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ラテン日系留学生

私たちは中南米で生まれ育った日系人です。
現在、日本財団から奨学金をいただき、それぞれの夢の実現のために日本で猛勉強中です。
「中南米日系人から見た日本」をテーマに、28人のラテン日系留学生が毎週記事を掲載します。乞うご期待!


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念願の富士山へ [2008年08月29日(金)]


「そんなに日本にいるなら、もう富士山のぼったよね!?」
母国の友達と話していると、良くこのような質問をされる。

基本的に体を動かすのが好きではないが、
せっかくだから学生のうちにと先日、富士山の頂上を目指すことにする。

最近の悪天候も有り、周囲からは心配の声が沢山ある中、
しかし今年は皇太子様も富士山に登られているので、
きっと良い年なのだと思い、やっぱり行くことにする。

初心者同士、ガイド付きのツアーに申し込み
朝6:10分に出発。
11:30に五合目を出発したのは良いものの、
違ったグループに着いていっていると気づく。



運良く、休憩場で自分のグループとおち合うことはできたが、
みっちり叱られ、先々不安。。。その後ははぐれない様に必死についていく。
8歳の女の子が頑張っている姿に負けじと登っていく。

7時間かけ、本八合目の山小屋へ到着。
翌朝2時の出発まで、食事を済ませ仮眠をとろうとするが、
身動きが取れない状態での就寝+隣の人のイビキ、酸素不足で
寝られたものではなかった。



寝るのが三食よりも好きな私だが、
始めて夜がこんなに長く、つらいものだと経験した。
熟睡は出来なくとも、体を休めることはできたのは良かった。

翌朝、満天の星空の元、ー3度の寒さに凍えながら2時間半
頂上に到着。日の出まではまだまだ時間がある、売店で温かい飲み物を求める。
値段に目が飛び出るが、寒さにはかなわない。

寒さと疲れのため、ご来光なんて。。。
と思っていたが、目の前にすると達成感で感激。
何かを成し遂げたかった思いが込みあふれる。



下山するための体力を温存すべく、
お鉢周りはあきらめるが火口も見れて大満足。
登山の怪我の9割は下山の時に起こるというガイドさんの
言葉を思い出し、慎重におりて行く。



行きに9時間半、帰りは3時間。
明らかに脚の疲れはひどくなり、フラフラ。
帰りの温泉が疲れた身体に染み渡る。

今、まだ筋肉痛のため不自然な歩き方をしているが、
“終わりよければすべて良し”、満足感のみ残っている。

次回はお鉢周りにトライしたい。

ウエスギユキ
1期性
パラグアイ国
300年受け続けられた大牟田祭り [2008年08月26日(火)]
最近涼しい日が続きますね

今年の夏は色々な関係で九州にいる祖父母の家で過ごしています。

母が小さい頃に行っていたという「大蛇山まつり」に行って来ました。
大蛇山まつりとは300年以上前から大牟田市三池地区に伝わる夏祭りです。
カラフルな大蛇は、祭りが始まる数ヶ月前から地元の人達の手作業で作られるそうです。

大蛇の頭・尾を左右にふりながら、広い道路を大きな大蛇山が太鼓や笛の音で前進します。目の前で口から花火や煙が出ていて、大蛇が火をふいているように見え、かなりの迫力でした。

初めて聞くメロディーなのに懐かしく、パラグアイのイグアス移住地の夏祭りを思い出しました。部活で毎年屋台を開いていたので懐かしさに浸ってしまいました。

さらに、子どもを大きく開いた大蛇の口の中にいれる“かませ”という儀式も見ました。
親に抱っこされながらも、大蛇の口の中へ
ワーワーないている子ども達は
何をされているのか分からず、とっても怖いんだろうな
このかませをうすると子どもたちは病気にかからなく、健康でいられるという意味があるらしいです。



また田舎ならではというのか、家から少し離れたところにこんなのがあります




私のおばあちゃんも、ここのお得意様です。近所の人が作って、無農薬で新鮮な物を安心して食べられる田舎ならではのこと。当たり前のようだけど、暖かく感じます。



さらに!!大牟田といえば日本のカルタ発祥の地らしいですょ。
新しい土地に行くと、毎回新しい発見があります
同じ国でも土地が変われば、伝統や習慣の違いがあり、とても興味深いです。

