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国立第10幼稚園とゲゲーレンセンター               [2018年06月21日(Thu)]

国立第10幼稚園とゲゲーレンセンター
                梅村浄

<国立第10幼稚園>
この3月にウランバートルに行った時、国立第10幼稚園に行きました。正式の名前は国立第10幼稚園・治療保育園と言いますが、長いので、私たちは第10幼稚園と呼んでいます。モンゴル国で唯一の国立障害児療育センターです。古い建物に、毎日、通園バスで1歳から7歳までの未就学児123人が通って来ます。ほとんどはウランバートル市内からで、遠方から来る子は10人もおりません。このうち100人以上が脳性麻痺にてんかん等の合併症を伴った子どもたちです。身の回りの世話をして、保育指導する先生、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、調理師、バスの運転士、守衛を加えると60人あまりのスタッフが、朝から夕方まで、子どもの保育をしています。
外気は-10℃だというのに、顔見知りのマネジャーMuさんは大柄な体に黄緑色の半袖カッターシャツ姿で迎えてくれました。園長室で園長も一緒に話しました。建物は古いけれど、暖房もあり、便座が壊れた水洗トイレでも、ちゃんと水が流せます。若者からベテランまで、多くのスタッフに恵まれて、育っている子ども達を、ちょっと、羨ましく感じました。
運動障害がある子どもたちの7割は普通食を食べています。麻痺が重い3割の子ども達は、うまく噛んで飲み込めません。メニューを工夫し、食べやすいように流動食、きざみ食を用意して、一口づつ、スプーンで食べさせます。毎月の体重測定結果を見せてもらいました。子ども達は通園を始めて3ヶ月後に皆、1kgから2kg太っていました。
私達も朝のお茶と昼食を園長室でご馳走になりました。朝はカーシ(セモリナ粉を煮て、牛乳、油と砂糖を加えた流動食)と果物と紅茶、昼は肉入り野菜スープに、ボーズ(小麦粉の皮に羊肉ミンチを包んだ蒸し饅頭)とパンを食べました。うーむ、これでは体重は増える一方でしょう。私達も危ない、危ない。
 ニンジンチームの理学療法士Moさんと第10幼稚園で2日間の診察、運動指導と、食事指導をしました。首が座っていない子に上を向いたまま、食べ物を流し込むと、むせて、気道に食べ物が入りこみ、肺炎になりやすいのです。座った姿勢を保って、唇を閉じて、ごっくんと飲み込ませる練習が必要です。お茶でも、食べ物でも、とろみをつけてあげると飲み込み易くなります。

<赤ちゃんのうちからリハビリ開始> 
 脳性麻痺の赤ちゃんの診察を頼まれました。生後7ヶ月の男の子は、まだ小さいので通園はしていません。お母さんとおばあちゃんが付き添って来ました。帽子を被り、大きなおくるみにしっかり包まれて、おばあちゃんの腕に抱きかかえられています。
広いリハビリ室は、理学療法士のMoさんが指導している親子と見学者があふれて、ゆっくり話ができません。個室に移動、通訳を介して診察を始めると、泣き出しました。第10幼稚園で担当している理学療法士が立ち会いました。
このお子さん以外にも、2人の子を診察して分かったことがありました。
1歳の子は毎週、ウランバートルにある健康医科大学のリハビリ外来に通って指導を受け、毎日、お母さんとお祖母さんが家で、指導されたメニューを実践しているとのことでした。モンゴルに行く前に、こども診療所で診察したウランバートル在住のお子さんは、日本で1歳過ぎに大学病院を受診して、脳性麻痺の診断を受け、定期的なリハビリを家庭で実践していました。
2015年秋までは、モンゴルの理学療法士は数が少なく、ほとんど大人を指導している状態でしたが、その後、対象を乳幼児期の子どもに広げ始めていることが、今回の診察から実感できました。
モンゴル政府は障害児の早期発見、早期療育を政策に取り上げて、積極的に進めています。JICAの特別支援教育事業(START)は試験的にウランバートル市内の一つの区で、定期的に乳幼児健康診断を行なって来ました。健康診断で見つけた障害の疑いがある子どもを集めて、月1回の親子教室を開いているのも、その政策を実現するための援助の一環でしょう。

<牛乳パック集めの旅>
子ども達の診察と指導が終わって帰る前に、マネジャーからぜひみせたいものがあるからと引き止められました。昨年11月、NPOニンジンは草の根事業がリハビリ、教育指導を行なっている2つのセンター(ゲゲーレンとサインナイズ)からサブリーダー候補を1人づつ、第10幼稚園のマネジャーであるMuさん、障害児親の会本部のマネジャー、地方の親の会のリーダーと計5人のモンゴル人を招いて、日本の障害児療育センターの見学、実習を行いました。
Muさんは東京にあるいくつかの障害児センターで、牛乳パックを使ったたくさんの障害児用の椅子を見かけました。帰国後、彼女が音頭を取って、第10幼稚園では大々的な牛乳パック集めが始まりました。通園児の両親、守衛さん、大きなレストラン、他の幼稚園、外国(ニンジンの私達が集めて持ち帰ってもらったもの)から運んだ牛乳パックを、第10幼稚園に集めました。まず、作る作品毎にチームを作り、必要な牛乳パックを集めて、1ヶ月間で作成しました。お互いに競争するあまり、完成を目指して夜遅くまで残業していたため、家族からのブーイングがあったと聞きました。色とりどりの椅子やベンチ、おまる、机、昇り降りの訓練をする階段を順番に見せてくれました。
素晴らしい!

