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国立第10幼稚園とゲゲーレンセンター               [2018年06月21日(Thu)]

国立第10幼稚園とゲゲーレンセンター
                梅村浄

<国立第10幼稚園>
この3月にウランバートルに行った時、国立第10幼稚園に行きました。正式の名前は国立第10幼稚園・治療保育園と言いますが、長いので、私たちは第10幼稚園と呼んでいます。モンゴル国で唯一の国立障害児療育センターです。古い建物に、毎日、通園バスで1歳から7歳までの未就学児123人が通って来ます。ほとんどはウランバートル市内からで、遠方から来る子は10人もおりません。このうち100人以上が脳性麻痺にてんかん等の合併症を伴った子どもたちです。身の回りの世話をして、保育指導する先生、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、調理師、バスの運転士、守衛を加えると60人あまりのスタッフが、朝から夕方まで、子どもの保育をしています。
外気は-10℃だというのに、顔見知りのマネジャーMuさんは大柄な体に黄緑色の半袖カッターシャツ姿で迎えてくれました。園長室で園長も一緒に話しました。建物は古いけれど、暖房もあり、便座が壊れた水洗トイレでも、ちゃんと水が流せます。若者からベテランまで、多くのスタッフに恵まれて、育っている子ども達を、ちょっと、羨ましく感じました。
運動障害がある子どもたちの7割は普通食を食べています。麻痺が重い3割の子ども達は、うまく噛んで飲み込めません。メニューを工夫し、食べやすいように流動食、きざみ食を用意して、一口づつ、スプーンで食べさせます。毎月の体重測定結果を見せてもらいました。子ども達は通園を始めて3ヶ月後に皆、1kgから2kg太っていました。
私達も朝のお茶と昼食を園長室でご馳走になりました。朝はカーシ(セモリナ粉を煮て、牛乳、油と砂糖を加えた流動食)と果物と紅茶、昼は肉入り野菜スープに、ボーズ(小麦粉の皮に羊肉ミンチを包んだ蒸し饅頭)とパンを食べました。うーむ、これでは体重は増える一方でしょう。私達も危ない、危ない。
 ニンジンチームの理学療法士Moさんと第10幼稚園で2日間の診察、運動指導と、食事指導をしました。首が座っていない子に上を向いたまま、食べ物を流し込むと、むせて、気道に食べ物が入りこみ、肺炎になりやすいのです。座った姿勢を保って、唇を閉じて、ごっくんと飲み込ませる練習が必要です。お茶でも、食べ物でも、とろみをつけてあげると飲み込み易くなります。

<赤ちゃんのうちからリハビリ開始> 
 脳性麻痺の赤ちゃんの診察を頼まれました。生後7ヶ月の男の子は、まだ小さいので通園はしていません。お母さんとおばあちゃんが付き添って来ました。帽子を被り、大きなおくるみにしっかり包まれて、おばあちゃんの腕に抱きかかえられています。
広いリハビリ室は、理学療法士のMoさんが指導している親子と見学者があふれて、ゆっくり話ができません。個室に移動、通訳を介して診察を始めると、泣き出しました。第10幼稚園で担当している理学療法士が立ち会いました。
このお子さん以外にも、2人の子を診察して分かったことがありました。
1歳の子は毎週、ウランバートルにある健康医科大学のリハビリ外来に通って指導を受け、毎日、お母さんとお祖母さんが家で、指導されたメニューを実践しているとのことでした。モンゴルに行く前に、こども診療所で診察したウランバートル在住のお子さんは、日本で1歳過ぎに大学病院を受診して、脳性麻痺の診断を受け、定期的なリハビリを家庭で実践していました。
2015年秋までは、モンゴルの理学療法士は数が少なく、ほとんど大人を指導している状態でしたが、その後、対象を乳幼児期の子どもに広げ始めていることが、今回の診察から実感できました。
モンゴル政府は障害児の早期発見、早期療育を政策に取り上げて、積極的に進めています。JICAの特別支援教育事業(START)は試験的にウランバートル市内の一つの区で、定期的に乳幼児健康診断を行なって来ました。健康診断で見つけた障害の疑いがある子どもを集めて、月1回の親子教室を開いているのも、その政策を実現するための援助の一環でしょう。

<牛乳パック集めの旅>
子ども達の診察と指導が終わって帰る前に、マネジャーからぜひみせたいものがあるからと引き止められました。昨年11月、NPOニンジンは草の根事業がリハビリ、教育指導を行なっている2つのセンター(ゲゲーレンとサインナイズ)からサブリーダー候補を1人づつ、第10幼稚園のマネジャーであるMuさん、障害児親の会本部のマネジャー、地方の親の会のリーダーと計5人のモンゴル人を招いて、日本の障害児療育センターの見学、実習を行いました。
Muさんは東京にあるいくつかの障害児センターで、牛乳パックを使ったたくさんの障害児用の椅子を見かけました。帰国後、彼女が音頭を取って、第10幼稚園では大々的な牛乳パック集めが始まりました。通園児の両親、守衛さん、大きなレストラン、他の幼稚園、外国(ニンジンの私達が集めて持ち帰ってもらったもの)から運んだ牛乳パックを、第10幼稚園に集めました。まず、作る作品毎にチームを作り、必要な牛乳パックを集めて、1ヶ月間で作成しました。お互いに競争するあまり、完成を目指して夜遅くまで残業していたため、家族からのブーイングがあったと聞きました。色とりどりの椅子やベンチ、おまる、机、昇り降りの訓練をする階段を順番に見せてくれました。
素晴らしい!