夏休み期間、九州にいることを暖かく受け入れてくれた、祖父母に心から感謝しています。

吉田香
パラグアイ 3期生



実習?自慢? [2008年08月25日(月)]
 早くも大学3年生になったので高校へ教えに行くことになりました。今回の実習は基礎実習っていうものなので3時間だけ担当する学生もいますが、

        私は...10時間
              
           古文を教えることになりました。
 
 貧乏くじを引いたいいえ、留学生の身でありながらきちんと実習の機会が与えられることは心から感謝しています。うん...でも...ってなるときも正直ありました。そんな時、アルゼンチンがサッカーで金メダやった、私も頑張ぞう。さすが、アルゼンチン
 
 後、一週間で実習が始まります。不安でいっぱいだけど日本の高校に3週間も通えることが、すごく楽しみです。頑張ります

古堅 マリア クラウディア 和賀
アルゼンチン
日本語ボランティア [2008年08月22日(金)]


ボランテイアというのは、古典的な定義に基づける、自発性、無償性、利他的に基づく活動、またはそれに関係する人のことです。
私も、ボランテイア活動に参加したことがあります。大学を卒業したばかりの私は、もらったことに心から感謝する気持ちで、約一年間、社会センターでのボランティア活動してきました。

治療を払えない患者さんに手助けができて良かったと思います。社会に役に立つという気持ちはすごくよく、本当に楽しかったです。

日本に来てからまだ、個人的なボランテイア活動に参加したことがありません。一方、 ボランテイアからの援助をもらっています。週に一回、日本語の教室に通っています。
先生の方は、13人、皆、ボランテイアで日本語を教えています。学生たちは30人〜40人、10カ国、目標とレベルに応じて、グループに分けられています。この日本語教室は1990年から区役所に行われています。

先生からは、「外国人は熱心に日本語を勉強しているのが嬉しいです。でも、続かない時の寂しい気持ちをどうにかしたかった。教室の動機は、日本語を教えながら、外国の文化や外国人を理解したいという気持ちから始まりました」というお話でした。

日本語ばかりでなく、文化と日常生活について会話して、色々なことを習得します。私にとって、ボランテイアの先生たちはとっても心豊かな人たちだと思います。私はこの先生方をとても尊敬しています。

先生方に、心をこめて、感謝したい。
どうもありがとうございます。

本間シルビア
ブラジル出身
4期生
もらって当然?ではなくて「感謝の気持ち」 [2008年08月21日(木)]
我々奨学生は本当に恵まれていると思います。

なぜかと言うと、同じ日本人の学生さんや大学院生がバイトをしながら稼いだお金で授業料を払うのにわれわれ外国から来た奨学生は(ほとんど)奨学金で授業料と生活費に必要なお金を頂いているからです。日本の経済も以前と比べると厳しくなり、奨学金(文部科学省、県費留学や県費研修、JICA)の数や金額は毎年のようにカットされている。

僕と同じ時期に文部科学省の留学生が来日した頃は月18万円程度の奨学金(生活費だけ。授業料は別)だったのが3年間で約2万円カットされた時に数多くの奨学生たちが直接文部科学省に文句を言うなどさまざまな事を言ってました。例えばブラジルで大学院(修士)で奨学金をもらっても文部科学省の6割弱で競争率は非常に高い(=難しい)。

確かにお知らせも何も無く突然カットされるのは大変だと思いますが・・・
文句言っていた留学生たちは頂いてる奨学金はどこから来ているのか考えた事はあるのでしょうか?我々留学生は日本人学生より楽な生活をしてどう思うのでしょうか?
日本国民の税金を頂いて(文部科学省の場合は)感謝の気持ちはあるのでしょうか?

