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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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1週間弱ブログをお休みする予定です

[2010年01月26日(Tue)]
出張で江戸に行くため、インターネット接続環境があるかどうかわからないので、たぶん1月27日から31日までブログをお休みします。

リフレッシュして、新たな展開が待っているか、そのままお休みしてしまうかわかりませんけど、ちょっと、このところ、ブログづいていたので、パソコンから離れてみるのもいいかも、と思っています。

もし、時間が取れる方は、ブログの左のサイドバーにあるカテゴリー別で興味の持てる記事をじっくり読んでいただいたりしてちょっとだけでもコメントを入れていただけたりすると、うれしいです。すぐに返答できない可能性大ですけど。


『獄(ひとや)に咲く花』

[2010年01月26日(Tue)]
『獄(ひとや)に咲く花』(監督:石原興、主演:近衛はな、前田倫良、2009年)


2010年4月の全国ロードショーを前に、山口県と福岡県で先行ロードショーが2月6日から、行われます。地元の直木賞作家古川薫さんの『野山獄相聞抄』を原作に、YAB(山口朝日放送)を初めとする山口県の地元企業がバックアップして製作された吉田松陰の映画(吉田松陰生誕180周年なんだそうです)。

岩国では、2月6日(土)10時から、主演俳優の舞台挨拶も行われます。舞台挨拶のある上映会なんて、岩国ではめったにありませんから、たくさんの人が参加するといいなと思います。上映は3週間くらいの予定。鑑賞券は1000円。

私は、舞台挨拶には行事が重なって行けない可能性がのですけど、招待券が少しなら手にはいるかもしれません。声をかけていただければ、先着順でお分けします。

周りの人にちょっと声をかけたら、結構関心がある人が多いみたいです。地元の有名な人ですしね。私もちょっと関心があります。

子ども劇場の新年会の報告

[2010年01月26日(Tue)]
この1月24日に、子ども劇場の新年会が行われることをお知らせしましたので、その簡単な報告を。

高校生男子2人組による司会。
最初は、5W1H。参加者に、誰が、いつ、どこで、何を、どうした?(これだと5Wだけ?)について、思いつくままにそれぞれカードに書き込み、カードを切って、ばらばらにして、順番に読み上げていくというもの。とてもシンプルなレクリエーションですが、面白い言葉の組み合わせになると、みんな反応して結構盛り上がる。

休憩の後、舞台発表。
まず、私のハング演奏。最初に前触れもなく口琴を演奏するなど、若干演出をしたら、その効果あって?小さな子も不思議なくらい集中して聴いてくれて、当初目論んでいた、子どもたちが前に出てきてたたき始めたら、一緒にコラボしよう、くらいに思っていたのははずれて、ちゃんと演奏させてもらいました。
つづいて、サクソフォーンの演奏。

それから、古着ファッションショー。子ども劇場の事務所に出された古着を高校生たちがコーディネートして、つぎつぎに着替え、バックミュージックよろしくみんなの前で披露。なかなか楽しい(照明があるとよかったなあ)。終了後、古着を並べて販売すると、結構売れたみたい(子ども劇場の活動資金になります)。

その後は、各ブロックで出店した、豚汁、おにぎり、にゅうめん、たこ焼き、ケーキ、スイートポテト、クッキー、コーヒー、紅茶、お茶、ジュース類で、おなかを満たしながらしばし談笑。

お昼からは、A4くらいの紙で絵札をつくった、オリジナルカルタ大会。大人も子どもも一緒に行ったので、必死になって、カルタを取る大人気ない大人たちや、畳の上をスライディングするかわいい子どもたちでおお盛り上がり。

あとは、外で遊ぶ子どもたちあり、話に花の咲く大人たちあり、のんびり時が過ぎていきます。

今回思ったのは、中身的には地味なような気もしましたが、高校生たちのファッションショーに大人が飛び入り参加したり、とにかく、子ども大人入り乱れての交流があって笑いが絶えず、充実した催しだったなあという実感です。