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(2018.3.1Muさんとスタッフと牛乳パック椅子とテーブル 第10幼稚園で撮影)


昨年、12月に5人のモンゴル人招聘団が帰る時に、日本で集めた牛乳パック入りバッグをお土産にしようとした時は、荷物が増えるからと嫌がられました。自分たちで集めて、作製し活用できているんですね。Muさんが私達に見せようとウズウズしていたことが分かりました。日本で集めて、まだ手元にある250組の牛乳パックは、コンテナーに積んで船に載せ、中国からウランバートルまで列車で送ることが決まっています。モンゴル人の運送会社を紹介され、無料で送ってもらいます。ゲゲーレン、サインナイズ、2つのセンターでも新しい姿勢保持椅子ができ上がるのを待ちましょう。

<ゲゲーレンとサインナイズに理学療法士の派遣を>
私たちが支援している障害児センターの一つ、ゲゲーレンセンターの入り口に3枚の看板がかかっています。2016年9月にウランバートル市チンゲルティ区にある家庭病院の建物を借りて、壁にペンキを塗り、玄関にスロープをつけ、自分たちで内装工事をしました。費用を支弁したアメリカとヨーロッパのNGO団体、それに日本の食品会社の名前が記されています。訪問する度に、壁の青色と屋根の緑色に映えている3枚の看板をチラと見て、子ども達を支える人々のことを考えます。

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(2018.2.28 ゲゲーレンの看板 )


ちょうどこの移転に前後して、草の根事業が始まりました。それ以来、1年半、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんが力を合わせて、子どもたちを育てて来ました。当初、来ていた子どもの内、3人がグループから抜け、新しい子どもがそこに加わりました。抜けた一番多い理由は「お母さんが仕事に出て、連れて来れなくなった」というものです。私たちの通訳である看護師は、ゲルを訪問して保育をしていた経験があり、重度障害の子どもであっても、鍵をかけたゲルに置いて、仕事に出かけなければならない現実を聞かせてくれました。家庭でお母さんが、リハビリや教育ができるのは、お父さんや、その他の家族の経済力に支えられているからですね。
ゲゲーレンセンターは、全くのボランティアで活動しているリーダーの力に支えられるところが大です。
「お給料がもらえたら、かかりっきりで運営ができるんだけど」
とのつぶやきを聞かされました。給食の費用は一時期、ワールドビジョンから食材が寄付されていましたが、今は途絶えています。
区の第16ホロー家庭病院の敷地内にあります。水道はなく自分の車を動かして、水の供給所から大きなボトルに汲んできます。夏は外に出て、近所の公的施設のトイレを借りたり、隣にある家庭病院のトイレを借りることもできますが、冬の間、センター内にある形ばかりの水洗トイレを流す水にも事欠く状態です。
また、私達が渡航して指導できるのは、年に3回ですから、その間、リハビリを指導する理学療法士がいません。第10幼稚園のように、朝から夕方まで預かって保育、療育してくれる場所には、ほど遠い場所です。
それでも。。。
訪問した時に迎えてくれたある女の子は、一回り背丈が伸びて、肉付きもよくなり、以前は動き回っていたのでおばあちゃんが後ろから抑えていたのですが、今度会ったら、すっかり落ち着いて、机の前に座り、鉛筆を持ってなにやら紙に描いている姿を見て、本当に驚きました。
「ゲゲーレンがあるから、この子はこんなに成長したんですよ。本当に感謝しています」というおばあちゃんのことばに、うなずく私達です。

<労働社会保障省の事務次官との面談>
第10幼稚園には「せめて月に1回でもいいから、理学療法士を派遣して下さい」とお願いしているのですが、ウンとは言ってもらえませんでした。草の根事業のもう一つのカウンターパートである国立リハビリテーションセンターに申し入れをしましたが、「自分たちの理学療法士は産休に入って、子どものリハビリ担当者がいない。誰か居ませんか?」と返って来ることばは同じでした。
やむにやまれぬ気持ちで、知り合いのモンゴル人にメールを送りまくりました。ようやく学び続けたモンゴル語力を発揮する時が来たようです。あるルートをたぐって、4月の渡航時に労働社会保障省の事務次官との面談を実現することができました。大臣、副大臣の次に力を持っている方です。
草の根メンバーと通訳、2つのセンターのリーダーとモンゴル障害児親の会本部の代表と一緒に労働社会保障省に出かけて行きました。まだ30代の若い事務次官は、関係者の間では理論家で誠実な人柄という評判でした。

