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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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地縁でない、新しいコミュニティを求めて

[2008年07月21日(Mon)]
コミュニティの再構築というのがいろいろなところで言われています。

しかし、コミュニティのわずらわしさから逃れるために、人は都会に出て行ったという面もあるのではないかと思うのです。

そこに住んでいる、ただそれだけの理由で、そのコミュニティに所属しないといけないという、いわゆる地縁組織は、うまくいけば心地よいのですが、縛られてわずらわしいという面もあります。

しかし、そこに住んでいるのだから、何気に知り合いであるということは、うれしいことですし、それが結果として地域の安全につながったりすることも確かです。

地縁でないコミュニティというものが考えられないか。もっと自然な形で。というのが、ここ数年の私のテーマで、前の記事に書いた川のゴミ拾いもその試みの一つと言えます。

・川をきれいにしたいという団体がある。
・その団体は、地域の子どもたちにも川をきれいにする取り組みに参加してほしい、というか子どもたちと一緒に何かしたい。
・しかし、その団体は、退職者を中心にしていて、それまで社会的な活動をしていなかったので、行事を行うノウハウを持っていない。
・そこで、仲を取り持つ形で、私が代表をする団体と共催という形にして、チラシを作って小学校を通して配布してもらい、参加したい子どもたちに参加してもらう。
・ゴミ拾いを一緒にすると同時に、子どもたちに川遊びをしてもらい、さらにお楽しみ行事をすることによって、地域で頑張っているおじさんおばさんたちと何気に知り合いになれる。

こういうことって、ちょっと気をつけているといろいろ考えられるのではないかと思うのです。できるだけ、特定の人の無理にならないような形で行事を組んで、地域の異年齢の人たちが触れ合う場を作ってみる。

改めて書くと何だか堅苦しいのですが、実際には、水が冷たくて気持ちよかったり、子どもがうれしそうに水につかっていたり、首にかけていたタオルを網がわりに魚とりがはじまったり、そうめんがおいしかったり、蛍を個人的に養殖している人がメンバーにいて、幼虫を持ってきてくれていて、それを見て楽しんだり、いろんな人が活躍して、結構楽しいのです。

まるごと市民活動スクエやー

[2008年07月24日(Thu)]
I−フェスタ2008 まるごと市民活動スクエやー

昨年度に引き続き(若干企画内容はかわりましたが)、地元岩国の青年会議所が、市民活動を支援するイベントを開催します。

11月2日(日)に岩国市の錦帯橋のたもとにある吉香公園で、募集した市民活動団体のPRと展示のコンテストを行い、参加者の投票によって企業からの寄付金をそれぞれの団体に配布すると言うもの。

いろんな意味でマッチングの企画で、いい取り組みだと思います。私も何らかの形でかかわることになるでしょう。

ちなみに、参加する(岩国市内を中心に活動している)市民活動団体を7月22日から8月29日にかけて募集しています。

主催・問合せ先:(社)岩国青年会議所 電話0827-23-1177

『10年先を読む長期投資』

[2008年07月25日(Fri)]
『10年先を読む長期投資 暴落時こそ株を買え』(澤上篤人著、朝日新書、2008年)

ちょっと最近気になっていた澤上さんの新書が出たので、買ってみました。結構面白いです。

(前略)「こういった企業ががんばってくれることで、私たちの生活はより豊かになる。だからみんなが売るときに自分たちが買い向かって応援しなくては」というのが、長期投資家にとっていちばん大切にしている行動原理なのです。「どんな社会に住みたいのか、子どもや孫たちにどんな社会を残してやりたいのか」を強く意識して、その方向にお金を投入するわけですね。(後略)

株というと、日々の株価に一喜一憂して、マネーゲームに奔走するガツガツしたイメージなのですが、こういうスタンスもありなのか。というより、株式への投資というのは、本来そういうものなのでは、と思わせる内容です。

読書メモを書いてみましたので、読んでみていただければうれしいです。(A4判1ページ)

『社会起業家に学べ!』

[2008年08月07日(Thu)]
『社会起業家に学べ!』(今一生著、アスキー新書、2008年)

