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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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『象徴の貧困』

[2008年06月25日(Wed)]
2年前にたまたま新聞の書評に載っていて、面白そうだったので買って読んだ本です。現在メディアを賑わせている犯罪などの根っこにある、現代の文明国に蔓延している精神の問題について、フランスの哲学者が正面から取り組んでいるもので、予想以上に感動したので、読書メモにしてみました。
A4版で1ページ半です。興味のある方は、読んでみて、是非この本を手にとってもらえるとうれしいです。

『象徴の貧困』(ベルナール・スティグレール著、新評論、2004年、2006年翻訳)

『ひきこもる小さな哲学者たちへ』

[2008年06月29日(Sun)]
書店でタイトルに魅かれて手にした本。予想にたがわず、おもしろい。

『ひきこもる小さな哲学者たちへ』(小柳晴生著、生活人新書〔NHK出版〕、2002年)

現代の日本社会が歴史上はじめて迎えつつある「豊かさをどう溺れずに生きていくか」「豊かさを生きるにはどのような力や知恵がいるのか」「それはどうしたら身につくのか」ということを考えていく上で、豊かさの中で生まれた子どもたちこそが、豊かさに適応する知恵の導き手であり大切なパートナーであるという位置づけの元、実際の学生相談カウンセラーとしての経験を活かしながら、分かりやすく解説してくれています。

私が関わっているチャイルドラインの基礎資料としても役立つ本だと思うので、簡単に私なりのまとめを書いてみました(A4判4ページです)。


『子どもの社会力』

[2008年07月01日(Tue)]
『子どもの社会力』(門脇厚司著、岩波新書、1999年)

「いまの子どもたちにみられる変化とは、煎じ詰めれば、他人への関心と愛着と信頼感をなくしていることであり、自分が普段生活している世界がどんなところであるかを自分の体で実感できなくなっていることではないか」と著者は考えています。

そして、今の子どもに(限らず大人にも)必要なのは、既にある社会に個人として適応する側面に重きをおいた「社会性」ではなく、これから新しい社会をともに作っていく「社会力」であるとして、その現状分析から、どういう方向性が求められているか、それをどうすることによって育成していくことができるのか、ということについて丁寧に解説してくれていて、なかなか読み応えのある好著だと思います。

結論は、やはり、「大人がしなければならないことは、生まれた直後から、可能な限り、子どもとの相互行為に努めること」(押し付けとか、指導とかではなく)なのだそうです。

興味があれば、私なりのメモをご覧ください(A4判4ページです)。

『ねじれ 医療の光と影を越えて』

[2008年07月02日(Wed)]
泊ありの出張の夜、時間があったので、読みかけていた本が読めました。

『ねじれ 医療の光と影を越えて』(志治美世子著、集英社、2008年)

第5回開高健ノンフィクション賞受賞作なので、今本屋の店頭においてあったりしています。私の住んでいるところでも、産婦人科が減っていて、それは、知り合いの助産婦さんに言わせると、(基本的な部分でコミュニケーションが取れなくなってきているという問題がありながら)その時にはなかなか気づけないことでも、後で検証してみるとそうだったと言うこともあり、一概に医者が悪いとは言えないことでも、裁判になると医者のほうが負けるので割に合わない部分があるということなのですが、患者の立場からすると、もっとちゃんと説明してくれたらいいのに、という気持ちもあったり、お互いが歩み寄る必要があるのでは、と感じていて、気になる部分だったので読んでみたのです。

ちょっと、途中がまどろっこしいところもありましたが、患者と医者の両方の立場を丹念にルポしてあり、最後あたりに、セイフティマネージャー(大雑把に言ってしまうと、医療の安全管理についての医者と患者の調整役)という取り組みがあって、具体的に現場から解決策が出てき始めていることが書いてあって、心強く思いました。特に、医療事故で子どもを亡くしたお母さんがさまざまな取り組みをする中で、セイフティマネージャーとなり、まさに、その事故があった病院で「事例から考える〜向き合うためのコミュニケーション」という講演をするくだりには、思わず涙がこぼれそうになりました。

今の時代は、現場にしか解決の糸口はなくて、当事者意識のない机上で考える人がいくらいいことを思いついてもだめなんだと感じています。その具体例として、とても参考になる本です。

『銀の犬』

[2008年07月06日(Sun)]
『銀の犬』(光原百合著、角川春樹事務所、2006年)

