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ラテン日系留学生

私たちは中南米で生まれ育った日系人です。
現在、日本財団から奨学金をいただき、それぞれの夢の実現のために日本で猛勉強中です。
「中南米日系人から見た日本」をテーマに、28人のラテン日系留学生が毎週記事を掲載します。乞うご期待!


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「食品流通の安全管理のために」 [2007年01月31日(水)]
「食の安全・安心」への関心が高まっておりますが、「食の安全・安心」の確保は、生産者と消費者のみの課題ではありません。 生産・流通技術の発展、消費者嗜好の多様化により、多種多量の食品が生産され、世界中を流通し、消費者に届けられております。この生産段階から消費段階にわたる食品流通及びこれに関わる者全ての安全の確保が課題となっているのです。
 本学では、「食品流通の安全管理システム専門技術者養成コース」を設け、この問題に対応できる専門的技術者の養成に取り組んでおり、平成16年度に文部科学省の現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)に選定されております。
 今回、その成果を報告するとともに、これからの食品流通の安全管理について考える公開シンポジウム「食品流通の安全管理のために」を開催することになりました。
 また、本学は、平成19年4月からは企業等における実務経験者を社会人学生として受け入れ、「食品流通安全管理のわかる経営者・管理者の養成」を目指す「食品流通安全管理専攻」を大学院海洋科学技術研究科(修士課程)に設置いたしますので、当日はその概要説明も予定しております。  
 皆様からの多数のご参加を心よりお待ちしております。

日 時:平成19年2月14日(水)13時30分〜16時
場 所:ホテルフロラシオン青山 1階 「ふじ」の間
参加費:無料
申込み:参加希望の方は氏名、職業、住所、電話番号をご記入の上、
    メール(gpkyoumu@s.kaiyodai.ac.jp)またはFAX(03−5�wbr>S63−0396)で
お申込み下さい。

    先着300名まで
    問合せ先:東京海洋大学教務課教務係(03−5463−03�wbr>X4)

【プログラム】
13:30-13:45 挨拶  東京海洋大学長 井陸雄

              文部科学省高等教育局

             大学振興課大学改革推進室長 伊藤学司

 

13:45-14:10  食品流通の安全管理システム専門技術者養成コース」取組報告

          鶴田三郎(東京海洋大学海洋工学部教授 現代GP取組担当主査)

 

14:10-15:40 これからの食品流通の安全管理」(一人15分)(50音順)

 

         ・伊藤正史((株)イトーヨーカ堂QC室 食品担当総括マネジャー)

         ・川島孝夫(味の素ゼネラルフーヅ(株)前常勤監査役)

         ・��橋正郎(女子栄養大学大学院客員教授

         ・樽井史朗(元キユーピー(株)社長、(社)楽水会会長)

         ・日佐和夫((株)BMLフード・サイエンス 常務取締役

         ・日和佐信子(元全国消費者団体連絡会事務局長

 

1540-15:55  大学院「食品流通安全管理専攻」設置の紹介

          渡辺尚彦(東京海洋大学海洋科学部教授 

            �wbr>@  食品流通安全管理専攻設置準備会WG主査)

15:55-16:00 �wbr>@閉会

Hamaguchi Patricia
ブラジル
1期生


Happy Valentine's Day! [2007年01月30日(火)]
この写真は太平洋に面しているリマ首都のミラフローレスという町で撮られた写真です。「愛の公園」(El Parque del Amor)と呼びます。ここに来て、恋人と海を眺めながら過ごす人もいます。



さあ皆さん、そろそろ2月に入りますね。8年前にびっくりしたことは日本の独特なバレンタインデーの過ごし方でした。ギリチョコ?ホワイトデー?!それはどういう意味ですか?

。。。日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年2月12日に、国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年2月に伊勢丹新宿本店で潟<梶[チョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行った。ただどちらにしても、あまり売れなかったようである。伊勢丹でのセールでは、1年目は3日間で板チョコが3枚、カードを含め170円しか売れなかったとの記録がある。。。 と Wikipediaでの説明がありました。 最初の段階ではバレンタインチョコは西洋の習慣のままでは売られなかったそうです。

日本は外国からの文化を受け入れる時は、そのまま受け入れることではなく、必ず日本流 にしてしまうと言われています。たとえば、中国の漢字を受け入れてから、更にカタカナとひらがなを作りました。バレンタインチョコもこの現象の一つではないでしょうか。。。

私から見れば、日本人はどうも何かをいただいたあとは落ち着かないようです。例えば、人から物でもお金でもいただいた時に必ずお返しします。 それで「ホワイトデー」なのでしょうか。。。 そして、周りの人に対する思いやりで「義理チョコ」も生まれたのでしょうか。。。 感謝の気持ちを表すチャンスでもあるとか。南米人はそんなに難しく考えないと思います。しかし、バレンタインデーは恋人同士だけで祝う日ではなく、友情を祝う日でもあります。恋人がいない人は友達と一緒に過ごして、その行為で感謝の気持ちを表します。

なぜ女性が男性にあげなければならないのでしょうか。。 ペルーには女性が男性に「バレンタインチョコ」をあげる習慣はありません。女性から男性に愛の告白する習慣もありません。女性から男性を誘うことはあまりよく見られていないと思います。ですから、日本の男性の皆様、もしペルーの女性に魅力を感じたならば、積極的にアタックしてください。待っていたら、永遠と相手も待っているかもしれませんから (笑)

