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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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招魂場の清掃180408

[2018年04月09日(Mon)]
毎年この時期に行われている招魂場(明治期以降、村から出征して戦死した人を祀ってある忠魂碑のある場所)の清掃(桜や生垣の剪定や草刈りなど)。

180408招魂場清掃01.JPG

180408招魂場清掃02.JPG

かつては、この場で慰霊祭や奉納剣道試合なども行われていてそのために行われていたわけですが、剣道の試合は行われなくなり、慰霊祭は小高い場所にあるために遺族が登ってくることが大変ということで地元の集会施設で行われるようになっています。それでもその場を維持のために遺族会の手で行われており、遺族も高齢化が進んでいるので、枝打ちなどの少し大変な作業は、私も所属している地元のNPO法人が協力しています(桜がきれいな場所ですけど、今年はもうほぼ散ってしまっています)。

招魂場は全国的に昔の村単位で作られていたと思われますが、合併なども進み、現在維持できているのはどれくらいあるのでしょうか?

ちなみに、明治期の戦没者の碑は、忠魂碑に向かって右奥の1列にあります(没年月が記されています)、第二次世界大戦のものが圧倒的に多くなっています。

180408招魂場清掃05.JPG

180408招魂場清掃04.JPG

そして、かなり立派な大きさの忠魂碑。改めて裏書を見ると、大正3(1914)年に山縣有朋さんが自宅で揮毫したと書いてあります。山縣有朋さん(幕末維新の長州藩士で内閣総理大臣にもなっています)の揮毫碑は全国にあるようで、この字が、全国的に使われているのかどうかはよくわかりません。

180408招魂場清掃03.JPG

以前も書きましたが、戦争で亡くなったり被害を受けたのは日本の軍人だけではなく、属国にさせられた人たちや相手国の人たち、空襲などで日本にいながら被害を受けた人などさまざまの立場の人がいて、戦争のことを記憶にとどめておくなら、そういった人たちのことも一緒に祀るという考え方があってもいいと思います。それでも、(私自身はここに祀られている人たちの遺族ではないものの)より身近な人が亡くなったことを祀っている歴史的な場所として維持していくことは大切だと思っています。


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