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ルデラ20周年感謝祭 [2011年02月28日(Mon)]

北タイ・ルデラ交流ツアーから<その4>

2月8日は、いよいよ今回のメイン・イベントである「ルデラ20周年を祝う正月祭」が研修農場で開催された。



村々からは、トラックの荷台に民族衣装をまとい、楽器を抱えた人びとが大勢やってきた。雲南から来たラフの人々は中国正月のお祝いだと、さっそく踊りが始まった。その踊りの間に続々と人が集まってきた。その数、ざっと400人あまりか。



ひとしきり踊ったところで記念式典が始まった。何か催しがあるとき、クリスチャンのラフ族は、まずお祈りから始まる。教会の牧師さん、地元の行政区の区長さん、チェンライのロータリークラブなど来賓の方々のご挨拶があり、そして今日までの支援に感謝して招待状が届いてやって来た(もちろん旅費は自前)日本の人たちからの挨拶と続いた。
今回のツアー・メンバーのなかから、宮城県角田市のアジアの農民と手をつなぐ会、千葉県東金市の山武ボランティア協会、大地を守る会、そしてニンジンも。
浦和北ロータリークラブは、この場でRTF(リターン・トゥ・ザ・フォーレスト)事業の1年目の支援農家5人とルデラに対し、1年目の資金を手渡した。



ダイエーさんの恩師で、パヤオに農場を開いている谷口巳三郎先生(88歳)からもご挨拶があり、式典は無事終了した。皆さんお待ちかねの昼食会となった。今日のこの日のために農場の豚が1頭供された。おいしかったです。そしてまた踊りが続いた。炎天下でも延々と。

ラフの踊りをYouTubeで見られます!
今回、ビデオを一生懸命撮影しているラフの若者がいるなと思っていたのですが、なんとダイエーさんの甥っ子から、YouTubeに載せたと連絡が来ました。時代は変わるものです。あのリズムが、踊りがネット上で再現されるなんて。
http://www.youtube.com/watch?v=ZIpggpaqO-0&feature=mfu_in_order&list=UL
4本あります。ツアーメンバーも踊っています。
山を緑に&農民の生活向上プロジェクト [2011年02月28日(Mon)]

北タイ・ルデラ交流ツアーから<その3>

RTFとは
RTF(リターン・トゥー・ザ・フォーレスト)事業というのは、浦和北ロータリークラブがルデラをカウンターパートとして昨年から始めているプロジェクトである。

タイ北部の山岳少数民族による焼畑農業の跡の荒廃した土地に植樹して、森を復旧させるために5年間、毎年5農家に対し、お茶、コーヒー、チーク、マンゴー等の苗木を提供して植林をしてもらい、その維持管理費を出してしっかりメンテナンスをしてもらう。その一方で、植林をする農家には、子豚を提供して育成し、年間1頭につき平均して8頭の子豚が生まれるので、子豚2頭を研修農場に返してもらう。養豚をして堆肥をつくり循環型農業ができるよう生活支援するというものである。



浦和北ロータリークラブは、5年間で25軒の農家とこのプロジェクトを行い、8ヘクタールに8000本の木を300万円で植えようという計画だ。このプロジェクトを現地で進めるルデラへの指導とコーディネート役は、ニンジンの小松光一理事である。
2月7日の午後、浦和北ロータリークラブ環境保全委員長の古澤建治さん他4名は、このRTFプロジェクト1年目の支援農家5人のうちの1人パウーさんに、コーヒーの苗を植えつけた山の畑に案内してもらった。


古澤さんとパウーさん


パウーさんの話
パウーさんは、ダイエーさんと同じラフ族で、現在35歳。子どもが2人(12歳男子、8歳女子)いる。短大を卒業して3年間はチェンマイで働いた。その後台湾に出稼ぎに行き、6年間頑張ってみたが、大してお金は残らず、いつもお腹をすかせていたという。
そこで、農業をしっかりやれば、少なくともお腹いっぱいご飯が食べられると考え帰国して、親(そこそこ上農)から土地を譲り受け、水田、畑合わせて30ライ(4.8ha)を耕作してきた。今回、ダイエーさんからRTFの話を聞いて、すぐに手を挙げたという。
そのコーヒー畑は、ダイエーさんの村からかなり奥の、よくこんなところに車で上がれると思うような山の上のほうの照葉樹林のなかにあった。



急な傾斜地に一定の間隔をあけて、50〜60センチくらいのコーヒーの木の苗が並んでいる。奥さんもここまでは来ないので、ふだんはバイクで来て一人で作業をしている。20ライ(3.2ha)にコーヒーの苗を植えていた。植え付けのときは、人を頼んで作業したそうだ。