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(2018.3.1Muさんとスタッフと牛乳パック椅子とテーブル 第10幼稚園で撮影)


昨年、12月に5人のモンゴル人招聘団が帰る時に、日本で集めた牛乳パック入りバッグをお土産にしようとした時は、荷物が増えるからと嫌がられました。自分たちで集めて、作製し活用できているんですね。Muさんが私達に見せようとウズウズしていたことが分かりました。日本で集めて、まだ手元にある250組の牛乳パックは、コンテナーに積んで船に載せ、中国からウランバートルまで列車で送ることが決まっています。モンゴル人の運送会社を紹介され、無料で送ってもらいます。ゲゲーレン、サインナイズ、2つのセンターでも新しい姿勢保持椅子ができ上がるのを待ちましょう。

<ゲゲーレンとサインナイズに理学療法士の派遣を>
私たちが支援している障害児センターの一つ、ゲゲーレンセンターの入り口に3枚の看板がかかっています。2016年9月にウランバートル市チンゲルティ区にある家庭病院の建物を借りて、壁にペンキを塗り、玄関にスロープをつけ、自分たちで内装工事をしました。費用を支弁したアメリカとヨーロッパのNGO団体、それに日本の食品会社の名前が記されています。訪問する度に、壁の青色と屋根の緑色に映えている3枚の看板をチラと見て、子ども達を支える人々のことを考えます。

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(2018.2.28 ゲゲーレンの看板 )


ちょうどこの移転に前後して、草の根事業が始まりました。それ以来、1年半、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんが力を合わせて、子どもたちを育てて来ました。当初、来ていた子どもの内、3人がグループから抜け、新しい子どもがそこに加わりました。抜けた一番多い理由は「お母さんが仕事に出て、連れて来れなくなった」というものです。私たちの通訳である看護師は、ゲルを訪問して保育をしていた経験があり、重度障害の子どもであっても、鍵をかけたゲルに置いて、仕事に出かけなければならない現実を聞かせてくれました。家庭でお母さんが、リハビリや教育ができるのは、お父さんや、その他の家族の経済力に支えられているからですね。
ゲゲーレンセンターは、全くのボランティアで活動しているリーダーの力に支えられるところが大です。
「お給料がもらえたら、かかりっきりで運営ができるんだけど」
とのつぶやきを聞かされました。給食の費用は一時期、ワールドビジョンから食材が寄付されていましたが、今は途絶えています。
区の第16ホロー家庭病院の敷地内にあります。水道はなく自分の車を動かして、水の供給所から大きなボトルに汲んできます。夏は外に出て、近所の公的施設のトイレを借りたり、隣にある家庭病院のトイレを借りることもできますが、冬の間、センター内にある形ばかりの水洗トイレを流す水にも事欠く状態です。
また、私達が渡航して指導できるのは、年に3回ですから、その間、リハビリを指導する理学療法士がいません。第10幼稚園のように、朝から夕方まで預かって保育、療育してくれる場所には、ほど遠い場所です。
それでも。。。
訪問した時に迎えてくれたある女の子は、一回り背丈が伸びて、肉付きもよくなり、以前は動き回っていたのでおばあちゃんが後ろから抑えていたのですが、今度会ったら、すっかり落ち着いて、机の前に座り、鉛筆を持ってなにやら紙に描いている姿を見て、本当に驚きました。
「ゲゲーレンがあるから、この子はこんなに成長したんですよ。本当に感謝しています」というおばあちゃんのことばに、うなずく私達です。

<労働社会保障省の事務次官との面談>
第10幼稚園には「せめて月に1回でもいいから、理学療法士を派遣して下さい」とお願いしているのですが、ウンとは言ってもらえませんでした。草の根事業のもう一つのカウンターパートである国立リハビリテーションセンターに申し入れをしましたが、「自分たちの理学療法士は産休に入って、子どものリハビリ担当者がいない。誰か居ませんか?」と返って来ることばは同じでした。
やむにやまれぬ気持ちで、知り合いのモンゴル人にメールを送りまくりました。ようやく学び続けたモンゴル語力を発揮する時が来たようです。あるルートをたぐって、4月の渡航時に労働社会保障省の事務次官との面談を実現することができました。大臣、副大臣の次に力を持っている方です。
草の根メンバーと通訳、2つのセンターのリーダーとモンゴル障害児親の会本部の代表と一緒に労働社会保障省に出かけて行きました。まだ30代の若い事務次官は、関係者の間では理論家で誠実な人柄という評判でした。

IMG_1547.JPG

(2018.4.24 事務次官との面談 労働社会保障省で撮影)

私たちの話を聞き
「モンゴルの子ども達のために力を尽くしていただいて、本当に感謝して居ます。モンゴル政府としてできるところから手をつけて行きましょう。来週中には関係する部署のスタッフを集めて、3人のモンゴル人リーダーと話をしたいと思います」
との返事をもらいました。
しかし「来週」とは随分長い時間のようです。1ヶ月経った今日まで、まだ、物事は進展して居りません。次はどんなアクションをすればいいのか、日本で策を練りつつ過ごしている今日この頃です。
もう一つのサインナイズセンター について、次の機会にお伝えすることにします。(2018.5.24)