106芽キャベツの収穫

[2010年01月25日(Mon)]
一番下の娘に言われて、10月末に初めて植えてみた2本の芽キャベツが大きくなってきました。

採り時というのがよくわからないのですが、下のほうが少し開いてきたので、そろそろかなと思って、収穫してみました。

結構、手ごたえがあって、採りにくいものなんですね。


早速、ゆがいてそのまま食べてみたら、なかなか味が濃くておいしい。

シチューなどに入れてもおいしそうです。

グーグルニュースの中のピックアップ記事の不思議

[2010年01月25日(Mon)]
グーグルニュースが、コンピュータによって自動編集されているらしいことについては以前の記事で書きましたけど、まとまっているけど、どうもパンチが足りないなあと思っていたところ、ここ1、2ヶ月のことでしょうか。さまざまあるグーグルニュースのジャンルの一番下に、ピックアップというジャンルができていて、なかなか変なというか興味深い記事があったりするので、これって何だろう?と思っていました。

今日たまたま見てみたらその中に、「小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧」(ハイパーリンクでつなげばいいのですが、あえてしていません)という週刊・上杉隆というフリージャーナリストの記事(2010年1月21日付け)が載っていて、はたと思い当たることがありました。

このところの民主党の小沢さんに関するいじめとしか思えない報道(小沢さんが潔白であるかないかとは別問題として)については、不思議に思っていて、たまたま私は、週刊誌では「週刊朝日」のみが、報道のあり方のおかしさを指摘しているらしいことは知っていたのですが、上の記事は、そのなかの一つの記者のブログだったのです。

今のマスコミの偏った報道の仕方からすると、普通にランキングなどで拾うと、こんな記事(私は、まっとうな記事だと思いますけど)は拾われないはずです。とすると、私の想像では、このピックアップニュースに限っては、人の判断が入っているのではないかと思うのです。

だから、ピックアップニュースはちょっと目を引くような変った選択がされているのではないか。若しくは、もし、これがグーグルが新しく開発した超絶アルゴリズムで選び出した記事だとしたら、なかなかすごいです。例えば、誰かのホームページやブログに入り込んで、その人が取り上げる記事などを拾い出すようなプログラムにしていたとしても、じゃあ、その誰かを決めるのは誰?ということになりますから。

もし、グーグルニュースに人の判断が入るようになったとしたら、これはなかなかのニュースです。グーグルは、そういう、人の判断を廃する(自動化する)方向でいろいろなアルゴリズムを考えているのではないかと思うからです。

グーグルは、脱<インターネット補完計画>(<インターネット補完計画>と「インターネット補完計画」については、インターネット補完計画の過去記事をごらんください)宣言をしたのでしょうか?ちょっと、興味深いところです。

105生ごみ堆肥(コンポスト)の活用

[2010年01月25日(Mon)]
以前も書きましたが、わが家では生ごみをごみの回収に出すことはほとんどありません。

ふだんは、勝手口においてある20リットル入りのつり道具屋に売っている白いふた、取っ手つきのポリバケツに貯めていき、1週間に一度程度、はたけに設置した生ごみ処理用の特大バケツをひっくり返したようなもの(通称:コンポスト)に入れていきます。

コンポストは(バケツも)二つあり、一方にどんどん入れていって、いっぱいになったら、もう一方を入れ始めます。2つ目がいっぱいになったときには、最初に入れていたほうの生ごみがある程度熟成しているので、それをはたけに穴を掘って入れます。

夏にも行うのですけど、夏は熟成のスピードが速いし、はたけもあまり隙間なく使われているので、端っこのほうに埋めるくらいですけど、冬は、お休みさせている部分も多いので、集中的に埋めます。

昨日も、来年5月に植えるつくね芋用の畝と、スイカ用の畝に半熟生ごみ堆肥を埋め込みました。


こんな感じで、茶色の濃い色になって、容量も若干減っています。若干くさいですが、まあそんなものです。


はたけに穴を掘って、バケツで半熟生ごみ堆肥を運び、土を混ぜ込みながら埋めていきます(そして、空になったコンポストにまた生ごみを入れていく、の繰り返し)。

3月以上も前から?と思うかもしれませんが、冬の時期は堆肥が熟すのに時間がかかると思われるので、早くからしておかないと、生な状態の堆肥だと、作物に悪い影響が出る可能性があるからです。