赤い実をつけているコーヒーの木


日頃から身体を動かしていない私たちは、山を登ってコーヒーの苗のところにたどり着くだけで大変だった。
このコーヒー畑に来たときにパウーさんが休憩する場所に立つと、南はウィアンパパオから、子ども寮のあるメタムまで見渡せる。それくらい山の上なのだ。
ここに来る途中で会ったアカ族の女性は、背に大きなカゴをしょって、お茶を摘んでいた。1日に40キロ収穫するという。お茶は1キロが4バーツ(≒11円)なので、1日頑張っても160バーツ(約450円)にしかならない。



また、途中にはトウモロコシが植えられていたが、これは飼料用で1キロ4バーツにしかならず、もろにグローバリゼーションの影響下にある。

森を復活しつつ、同時に山岳少数民族が循環型農業で生活していけるようにというこのRTF事業はなかなか画期的ですね。成功することを期待しましょう。
山の村で古着バザー [2011年02月21日(Mon)]

北タイ・ルデラ交流ツアーから<その2>

今回のツアーでも、参加者は日本から古着を集めてやってきました。
2月7日の朝ご飯の前に、7時半から古着のバザーを開きました。村長さんがスピーカーで村中にアナウンスしてあるので、村の人たちが早くから集まってきました。

まだ開始時間でないのに、みんなもう品定めをしています。



「では開始!」といった途端に、かなりのものが村人の手に抱えられ、あっという間に完売しました。Tシャツから、ジャケット、子供服など、バザーといっても、本当に5円とか高くても60円とかの値段です。村の人たちは、日本からの古着は丈夫で長持ちするので喜びます。ちょっとだけお店屋さんをするのって楽しいですよね。

でも、なんで寄付しないで、貧しい村人に売りつけるか。
そこなんです。ずっと以前は、持参したものを、そのときの村の世帯数に均等に分けて渡して、あとで用途やサイズなどお互いに交換してねなんてこともしていたのですが、本当に必要なもの、ほしいものを手にしてもらうためには、超格安でいいから有料にするのがいいということになったからです。

こうして、村人からゲットした小銭の山を学生たちが勘定します。今回は合計で1005バーツになりました。このお金は、ルデラのメタム子ども寮の食費の足しにと寄付してきました。
村の人たちも自分たちが渡したお金が村のために使われることを知らされているので、よけいに協力的なのでしょう。

この後、陸稲のおいしい朝ご飯をいただき、この日は村の生活を見せてもらったり、さらに奥の中国人村に行ったりしました。

夜は、前夜のダイエーさんの話に続いて、また学習会をしました。
この夜は、ツアーのメンバーで、かつてダイエーさんを受け入れた千葉県東金市の山武ボランティア協会代表の西芳秀さんと、昨年から始まった新プロジェクト・RTF(リターン・トゥー・フォーレスト)について、浦和北ロータリークラブ環境保全委員長の古澤建治さんのお話を伺いました。このプロジェクトは、焼畑で荒れた山に植林して緑の森を取り戻し、その作業をする農家には豚を配り1年間は生活支援もするというものです。



北タイ・ルデラ交流ツアーから [2011年02月10日(Thu)]

北タイ・ルデラ交流ツアーから<その1>

2月5日夕方チェンマイ空港で、ルデラ(Rural Development of LAHU)代表のダイエーさんの出迎えをうけ14人がそろいました。今回は、「アボン――小さい家」の映画監督、今泉光司さんもフィリピンから参加してビデオ撮影をしているので、ニンジン・ツアー初の映像記録が残ります。

6日は、チェンマイの郊外で象のトレッキングを体験。象は背中の椅子に二人を乗せて山の中を1時間、上りおりして最後は川の流れの中を歩いて戻りました。



午後、トラック2台でチェンライに向かい、メタムのルデラの子ども寮によってから、いよいよ山の村に上りました。途中見た山々のあちこちがはげ山状態で、ところどころ焼いた直後の黒々したところも見受けられます。



ホイナムクン村は尾根づたいの道の両側に家々があります。私たちが到着するとすぐに小さい子どもたちがやってきて、遊ぼうと学生たちの手を引っ張っていきます。夜には、ダイエーさんの話を聞く勉強会を開きました。



7日は、村に一日滞在。教会やお茶工場を見に行ったり、ダイエーさんの案内で山の中のお茶やコーヒーの木の栽培を見学しました。村は標高1500メートル近くあり、一日の間の温度差が大きいので、果樹やコーヒーには適しています。ルデラでは、こうした特長を活かして有機農業を推し進めようとしています。