買っておきながら、なかなか読めなかったファンタジー。先週の出張の夜、静かな時間が持てたので読み始めることができ、今日読み終えました。

いいです。

ケルト民族の物語を題材にした、竪琴の音によって、この世に思いを残す魂を解き放つ楽人(バルド)―オシアンと、その相棒―ブランが関わる5つの物語。

人の心って、やっかいで、いとおしい。そういう気持ちの代弁者として、昔から民話には妖精や妖怪などが出てくるんだろうな。

光原さんの作品は、謎解きのようなミステリーの要素を持ち合わせながら、謎解きに重点があるのではなく、あくまで人の気持ちに寄り添おうとしているところがいいのかも、と思ったりします。

ちなみに、『銀の犬』は、既に文庫版もハルキ文庫から出ています(ハードカバーで読むことをお勧めしますけど)。

『時計を忘れて森へいこう』(光原百合著、東京創元社、1998年、文庫版は創元推理文庫)もお勧めです。

『悩む力』

[2008年07月07日(Mon)]
『悩む力』(姜尚中著、集英社新書、2008年)

夜中に目が覚めて、ちょっと読んでみようかと思ってたら、一気に読んでしまった本。

百年前の激しく変化した時代を直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、悩む大切さを説いています。

私にとっては、一種の謎解き本になってしまいました。

というのも、私は、昔から夏目漱石の『こころ』が好きで、何度となく読み返してしまっています。でも、登場人物に対して誰にも私だったらこの人のようにするだろうと思えないのに、なぜ、こんなに惹かれてしまうのだろうと不思議に思っていたのです。その答えの一つを与えてもらったような気がします。

だから、『こころ』について触れてある、第一章の「「私」とは何者か」は、特に私の心に響きました。
そして、最後のほうでまた『こころ』について取り上げ、

 (前略)漱石は、この本で、人がみずから死を選びうる自由についても書きました。が、それよりも、人が他者とのつながりを求める切実な気持ちについて、書きたかったのではないでしょうか。(後略)

と、書いてあり、この言葉に、「そうだったんだ」と気づかされました。私は、あの結末に「なぜ「先生」はもっと早くにちゃんと話して、生きて「私」と親しくなれなかったのだろう?」と思い、なのに、「なぜ、私はこの作品に惹かれてしまうのだろう」と思っていた疑問が、少し解けたような気がします。

そんなことにも気づいていなかったのか、と言われればそれまでの話ですけど。

ところで、この本、かなり売れているみたいで、気づくと、帯が変わっていて、最初の帯にはなかった、上野千鶴子さんのミーハーな感じのコメントが・・・。上野千鶴子さんの本には昔から親しんでいて、それが、最近、『おひとり様の老後』でいきなりブレイクして、この本で上野さんがブレイクするのって・・・と思っていたら・・・。あのコメントって、編集者の悪乗り、それとも上野さんの?

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』

[2008年07月08日(Tue)]
『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』(シャロン・モレアムwithジョナサン・プリンス著、NHK出版、2007年)

進化によって、有害な病気をおこすような遺伝子は淘汰してなくなるのではないかと思われるのになぜ?この疑問にいろいろな実例や実験結果を示して答えていくというお話で、少し難しいですがとっても面白い。

 その中でも一番印象に残ったのは、「第5章 僕たちはウィルスにあやつられている?」です。細菌やウィルスや寄生虫というものを、私たちは一般に忌み嫌いますが、実際には、彼らと私たち(というかみんな含めて、私たち)は長年共存していて、お互いに補完しあいながら日々進化をしています。細菌やウィルスは比較的単純な作りなので、世代交代が早く、進化の速度が速いので、環境の変化に対応しやすい。その変わり身の早さを利用して私たち(の遺伝子)も進化しているということがあるらしいのです。そして、現代の私たちは、そういった仕組みを知ることによって、病気とうまくやていくことだってできるはずだと言うのです。

例えば、病原体は宿主(人)の中で繁殖するわけですが、生き残っていくためには次の宿主に移っていかないといけません。その手段によって、毒力がちがうのだそうです。宿主どうしが直接接触したり、近づいたときに空気を介して移るようなカゼなどは、宿主が動き回れるくらい元気なほうが以降に有利なので病状は不愉快だけど危険というほどではありません。一方、コレラを起こす病原体は、激しい下痢を起こさせ、下水と飲料水が混ざるような非衛生的な状況であれば、宿主が動き回らなくても簡単に新しい宿主に乗り移ることができるので毒力が強いと考えられています。であれば、衛生状態をよくして、瀕死の状態で下痢をさせただけでは、新しい宿主にたどりつけないようにしてやれば、毒性を弱めて宿主が動き回ってもらえるように進化するのではないか。そして、実際に、1991年にペルーでコレラが大流行したとき、下水道の整備の進んでいたチリにコレラが広がっていったとき、コレラの毒性は弱まって、ほとんど死者を出さずに済んだそうです。テロに対して、一所懸命テロで対応しようとしていたり、その協力ばかりしているどこかの国の人に教えてあげたい話ですよね。最後に本の中に載っていた言葉を引用します。