社会起業家というあり方も、現場主義の一つだと思う。

一見豊かになった日本社会にも、課題は山積していて、その解決方法として、啓発のための講演会をしたり、市民活動団体を作ったり、政治活動をしたり、ブログを書いたり、いろいろです。その中の一つに起業というものがあって、一昔前だと、自分の趣味が高じて仕事になったという形の起業や、とにかく自分の才覚でお金儲けをしたいというものが一般的だったように感じるのですが、今注目されているのは、社会や地域にある課題を事業という形ですくい上げて自分の仕事にしてしまうというものです。

山口県は、その道での先駆者である片岡勝さんを招いてコミュニティビジネスカレッジを開講したり、山口大学の中にも講座を持ってもらったりするなど、結構積極的に取り組んでいて、この本の中に紹介されている21の事例の中にもその関連で起業した人も紹介されています。

何が正解かわからない世の中だからこそ、こういった一つ一つの積み上げからしか答えは出ていかないのだと思うので、この著者の意図どおり、社会起業を目指す人が増えてくれると面白い(私もそういう道を狙っている節がある)。

市民活動さぽーと講座

[2008年08月24日(Sun)]
地元のいわくに市民活動支援センターが主催する、市民活動サポート講座「人を育てるコツ、巻き込むコツ、心をつかむコツ」に参加しました。

講師は、ふくおかNPOセンター代表の古賀桃子さん。
大学時代から、まちづくりや市民活動に関わって、そのままNPO支援を仕事としている女性。若々しくさわやかな印象の人柄とお話でした。参考になることや情報もありました。

ふくおかNPOセンターは「草の根から世界を描く」というキーワードをもとに、市民活動支援をのために、コンサルティングとプロモーティングの2つの柱とした活動を行っているNPO法人。民設民営の市民活動支援センターです。最近は、行政職員を対照にした研修を行うことも多いそうです。

こういった講座をきっかけに、市民活動をしている(はじめようとしている)人に弾みがついて活発な活動につながるといいなと思います。

小さなところからでも普通に思うことを普通にしたい

[2008年09月18日(Thu)]
(こういう漠然とした書き方はあまりよくないかなと思いながら)
社会があまりに大きなシステムになってしまって、それにあらがうのは面倒くさいというかその流れに従うのが楽なのでそうしてしまうのだけど、何か変だなということに対して、自分のコントロールできる範囲で直せるなら直したほうが気持ちいい。というか、流されることに慣れっこになってしまうと無力感(やストレス)が少しずつ蓄積してしまうように感じるのが、ちょっと救われた気分になる。そういうのって、大切なのではないかと思う。

ひとつの例。
例えば、月刊誌は、前の月に次の月の号が出る。10月号は9月に出る。当たり前なことだけど、そのことをいつ覚えたかわからないけどそのとき私は、面白いなと思ったと同時に、何か違和感を持ちました。「言われれば、わからない理由ではないけど、わざわざ前倒しにする必要があるの?」と。

実は、私のかかわっている仮説実験授業研究会の関係記事が多く掲載される月刊誌『たのしい授業』は、毎月月初めにその月の号を発行しています。そのことを知ったとき、「そんなことは、別に他の雑誌に合わせる必要はないんだよな」とさわやかな気持ちになった記憶があります。こういう出版社があることはうれしい。

小さなところからでも普通に思うことを普通にしたい2

[2008年09月19日(Fri)]
昨日の記事の続き。

例えば、日本では大きな数字の数え方の区切りは4桁で繰り上がります。万、億、兆・・・といった具合に。一方西欧などでは、3桁繰り上がりになっています。hundred(千、1,000))、millon(百万、1,000,000)、billion(十億、1,000,000,000)・・・。

会計の世界では、西欧式の3桁繰り上がりが標準になっているため、繰り上がり記号を3桁にすることになっていますが、日常的には、日本語にあった4桁繰り上がりのほうがわかりやすいのは明らかです。でも、3桁繰り上がりに引きずられて、統計数字などで100千円(=十万円)といった表記が見られます。これって、わかりにくい。