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(2018.4.24 事務次官との面談 労働社会保障省で撮影)

私たちの話を聞き
「モンゴルの子ども達のために力を尽くしていただいて、本当に感謝して居ます。モンゴル政府としてできるところから手をつけて行きましょう。来週中には関係する部署のスタッフを集めて、3人のモンゴル人リーダーと話をしたいと思います」
との返事をもらいました。
しかし「来週」とは随分長い時間のようです。1ヶ月経った今日まで、まだ、物事は進展して居りません。次はどんなアクションをすればいいのか、日本で策を練りつつ過ごしている今日この頃です。
もう一つのサインナイズセンター について、次の機会にお伝えすることにします。(2018.5.24)
沖縄の高校生がゲゲーレンセンターで交流 [2017年08月14日(Mon)]

沖縄県とJICA沖縄が行っている「おきなわ国際協力人材育成事業」(今年度5年目)で、受託したJOCA沖縄が13名の沖縄の高校生をモンゴルへ派遣し、8月4日にウランバートルでニンジンの活動現場を訪問しました。草の根チームのリーダー梅村先生からの報告です。

沖縄の高校生とゲゲーレンセンターの子どもたちが交流

昨年の9月からNPOニンジンは、JICA草の根事業を引き受けて、ウランバートル市内にある2つの障害児センターの子ども達に、リハビリと教育の指導を行なっています。
 その1つであるゲゲーレンセンターに、沖縄の高校生が訪問するというので、夏休みをモンゴルで過ごしていた私は、8月4日にゲゲーレンセンターを訪れました。13人のうち、男子は3人のみ、女子高校生が多いグループでした。
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 センター長の挨拶に続いて、草の根事業の説明を行った後、高校生から沖縄文化の説明がありました。全員が分担して模造紙に描いた絵を見せて、歴史では沖縄戦の現実を語り、観光案内、食べ物と続き、黒糖を子ども達にふるまってくれました。
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 ゲゲーレンの子ども達が、ちょっと恥ずかしそうに起立して歌を歌った後、全員で表に出て、カチャーシーを踊りました。
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三々五々、そう広くはない前庭で高校生と子ども達の交流が繰り広げられ、最後に子ども達から、紙工作のプレゼントが贈られました。
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 草の根事業ではなかなか、日本文化を紹介する時間がとれなかったので、高校生の活動に感謝、感謝の午後となりました。(2017.8.14)梅村浄

草の根チーム第3回渡航報告(2) [2017年08月14日(Mon)]

第3回渡航報告(2)教育活動報告

この草の根事業の教育活動は、3年間で以下のような教育指導を目的としています。
(1)学校へ行っていない子どもに対して
・学習をとおして知らなかったことを知る楽しさ、喜びを味わい、学習したいという気持ちになるよう教材・教具を工夫すると共に、学校へ通学するように助言する。
(2)学校へ行っている子どもに対して
・学校で学習したことを定着させ、子どもたちが学びたいことを増やし、伸長できるように自学自習の方法教える。

*今回教育担当(野口/6月19日〜25日)は、
ゲゲーレン(チンゲルティ区)とサインナイズ(バヤンズルフ区)の2箇所のセンターで、それぞれ3日間の教育活動を行いました。
モンゴルはこの時期すでに学校は休みに入っていて、集まる子どもの数が少なかったのが残念でした。

教育セミナー
6月20日 ゲゲーレン教育活動の中で90分開催
「大学卒業から現在まで、障害児・者と共に」というテーマで話す。

6_education_Seminar.jpg

写真は重度重複の視覚障害児の授業で使った教材を提示しているところ。

教育指導
各センターに来た児童・生徒・特別支援学校卒業生に指導。
どの子どももとても熱心に学習しました。


(2017,8,15 教育担当 野口陽子)
草の根チーム第3回渡航報告(1) [2017年08月14日(Mon)]

第3回渡航報告(1)療育活動
 
*療育担当(諸石/6月19日〜30日)教育担当(野口/6月19日〜25日))の2名で実施してきたことを、2回に渡り報告します。
 
障がい児の保育に取り組むゲゲーレン(チンゲルティ区)とサインナイズ(バヤンズルフ区)の2箇所のセンターで、それぞれ3日間の療育活動(実習生の実習4日間)を行いました。

⑴体操(ゲゲーレン);Aグループ(首の座りやお座りがまだの子ども達)
6種類の体操を親子4組で取り組んでいる様子です。

1_taiso_gegeeren.jpg

・体操が、「首の座りや呼吸を促し、関節が硬くならない予防になる」ことを伝えたり、
・間違ったやり方を修正する機会になりました。

⑵おもちゃを「見る」ことを練習する個別指導(ゲゲーレン)
5月の「スカイプ」で初回相談から、6月の初回評価指導を始めた5歳の脳性麻痺児です。
すでにグループ体操活動に参加し、熱心に家庭でも取り組んで、「頭を起こすようになった」と、嬉しそうな母親の報告を受けました。