この方法で、昨年のつくね芋は大成功(別場所で作ったつくね芋は大不作でしたけど)でした。堆肥は、この生ごみ堆肥のみです。

変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)

[2010年01月25日(Mon)]
2年以上前に、とつぜん膝が痛み、一時は膝をあまり曲げられず、正座ができない状態になってしまい、左ひざはほんの少しですが膨らんでしまいました。

それでも、面倒くさがりの私はほったらかしにしておいたら、1、2ヶ月のちには痛みもかなりおさまっていたのですが、軽い痛みが残り、正座をすると少しいたいので、1年以上後に、相棒の要望に従って整形外科に行ってみました。

レントゲンなども撮っていただき、結果は、変形性膝関節症。とりあえず、どうすることもできないということで、痛みを和らげるためには膝を補助する膝周りの筋力をつける必要があるということで座ってもできる簡単な筋トレを教えてもらったくらいでした。

それから、知り合いからすすめられた薬の量販店で売られている薬を飲んでみたりしたのですけど、しばらく飲んでも特に改善も見られず、さらにほったらかしにしていました。

今回、あらためて相棒から、何かしたら、といわれ、薬局に行って説明し、すすめられた薬を飲んでみることにしました。

それが、これです。

市販薬よりすこし、コンドロイチンの濃度が高いようです。

しばらく、飲んでみようと思います。
同時に足の筋トレも教えてもらったので、少しやってみなくては。

膝に負担をかけたと考えられる要因は、中学校のときのハンドボールのクラブ(これはかなりきつかった)とこの20年近くやっている趣味のはたけ。はたけは、膝が痛くなってからは、園芸用の小さな車輪(4輪)のついた椅子を使うようにしています。

こういうのは、個人差がある(膝に同じように負担がかかっても、なるかどうかはわからない)ので自分なりに付き合っていくしかないわけで、めんどくさがりの私は、そういうのと付き合うのはある意味得意な気がしますけど、少しはできる努力もしなくてはね。

画廊Door『原田文明 具体絵画の断面W 展』

[2010年01月24日(Sun)]
旧称:画廊a という画廊が、今年から、画廊Doorという名前に変わってはじめての展覧会が1月31日(10時〜17時)まで開催されています。


岩国在住で、広く活躍され、美術教室で後進の育成にも尽力されている原田文明さんの展示。

具体絵画という、具象でも抽象でもない独自の分野。
例を挙げると、数センチと少し厚めの集成材(ベニヤ板と思ってください)の表面を彫刻等やグラインダー(表面を削ったり磨いたりするものです)で跡をつけていて、その跡が、具体的な意味を持っているような、持っていないような。いずれにしても、その彫った跡や、削ってこげた跡は、具体的な行為の跡であることに間違いはありません。完全な立体作品ではないものの、2次元に比べると立体作品ですから、その跡には深さの強弱があり、微妙に陰影などもついていて、いろいろと想像できる楽しさがあります。

岩国には、かなり以前は画廊というものが他にもあったように思いますけど、現在はここのみと思われます。画廊というものに不慣れな人は入りづらいかもしれませんし、私自身そんなに足を運ぶわけではないのですけど、オーナーの方はとてもいい雰囲気の方ですし、コーヒーなども飲めるし(ただふらっと寄ってみるだけでもいい)、開催中は作家の方がいることも多いので、軽くお茶でもしながら作品に囲まれてちょっぴりのんびりした時間をすごすというのはお勧めです。