もっとも奇妙な例は、日本語式のほうがわかりやすいと考えたためか折衷になってしまい、1,234万円といった表記があったりします。これは12,340,000なので、三桁繰り上がりなら2と3の間に繰り上がり記号が来るはずなのに、下4桁は4桁繰り上がりにしたのに、その上の位は3桁繰り上がりにしてしまっているので変ですよね。

前に書いた、『たのしい授業』という月刊誌やそれを出版している仮説社の書籍の中では、繰り上がり記号を4桁繰り上がりに表記するようにしています。気持ちいいです。

123,456,789だとよくわからないけど、1,2345,6789と書いてあると1億2345万6789だと一目でわかります。自分の責任の持てる範囲では、4桁繰り上がりにしちゃってかまわないのです。

協働推進セミナー「地域課題解決のカギは協働にあり!」

[2009年12月25日(Fri)]
昨日(12月24日)、やまぐち県民活動促進実行委員会(山口県、財団法人やまぐち県民活動きらめき財団、やまぐち県民活動支援センター)主催のセミナーが行われました。

基調講演は、NPO法人 ふくおかNPOセンターの理事 黒岩淳さん。
1時間の短い時間で知っていることも多かったものの、企業の社会的責任(CSR)についておさらいするにはとてもいいお話でした。

出だしに「知恵というのは文化であって、知識偏重の効率化の中にあって、知恵が失われつつある」という意味の話は印象に残りました。

最後のほうの、企業の社会的責任(CSR)から、組織の社会における責任(SR)へ。つまり、組織であれば、基本的に社会的に責任を持っていかないと、というのも納得です。

というのも、お話の中で出てきた実例で、
地域の中に、二つの酒蔵があって、ひとつは効率化してコストを下げて大量に作っていて、もうひとつは、地域との関係を保ちながら昔ながらの方法で作っていて高いお酒を売っている。で、経済が傾いてつぶれそうになったときどちらを市民が選ぶかというときに、企業が社会貢献しているかというのが、これからは重要になってくるということでしたが、関係してくるのは、企業の努力だけでなく、そういうのを大切にしたいという(地域を構成する)個人や組織の雰囲気というものもあるのですから。

ただ、もう一歩言うと、バランスをみんなでどう保っていけるかという問題でもあると思うのですけどね。効率化して安いお酒も、こだわりのお酒も両方必要なんだと私は思います。そのバランスを保つのは、実は、どういう暮らしをしていきたいかという、みんなの問題なのですよね。

それは、例えば、グーグルが、書籍の電子化を進めていて、それをフランスなどは自国の文化をつぶすものとして反対しています。すべての書籍が電子化したとして(それは、とりあえずはまだまだ難しいし、どの順番で電子化していくかということも別問題としてある)、それは一見平等のようだけど、実は、悪しき多数決の原理が(ランキングというやつです)働いて、英語圏の書籍が圧倒的優位に立ってしまう。それは、結果として、英語圏の考え方が優位に立ってしまう(言葉も、文化ですからね。こういうふうに、実質的に優位に立っているものに、それが正しいかどうかということと関係なく支配されてしまうとき、その支配しているものをデファクトスタンダードと言います。インターネットの世界では英語がデファクトスタンダード)ということ。そして、その勢いがあまりに強くて、そういうことに危機感を持っている人も少なからずいるのだけど、例えば自国の文化を尊重するフランスなどは国として書籍を電子化させないという方法で反対しているわけです。本来は、みんなが文化を大切に考えていれば、書籍を電子化しても、うまくバランスが保てるはずです。他に対処する方法はないのか、それは、本当にみんなの問題なのです。

おっと、どんどん脱線してしまうので、このあたりで。

それにしても、地元の企業の人も(動員で?)参加してくれて、後半のワークショップで同じグループになった人と少しお話をしたのですけど、私はなぜこんなところにいるのだろうか、うちの企業はそこそこ社会貢献しているし、という雰囲気で、まだまだCSRについての理解がないのではと感じました。まあ、それを責める気はないのですけど。というのも、企業は、まず社員の福利厚生をしっかりすること自体が社会貢献だとも思うから(そうは言ってられないというのがCSR?)。というか、こういう機会は、これから増えてくるのでしょうから、コミュニケーションをとっていく中で変わっていくのでしょう。

