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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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岩国市民歴史講座第2回目『千石原の道しるべ―岩国の道と道標・弥山の道標―』180317

[2018年03月21日(Wed)]
1月からはじまって、隔月で開催されている市民歴史講座。

180317岩国市民歴史講座第2回01.JPG

180317岩国市民歴史講座第2回02.JPG

今回のテーマは、道しるべ。岩国の主要道路が江戸時代の人と馬のみの通行だったのが、流通が盛んになることによって大八(車)や馬車などの車が使用されることになって道幅を拡張したり、急峻な場所を避けて道の場所が変わったりと言う変遷や、かつては盛んに参詣が行われていた阿品弥山(このあたりで弥山というと宮島の山が有名ですが、岩国の元城下町の近くにある山です)の参詣道にある道しるべについてのお話。

弥山は、「お弥山さん」の愛称で私も知ってはいますが、実は登った事はありません。信仰だけでなく、娯楽の少ない時代の手軽なハイキングコースとして多くの人が登っていたことがわかり、一度行ってみたいと思いました。

いろいろと印象に残る話しがあったのですが、江戸時代、岩国領内では物資の運搬は船が中心で、大八(車)など車はほとんど利用されていなかったとのこと。今で考えると、車の方がはるかに効率的なのですが、車を使うためには階段や急傾斜をなくすことが難しかったということや、領内での物流がそれほど多くなかったこと、社会が安定していたので人や馬を扱う人の職を奪うほどの変化の必要がなかったことなどいろいろ考えられて興味深い。

山陽道の中でも岩国地域は、万葉集に「周防在盤国山乎将超日者手向好為与荒其道」(すはにある岩国山を越えむ日は手向けよくせよ荒きその道)と読まれ、岩国山(岩国山といっても、今の岩国山のことではなく、主に御庄から柱野にかけての山道のことのよう)が当時、険しいことの枕詞に使われるほど難所として有名だったということについてもその背景などが分かりました。

道に夏の避暑のための日陰を作るためや、道の存在を示すために松が植えられたけど、隣接する田畑を持つ農民にとっては、日陰が作物へ悪影響を及ぼすために、わざと根きりをしたり道を削って松を枯らそうとしたという話も面白かった。

次回は、2018年5月26日(土)14時〜16時。
テーマは、「マリア観音〜岩国のキリシタン、藩の宗教政策、明治の廃仏毀釈〜」
ですが、当日は会場の岩国市中央公民館の向かいにある岩国小学校の運動会と重なってることがわかり、変更になるかもしれないとのこと。「岩国市民歴史講座」で検索すればホームページが出てくるので、そこで変更があればお知らせがあると思います。


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