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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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私の中の妖怪?

[2008年07月15日(Tue)]
直前の記事「はたけと市民活動」の中で、子ども劇場が出たので、思い出した話を。

5月に地元の子ども劇場の総会があり、総会の前に地元の児童相談所の所長さんが基調講演をしてくれて、とてもいいお話だったのですが、その話を元にこんなことを思いました。

所長さんの話は、ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるさんの出身地(境港)にある妖怪ロードと彼の博物館を訪ね、なぜか、水木しげるさんの描く妖怪は、親しみや愛着を感じてしまう、とはじまりました。

私は日頃、最近盛んにテレビなどに出てくる、人々の恐怖や不安を煽る心霊現象やエクソシスト話などは好きになれないのですが、確かに水木しげるさんの描く妖怪は、なんだか憎めないものを感じます。ともに、「人間の想像力の産物」であることに変わりないはずなのに。

いろんなメディアや便利な機械によって、私たちの生活は一見豊かになってきました。その一方で、そういった便利なものに操られてしまっているかのように忙しく日々を暮している私たちがいたりします。

私たちの五感や身体感覚というものは、豊かな気持ちを味あわせてくれるのですが、時にコントロールしがたく、こんな面倒くさいものはなければいいのにと思ったりすることがないわけではありません。

私たちの「コントロールできるものだけ(目に見えるものだけ)を信じて生きていきたい」という気持ちが、便利な文明の機器を生み出して来ているのかもしれません。

しかし、私たちは、生身の自分の身体を無視して生きていくことはできません。そして、その生身の身体の奥底から発せられる言葉にならない何ものかが想像力によって形を得たものが、もしかしたら妖怪なのではないでしょうか?

時にはおどろおどろしく、時にはこっけいで、理論的ではないかもしれないけど、そして一見美しくはないかもしれないけど、なぜか、それを見るとほっとしたりするのは、どこか奥底で共感できる部分があるからだったりして。

昔は、そういった妖怪話がそこここにあって(『遠野物語』のように)、私たちのどうしようもない気持ちの居場所となっていたのかもしれません。妖怪のいなくなってしまった今の世の中は、型にはめることのできないやり場のない気持ちが封じ込められた世の中と考えることもできます。

考えてみると、私たち一人ひとりが、それぞれの妖怪を抱えて生きているとも言えるのではないでしょうか。だとすれば・・・。

「子ども劇場が、それぞれの人が持っている妖怪を出せるような居場所になれることを願っています」。所長さんの終わりの言葉が、身にしみました。

市民活動のある一面を言い当てた言葉だと思います。

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