デファクトスタンダード(おまけ)

[2009年12月25日(Fri)]
前の記事で、唐突に出てきたデファクトスタンダードの補足を。

VHSかβマックスかという場合のように、二者択一の問題であれば、どちらがよいかは別として、早く実質的な多数をとってしまったほうが勝つというのもありでしょう。私が、VHSで友達がβマックスだと困りますから。

しかし、残念なことに(ではなくて、幸いなことに?)、最近話題の環境問題を最たるものとして、ほとんどの問題は二者択一ではなくて、バランスの問題であったり、グラディエーションの問題であったり、多様であることが大切なのです。そのあたりを混同してはいけないのだと思うのです。

例えば、言葉の話で言うと、多くの人が英語が使えるのだから、便利だから英語でいいじゃないか。というのは、とても乱暴な言い方で、やはり、言葉には、その背景に文化というものがくっついていて、それぬきには考えられない。多くの言語があることが豊かなことであると思います。

そのことを、私が感じたのは、学生時代、今の広島市長である秋葉さんがアメリカのタフツ大学の教授をしていたときに、アメリカの学生をヒロシマ・ナガサキに派遣する「アキバ・プロジェクト」というのを行っていて、その手伝いをしたときです。下宿にそのアメリカ人を泊めてまちを一緒に歩いたり、案内したりするとき、仕方なく英語でしゃべったのですけど、英語っておしゃべりな言葉だなあ、と感じたことがあります。私はあまりしゃべるほうでなかったのですけど、英語を使うとなんだかおしゃべりになってしまう感じだったのです。

それは、小さな例ですが、英語が堪能な日本人が、日本語で考えるときと、英語で考えるときでは、同じ問題でも結論が違う、といったのは面白い例だと思います。



社会にとって必要な人を直接雇う

[2010年01月06日(Wed)]
前の「ご当地検定について」の追加記事。

例えば、「ご当地検定」がうまく機能して、社会にとって役に立つなあと思われるように認知され、ある程度の事務量が必要になってきたら、中心になって事務をしてもらう人を、社会で直接雇うということがあってもいいと思うのです。

定年退職後で、余裕のある人であれば、それほどたくさんの金額でなくてもいいでしょう。それは「ご当地検定」に限らず、簡単に言えば、今ある地域の社会福祉協議会でもいいのです。その地区に5000人住んでいるとして、2000世帯が一世帯500円を出すとしても、100万円集まります。その人に、その地域にとって大切だと思われることについて、調整や、人材発掘や、事務仕事をしてもらうのです。

そういう人の存在が、地域地域にいると面白くなるのではと思っています(実は、田舎であれば、ある意味そういうふうにに雇われている人はいて、それは神社の神主さんやお寺の住職さんなんですけど、まあ、それは置いとくとして)。

実は、こういうのって、昔あったことでもあるらしいのです。

1700年代のアメリカ(独立のころ)で、道路の清掃(に限らず、行政の機能は本当に限られていた)を行政がやっていなかったころ、舗装されていない道路をどうにかしたいと思ったベンジャミン・フランクリン(アメリカ合州国初代大統領)が、多少の報酬があれば(人通りの多い)道路の掃除を引き受けてくれる「貧乏ではあるが仕事熱心な男」を見つけて、町内の人たちに呼びかけて、みんなで少しずつのお金を出し合って雇ったところ、うまくいったという話が、『フランクリン自伝』(岩波文庫)に載っているそうです。

社会の仕組みだって、試行錯誤があるにしても、ちょっとしたアイデアで、自分たちで作っていく事だってできるのです。

ちょっと、話が広がってしまって、説明不足になったので、補足しておくと、
「ご当地検定」の場合は、ちょっと範囲の広い話なので、賛助会員制度のようなものを作って、その会費と、検定料の一部で、事務局を担う人を雇うという形が考えられます。

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