看板は、道路沿いと、お店の上についていますが、渋くてわかりずらい(写真に撮りにくいです)。場所は、水道局の向かい辺りです。

授業プラン<空気の分子がぶつかってくるとき>

[2010年01月24日(Sun)]
昨日は、仮説実験授業研究会の地元のサークルの月に一度の例会の日。

私はというと、昨年は12月の望年会の参加のみという惨憺たる状況でしたので、今年は年始からの参加で、なかなか幸先のいい出だしです。

最近は、サークルの事前に、仮説実験授業の実際の授業を受ける会のようなものを開催していて、昨日は「空気の分子がぶつかってくるとき」という8ページものの授業プランで授業をすることになり、受講者として参加しました。


大人向けと言っても、年齢枠があるわけではないので、実際に受けているのは小学生から定年を超えた人までの数人とバラエティに富んでいます(それだけの年齢層がありながら、同じ土俵で楽しむことができるのも仮説実験授業の特徴です)。

仮説実験授業については、かなり前に書いた記事を参考にご覧いただくとして、至極簡単に書くと、プリントを配りながら、問題の解説があり、問題に対する選択肢を受講者それぞれが選び、その理由を説明し、討論があれば討論をし、実験などで回答を確認し、次の問題にすすんでいくというパターンです。

何より、結果として答えははっきりでるので、自分が間違いだったか正しかったのかがちゃんとわかり、あとくされがないので、その前段階での理由説明や討論は、自由にできるという楽しさがたまりません。

思いっきり意見をたたかわせて、時に対立しながらも、面白い意見には大いに笑ったり、共感できたり、実は、こういう場は、誰にでも必要で、こういう場がそここにあることが個人にとっても社会にとっても大切なのではないかと思います。

今回の中身については、ネタばれになって面白くないので(仮説実験授業は、予習なしで、素のままで受けないと面白くないというか、答えを知らずにみんなでああでもない、こうでもないと話し合うのが楽しい)書きませんが、ごく簡単に書くと、大気圧というものについて考えることができるようなものです。

ちなみに、授業を受け終わった後は、休憩の後に、それぞれの日ごろの研究成果についての発表がありました。サークル参加久々の私は、紙での資料は作れなかったので、口頭で最近のことをお話しました。

『大きな家〜タイマグラの森の子どもたち〜』

[2010年01月24日(Sun)]
『大きな家〜タイマグラの森の子どもたち〜』(監督:澄川嘉彦、2009年)


  “わたしたち、大きな家にすんでるんだね”
   ある日、皓恵(あきえ)ちゃんがつぶやきました。

   大きな家―
   自分たちの家だけでなく 
   いつもかけまわっている_まわりの森すべてが
   いろいろな生き物たちと一緒にくらす
   ひとつの大きな家だというのです。


澄川監督が、『タイマグラばあちゃん』の撮影をするためにタイマグラに単身で移り住んだ1年後、東京にいた家族も引っ越してきました。

そこから始まる生活を、子どもたちを描写することによって描いていったドキュメンタリーフィルムです。

めぐる自然の中で、さまざまな生物とのかかわりを通して成長していく子どもたちと、それを温かく見守る大人たち。すべてを、これほど愛おしく思わせる映画も珍しいと思います。

1月29日まで、広島の横川シネマで上映中。

監督が、広島出身ということもあって、監督のご両親がチラシやアンケートを配っていたり、そのご両親と会話するお客さんがいたり、アットホームな上映会です。入り口前の壁には、『タイマグラばあちゃん』に出てきた凍みホド(フリーズドライジャガイモ)もあったので、映画館の人に断わって写真を撮らせてもらいました。


こういう場合、私は、勝手に写真を撮らずにできるだけ、声をかけるようにしています。それは、もしかしたら撮っちゃあいけない場合もあるということもあるのですが、そうやってコミュニケーションをとることによって、こぼれ話を聞けたりすることもあるからです。

PS. 『大きな家』は、大自然に囲まれ、家のぐるりの森全体を家としてとらえているのですけど、私にとってのテーマは、人間がたくさん住む場所で、子どもや大人が「大きな家」に住んでいると思えるような、新しい(地縁や宗教などに縛られるのではない)コミュニティのあり方です。

『タイマグラばあちゃん』

[2010年01月24日(Sun)]
『タイマグラばあちゃん』(監督:澄川嘉彦、2004年)