2_toy_gegeeren.jpg

・異常反射の影響が強く、今までおもちゃを見る遊びが困難だったことから、「姿勢の工夫」を伝える機会になり、スカイプでは限界があることを、現場指導で可能にする効果を感じました。

⑶腰掛け座りで足で体重を支える個別指導(サインナイズ)
母親は、センターのリーダー役で忙しく、今まで指導時間が不足していて、3回目にようやく十分な機会を持てました。

3_individual_sainnaiz.jpg

・大腿が開くようにストレッチしたり、足底に体重を載せる時間をピーナツバルーンで楽しく親子で取り組めています。

⑷療育者養成セミナー(デモンストレーション)
6月28日 モンゴル・日本センターで2回目のセミナーを6時間/21名の受講者で開催
「姿勢編ガイドブック」の使い方を、デモンストレーションで示しました。

4_seminar_demo1.jpg

No1;首がまだ完全に座っていない4歳の脳性麻痺児の適切な抱き起こし方を母に伝え、

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No2;適切な抱きかたをしたら、首の座りが促されることを母親に伝えているところです。

(2017,8,8  療育担当 PT諸石真理子)

もみの木園からモンゴルの子どもたちへ [2017年07月03日(Mon)]

草の根チームの梅村リーダーが、西東京市内で活動をしている「子どもの広場」というグループの通信に書いた原稿です。もみの木園の尾上園長さんを通じて、子どもたち全員から、原稿とインターネット上の写真掲載許可をいただいて掲載します。「子どもの広場」は元保育士さんが自宅を開放してつくってこられてきた、乳幼児から学童、家族が交流する場です。
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もみの木園からモンゴルの子どもたちへ
                    梅村浄

 モンゴルで障害をもっている子どもたちの家族に、セミナーを開く機会を与えられました。セミナーは3月末にあります。テーマは障害をもっている子どもの保育と決めました。日本での実践を伝えるには、話よりも映像がいい、と既製のDVDを探しましたが、見つかりません。
 「自分で作るしかない」と作成を思い立ったのは、2月始めでした。J君とご家族、もみの木園が頭に浮かびました。もみの木園は横浜市で20年前から青空保育を行っている無認可の幼稚園です。J君はこども診療所にことばの相談に来ていました。いつもご両親と園長先生、時にはお姉さんがついて来ました。
 もみの木園には特別な保育はありません。いろいろな子どもを(障害をもっている子どもも、そうでない子どもも)一緒に育てていこうという気持ちと工夫さえあれば、誰にでもできる保育の形だから、モンゴルでもお手本になれるのではないかと、考えました。長い冬には-30℃になるので、無理ですが。
 古くからの知人が撮影と編集を引受けてくれました。撮影日は2月15日の一日だけです。カメラと三脚を持ち、二人で電車に乗ってゴトゴトと横浜まで行きました。
 J君は、今年、近くの小学校の3年生です。もみの木園に通っていた幼児期は撮ることができません。園長さんと両親のインタビューで当時を振り返り、もみの木園を卒園した小学生が、週1回放課後集まる、もみの木クラブの活動を撮影しました。

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(もみの木園尾上陽子撮影 2017年6月)


<もみの木園の始まり>
 20年前に団地内にあった幼稚園が閉園することになりました。ほとんどの子どもたちは転園しましたが、障害をもっている3人の子どもは行く先が見つかりません。
 7人の子どもとお母さんが集まって、青空保育を始めました。園長は当時その幼稚園に務めていたO先生。今も皆に「ようちゃん」と呼ばれて頼りにされています。場所は横浜市の舞岡公園。
 ここは里山で、アップダウンのある山道を、晴れた日は帽子を被って、雨の日はカッパを着て、お弁当と水筒、着替えを入れたリュックを背負って、子どもたちは歩きました。カリキュラムはありません。道で出会うカラスや、ミミズ、蝉、象の形をした「ぞうのき」、丘に咲いているタンポポと触れ合いながら子どもたちは育ちます。
 目がよく見えない男の子もいました。二年間共に幼稚園で過ごした他の子どもたちは彼の動きをよくわかっていて、手をつないで山を登り下りしました。20年前の記念碑的写真に加えて、もみの木園の子どもたちが、舞岡公園にある田んぼを借りて、田植えをしている様子、木登りをしている沢山の写真を送ってもらいました。

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(もみの木園尾上陽子撮影 2014年3月)


