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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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清潔(排除したい気持ち)

[2008年06月29日(Sun)]
はたけ通信11の中で、清潔ということに話が進んでしまったので、ちょっと書いてみます。

最近特に、除菌なんとかというのが、増えてきたというか、そうしないと不潔って雰囲気があってちょっといやです。除菌なんとかにしないと、これまで私たちは細菌にやられて死んでしまっていたのでしょうか?

卑近な例で言うと、台所用の除菌洗剤は困ります(使いませんからいいですけど)。殺菌剤が入っているんでしょうけど、うちは生ゴミはすべてコンポストにしてはたけに還しているので細菌によって腐ってもらわないと困るからです。

人間の体の表面(人間を口からお尻までつながった筒だと考えると、目に見えている表面もだけど、胃や腸の内側の表面も表面ということになります)は通常、細菌だらけだと思います。いくら手をきれいに洗ってもそれは一瞬。だって何かに触らなくたって、空気中に細菌はたくさん漂っているんだから。そして、その中には、無害のものにまじって病気を起こしてしまうような最近も混じっています。

だけど、通常病気にならないのは、一つは人間の身体自身に抵抗力と言うのがあって、傷口などから病原菌が入り込もうとしても白血球が食べたりと抵抗するからですが、細菌同士にもいろんなのがいて、お互いけん制しあって極端に数が増えないようにバランスをとっているからです。その状態に、無理やり殺菌剤をまいて根絶やしにしてしまうと、バランスがくずれて、その細菌空白地帯に悪い菌がたまたま入った場合に、それが異常繁殖してしまう危険性があるのではないかと思うのです。

だから、病院や小さい子どもやお年寄りなど、とても抵抗力が低い状態にある人の場合は気をつけてあげないといけないですが、それ以外の時には、根絶やしにするのではなく、ほどほどにしておいたほうが結果としてはいいはずです。


ちょっと、飛躍してしまいますが、ブログだってそうです。ほんの1週間前までは、ブログなんてやる気はありませんでした。極たまに覗いてみても、あまりにしょうもないと感じられるものが多すぎると感じられたから。しかし、それじゃあ、誰かがしょうもないブログを消してしまったらいいのかというとそうではないと思うのです。それは、私にとってしょうもないと思えても、他の人には面白いと思えるものもあるでしょうし、書いているうちにだんだん自分らしさを出せるようになって心に触れるような書き込みをするようになる可能性だってある。いろんな人がいて、お互いにどんな影響を及ぼしているかなんて、よくはわからないのです。根絶やしにしたり、排除するという方法は、いけないと思います。

もちろん、差別的なものや、あまりに配慮のないものはちゃんと自粛したり、お互いに注意しあったりして気をつけないといけないですけど。

しかし、あまりに多いと付き合っていられないので、交通整理は必要ですよね。例えば、ブログで言えば、丹念ブログに見るのが好きで、自分の得意分野について興味深いものを紹介するブログがあったり(するんでしょうけど、よくわからない)するといいです。それが、複数あったほうがよりいいですね。それぞれの見方の違いがあるでしょうから。

少なくとも、そういうのはアクセスランキングなど、ロボットにやらしたのでは意味ないと思います。機械には、価値を判断することは、まだまだできないと思います。でも、それを、グーグルなどははやろうとしているんだろうからとても怖いのですけど。あっ、また別の話になりそうなので、やめます。

iPhoneは、なかなか

[2008年07月24日(Thu)]
話題のiPhone。知り合いが発売当日に並んで購入してその日の夕方には見せてくれたのですが、今日、また見せて触らせてもらいました。

さわり心地がよくて、ちょっと心動くものがあります。さすがマックのユーザーインターフェイス。むちゃくちゃ便利です。

GPS機能が働く野外で写真を撮れば、地球上のどこで撮ったかが記録されます。

お店の名前を入れて検索すれば、インターネット上にデータがあれば、即座に住所や電話番号が表示されて、地図上にピンまで打ってくれます。もちろん住所録への登録も指一つ。

