようと思ったら、ますます変になってしまいましたが、暗くなってきた雰囲気は出たでしょうか?)。

つくね芋の収穫は11月下旬から12月にかけてなので、台風シーズンを持ちこたえてもらわないといけないため、毎年、いかに丈夫に作り込むかということに気を使います。


279_トウガラシの実り始め

[2012年06月23日(Sat)]
何日か前に外に干しっぱなしだったトウガラシを採り入れたばかりですが、苗で植えたトウガラシはもう実り始めています。

120622トウガラシ1.JPG

120622トウガラシ2.JPG

ただし、未熟の状態を食べる親戚のピーマンなどと違い、完熟してからの収穫になるので、収穫まではまだまだ長い期間がかかります。

キュウリも大きくなってきましたし、

120622キュウリ.JPG

モロッコ豆もかわいい花が咲いてきました。

120622モロッコ豆の花.JPG



いぶき展

[2012年06月22日(Fri)]
120622いぶき展DM.JPG

今日、シンフォニア岩国へ、キミ子方式の水彩画展を観に行ったら、隣でも展覧会を行っていたので、ついでに観に行ってみました。

これが、なかなか楽しい。何とこの展覧会、岩国総合高校の美術部のOB展なのでした。岩国の画家、島崎陽子さんに習った生徒さんたちが、卒業しても合宿なども行って時々展覧会まで行っているとは。

全景を紹介するより具体的な作品で、と思って、その場で解説してくれていた越智小夜子さんにブログに掲載させてもらうことをことわって写真撮影をさせてもらいました。

120622いぶき展.JPG

シーツに月と太陽を描いた作品「対峙するナニカ」と、コンクリートで作った「エスキース」。エスキースとは、「下絵」的な意味なので、「習作」といったところでしょうか?

「対峙するナニカ」は、全体として円形なので、対峙するというより、調和しているような気もしますが、荒いタッチと色使いがたのしい。

「エスキース」は、ちょっとユーモラスな感じもします。

広島のそごうの屋上の壁面を10人くらいで描いてもいるようです。他のメンバーの作品もそれぞれ楽しいです。ホテルのロビーかと思わせる明るい接客? この土日(6月23日は9時〜17時、24日は9時〜16時)も開催しているので、興味のある人は是非。隣のキミ子方式の水彩画展も。



東京電力による福島原子力調査報告書の発表

[2012年06月22日(Fri)]
東京電力が今回の福島原子力事故の報告書を2012年6月20日に出したということで、東京電力のホームページを見てみました。

山崎副社長さんの記者会見映像があったので見てみたのですが、約30分見て、会社側の説明が終わったので、新聞記者がどんな質問をしてどんな回答をしたのかを聞こうかと思ったら、質疑応答の部分はない。

373ページある報告書にも目を通してみましたが、保安院などの指摘を受けてそのたびに対応していたし、独自にも調査研究をして対応していた、しかし、だめでした。と言い訳ばっかり。起こったことは仕方ないから、今度は頑張ります的な説明。こと細かく書いてある割に、今回の事故によって、一瞬にして住むところを奪われた多くの人がいるということについての反省が全く感じられない。ちょっとひどすぎです。これからどんどん起こってくる訴訟問題への対策なのでしょうね(悪意はなかった、ということを説明しておきたい)。
 
以前にも書きましたが、3000万人くらいの電力を供給していて世界最大の電力会社と言われている東京電力は、相当資産を持っているのでしょうから、まずは破産宣言をしてできるだけ資産処分をして補償にあて、原子力発電所の今後の対策・対応は政府も含めて別に考えていくとして、他の火力発電所などは実際に動かしていた下請けの業者さんなどによる新しい会社を(発電所ごとの小さな会社でもいいでしょう)作って、東電の社員さんもそちらである程度は雇ってもらい、発電を行うということも不可能ではないはずです。

値上げをするということが話題になっているようですが、コスト計算などして、会社が存続するために値上げをする理由はわからないではないものの、多くの人が知りたいのは、そういうことではないでしょう。今、値上げをするとか、そういう話が出ること自体が、ちょっと感覚がずれすぎているように感じてしまいます。

一つ疑問。
報告書の中には、事故によって近辺にばら撒かれた放射性物質についての総量などの評価は書かれているのですが、それが今現在どんな影響を及ぼしていて、今後どんな影響を及ぼす可能性があるか、それについてどういう対応をしなくてはならないのかということが書かれていないのですが、それは、東京電力の責任外なのでしょうか?そういうことは事故の検証事項には入らないのでしょうか?例えば、事故直後、放射能汚染がひどいところについて、いち早く避難を進めるために他の発電所で働いている東電社員が応援に行って避難誘導を手伝うとか言ったことは考えられなかったのかとか。いろいろ考えられることはあるように思ったのですが、ちょっと不思議。


詩人アーサー・ビナード講演会「ことばの向こうにある世界」

[2012年06月22日(Fri)]
毎年開催されている全国演劇教育研究集会が今年度岩国で開催されるという話は1年前くらいから知り合いから聞いていたのですが、先日の松元ヒロさんのソロライブの会場で記念講演のチラシが手に入ったのでインターネットで検索してみたら、詳細が決まっていたようです(全国演劇教育研究会で検索すればホームページが出てきます)。