<運動会のバンブーダンス>
 1本だけ、4歳の運動会の映像がありました。J君のおじいちゃんが作ったものです。緑の草原を群れなして走る子どもたちの映像にリズム感のある音楽がそえられています。お母さん達と手を取り合ってダンスする姿の後、子どもたちは次々に、数人の小学生が手と脚で身体を支えて作ったトンネルを這いながら抜けて、今度はうつ伏せに寝ている数人の大人の背中を踏み越えて、地面に着地します。「ハイ、ポーズ!」J君は園長さんに手を握って、支えてもらいました。
 そしてこの運動会のハイライトであるバンブーダンス。園長の回想がダンスの映像にかぶります。
「バンブーダンスってありますね。子どもたちは二本の竹の棒を、右、左とまたいで踊ります。4歳の最初の運動会の時、J君は竹をまたぐことができず、ぴょんぴょん棒の間で飛び跳ねるだけでした。次の年は遅いスピードで動かせば、棒をまたげるようになりました。」
「運動会当日、J君の所だけゆっくりした調子でバンブーダンスが始まりました。そのうち、全部のグループがそのペースにあわせて、竹の棒を動かし始めたのです。ほんとうに私たちはビックリしました」
 スクリーンに写っているのは、4歳時の映像ですが、話を聞きながら、観ている者はその場面を、ありありと感じることができました。
 この他にもたくさんの写真がありました。リュックのチャックを開け閉めするのが苦手だったJ君のために、お母さんがチャックにつけた太い紐。手づかみで食べていた当時、食具を使うきっかけとなった皆で作った竹箸など。

<モンゴルでの上映会>
 3月30日にホテルのホールを借り切ってセミナーを行いました。50人余りの家族が集まりました。23分間の日本語の映像を、所々で止めながら、通訳がモンゴル語で内容を伝えました。
 終わってから、あるお祖母さんから発言がありました。
「こんなものを観ても何の役にも立たない」
「孫が少しでもよくなる方法が知りたかった。時間の無駄だ」
 この発言が、最初にあったので驚きましたが、家族の日本から来た専門家への期待を物語っているとも思いました。
 子どもが小さい時には、家族は治す方法を求めます。ウランバートルにある国立母子健康センターでは、脳性麻痺児に対して鍼灸を行う、脊髄腔に定期的に注射をするなどの方法で、治療しています。以前、南ゴビの障害児センターを訪問した時には、アメリカから寄贈された高圧酸素療法で麻痺の改善を目指している話を聞きました。「治らないと分かった時、どうするのですか?」と尋ねた時、親は子どもを「捨てるのです」という答えを聞いたことがあります。医師から「これ以上することはありません」と言われて、近隣の幼稚園も学校も、障害のある子どもたちを受け入れる体制がなければ、家族はなす術がありません。それが「捨てる」の意味だと解釈しました。
 回復が望めないと分かった時、2つの道があります。
 ヨーロッパで学んで来たある医師は個人クリニックを開業して、数年前からリハビリテーションを始めました。子ども自身の機能を伸ばし、車椅子や補装具を使って、日常生活に適応させる方法です。
 もう1つはもみの木園に答えがあります。もみの木園では、できないことがあったら、周りの子どもや大人が寄り添って歩く、リュックに紐をつけるなどの工夫をして、共に活動できる方法を編み出してきました。どの子も自然と関わりながら力を発揮して、半日を共に過ごします。

 J君の場合はどうだったでしょうか?
家庭の延長のようにのびのびと育って来たもみの木園を出て、J君は一年生から六年生まで多勢子どもたちが居る小学校に入学しました。
「これじゃあいけないぞ」
「しゃべらないとわかってもらえない」
と思ったらしいと、お父さん。
 J君は一年前から、横浜市にある療育センターで、土曜日の午後、言語聴覚士の先生とことばの勉強を始めました。これはリハビリテーションの道とも言えます。
 撮影日、学校から帰ってきたJ君は「こんにちは」と、私たちに挨拶し、給食の献立をポツポツとお母さんに答えました。この時期のタイミングよい指導が、J君がことばを話し始める助けになったようです。

もちろん、会場からは辛口のコメントだけでは、ありませんでした。参加者からのアンケートを翻訳したものを見ると、
●プロジェクトに関係ない人にも必要なセミナーでした。
●初めてセミナーに参加して、とても気に入りました。
●障がい児を持ってないお母さんに見せても、すごく反応が変わると思う。障がい児が怖いと思っている一般の人たちの意識も変わると思う。一般の子どもに見せても、障がい児と共に学び暮らすことを経験させることを理解させることができる。
●ビデオの下に訳してサブタイトルを付けて、母親たちに見せたい。
●子どもはそれぞれ特徴がある。私たちは、効果がでるようにすごく急いでいる。それが問題です。例えば、J君の幼稚園の先生がJ君に合わせて対応しているのが、とてもよい。
など、多くの家族は、前向きにとらえてみてくれたことがわかります。

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(ニンジン梅村浄撮影 2017年6月)

