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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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NPOとメディアとの新しい可能性

[2010年02月02日(Tue)]
「〜NPOとメディアとの新しい可能性〜 Win−Win講座開催!!」という2回講座の1回目「マスメディアとのWin−Win関係づくり」が、1月28日に江戸の渋谷にある国連大学1階の地球パートナーシッププラザ(GEIC)で開催さえれましたので、参加してきました。



都市新聞の編集部次長さんがメインの講師で、最近のマスメディアの内部事情を聞くことができ、私にとってとてもタイムリーな講座。

何記事か前に、最近の民主党の小沢さんの報道の不思議について書いていますけど、まさにそのことについての話が出てきました。

マスメディアは、検察から情報をリークしてもらっていて、もしちょっとでも検察に不利なことを書くと、検察に出入り禁止になってしまうので、検察に不利な情報は絶対に掲載できないのだそうです(かろうじて、週刊誌などは少しなら書くことができるらしい)。

そして、新聞社には、小沢さんの報道について、ファクスやメールでたくさん読者からの投書があり、その9割方は、今の報道のおかしさについて言及しているのにもかかわらず、新聞社のお偉方は、わざわざ投書してくる人は特殊な人なので無視して言いと言い切るとのこと、さらには、自分たちマスメディアによって形成された世論調査だけは大々的に報道し、編集会議では、公然と「これで小沢は落とせる。もっとこの調子で報道しよう」と、公正な報道などどこにやら、今回の講師が一人、おかしいのではないかといっても、まったく無視されるのだそうです。

マスメディアって、やっぱり壊れているんですね。

何より、私がおかしいと思うのは、検察の取調べのことが新聞にのったりしますけど、それって職務上知り得た情報を漏らしているわけですから、守秘義務違反という犯罪ですよね。だから、検察情報は、だれが漏らしたか決して明かさないそうです。つまり検察とマスコミの共犯。まあ、そのあたりの詳しいことは、前の記事にも掲載した「小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧」という記事に的確に書いてありますので、検索してご覧ください。




市民活動をうまく伝えるためのプレスリリース

[2010年02月02日(Tue)]
話がそれてしまいました。

「マスメディアとのWin−Winの関係づくり」では、マスメディアの現状での課題などについてのお話があり、続いて、市民活動団体が自分たちの活動をマスメディアに的確に報道してもらうためのプレスリリース作りについての解説なども行われました。マスメディアは、市民活動については、必ずしも詳しくないので、マスメディアにちゃんと取り上げてもらうためには、わかりやすく要点を説明しなければならないからです。

いろいろ資料を添付するにしても、要点をコンパクトにまとめたA4サイズ1枚程度のプレスリリースは少なくとも必要です。

これも、私にとってとてもタイムリー。以前の記事で紹介した映画『東京原発』のチラシやチケットもできたので、近々記者クラブにお知らせに行く予定になっているからです。この講座の資料としてあった「プレスリリース用ワークシート」を活用して、作ってみようかと思っています。



「市民の視点」に立ったジャーナリズムを実現する「ジャクリメド」という団体

[2010年02月02日(Tue)]
ところで、「マスメディアとのWin−Winの関係づくり」講座をどうして知ったかというと、この講座のコーディネーターである世古一穂さんが代表を務めている(NPO法人)NPO研修・情報センターの賛助会員になっているので、チラシがメールされてきたので、というか、世古一穂さんは、1996年にまちづくりワークショップを学ぶ2日の講座の講師として、岩国にお招きしたことがあるので、そのつながりです。

この講座では、「ジャクリメド」という新しい市民活動団体の紹介もありました。「ジャクリメド」創設に向けての趣意書案からの引用をさせてもらうと、

「ジャクリメド」は、さまざまな立場のジャーナリストや知識人、研究者、一般市民が集まり、マスメディア報道を検証し・批判し行動するフランスの非営利組織「アクリメド(Acrimed=action-critique-medias)」を参考にしている。アクリメドの目的は、知らせる・異議申し立てる・提案する・動員する(参加する)の4つがあり、市民の自発的・自主的な参加を促すことで、マスメディアに変革を求める新たな社会運動を作り出している。

フランスのアクリメドを参考にしているので、ジャパン・アクリメドということで、略して「ジャクリメド」ということだそうで、今まさに立ち上がろうとしている団体です。

軌道に乗れば、実際に市民活動を熟知しながら、市民の立場に立った報道記事を作る記者を育成する講座なども開催する予定なのだそうです。

世古さんは、この十数年間、一貫して、協働のコーディネーターを育成する講座を全国各地で開催しており、今後は、新しく「公共するジャーナリズム」を育成するための活動を展開していく予定のようです。