比較的大きな画面でインターネットは見放題。ニュースもチェックできます。インターネットショッピングだって、指先一つ。

ああ、こうやって、私たちは自分で考えると言うことを手放していくんだって感じ。

そして、きっと、グーグルさんなんかは、そのデータをせっせとコンピュータに解析させて、私たちの行動を分析して、グッドタイミングに必要な(本当に?)広告をお知らせしてくれるんでしょう。

そして、ますます、同じような行動パタンの人が増えて・・・。

全てにおいて管理されている未来を描いたジョージ・オーウェルの小説『1984』を思い出すのは私だけではないでしょう。

結局、私たちは誰かさんのための情報を入力するただの端末になってしまうのでしょうか?

ああ、でもとりあえず楽しそう(というか、少し触らせてもらって楽しかった)。

待ってあげると言うこと

[2008年08月03日(Sun)]
漁家民宿での出来事。

3才の子どもがいる若い夫婦がやっていて、初日の夕方に着いたとき、自分の子どもはご主人に釣りに連れて行ってもらって私は少しひまで、奥さんは夕食の準備をしていたので、その子と近所に散歩に出かけたりして友だちになりました。

次の日の朝、その民宿は、一軒家を借りたような感じなので、台所で朝ごはんの準備をするために奥さんと子どもがやってきました。少しは待っていたのですが、子どもにおはようの挨拶をしようと、台所と居間の間のガラス戸を開けて「おはよう」と言ったら、その子が少し固まって、中に入って来ようとしません。別のことをしていると、台所から子どもの泣き声が。

よくわからなかったのですが、少し後で聞いてみると、奥さんがお客さんの邪魔をしないようにと止めていたのもありながら、本当は、自分でガラス戸を開けて、持ってきた機関車トーマスのパズルを一緒にやりたかったのだそう。トーマスのパズルのことは、そういえば、昨日散歩をしていたときに話してました。

そういうことってありますよね。もう少し待ってやれれば、その子も気持ちよく部屋に入って来れたのに。これはちょっと気づきにくいことなので、仕方ない部分もあるとは言え、ちょっと反省。子どもには「ごめんね」と謝りました。すぐに気を取り直してくれて、一緒にまた散歩したりパズルをしたりしました。

チャイルドラインにかかわっていて、子どもの声を聴く、とか言いながら、この程度です。子どもが自分でやろうとすることを、ちょっと待ってやる。大切なことだと思います。

経験が経験にならない

[2008年08月03日(Sun)]
前記事の「現場を持つこと」の蛇足記事です。

現場を持つというのは、現場での経験を積むということになると思いますが、この時気をつけないといけないのは、最近では、「経験が経験にならない」場合があるということ。

世の中、マニュアル化が進んでいて、(マニュアルが大切な部分ももちろんありながら、)何かを達成するために、この経験が大切だというマニュアルに従って、ゲームのステージをクリアしていくように経験すると、そのマニュアルに書いてある経験をなぞるだけになって、本当に自分が感じているという実感がなくなってしまうこと。経験は、その過程で自分が感じることや思うこと(つまり過程そのもの)が大切なので、経験をクリアすることが大切ではないのです。

より具体的には、夏休みになると子ども向けの体験講座が盛んになりますが、親も子どももマニュアルに従って、とにかく成果物を作ることに専念している場合があります。本当は、やっている最中に感じることや、失敗してトンカチで指を打ってしまったり、それがとても痛かったり、そういうのが大切なのだと思うのです。