<ゲゲーレンとサインナイズへの手紙>
 6月に草の根チームが渡航する時に、もみの木園からの手紙を届けてもらうことにしました。小学生がモンゴル語で書いた挨拶のカードを作成し、他の子たちは絵や折り紙を作成して、園長の挨拶文と共にゲゲーレンとサインナイズに届けてもらいました。
 今、子どもたちはモンゴルからの手紙が返って来るのを心待ちにしています。(2017.6.23)
草の根チーム第2回渡航報告A 療育だより [2017年05月22日(Mon)]

療育だより
PT諸石、OT堤

1)家族への療育指導とホームプログラム
去年の9月から半年ぶりに12人を再評価しました。ホームプログラムを熱心に取り組んできた親子は、お子さんの成長に良い変化(例;踵をつけて歩けるようになっている。)が見られています。家庭の事情から、3名退出がありましたが、新たに加わっているお子さんもあり、新しく8名評価しました。

2017,3 オヤンガさん.JPG


2)グループ体操と運動遊び
チンゲルティ区はゲゲーレンへ、バヤンズルフ区はサインナイズへ毎週集まって、2チームに分かれて体操や運動遊びのプログラムを楽しみます。
4月からは、第二次チーム編成をして、ゲゲーレンは14名、サインナイズは11名です。

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3)姿勢保持具ワークショップ
緊張で両足が重なって突っ張ったり、食事介助の時、頭が後ろに反りすぎないように、クッションで対応したり、牛乳パック椅子で腰掛けられるように工夫する姿勢保持具です。
保護者が作り方を覚えたら、家庭に取り入れて、子育てがやり易く、お子さんも腰掛けて遊ぶ時間ができる事を目指します。

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4)療育者養成セミナー&家庭医・看護師セミナー;第1回目実施しました。
 療育者養成セミナーは、PT/OT/ST/教師&聴講生と多くの障害児に関係する仕事の職種が対象です。障害児の子育て者(→子育てをする保護者)に専門的な指導ができることを目指しています。また、専門技術の実力をつけるため実習を始め、2箇所の療育センターに3日間で8人の実習生が来ました。
 
草の根チーム第2回渡航報告 [2017年05月18日(Thu)]

草の根チーム第2回渡航報告

「勉強するって楽しいねえ」

「勉強するってすてきだね」


渡航メンバーと渡航期間:
     梅村医師、諸石PT(2017年3月20日〜31日)
     堤OT(2017年3月19日〜4月1日)
     野口教員(2017年3月27日〜4月5日)
活動内容:
⑴ 親達があつまって立ち上げたゲゲーレンセンター、サインナイズセンターを訪問した。9月渡航時に「果たして冬の間センターを開けるのか」心配していたが、それぞれ冬期暖房問題を乗り切り、毎週センターに集まって活動を続けてきた。チンゲルティ区から暖房費の支給があるゲゲーレンでは、ワールドビジョンから半年間食材寄付があり、厨房で昼食を作っていた。

⑵ 9月渡航時に家庭療育の方法を指導した10組の親子のうち、熱心にリハビリに取り組んだ家庭では子どもの運動機能の改善が見られた。各センターに親子が集まって行うA(自立歩行が可能な軽い運動障害の子)、B(まだ歩行してない子)グループの集団体操が定着してきている。

⑶ 算数の計算力が伸びた子どももあった。学習プリントが子どもの学びたい意欲を引き出していることが伝わって来た。
 教員の野口さんは学校での仕事があり、春休みに入ってから渡航し、先発チームが帰国後も残って指導を続けたが、ゲゲーレンでは新しく参加した10歳女子とたくさん算数の勉強をしたそうだ。1年生に入学後、しばらくして学校を中断していた。すでに4年生の年齢になっている。
 物を数えて数字と一致させる、次に一桁の足し算、答えがあうと赤ペンでマルをつけて、全部あうとハナ丸をもらえる。「勉強って楽しいねえ」「勉強ってすてきだね」
 帰国した野口さんから「日本でこんなこと言う子はいないよ」と、笑顔で報告があった。
 この子を含めて、就学についての相談が数件あった。

⑷ 前回草の根チームが80冊寄付した絵本の読みきかせ活動は、当初、現地補助員の通訳が定期的に行っていたが、子ども達が絵本に興味を示して喜んで読んでもらっている姿を見て、現在は家族が集まって毎週、定期的に行っている。目を本にくっつけんばかりにして読みいっている男の子の写真など、両グループのメンバーが参加しているニンジン草の根のFacebookには、読みきかせの写真がたくさんアップされている。

⑸ 辞めた子どももあり、新しく参加した子どももあった。ゲゲーレンの数人の女子と絵を描いたり、文字を書いたりする時間をもった。センターで共に活動したいと願う子どもたちの気持ちが伝わって来た。後日、両センターのリーダーが親の会本部とともに、子どもたちの日常的な教育、文化活動プログラムについて話し合いをもったと連絡があった。
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⑹ 週に1回ゲゲーレンに来てリハビリ指導を行っているPTに、草の根チームの指導場面に参加してもらった。次回からこのPTに療育者育成セミナーへの参加を依頼した。このセミナーは療育者が家庭療育方法を家族に指導出来るようになることを目指して、3年間で7回実施する予定。

