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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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フラットな人間関係が広がっている?

[2012年05月09日(Wed)]
4月20日の記事、「NHKラジオ朝の番組「すっぴん!」について、再び(音声のみで伝える難しさ)」で、もしかしたら若者は、フェイスブックやツイッターの影響で、声の似た2人がラジオでしゃべっていても、どちらがどちらかわからなくてもあまり気にしない傾向があるかもしれない、と書きました。

フェイスブックをやっている知り合いの若者や、会社でフェイスブックに入らされている人の話しを聞くと、あまり立ち入ったことを書くのはタブーというか、そういうことを書き込むと、自然と他の人が引いてしまうのだそうです。

要は表面的なことしか書かないという暗黙のルールがあるようで、大量な情報を垂れ流したり、読み飛ばしたりする必要のある最近の処世術のような面も持っているのでしょう。

人間は、ある意味柔軟で、環境に応じた変化をすることができるので、フェイスブックやツイッターを見たり書いたりする時間が日常生活の中で増えてくると、そういった人間関係が基本になってしまうのではないかと思ったりします。

人との付き合いというものがそういうものだということになってくると、あとは、人それぞれで、他人は基本的に自分とは関係ないという状態になってきているような気がします。

その一方で、「一人ひとりのかけがえのない命」みたいな情報が、まことしやかにテレビなどでは流されていて、それは、実感の伴わない建前として尊重しなくてはならないものとして存在している、ということになってきているのではないか?(これも暗黙のルール?)

私がフェイスブックやツイッターに熱心になれない理由がだんだんはっきりと言葉にできるようになってきたような気がします。

私は、友達は作りたい(というか、友達は勝手にできるもので、作ろうとして作るものではない)けど、それはリアルな世界で実際のやり取りがある人とであって、フェイスブックで面識もない人と友達になる気がない(というか、フェイスブックで友達になるということがピンとこない)し、たまにツイッターでつぶやきたくなる場合もあるけど、140字で表現できないことのほうが多い。(フェイスブックは、mt(マスキングテープ)に「いいね!」を入れるために、ツイッターは、宇宙飛行士がツイッターをすることができることを知ったので、そのツイッターにリツイートするためには、それぞれ登録するしか方法がなかったために始めました)。

じゃあなぜ、私はブログをやっているのか?ブログとツイッターやフェイスブックは違うのか?

あまり違わないのかもしれませんが、少なくとも言えるのは、一応自分なりに字数制限なしに表現できるし、自分である程度コントロールできる面はあります。

そして、私がリアルな世界で感じたことや考えていること(それはほとんどオリジナルなことではないだろうけれども、少なくとも、私が実際に感じたり思ったことではある)が、もしかしたら誰かに届くかもしれないし、そのことによって、もしかしたら、このどうしようもない世界を、少しは変えていく力になるかもしれない。と、考えているからかな?

リアルな世界の豊かさや楽しさを、インターネットを通じて?もしかしたら伝えられるかもしれない、と考えているからかな?

いずれにしても、最初から勝算の少ない、ばかばかしい、意味のないことなのかもしれないと思いつつも、それでも、何かしないといられない。いろいろな試みの中の一つのなのだと思いながら、今日も記事を書いていたりするのです。



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