世古さんの活動は、協働のコーディネーターにしても、公共するジャーナリズムにしても、職能というか、それを仕事として行える人が増えることを目指していて、それが、強みでもあり、同時に弱みでもあるという気が、私はしています。

というのも、実際に、協働やジャーナリズムは、現在、インターネットの発達になどにより、何かをする傍らに行っている人のほうが多いし、これからも多くなると感じているからです。

しかし、専門家も必要だし、そういう視点が大切なことは確かで、今後とも世古さんとは何らかの形で議論したり、協働していけるといいなと思っています。


「MI ジャーナル」(エムアイ・ジャーナル)設立にあたって

[2010年03月03日(Wed)]
2010年3月3日、ブログのタイトルを「農芸楽仮説変革子ども」から「MI ジャーナル(旧農芸楽仮説変革子ども)」に変えました。

そこで一言。もともと、「農芸楽仮説変革子ども」は、いいタイトルが思いつかずに、キーワードをくっつけただけの苦し紛れのものでした。それはそれで、わかりやすくていいかなとも思うのですが、あくまで仮のタイトルと当初から思っていたのです。

一方で、ジャーナリズムについては、昔から関心があって、2010年2月2日のこのブログの〔「市民の視点」に立ったジャーナリズムを実現する「ジャクリメド」という団体〕という記事ででジャクリメドという団体のことを取り上げ、また、2010年2月9日〔<検察の「暴発」はあるのか〕という記事で、従来のジャーナリズムではないインターネットを活用したジャーナリズムであるPJ(パブリック・ジャーナリスト)について紹介しました。

そういう流れに賛同しつつ、とりあえずは、まったく私的なジャーナリズムとして、「MI ジャーナル」を立ち上げることにしました。

というのも、ちょうど400号目となった前の記事「業態変化をソフトランディングさせるために」を書いた時、やはり、自分は、ブログという媒体を使って、(本当にそうなっているかどうかは別にして)いい意味で社会変革のための情報発信をしようとしているんだなあ、というのを自覚したということがあります。

とは言っても、書くことの内容は、それほど変わらないとは思います。でも、自分なりに自分の立ち位置がより、明確になったような気がします。
よろしくお付き合いください。

なお、最初「MI Journal」と、すべて英語表記にしようかと思っていたのですが、名づけたあとに、インターネットで検索してみると「MI JOURNAL」というブログがあって、かぶってしまっているので、申し訳ないので、「MI ジャーナル」にしました(まあ、こちらのほうが読みやすいかな?)。


「中国製ギョーザ毒物混入事件」に見る報道のあり方

[2010年04月14日(Wed)]
まず、前提として書いておくと、中国では、体制批判の報道は許されていないようです。ただ、最近では独自取材はある程度許されているので、それによって、報道機関によっては頑張って現代の中国社会が抱えている格差の問題などを取り上げているとのこと。

今回の中国製ギョーザ毒物混入事件について、中国では、その独自取材さえ許されず、政府系の新華社通信の報道のみで、全体的に小さな扱いだったそうです。

実際問題として、中国では日々沢山の事件が起こっているでしょうから、この事件のニュースバリューはそれほど大きくはないとも言えるかもしれません。ただ、国際問題であるのも確かで、日本での関心は高いので、日本の報道機関は、犯人の親元まで行って取材を行っていました(普通、大人の犯罪でその親まで取材することはあまりないように思われますが)。

ここからが本題です。

日本では、スポンサーに左右される場合もありますが、基本的には報道の自由は保障されています。一方で、中国では、グーグルの中国撤退問題に象徴されるように体制批判ができないなど、発展途上の自国の混乱を防ぐという名目で報道の自由は明らかに制限されています。

報道の自由は保障されるべきだと思います。しかし、自由が保障された日本の報道が適正かと問われれば、最近のあまりに一点集中のなりふりかまわない報道を見ると、どうなんだか、と思わざるを得ません。

しかも、グーグルの問題では、中国の閉鎖性が強調されましたけど、検索エンジンで有名なグーグルは、本来の事業は広告業で、全世界で垣根のないサービスを提供することによって、全世界で広告業を展開しようとしている一営利企業であることは忘れてはならないと思います。

結局、報道の質をどう向上させていくのかという問題になるわけですが、今回のように報道のあり方が問題になった時に、自分とは関係ない国の出来事ととらえるのではなく、いかに自分たちのあり方の参考にできるかということだと思います。

いずれにしても、これまで以前のこのブログで取り上げたような多様な報道メディアが存在して、それらが切磋琢磨して報道の原点に返り、広く市民に開いて意見を取り入れながら、自分たちの役割というものを考えていく姿勢を大切にしていかないと、と思うこの頃です。

ちょっと何をいってるんだか訳がわからなくなってしまいました。
優位に立ったと思ったら、相手の弱点を突くことだけしか考えないような報道ではなく、少しでもよい方向に持っていくためにどうしたらいいいかを考えるヒントとなるような報道というのはないのだろうか、ということを考えてみた、ということでしょうか?