⑺ サインナイズでは今のところ定期的なリハビリの指導がない。第10幼稚園と話合ったところ、夏休み中にPTが訪問、9月からは外来診察が可能との返事があった。複数の第10幼稚園PTが療育者養成セミナーに出席しており、次回から、両グループで行う実習を希望している。
 療育者セミナーで修得した方法を身につけた専門家が増えて、3年後には両センターの子どもの指導を行えるようになる糸口が、これで少し見えて来た。

⑻ 家庭医との連携はサインナイズでは2016年8月に70人の子ども達が健康診断(尿、血液、エコー)を受けた。年に2回春と秋に実施している。
 年に1回、障害手当のための障害児認定診査があり、その時期に家庭病院から電話でサインナイズに問い合わせがあるが、障害児の子育てを巡って、家庭医と家族のやりとりはまだ、不十分な現状である。

⑼ 3つのセミナーを行った。
 療育者養成セミナーと家庭医•看護師セミナーは公的に認可を受けたので、参加者は公務として参加し、保健省が認める単位を取得できることとなった。
療育者養成セミナー参加者26人
家庭医•看護師セミナー参加者28人
親の会セミナー参加者 57人
 家庭医•看護師セミナーは第一次医療期間である家庭病院のスタッフに障害についての幅広い知識を紹介し、専門医との連携をとって療育の一端を担ってもらう狙いでPT、OT、医師からの講義を行う。今回は医師から「母子手帳の活用方法」について講義後、2センターと親の会から障害児の現状について報告、PTの講義も行った。
 参加していた障害児親の会のメンバーから「家庭医は母子手帳に何も書いてくれない」と発言があった途端に会場は急にざわめきたち、医師側から「私たちはちゃんと書いている」との反論があり、活発なやり取りがあった。親と家庭医が互いに話合っていく機会を逃さず、日常的なサポ―ト体制に結びつけて行きたいと考えている。
 親の会セミナーは医師、OTが、家族に障害児を育てるために役立つ知識や日本での実践を紹介する目的で行うもので、今回は障害児保育の映像「もみの木園とじょういくん」を上映した。
 3つのセミナーともに、アンケートでは概ね良い評価が得られた。セミナーが終わってから活発に質疑応答、意見交換があった。
 療育者養成セミナーの参加者は、いずれかのセンターで実習することになっている。今回は急な募集であったが、数人が実習に参加した。
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⑽ 以下の組織を訪問して、草の根プロジェクトについて話合った。
  親の会    
  JICAモンゴル事務所 
  労働社会保障省    
  国立リハビリテーションセンター 
  第10幼稚園•治療保育園 
  健康医科大学看護学部学長 
  START          
自立生活センター  
   
⑾ 次回は6月18日から30日まで野口さんと、諸石さんが渡航する予定。
  5月20日に現地とスカイプを実施する。(2017.5.8 梅村)

  


     
草の根グループ活動報告 (2016年10月から2017年2月) [2017年03月16日(Thu)]

〇プロジェクトマネジャー 梅村浄
 
 ニンジン草の根チームのプロジェクトでは、モンゴルのサインナイズ、ゲゲーレンという2つの療育グループを支援しています。草の根チームは9月の渡航後、月に1回、2グループとスカイプ会議をして来ました。11月12日、12月17日、1月28日です。お母さん達と2グループのリーダーに加えて、子ども達も参加しています。元気な顔をみて、お互いの声を聞くことができるので、皆、喜んでいます。

 この冬、夜は−40度にも冷え込み、大気汚染が苛酷な中、2人の子どもと1人の大人が入院したそうですが、昨年の「冬期暖房が無い」という問題は解決したようです。
 サインナイズは今冬、教会からお金が出てブレーカーのアンペア数を上げたため、普段活動していた建物の全体に暖房ができるようになりました。ただし、それでも建物内は寒かったようで、スカイプ会議ではいつも大きなストーブの入った、より暖かいゲルに集まっている親子と会います。ゲゲーレンはチンゲルティ区から石炭費用と石炭夫の費用が出るようになり、月曜日から金曜日まで活動しています。昨年冬はどちらも冬期活動停止していたことから考えると、お父さんお母さん、おばあさん達の交渉力は凄いなと思います。

9月から現在までに以下のような出来事がありました。

・療育に参加している脳性麻痺の親子は家庭でのホームプログラムに加えて、定期的に集まってグループ体操をしています。2月からゲゲーレンには、毎週1回家庭病院からPTが来て指導をするようになりました。

・教育担当者は、算数の問題プリントを、日本からモンゴルに行く人に持って行ってもらったり航空便で送ったりしていたのですが、渡したプリントは「もうやっちゃったよ」ということでした。