タイマグラとは、アイヌの言葉で「森の奥へと続く道」という意味。
岩手県のほぼ真ん中に位置するその地は、第二次世界大戦後に開拓され、10軒ほどの農家があったものの、高度成長期に取り残され、「タイマグラばあちゃん」こと向田マサヨさん夫婦だけを残してみな下山してしまっていた。

この映画は、NHKに勤めていた監督が、取材でそのばあちゃんに出会って魅力に取り付かれ、NHKを退職してタイマグラに住み着いて完成させたドキュメンタリー。

水道もなく、電気は昭和の最後になってようやく引かれたその地で、いつも満ちた笑顔で暮らすばあちゃんの暮らしに、本当の幸せとは何かというものを考えされられる。

私にとって、ばあちゃんもだけど、特に印象に残ったのは、凛として寡黙なじいちゃんです。ばあちゃんが語るところによると、死ぬ3日前くらいに最後の排便をしたときに、これが最後のうんこであるということを語り、死の当日も、最後まで意識がしっかりとしていて痛みもなく亡くなった。こうありたいと思わせるかっこよい死に様です。

味噌や豆腐づくり、保存食であるフリーズドライジャガイモ(凍みホド)を作る工程も丁寧に描かれていて、おいしそう。

数年前に見たのですが、今回、次の記事で紹介する予定の続編の上映が、本編とあわせて行われたので、再び観てみました。やはり素晴らしい作品です。

『飛行機は誰が飛ばしているのか』

[2010年01月23日(Sat)]
『飛行機は誰が飛ばしているのか』(轟木一博著、日経プレミアシリーズ、2009年9月)


なかなか教育的な章立ての新書です。その戦略に私もまんまとはまってしまいました。

第一章の「航空機はこうして飛んでいる」で、航空機に関するちょっとマニアで面白い話題で私の心をつかみ、第二章と第三章で、さらに滑走路の発着容量やダイヤの決め方などについて詳しく解説してもらっているので、第四章の「羽田空港は国際化できるか」で語られる国際化に向けてクリアしなければならない問題が比較的容易に理解させてもらえる構成になっているのです。その上で、「日本の空の戦略」についての提言をたたみかけられるわけですけど、巧妙な言いまわしでありながら、経済成長が必要であり、そのためには、こうしなければならないという表現になっているのには、納得できない部分もあります。

ただ、いずれにしても空港の問題を考える上での基礎文献としては、抑えておきたい本かもしれません。特に、民間空港共用化が話題に上っている基地を抱える岩国においては。

岩国空港は、個人的に考えても、立地条件は最高(天候が安定しており、JR山陽本線の岩国駅から、荷物がなければ徒歩でも20〜30分で行くことができる)ですから。

あとは、軍民共用化が誰にとってメリットがあるのかということを精査して、初期投資(それをどの程度にするかも含めて)や維持経費を誰がどういう分担をするのかということをきっちり議論して取り組むということが必要なのでしょう。岩国における別の問題がなぜか絡んでいるというところが、問題をややこしくはしていますけど。

文字コードの問題をなぜ私は知っているのか?

[2010年01月23日(Sat)]
「半角アンダーバーの謎_続編」で、ふと出てきた文字コードの問題。
なんでこんなこと知っているのだろう。と自分でも不思議に思ったら、はっきりは覚えてませんけど、多分、私がまだ、アップル社のマッキントッシュというコンピュータ(私のパソコンの使い始めはマックからです)を使っていたころ「マックパワー」という雑誌に、川崎和男さんという私の尊敬するデザイナーが連載している文章の中に触れられていたのではないかと思い起こしました。

結局、こういうことを知ったとか、こういう考え方もあるんだ、ということの中で、印象に残っていることって、誰か、人から(直接であったり、著作の中であったり)教わったことが多いんですよね。そして、そのことを、その人のこととともに思い起こすことができたりします。

