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ラヴェンナ(4)東ローマ帝国。国とは?その38―閑話休題(再三) [2007年03月13日(火)]

<承前>

テオデリックラヴェンナに籠もったオドアケルを包囲し、開城させた後、謀殺し、493年にイタリア王に即位しました。497年には、東ローマ帝国の皇帝Anastasius I アナスタシウス1世によってテオデリックは王位の認可を得て、Ostrogothic Kingdom 東ゴート王国の初代王Theodoric the Great 大王テオデリックとなり、ラヴェンナも東ゴート王国の首府となりました。

西ローマ帝国の話題から少しそれて、ビザンティン、当時の東ローマ帝国の状況を紹介します。

テオデリックを認めた東ローマ帝国の皇帝アナスタシウス1世は財政再建など、帝国を活性化したといわれますが、信仰ではMonophysitism 単性説に近くもありました。単性説には何種類かありましたが、キリストの人性と神性が融合したとか、吸収したとかなどと、いずれも451年のCouncil of Chalcedon カルケドン公会議で採用されたhypostatic union やdyophysiteなどとよばれる両性説、キリストは人性と神性の二つの本性を持つという立場から排除された立場です。

以前、バイロンのベニスの項で紹介したようにアルメニア教会はこれらのうち、人性と神性が融合したとするMiaphysitism 合性説をとる単性説の一つをとっています。

因みに、アナスタシウス1世の前の東ローマ帝国の皇帝はZeno ゼノンでしたが、後継者を指名せずして491年、死にました。このゼノンの皇后・Ariadne アリアドネは当時、silentiarius枢密院警護長であったFlavius Anastasiusフラヴィウス・アナスタシウスと再婚し、皇帝アナスタシウス1世にしました。

このアリアドネは東ローマ帝国の皇帝Leo I レオ1世の娘でした。474年にレオ1世が死ぬとアリアドネと夫Tarasicodissa (Trascalissaeus) タラシコデッサとの間の息子である、7歳足らずの孫のレオ2世 Leo IIが皇位につきました。しかし、レオ2世も皇位についてすぐ、死亡し、父親のタラシコデッサがゼノンとして同474年には皇位を継ぎました。このゼノンが先述の通り491年に死亡し、皇后のアリアドネが再婚、アナスタシウス1世が皇帝となったものです。

アナスタシウス1世は単性論を支持しながらも良く妻の元夫のゼノンがカルケドン公会議後の賛成派と反対派の和合を目指して定めた482年のHenotikon ヘノティコン勅令に忠実でありました。deified 神格化された最後の東ローマ皇帝であり、片目が黒、片目が青の虹彩異色症であったっといわれます。

<続く>

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バイロンの足跡をたどる記事は最初はここから開始しました。

ラヴェンナを紹介する記事は最初はここから開始しました。
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