・9月からの新学期に担任が代わり、学校に行けなくなった中学生の相談がありました。学校に手紙を書いて欲しいと言う依頼でした。祖母さんとグループのリーダーが学校と話し合い、週に3日間は学校へ、2日間はゲゲーレンで学ぶことになり、解決しました。

・ニンジンから50冊の絵本を寄付しました。現地駐在員のチメゲーさんが定期的に行って読みきかせをしていましたが、新年のプレゼントに更に15冊を持って行ってもらいました。子ども達が喜ぶ姿を見て、お母さん達は読みきかせの力に気づき、定期的に集まって読みきかせを始めました。本を持ち帰って家庭でも読み出したそうです。

さて、今後の予定としては、まず次回の渡航準備です。

 2回目渡航をゴールデンウィークから3月20日から4月5日へと前倒ししました。3つのセミナーを今後7回の渡航時に実施するために、現地と調整を始めました。
 家族が我が子の療育に取り組み始めたところで、療育関係者育成セミナーと家庭医セミナーを行ない、専門家に知識と技術を届けます。また、親たちに向けた保健•教育セミナーは、医師、作業療法士、教師とともに子育てについて話しあう企画です。

〇療育担当より 諸石真理子

 去年9月第一回め渡航において、2箇所の療育グループで、「個別ホームプログラム」と、「グループ体操&運動遊び」が療育活動として始められるよう、取り組みました。 療育グループ10組の親子です。それぞれ、3日間の中で、お子さんの課題をお母さんに説明し、ホームプログラムのやり方を伝えました。
 又、グループ活動内容を実演指導し、定期的に集まって継続実行するよう、グループリーダーに託しました。
 家庭でお母さんが取り組む「ホームプログラム」もグループとして集まって取り組む「グループ体操」もお母さんたちは初めてでした。
 しかし、そのやり方を伝える時間は一人20分と、少なく、グループ体操の実演も一回しか時間が取れなかったため、渡航後、お母さんが家庭で独りで実行できるか、又グループ活動が順調に遂行されるか、案じていました。
しかし、毎月の「療育活動報告」で、「ホームプログラム」の実行率が平均7割ということで、これにはとても驚いています。お母さんの「一生懸命取り組もうとする気持ちと姿勢」がスカイプで伝わってくるようです。
 療育グループの10名の子ども達の運動障害のレベルは様々なため、レベルを二つのチームに分けて、11月からチームの内容やテーマを一緒に楽しむことで、「体の取り組み」が行われるようにしています
 第2回目の渡航が間近になってきました。1回目の反省を踏まえ、グループリーダーや保護者との意見交換の時間を必ず作って、チーム主体のグループ活動に成長するよう、又、モンゴルの生活に寄り添う「ホームプログラム」の取り組み、になるよう準備しています。
  
〇経理担当より 鈴木茂

 ふりかえれば、諸石PT、梅村Drの「モンゴルの障害児に日本の療育の提供を」との思いからスタートした事業でした。
 日本の療育を根付かせたいのに支援のお金は助成金を頂いてもかなりの部分が自分持ち、これがこれまでのニンジンのスタイルでした。そこに、足立ニンジン前理事長の知恵が重なって、JICAへの申請に繋がりました。
 しかし、採択されれば3年間で3千万円の委託費が来るはずでしたが、手続きの過程で1千万円が限度ということに変わってしまいました。こんな額で本当にできるのか心配でしたが、どうせボランティアでやってきて、委託費が出なければこれまでと同じく個人の持ち出しで進めるのだから、いくらでも出るだけありがたいと頭を切り替えて申請したところ、採択されたのでした。
 幸運だったのは、ヒシゲーさんから紹介していただいたチメゲーさんとオユンゲレルさんの二人の通訳、そして現地在住者としてかかわってくれることとなった堤OTが、いずれも専門性の高い人だったことです。
 3千万円が出ていれば、必要な人材は募集して送り込むことができたでしょう。しかし1千万円では、メンバーの渡航費用にも事欠くありさまで、事実、サービス提供には直接かかわらない私の今後の渡航旅費までは捻出できません。梅村リーダーも全8回の渡航のうち、半分の4回しか行くことができません。
 この状況で、編集者、看護師、社会福祉士、精神保健福祉士という専門性を持った方々を採用できたことは、この上ない幸運でした。
野口特別支援教育教員の教育支援と相まって、全人的支援として展開できることとなりました。
 また、ニンジンとして関係を作ってきた障がい者保護者の会のセレンゲ会長や国立リハビリテーションセンター、第十治療保育幼稚園などともスムーズに連携できたことは、JICAの信用を得るうえでも計画を作る上でも、お金に代えがたい財産でした。
 こうして、ラッキーなスタートが切れたものの、堤さんの帰国、スカイプ会議の開始などの予定変更のほか、チメゲーさんの離脱の危機などもありました。
 いよいよ2回目の渡航であり、各種セミナーを順調に立ち上げられるのか、大きな山場となります。これからも事情の変更は重なるでしょうが、みんなの団結で乗り切っていきましょう。