「週刊 上杉隆」は面白い

[2010年05月25日(Tue)]
グーグルニュースのピックアップのジャンルで時々ピックアップされる政治ジャーナリスト・上杉隆さんのインターネット上の週刊コラム「週刊 上杉隆」が今日も取り上げられていました。

取り上げられていたのは5月20日付けの記事で、タイトルは「メディアを揺るがす“大贈収賄事件”官房機密費を懐に入れたマスコミ人たちの常識」。

週刊誌では取り上げられつつあるらしいのですが、私はあまり週刊誌を読まないので全く知りませんでした。テレビや新聞で意見を言っている有名なマスコミ人の多くがが、税金を原資とする官房機密費を受け取っていたという事件です。

上杉さんは、
「官房機密費は「政治とカネ」の問題の肝であるはずだ。世界中の健全なジャーナリズムであれば、税金を原資とする機密費が、権力の不正をチェックすべき側のメディアに渡っていたとしたら、大問題」
と指摘しています。

まったく、その通りです。せっかくなのでついでに、いくつかの記事を読んでみましたが、どれも興味深い(例えば、前号、5月13日付けの記事「普天間問題の5月末決着は無理鳩山首相はなぜ国外移設を放棄したのか」もなるほどそういうこともあるのか、と思わせます)。

このサイトは、時々チェックしようと思います。


『記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200日戦争』

[2010年05月27日(Thu)]
『記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200日戦争』(上杉隆著、小学館101新書、2010年4月)


上杉隆さんのブログのことを書いた手前というより、たまたま本屋で、上杉さんの書いた新書を見かけたので読んでみました。

記者クラブというのは、日頃関係することはないので、関心の持ちようもないのですが、そのシステムが、日頃目にする報道と深く関係しているとすれば見逃せない話ではあります。

この本では、記者クラブ会員のみに限定されていた政府の記者会見のオープン化を唱えていた民主党が政権の座についた2009年9月から2010年3月までの半年間、にもかかわらずなかなか進まないオープン化について、対談などを交えながらドキュメンタリー風に活写しています。

記者クラブは、その、「情報の隠ぺいする体質の根強い官庁に対して報道機関側が記者クラブをつくり、公権力に対して情報公開を求める」という大義名分のもと作られたという歴史的経緯とは裏腹に、官僚との癒着の温床になってしまっている部分があることが良くわかりました。

一方で、自分の主張ばかりでなく、後半には、記者クラブ制度を擁護する側の人との対談を載せて、自分と違う側の意見も紹介しているところが好ましい。

インターネットの出現で、誰でも言いたいことを言えるようになったこと自体はいいことだと思いますけれど、一般の人にとって大切なのは、いかに良質な報道が保証されるかということで、そのためには、いろんなメディアがそれぞれの特徴を生かして、いい意味で切磋琢磨していくことが必要なのだと思います。その上で、私が関心があるのは、広告収入が減少しているといわれている中、ちゃんとお金をかけてじっくり取材した報道が保証されるためにはどういう仕組みが必要なのかということです。

ちなみに、私の立ち位置は、マスメディアでもない(当然ですけど)、個人で頑張っているフリーのジャーナリストでもない、普通に仕事をしている人として、ブログという日記を通して、わずかでも報道的な情報発信ができればという、隙間を埋める感じなのです。MIジャーナルという大そうなブログ名にしているので、期待されてがっかりされることもあるかもしれないのですが、そのあたりは、前文にも解説がしてあるのでご容赦いただければと思います。




「音楽の力」についての蛇足な補足

[2012年04月06日(Fri)]
一つ前の記事で、少し個人的なことを書いてしまったので、事前に本人の了解をメールで取ったことを書きました。

思えば、インターネットというものは本当に便利なものです。連絡先が分からない人もいたので、人づてに電話で聞こうかと思ったら、たまたま電話がつながらなかったので、ダメもとでインターネットで探したメールに送ってみたら、1日かからないうちに、素敵なメッセージとともに返事が返ってきたのですから。

つながりたい人との仲を取り持ってくれるという機能が、インターネットにはあるのですね。そういうことを実感する日々です。

それにしても、個人的なことと言っても、一つ前に書いた記事などは、できるだけ多くの人に伝えたいことで、しかも、個人的な会話などに乗せないと伝えられないことだったので、私としては、あまりに的外れなことを書いてしまって、本人が変な誤解をされても困る(私が誤解されるのは、自分のせいなので自分の責任なのでいいのですが、他の人のこととなると別です)ので、せめて事前に了解を取るという方法をとってみたのです。