木切れと遊ぶ

[2008年08月27日(Wed)]
一番下の子と、岩国市内にある山口県ふれあいパークに行って、ネイチャークラフトというものをやってみました。

最初は、ちょっとくたびれていたので、ただ見ていようかと思ったのですが、「父さんもやろう」と言われてしまったので。

何か、具象的なものをつくるのもな、と思いながら、ふと、鳥の巣のように木切れを組み合わせて、小物を置く台でも作ってみようかと。

帰って見ると玄関に相棒が買ったばかりの小さな一輪挿しがあったので、子どもと一緒にはたけで草の花(ミニトマトの花も)をとり、飾ってみました。

費用はたったの100円。子どもがいろいろ考えながら作っているのを横目に、遊ばせてもらいました。

ちなみに、他にも陶芸、ガラス工芸、大理石クラフト、焼き杉工作、竹とんぼ、バードコールなどいろいろあります。飛び込みでもできますが、団体客などでいっぱいになっていることもあるので、電話で状況を確認するといいと思います。費用は材料費のみという感じで高いものでも数百円です。少人数で行けば、自分のペースでできるのも魅力です。

新しい出会い

[2008年08月30日(Sat)]
とある集まりに参加して、えっ、こんなところで会うとは、といった知り合いや、はじめて合う人と少しだけですが話をすることができて、なかなか有意義な時間を過ごすことができました。

特に、失語症の会で地道に活動されている言語聴覚士(この言葉ははじめて知りました)とちょっと話すことができ、印象に残りました。

八ヶ岳でリフレッシュ

[2008年09月29日(Mon)]
2泊3日で、山梨県の八ヶ岳の麓に数年前から住む大学時代の旧友を訪ねてきました。
西から東から数人が集まって。

もう、夜には薪ストーブで暖をとらなければならないくらい寒い中で、心づくしの手作り燻製や手料理で、持ち寄ったお酒を呑みながらのんびり。昼間は、近辺の観光地をまわったり。冬に備えて薪割りも少しだけ手伝わせてもらいました。

最大20年ぶりくらいだったりするのに、ほとんど違和感なく、楽しく不思議な至福の時です。




あわただしい週末

[2008年10月17日(Fri)]
この週末は少しあわただしい。

18日の土曜日の午前中は、わくわく科学クラブの高学年以上対象の《虹と光》の2回目。だんだん虹の秘密に迫っていきます。

その夜は、岩国子ども劇場の例会、『びりとブッチィーのクラウニングシアター』。2人のクラウンによる舞台。

19日の日曜の昼からは、たくさんできたサツマイモの収穫。地元の小学生にチラシで呼びかけて行います。

週末の報告1

[2008年10月21日(Tue)]
18日の土曜日の午前中のわくわく科学クラブ、《虹と光》2回目。
ほぼ予定通り進んで、実際に見ることのできる虹の現象について、問題を考えながら実験をして確かめていきました。いよいよ800年前に虹の仕組みを解明していったお話(と実験)に進んでいきます。人数も少なく(10人弱)、それほどどんどん意見がでるわけではなくて、比較的淡々と進んでいくものの、終わりにとる感想の評価はとても高いので安心できます。

このわくわく科学クラブは、小学校低学年、中学年、高学年以上の3クラスに分けているのですが、こういうふうな集まりは、だいたい低学年になるほど人数が多くなります。低学年ほど親の関心が高く、高学年になるほど、子ども自身が他に興味関心が移っていくのだろうなあ。

ブログ再開に思う

[2009年12月06日(Sun)]
このブログは、昨年(2008年)の6月にはじめて、一気に10月まで毎日のように更新していたのが、ぱったり止んで(自分のことながらこの表現がぴったり)、1年1ヶ月後(2009年11月)に再開しはじめました。

思うに、最初はとまどいながらも新しい表現方法にちょっとはしゃぎすぎたのかもしれません(そんなに意識はしてませんでしたが)。一気に、吐き出して、ある種抜け殻のようになってしまった感があります。精神的な状態も微妙に絡んで、しばらく不調な状態が続いていました。

もう再開することはないかもと思いながらも、変なコメントやトラックバックを削除する程度に時々メンテナンスは行っていました。物書きではないので、そういう気まぐれな状態でもいいのかなと思いつつ。まあ、書けるときに書きたいことを書いていけばいいのですよね。

また、マイペースで続けていこうかと思いますので、よろしくお願いします。

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