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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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『ビッグデータと人工知能』

[2017年06月16日(Fri)]
『ビッグデータと人工知能』
(西垣通著、2016年、中公新書)

1706ビッグデータと人工知能.JPG

現在の人工知能の開発が進むと、2045年に「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到来して、人間より賢い「意識」を持つ人工知能が出現し、何もかも任せられる時代になるという予測があり、欧米ではけっこう人々に信じられているらしい(一方で、人間がその人工知能に支配されてしまうという説もありますが、どちらにしても人間より賢い人工知能が出現するということに関しては一緒)。

でも、それって本当?

ビッグデータや人工知能が本当に有用なのか、私たち自身が自ら考えてみる必要があるのではないか、その概要や動向を、文化的背景を含めて理解してこそ、そのメリット・デメリットが分かってくるのではないか、といった意図でこの本は書かれています。

とても説得力があって、おススメできる本だなあと思いながら読んでいたら、この本の中にはあがっていなかったのですが、2010年1月11日にこのブログに読書メモを書いた『ネットとリアルのあいだ 生きるための情報学』の著者でもあったのでした。

結論から先に書いてしまうと、ビッグデータや人工知能自体は今後有用になってくる部分があるけど、「シンギュラリティ」は相当あやしい、トンデモ話の一つのようです。

技術革新や携帯電話の普及などによって、より大きな網羅的なデータを取り扱うことができることになり、データ分析について、これまでとは違うアプローチができるようになってきていますが、膨大なデータを統計処理することによって、本質的に未知な対象についての記述を、いかにも科学的厳密性を持つように見せかけるものにすることはできても、コンピュータ自身が結論を出すことはできないわけで、あくまで、人間が判断をしてあげないといけない。

そもそも、西洋起源のコンピュータは、哲学的な議論を避け、脳を分析すれば心を理解でき、さらに進んで、脳を再現すれば心を作れるという前提のもとに発展してきていて、データ処理の面だけを取り出していることに問題があるようです。

「生物は現在の状況に応じた柔軟な問題設定と情報の意味解釈によって生きていく自律的存在であり、機械は、指令どおりのアルゴリズムで過去のデータを形式的に高速処理する他律的存在である」と説明してあるとおり、生物と機械の差は大きく、ある意味別なものであって、それを超えることは簡単ではない。

逆に、コンピュータが複雑な計算をできるようになればなるほど、プログラムの全体像をチェックすることができなくなり、そこに、特定の人の悪意が入ってくる危険性があることや、安易に機械と人間のコミュニケーションを進めると、人間の方が巧妙に操られてしまう可能性があること(それは、すでに携帯依存症によって、多くの人が、機械に合わせた浅いコミュニケーションしかできなくなってしまうような現象が起きていることからもわかります)についても詳しく書かれています。

ごく大雑把に書いてしまうと、昔の西洋世界は神を頂点とする絶対的な位階秩序に支配されており、それが崩れた20世紀前半に、理性を持つ人間による客観的で理論的な秩序(人間も機械のようなものであるという考え方)に変わったことを背景にコンピュータが生まれたために、シンギュラリティが信じられているという面が大きいようで、そういう背景を持たない日本人の技術者は概ねシンギュラリティを信じていないにもかかわらず、西洋技術を尊敬しているためにそれに追随してしまっているとのこと。そろそろ、多用な価値観を認めやすい日本人技術者こそが、文系を含めた広い見識を実につけて、人工知能の活用のためにリーダーシップを発揮する必要があることを説いているところも興味深い(日本人が果たせる役割というものがいろんな分野で増えていると言われているのに、いまだに欧米べったりだったりするのはもったいない)。

真の社会的コミュニケーションは、リアルな現在時点で行われることから、基本的に人間同士のあいだでしか成立しない。リアルな人間をつなぐこと自体は、インターネットによってある意味実現しており、それにさらにソフト面で磨きをかけ、あとは、ビッグデータや人工知能は、過去のデータにもとづく有益な専門的助言を与えることに特化していけば有用なものになるという具体的な方向性も書かれています。

うまくまとめることができませんが、インターネットで少し検索してみると、シンギュラリティについて、よく理解していないのに、雰囲気だけで(悪く言うと)浮かれたような言説ばかりが目立つ中、実際にコンピュータ開発などに長年関わってきた著者の冷静な議論にもっと多くの人が関心を持ってほしいと思いました。

人間同士の対話を活性化し、また創造活動を支援することができるIA(AI:Artificial Intelligenceではなくて、Intelligence Amplifier:知性を拡張するもの)の実例について、理論・実践の両面から行っているドミニク・チェンさんの紹介がしてあり、著書を読んでみたいと思います。


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