 人間が細菌に抗生物質という武器を使うと、細菌は抗生物質に負けない武器を進化させる。人間が別の武器を使うと、細菌はそれをまた出し抜く。それが永遠に繰り返される。こんな軍拡競争にかかわるのはもうやめよう。それよりも人間と細菌がともに共存できる「落としどころ」となる合意点を想定して、細菌が合意点に向かって自由に進化できるような環境を人間が整えてやればいいのではないか。(by進化生物学の先駆者 ポール・イーワルド)

『思春期ポストモダン』

[2008年07月09日(Wed)]
『思春期ポストモダン』(斎藤環著、幻冬舎新書、2007年)

若者の凶悪な犯罪が注目されていて、不安を煽り立てる雰囲気がありますが、実際には、世界的に見ると日本の若者のおとなしさはきわだつものがある、ということは、もっともっとアナウンスされていいことだと思っています。

その上で、じゃあ問題はないのかというとそういうわけではなくて、不安をあおるのではなくて、課題をちゃんととらえて、それにちゃんと対応するということが必要なのです。きっと。

そういう意味で、思春期の問題についてとても参考になる本です。特に、最後のあたりに若者のモード分けやインターネットの問題点について分かりやすく解説してくれています。

インターネットの特徴として、、「ネットは欲望をフィルタリングする」とあるのは鋭い。これはお互いいつも注意しないといけないことだと思います。

私なりの読書メモを添付します(A4判4ページ)。

『反米大陸―中南米がアメリカにつきつけるNO!』

[2008年07月19日(Sat)]
『反米大陸―中南米がアメリカにつきつけるNO!』(伊藤千尋著、集英社新書、2007年)」

アメリカが中南米に百数十年にわたって行ってきたこと(著者はそのパターンを整理してくれているのでそれを、「アメリカなやり方」ということができるような気がする)、そして、今、中南米がなぜアメリカにNOを突きつけているのかがダイジェスト的にわかります、この本を読むと、2001年の9・11テロが、全世界的な「アメリカなやり方」へのささやかな抵抗であるように思えてくるほどです(もちろん、テロはいけないことです)。

民主主義を世界に広めるという大義をアメリカは主張しますが、実際に行っていることは、自分の気に入らない政権を倒すためにゲリラを養成・援助したり、アメリカ人が危険にさらされているからと、直接軍隊を出動したり、自国の利権を守るためになりふりかまわないことをしているのです。

これを読んで、2003年11月に、NHK・BSプライムタイムて放送されたアイルランドのドキュメンタリー番組「チャベス政権 クーデターの裏側」を思い出しました。というか、このドキュメンタリーを友人に勧められて見て、改めて中南米のこともちゃんと知らなきゃと思ったから、この本を手に取ったのでしょう。

ちなみにこのドキュメンタリーは、チャベス政権を取材するためにベネズエラに長期滞在していたアイルランドのクルーが、たまたま起こったクーデターの一部始終を収めることができた貴重なもので、「アメリカなやり方」が克明に記録されていながら、最終的に民衆が理不尽なクーデターを現代の情報機器をうまく利用しながら、覆して、もとの状態にもどすことができたという、勇気を与えてくれるものです。

こんなアメリカの政策に、無批判に相乗りしているように見える日本は、このままでいいのでしょうか?

『日本人のしつけは衰退したか』

[2008年07月26日(Sat)]
『日本人のしつけは衰退したか』(広田照幸著、講談社現代新書、1999年)

秋葉原の事件あたりから、少しずつ論調が変わってきているようにも思えるけど、最近の少年犯罪について、家のしつけに代表される家庭の教育力の低下がその大きな要因だといわれていて、昔はもっとしつけが厳しかったなどといわれますが、本当のところはどうなのでしょうか。少年犯罪は、数十年前に比べると圧倒的に減少しているし、現在ほど、家庭のしつけに関心が持たれている時代はないようなのです。

そのあたりのことを、きちんと調べて読みやすく解説してくれている本で、家庭教育に関心のある人には是非読んでいただきたい本です。

私なりのまとめみたいなものを作成していますので、参考にしてみてください(A4判4ページです)。

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