MIジャーナルという少し大げさな名前を付けて、日々の思いを書き連ねているわけですが、こういうチャンネルを持っていると、これは伝えなきゃ、と思っても、うまく伝えられるのか、とか、どこまで個人的なことを出すか(もちろんプライバシーにかかわるようなことは書かないようにしないといけないと思います)とか、しかも具体的に書いたほうがわかりやすく、伝わりやすい場合もあると思うので、結構悩むことも多いです。

前の記事の繰り返しになってしまいますが、アーティストなどは、ある程度自分をさらすことが仕事でもあるので覚悟はできているとは思います。それでも気を使うのに、ましてや、私などを含めて全く無名の人に登場してもらうような場合には、気を付けないといけないと思っています。

でも、そういった極個人的なことが、実は、普遍的なことにつながっているとか、大きな気づきにつながるとか、いい方向に社会が変わっていけるきっかけになるとか、そういった記事がつくれたらと思いながら、日々精進したいと思います。

もちろん、相変わらずバカバカしいこととか、お調子者全開の記事も多いと思います。長い目で見てお付き合いいただければうれしいです。



「MIジャーナル」の名称変更について

[2014年09月04日(Thu)]
2008年にこのブログをはじめたときのブログ名は、「農芸楽仮説変革子ども」という、自分の関心領域のキーワードをつなげただけという元も子もないものでしたが、2010年には日々の情報発信という意味で、私の名前のイニシャルに新聞や雑誌などの意味を持つジャーナルを付けた「MIジャーナル」名前に変更しました。

私なりの視点を少しでも載せていきたい、という想いを込めたわけですが、しかし、自分の名前を冠したブログというのもちょっと何だかと思い、名称変更を考えていました。

でも、安易に変更してしまっては、この名称で認識してくれている人も少しはいるでしょうから、この名称のままで、MIを別の略語にしてしまうのは、と考えてみました。

最初の名称は、そのものずばり、書きたい内容について、そして次には、少しでも私なりの視点を出したいという気持ちを込めたわけですが、このブログで私が書きたいのは、大雑把に言うと、「実体験の大切さ」や「現場の面白さ」を伝えて、少しでも多くの人に、実際に現場に足を運んで体験したり、関わったりしてほしい。既に、活動している人のヒントになるような情報提供をしていきたい。また、人や本から学び続ける楽しさを伝えたい。ということに尽きるような気がします。

ということで思いついたのが、Micro Intermidiate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。略して、MIジャーナル。

Micro(マイクロ)というのは、「小さな」という意味ですが、マイクロ・ファイナンスのように、特に第三世界などにおいて、少しのお金がないために困っている人のための小規模融資が注目されています。そういう小粒だけど意義ある(ありたい)というというような意味を込めました。

Intermidiate(インターミディエット)は、なじみのない言葉だと思います。直訳すれば「中を取り持つ」というような意味になるかと思います。市民活動の世界では、ある程度認知されてきているインターミディアリー(中間支援組織とか、中間支援団体)という言葉があります。ただ、中間支援と言っても何のことだかわかりにくい。英語のままでも翻訳してもわかりにくい言葉です。

市民活動団体は、それぞれ目的を持って独自の活動を行っているのですが、活動の裾野を広げ、持続的で効果的なものにしていくには、さまざまな人や団体と連携していくことが大切になってきます。そして、それは、独自には取り組みにくい部分もあるので、もっぱらそういった支援を目的とする組織や団体の存在が重要になり、それを中間支援組織と呼ぶのです。もともと日本にはあまりないものなのでわかりにくいようです。各地にある(民営であったり、官営であったりする)市民活動支援センターのようなものが代表的なインターミディアリーということになるでしょうか。

インターネットという仮想空間で、実体験の楽しさを伝えるのは無理があり、矛盾しているのかもしれません。だからこそ、事細かなことよりは場の雰囲気やより詳しく知るための調べ方など、実際の活動のヒントになるように心がけていきたいと思っています。

というわけで、今後とも、小さな身近なところから、より楽しい社会のための活動をしている人や活動をしてみたい人のヒント(支援)になるようなことを紹介していけるようなものを柱にしていきたいと思っています。

もちろん、これまで通り、趣味に走った話題やわけのわからない未整理な話、ちょっとしたメモ的なものなども書いたりすると思います。

結局、言葉遊びで、同じ名前? という話に付き合っていただいてありがとうございます。

ただ、こういう、視点で、それぞれの関心領域で書かれるブログなどがもっと増えてくるといいなという思いはあります。

今後ともよろしくお願いします。

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