やはり、生身の人間から、そして、その生身の人間との関係から、私は少しずつ成長させてもらっているという実感が強いです。

結局、インターネットも、生身の人間同士の出会いをサポートすることに徹するべきなのでしょう。

それって、出会い系サイト?
うーん、これは、うまく整理できない。
確かに、出会い系サイトも生身の人間の出会いをサポートしている。
何が違うんだろう。私が求めているものとは違う。
出会い系サイトは目的が不純? 私の目的は純粋?
ますます、わからなくなる。

またまた、尻切れトンボ。

iPAQ212用キーボード

[2010年01月23日(Sat)]
年末に、サンタさんが届けてくれた(自分で買っただけです)iPAQ212。

対応しているキーボード(リュウドのRBK-2000BTU)も早速購入したのですけど、ペアリングがうまくいかず、残念な状態です。あまり、あれこれやる余裕もないのでそのまま。


が、しかし、iPAQ212自体は、もう完全に生活の一部と化して、快適です。入力も、とりあえずは手書きやローマ字入力で事足りてるし。

目的が、予定管理と自分が作成した資料と写真が持ち歩けること、とはっきりしているので、予定管理も、標準でついているものの機能で十分ですし。最初にあわせて買った、辞書(ジーニアス英和・和英、広辞苑、現代用語の基礎知識2009、365日の辞典のセット)も結構役に立っているし、言うことありません。

もうちょっと余裕ができたら、ソフトをダウンロードして遊ぶかもしれません。

でも、思いつくのは、青空図書館で、お気に入りの小説を入れるくらいかな(ソフトとはいえない?)。


『暗号化_プライバシーを救った反乱者たち』

[2010年01月23日(Sat)]
『暗号化_プライバシーを救った反乱者たち』(スティーブン・レビー著、紀伊国屋書店、2001年、2002年翻訳)


インターネットを飛躍的に普及させるのに重要な役割を果たした2つの発明のうちの一つ「暗号化」については、あまり書くとマニア度がどんどん高まってしまうので、本の紹介にとどめさせてもらいます。

強力な暗号が一般に広まると敵対国やテロリストに利用され、国家の安全がおびやかされると、暗号技術を独占しようとしたアメリカ政府と、各個人に権限も責任もゆだねる権力分散型のシステムを尊重しようとする人たちの両方の要求を満たす、公開鍵暗号。数百年に一度の大発明といわれる、この公開鍵暗号が生み出される過程を、当事者に対する丹念な取材によってスリリングに掘り起こした500ページ弱にもわたる大著。

「検索エンジン」に比べて、あまり目に触れることはないけど、個人のプライバシーを守り、インターネット普及に不可欠な「暗号化」という技術が、これほどまで人間味に満ちたドラマの中でつむぎだされていったなんて。

国家という巨大な組織を相手に、たったひとりの研究者が始めた闘いを、それでも、やはり、一人で成し遂げたわけではないことも、本書を読めばよくわかります。本当にお勧めの本です。

「検索エンジン」にしても「暗号化」にしても、個人の尊重、というところから始まっているにもかかわらず、インターネットの現状は・・・。

ひさびさに取り出して(じっくり読み返す時間はないので)、斜め読みしてみて、「インターネット補完計画」の重要性を再認識した今日この頃です。

数学的思考のすすめ

[2010年01月22日(Fri)]
数学というと、難しく聞こえますけど、その合理性は実は、実社会でもっと活用されてもいいように思います。

ごくごく簡単な例を出すと、

年号で西暦と平成を併記する場合、どう表記するでしょうか?

(ア) 2010(平成22)年1月22日
(イ) 2010年(平成22年)1月22日

多分、(2)のほうが(1)よりまだまだ圧倒的に多いと思われますが、数学的考え方では(1)のほうが正しいです。

それは、カッコでくくることによって、年が2010にも平成22にもかかっているからです。そういわれてみると、2度も年を書くのは重複になって美しくないと思いません?