このエピゾードが起きた時(2007年1月頃)に自分自身思ったのは頂く事が当然だと思わないように常に感謝の気持ちを込める事でした。
僕もたまに忘れる事がありますので・・・
はじめてのなが〜い夏休み♪ [2008年08月19日(火)]
大学生活がはじまってあっという間に中間テスト↓↓
でも、一週間経ってそれも終わり 待ちに待った二ヶ月間の夏休みなのだ今までの夏休みは、9月になればまた学校へ・・・ 小さい頃は長く考えていたものの、大学の夏休みを知れば42日もあった前の夏休みは短く感じてしまいます 
けれど、この長いお休みをきっかけに実家にも帰り、それから、ペルーにも一度行って見たいと思います

夏ばてに負けないようがんばります皆さんもがん阿波ってこの暑い時期を乗り越えましょ−ね


4期生 (ペルー)
サンチェス・紫織
花火大会 [2008年08月15日(金)]
日本には四季がはっきりして、季節によって日本の景色が変わって、各季節の美しさがあり、各季節の楽しみがあると思います

私には日本の秋と春が涼しくて、景色が美しいで大好きです。しかし、日本の夏はとても蒸し暑くて、いつも頭が痛くなるのでちょっとつらいです

私はペルーのリマ市の出身ですが、リマの夏はそんなに暑くないし、湿度が低いので日本の夏と全然違います

しかし、私にとって夏の一つの楽しみがあります。それは花火大会です。日本の花火が美しくてとても感動的だと思います。

私は名古屋に来てからほとんど毎年夏の花火大会を見に行きます。そして、今年は豊田市で行われた第40回豊田おいでんまつり花火大会を見に行きました

その花火大会は7月27日に行われて、1万5000発の花火が打ち上げられました。なかでは花火が音楽に合わせたメロディ花火もありました。とてもきれいでした。そして、人々がゆかたを着、たくさんの屋台もあって、雰囲気がとても楽しかったです。
また来年も見に行きたいと思います!!!














中村パトリシア
ペルー
3期生
若者のファ一ション [2008年08月14日(木)]

世界中で若者と考えたら、一般的に自由と革命を連想して、社会を発展するために、その言葉は大切な意味があるはずです。[自由]というのは人権のおかげで進んでいるけれども、昔からいろいろな革命がなかったら、現在に自分で選択することが、おそらくできなくなったかもしれません。

 [若者]や[革命]や「ファ一ション」の言葉はどんな関係があるでしょう。

 世界中でどこでもの社会に、最初の革命は服装に現されています。なぜかというと、服は力が持っているからです。服は早く目につくから抗議のようなものを使いやすいのです。
 ですから、ファ一ションは貿易と取引と限らなくて、社会の変化もつながっています。

そうしたら、服の革命を考えると、最初の意思はフランスの女性たちの革命の思いはずです。フランスで女性たちは男性に対して、いろいろな抗議をして、一番目についたことなので、女性解放運動家[フェミニスト行為]ということしました。

 その行為以降、ジンパンと新しい服を着始めました。その時代にショックでした。従って、もちろん反対抗議もあって、若者以外の女性たちは全く理解できませんでした。だから、男性だけでなく、年寄りの人たちも、違う年齢の層の人たちが納得できませんでした。

 いわば、服の革命は社会にすごい影響が与えて、現在までに強く響いています。

 しかし、昔と比べると、現在のファ一ションはもっと平和なファ一ションの気がします。最近、国際関係のおかげで、ファ一ションの勝手が広がっています。確かに、フランスの革命の時代より服の選択が普及になりました。だからといっても、若者のファ一ションに対して、何もの抗議がないわけではありません。いつものように、年寄りやいろいろな人間がいるので、差別や他の気持ちがなくなりません。

 人間は個性があるから人間関係は複雑なことです。それは事実です。
 しかし、他の立場もあるはずです。世界はだんだん変わろうとしています。しかも、今日は留学生として、社員として、いろいろな貿易会社や他の関係も国々の隅々までに、連絡できますので、異文化の理解が簡単になりました。だから、異文化や異ファ一ションの存在は認めることができました。そのゆえ、人間は違うことがあるの知識が覚えたのです。

 つまり、個人的に、他の文化をわかったら、人の個性と性格を尊敬できるし、平和が広がってしまうと思います。

徳永 リカルド
コロンビア出身
四期生
実習を終えて [2008年08月12日(火)]

7月の3週間、国立がんセンター中央病院で大学生活最後の実習を行いました。
札幌の天使大学に在籍しながら、なぜ東京の病院に来て実習をしなければならなかったのかを、先に述べたいと思います。