120804ビナード.JPG

記念講演は、

◆日時 2012年8月4日(土)13時40分〜15時20分
◆場所 岩国市玖珂こどもの館1階ホール
◆参加費 記念公演のみ 2000円
     (学生・市内在住在勤者は1800円)

アーサー・ビナードさんは、ラジオで話しているのを聞いたことがあって興味があります(原子力発電所やヒロシマ、ナガサキなどに関しても言及している詩人です)。インターネットで調べてみたら、山口県が生んだ詩人中原中也さんにちなんだ中原中也賞を受賞しているみたいなので、その作品くらいは事前に読んでおきたいものです。

なお、研究集会全体としては、8月3日から5日にかけての3日間で、演劇や音楽、朗読などのいろいろな専門家による半日若しくは1日の講座が行われます。

私は個人的には、5日に行われる英国ミドルセックス大学でドラマに関する教師養成を行っているケネス・テイラーさんのワークショップに関心があります。私は教師ではないので実地で使う場面はないとは思いますが、演劇を観るのが好きだし、英国などでは、演劇教育が学校で普通に行われているということを聞いたことがあって、どんな取組みが行われているのか興味があるからです。


278_いまどき、焼き芋?

[2012年06月21日(Thu)]
昨日の夜の食卓に出てきた焼き芋。

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先々週に、芋づるを植えたばかりなのに、なのですが、この冬は定番焚き火遊びが、1回ほど雨で流れたため、いつもより多めの芋があまったので、消化モードなのです。

つまり、みんなで借りているはたけでとれた芋。

いつものように、個別に新聞紙で包んで段ボールに入れるという保存方法で、芽が出始めているのもあり、中から腐っているのもありますが、まだ十分大丈夫なのもけっこうあります。冬を越した芋はとてもあまくておいしいのですよ。

もちろん、最近はスーパーに行けばいつでも売ってますし、もうそろそろ南の方で採れた極早生のサツマイモが出はじめますけどね。



『ヒトの見ている世界 蝶の見ている世界』

[2012年06月21日(Thu)]
『ヒトの見ている世界 蝶の見ている世界』(野島智司著、青春新書、2012年)

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タイトルに偽りありという本は時々あって、この本もそう。
荒削りな感じが若干感じられますが、いろいろなヒントに富んでいて、考えされられて興味深い。というか、新書というのは基本的には軽い読み物という位置付けで、それで関心を持ったら詳しくは専門書を読んでみるものだという考え方で言えば、至極まっとうな新書らしい新書とも言えます。もう少し内容に即した、楽しそうなタイトルにしてもよかったのではないかと思えるほど(タイトルは編集者がつけることが多いと思われるので、編集者のセンスの問題か?)。

できるだけ広く、基本に返りながら解説しようとしている著者の姿勢にも好感が持てます。

主に昆虫と鳥の視覚について、その視覚によって見ることができる世界のことについて、ヒトの視覚とその見ている世界と比較しながら書いているわけですが、地球規模での生命の誕生から視覚というものが生まれてくる過程や、視覚がもたらした生命への影響などについても言及してあります。

印象に残ったのは、固い殻で体を守っている制約から、体を大きくできないために脳も大きくできないという昆虫の脳が、「微小脳」と呼ばれ、その制約を逆手にとって、体がいくつもの部分に分かれており、それぞれ神経節が発達していて、全体の脳に情報を届ける前に、情報の取捨選択を行っているということ。

ヒトなどの内骨格の動物では、感覚器官から得られた情報をできるだけ取捨選択せずに脳に送り、脳で総合的な処理を行うのとは少し違った方法をとっているわけなのですが、情報化社会の進展とともに処理しきれない情報をもてあましてしまって、社会全体として判断停止になってしまっているような現代社会においては、どうやって情報を取捨選択すればいいかというのが大きな問題になっているわけで、昆虫は、早くから、地方分権的に、現場で情報の取捨選択をすることによって、中央に負担をかけずに物事を進めるというシステムをとっているのです(現代の情報社会へのヒント?)。

また、視覚を獲得し、色覚を発達させた昆虫(や鳥)が、自らの生存のために植物を見て自分の都合のよい情報を得るようになったことが、逆に昆虫の特性を利用して、自らの生存の可能性を広げるために植物がいろいろな色彩を展開してくことにつながった。つまり、昆虫と植物がお互いに駆け引きをしながら進化していったこと。現在、私たちが愛でている花や葉の色というものは、昆虫や鳥のおかげだとも言えるということは、あらためて面白い事実です。(花を美しいと感じる私たちの感性って?)

それにしても、著者が最後のほうに書いている、私たちヒトの感覚の特殊性というのも興味深い。私たちは、例えば視覚が欠けても、そのほかの感覚がそれを補完するように発達するし、様々な道具を使うことによって世界を広げることができる。そういった想像力がヒトの特徴であり、それでも、不可知なことは限りなくあり、多様な世界を持っている生物がいるからこそ世界は豊かなのであり、どうやっていろいろな生物とこの世界を共有することができるのかというのは大きな課題で、そのためにこそ、私たちは他の生物たちを学んできたのだといえること。

私は、私たちヒトというものは、もしかしたら、そうやって世界を(学問や、文化や芸術などの手段によって)表現し直すことによって、より世界を深める役目を持っている。というか、それしかできないのかも、と思ったりすることがあります。



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