インターネットと民主主義の問題

[2010年01月22日(Fri)]
インターネットは、米国防総省が緊急時に特定の通信回線が使えなくなっても、通信が途絶えないようにパソコン同士をネットワークでつないだことからはじまったにもかかわらず、その、世界中の誰でもどこでもネットワークにつながっていればつながることができるという革新性ゆえ、多くの人の支持を受け、特にアメリカにおいては、ベトナム戦争反対運動とそれにつながるヒッピー文化などとつながりがあるというのは、無視できない。と私は思われます。

インターネットの普及に大きく影響を与えたというか、これがないと普及があり得ないという2つの発明があると思いますけど、その一つが「検索エンジン」の発明。そして、もう一つは「暗号化」の発明です。

「検索エンジン」がなかったとしたら、インターネットにつながっていても、知りたい情報を探し出すのはさぞかし大変でしょう。その状態を何とかするため、最初は、自分たちのお気に入りを公開する(つまり、自分たちが探して、いいなと思ったサイトを、インターネット上に公開する)ことから、「検索エンジン」の歴史ははじまったようです。

そのうちすぐに、サイトの増大によって人的な作業が追いつかなくなったのと、多くの人が見に行くサイトほど、みんなが欲しがっている情報がある傾向があるということの発見があわさって、「検索エンジン」の登場となります。

最初は「検索エンジン」の裏をかくサイト(例えば、検索ワードをただひたすら繰り返し書き込んでいるサイト)ができたりして、どう検索すれば、本当に検索したい人が探しているサイトに行き着けるかということについて洗練(アルゴリズムの超絶化)されるようになり、そのアルゴリズムは秘密(非公開)となり、検索結果自体に広告が入ると同時に、検索結果もまた広告に利用されるようになっています(つまり、検索技術には付加価値があると最初から気づいていたのでしょうね)。

検索に人の価値判断が入らないというのは、サイトの爆発的な増大によって、物理的に人にはできないというだけでなく、その底流に、特定の人の判断は間違いが起こるという、反権力的な、ヒッピー文化が色濃くながれていると、私はにらんでいます。

ここで、インターネットと民主主義の問題が出てきます。人為的に価値を操作するのでなく、人の行動(ここでは検索ですけど)を機械的に(統計的に)整理してあげるだけで、おのずと正しい結果や価値がでてくるのではないか、という考えが、「検索エンジン」の開発者にあるのではないかと思います。悪く言うと、無邪気な民主主義信仰(最大多数の最大幸福)
のようなものが、あるのではないかと。

私は、そこに、大きな勘違いがあると思っています。

そのことを説明するために、「半角アンダーバーの謎」(前に書いた記事をご覧ください)を例にとってみます。

私は、半角アンダーバーに漠然とした疑問を持っていました。「これは、記号なの何なの?」と、ただ、あまりに漠然としていたので、あえて調べてみようと思っていなかったのですけど、知り合いとのやり取りから、偶然にも、半角アンダーバーの意味を知ることができました。

もし、私が、まず、「じゃあ、インターネットで調べてみよう」と思い立ったとしたら、半角アンダーバーについて、多くの人が、切実に困っている「半角アンダーバーをどうやってキーボードなどから出したらいいのか」という私にとっては意味のない疑問(それは、私にとっては解決済みだけど、多数決の世界でいくとそのほうが圧倒的に問題)の山に途方に暮れるしかなかったはずです。

多くの人の通常の行動は、切実な問題によるものが多いと思われます。それは、その人たちが何も考えていないわけではなくて、実際の行動として起こることにはそういうことが多いというだけのことです。

ですから、そういうことを機械的に(統計的に)整理しただけでは、より深い疑問にたどりつくことが難しいということになります。もう少し詳しくとか、根本的に知りたい場合に、そういうことが書いてあるサイトがインターネット上にないわけではないと思われますが、そこにたどり着くためには、その前に立ちはだかる、切実な問題の山をかきわけていかないといけないことになり、それはとても効率の悪い話です。

本当に知りたい疑問に、なかなかインターネットが答えてくれないというのは、そういうことなのです。

やっと、本題に近づいてきました。

「それって、検索ワードを工夫すればいいだけじゃないの?」という人もいるかも知れません。それは確かに鋭い。「検索エンジン」だって超絶アルゴリズムでできているのですから、適切なキーワードを入れれば、ちゃんと答えてくれるはずです。しかし、それはそれで、そのキーワードを思いつくのが難しい。

ちょっと、息が切れてきましたので、すごい尻切れトンボですけど、続きはまた。

インターネットに「検索エンジン」が不可欠なことについての解説に終始してしまいました。

「暗号化」のことも積み残しになってます。

「検索エンジン」に使われているエンジンって言う言葉って?