来日する以前、私は母国パラグアイの専門学校で勉強しつつ、自然療法メインのクリニックで実習兼仕事をしていました。
その時、
治療方法がもう無いといわれて訪ねてくるがんの患者様と関わるきっかけがありました。
身近な人がこの病名で苦しみながら亡くなっていくのも何度か見ています。

殆どの人が痛みにもがき、何も食べられなくなってしまいます。
どうやったらがんと戦っている患者様が、最後まで「食べる、栄養を補給する」ことができるのだろうと、
疑問に思っていました。

大学へ入学し、最初の病院実習の時に母国で抱えていた疑問を思い出し、
ダメで元々と思いながら国立がんセンターでの実習を希望しました。
「最後の実習なのだから、思いきって悔いのないように」、そう考えてのことです。

実際に実習が始まってみると、勉強として学んできている点と異なる所に驚きが沢山ありました。
例えば、献立の塩分の考え方や嗜好に合わせるだけでは食欲はどうにもできない点などです。
教科書を見る限りでは、工夫を凝らせば相手に食べてもらえるように思えます。

しかし実際は、その人の治療内容、薬の副作用や元々の食習慣によって人それぞれです。
1つの基準だけで見ていくと、対象者に合った栄養管理はできないのだと知りました。
大学で4年間勉強すれば専門職者、ある程度のことはできるようになるのかも知れないと、
どこかで思っていた自分を恥ずかしく感じました。

病棟を訪問していると色々な患者様がいらっしゃいます。
体重減少が目立つけれど会話のやり取りができて、良く笑って、経口摂取ができる人。
体力はありそうに見えても、副作用で食べられなくなり高カロリー輸液に頼っている人。
来院したときにはもうすでに手当ての施しようの無い人など、様々です。

外見だけでは見えてこない点や、カルテだけでは分からない点があります。
ですから病棟訪問と詳細が記されているカルテの勉強が対象者を知るためには、とても大切になります。
再発を何度も繰り返し、つらい副作用と戦いながら、それでも笑顔を見せられる患者様から強さを学び、
今の状態を受け入れて、共存していく方法もあるのだと教わりました。

このたびの実習では、食べることのプロフェッショナルとして、
人の命と関わっていくのがどういうことなのかを考え始めるとても良いきっかけになりました。

栄養士は直接患者様の命にかかわる業務を行うわけではありません。
しかし、生を受けてからこの世を去る時まで「食する」という、生命とは切り離せない重要な行為と関わっていく仕事を行っています。
その職業を目指していることにもっと自尊心を持ち、今のこの思いに恥じない専門職者を志して行こうと思っています。

ご指導に当たって下さった先生方、応援してくださった仲間の皆、
実習を可能にしてくれた奨学制度にとても感謝しています。
どうもありがとうございました。


ウエスギ ユキ
パラグアイ国
1期生
Summer course in Germany [2008年08月11日(月)]
私は7月16日から8月16日までドイツで行われたバイオテクノロジーに関するサマーコースに参加しました。動植物の遺伝子解析をした後、どのようにあらゆる情報を商品化するかについて学びました。その他、世界各地で植物をはじめ人間のゲノム、動物の遺伝子を応用して薬や食糧などの開発研究を拝見することができました。

ドイツは現在数多くの問題を抱えています。なかでも最も問題になっているのは、中国やインドの競争です。
数年前は中国やインドの品物は品質があまり良くないとされていました。しかし、ここ何年かの間、研究や品質改良に取り組んできた結果、生産地と同じくらいに質が上がりました。それに、人件費が安いため、低価格で生産できる利点があります。例えば、製薬会社は数多くの薬品のパテントが切れて、中国などからマーケットを奪われています。


ドイツは中国やインドの競争に対応するため、新たなもの作りに力を入れています。現在、バイオテクノロジーはその対策の一つです。

バイオテクノロジーはあらゆる商品に活用できます。例えば、農作物を応用して遺伝子組み換えをし、ある部分の遺伝子発現を誘導し、ワクチンを作ったり、タンパク質、ビタミン、ミネラルの含量を増やしたりもできます。

バイオテクノロジーは多くの分野で応用できる未知な技術の一つであることが今回のサマーコースで明らかになりました。

Sorry for my short writting, but I will be writting again soon!!!

Sandra Naomi Asazu
Brazil

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