[2010年01月22日(Fri)]
インターネットにおいて、検索を行ってくれる仕組みというかアルゴリズムというかを「検索エンジン」(search engine)といいます。私は、そのエンジンという言葉がどうも、なじめなくて、気になっていたので、調べてみました。だって、エンジンで思い浮かぶのは、車のエンジンですから。

すると、エンジンの原義は、生来の才能→独創的な工夫→発明 とありました。

そっか、「すごい発明」的な意味なんですね。意訳すれば、「インターネット上のいろいろなものを検索する独創的なプログラム」。あえてとおりのいい日本語として翻訳するとすれば、「検索プログラム」としたほうが良かったようにも思いますが、プログラムにすると「すごい発明」的なニュアンスが出てこないので、エンジンという言葉を残してしまったのでしょう。

でもなんだかね。

無理して意訳すれば、「検索革命」とか「検索維新」とか。
うーん、これも変。

ちなみに、「検索エンジン」を活用して、検索ができるホームページを「検索サイト」といいますね。これはとおりがいいです。

アウト_イン_ホルダー(お気に入りの文具)

[2010年01月22日(Fri)]
何年も前からのお気に入りの文具に、アウト_イン_ホルダーというものがあります。

これは、セキセイ鰍フ商品名と思われますので、会社によって呼び名はいろいろなのだと思いますけど、要は、クリアホルダーが冊子のようになっているもので、書類やチラシを入れることができるポケットが、4つから最大16くらいまであるようです。

クリアファイルほどポケットはないけど、表紙も含めて透明なので、一覧性が高いという利点があります。しかも、それ自体に適度の強度があるため、持ち運びや出し入れも便利。

現在進行中のテーマに合わせて、ポケットの数を選び、資料やチラシ、取り扱い中のチケットなどを入れて何種類か持っておけば、すぐにほしい資料やチラシが出てきます(クリアファイルより出し入れが簡単)。

それほどちゃんと比較をしたわけではないので、よくわからないのですが、表紙の強度が適度にあってしっかりしているので、最近入手したアウト_イン_ホルダーが気に入っています。


ちなみに、写真撮影用に表紙の裏に入れてみたのは、子ども劇場で今度行う「もちつき大会」のチラシです。2月14日(日)10時〜、会員の田んぼで、石臼でもちをつく恒例の行事。普通のもちのほか、みかんの皮と中身をつき込んでミカンもちにしたり、つきたてのもちとあんことイチゴでイチゴ大福を作ったり(これ、最高においしいです)、今年は、ちょうど2月14日に日曜日がかさなったので、チョコをつき込んだチョコもちをつくるといううわさもあります。

子どもたちは、近くに流れる小川や、田んぼの中の焚き火、鬼ごっこなど思い思いに遊びます。


ページをめくるとこんな感じになります。

何かと顰蹙を買うカワウ

[2010年01月21日(Thu)]
カワウの被害は、全国的に話題になっています。

岩国でも例外ではなく、冬に渡ってきて錦川の沿岸に生えている竹林をねぐらとし、竹林をフンで真っ白にしたり、放流したアユを食べてしまったり。

一方、編隊で、朝海に向かい、夕方ねぐらである川岸に帰ってくるときの飛ぶ姿は美しい。空気抵抗を最小限にするために(そう考えてというより、楽できるように自然と)ツルなどと同じように、逆V字型にならんで飛んでいきます。

年末も、海岸を飛んでいたのですけど、ちょっとした気流の乱れで、編隊も乱れてしまいました。

それはそれで、リズムがあって美しい。


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