佐々木 リョウコ
ペルー
三期生











Posted by 日系留学生管理者 at 00:37 | ビックリにっぽん | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)
スーツ軍団 [2007年01月26日(金)]
日本に来てモーニングラッシュ時の街を歩いていると、最初に目に入るのはスーツ姿のサラリーマンたちとサラリーウーマンたちです。その多さに驚かない人はいないでしょう。私の場合は、日本に「そんなにexecutive(幹部クラスの人)がいるんだ〜」と、純粋に思いました。しかし、「みんな同じような色のスーツを着ているのはなぜかな?」と、不思議に思ったのも事実です。まさにスーツ軍団のように見えました。
 ブラジルでは一般的にスーツを着ることはあまりないです。もちろんExecutiveといった地位のある仕事を持つ人や特別な行事や就職面接の時にスーツを着ることがありますけど、普段の生活ではめったに着ないです。理由はいろいろあると思いますが、次の二つの理由が最も重要だと思います。まず、スーツは高いということです。多くの人がスーツを買うお金がないです。そしてもうひとつの理由は、ブラジルの気候と関係していると思いますが、ブラジル人はフォーマルな服を着るのをあまり好まないということです。なので、街を歩いていてもスーツ姿の人をあまり見かけないのです。
 一方、日本ではスーツを着るのはむしろ一般的なことです。それもいろいろ理由があると思います。まず、日本は高い教育水準を誇る社会なので、高収入の職業に就いている人が多いでしょう。経済的な余裕から、日本人は容易にスーツを買うことができます。しかし、もうひとつの理由は、ブラジル人と全く逆に、やはり日本人はformalityを好むということなのです。日本では社会生活のあらゆる場面においてそのようなformalityを見ることができる。そのため、タクシー運転手や学校の先生、それから挨拶のために恋人の両親に会いに行く人もスーツを着るわけです。多分ね(笑)。
それにしても、スーツは色のバリエーションがあってもいいと思いますけど...

福島マルセロ
ブラジル出身
3期生
Posted by 日系留学生管理者 at 16:53 | ビックリにっぽん | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
安全すぎた国、日本?! [2007年01月24日(水)]
安全すぎた国、日本!?
私は1992年(平成4年)に初めて日本に来ました。その時は10ヶ月間横浜市の海外移住センターというところで住みました。
 テレビを見ることはあまりなかったですが、今でも忘れないニュースがあります。そのニュースというのは、日本のどこかでおこったひき逃げ事件のニュースでした。小学低学年(1,2年生)の子どもが交通事故(ひき逃げ)にあって、犯人がなかなか見つけることが出来なかった出来事です。
 私が驚いたのは、交通事故をトップニュースに取り上げていたことです。またその上に、何週間か経った後も同じニュースがとりあげられていました。
そして、「ひき逃げ犯人はまだみつかっていません」というアナウンサーのコメントでした。
 このとき、私は何と日本はすばらしい国かと思いました。日本人の常識というのでしょうか。モラルというのでしょうか。歩道者が優先であることを守る心得と、運転手や日本人全体が正当な意識があり、とてつもなく安全な国だと感心しました。
 ブラジルのニュースで全国ニュースに交通事故がトップになるのであったら、よほど大きな事故かあるいは有名な人の事故ぐらいです。一般人の交通事故など頻繁に起こる国であることと、もっと悲惨なニュースが取り上げられるので、トップニュースにはまずなったのを見たことがありません。
 14年たったいま、日本に住むことになって、日本のニュースを見るのがだんだん嫌になってきました。朝から、殺人事件やひき逃げ事件など、毎日、毎日、違う事件の報道が流れてくるのは見るに絶えない気持ちでいっぱいです。
 一人ひとりの意識の変化、物事の捉え方の変化、価値観の違いを感じます。今一度、自分を含め、考えるべき時期にきたと強く思います。

ブラジル出身 一期生
葛尾 あゆみ ネイデ
Posted by 日系留学生管理者 at 22:29 | 日本の現代社会 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
新年早々ハプニング [2007年01月22日(月)]
天国だった冬休みも終わり@D日学校が始まりました
京都での研修が終わってから学校が始まるまで弱一週間あったので、2月は地獄のテスト習慣という事で おとなしく寮に戻って勉強を( ̄∀+ ̄)v
と、思ったらなんと寮には前日にしか入れないといわれΣ(○口○ )━━━━!!
これは、一週間野宿かない((дヾ*)≡(*ノд))

アタフタしていたら同じ留学生のネパール出身の子が近くの教師住宅で泊まってもいいといってくれた〜❤ฺ(。→ˇ艸←)彼女が天使に見えた(≧ω≦)bこれで凍え死はまぬがれた
彼女は仕事があるので部屋の鍵をもらい「また夜ね」といって別れ・一人で部屋で待つことになった
 ドアを開けてみると鍵がかかっていないおかしいなぁ〜と思いながらも長い旅行で疲れたのでお邪魔しますといって部屋に入った
きれいに片付いて、整理整頓されてるではないですか
明らかにこの前来たときとイメチェンしている洗濯機は高価になってるし、ベットもあるし。。。なんか、おかしい
 
 6時間経過・・・

ピンポン彼女が帰ってきた・・「おかえりなさい」元気よくドアをあけた
「ぎゃーーー」彼女が青ざめている((дヾ*)≡(*ノд))
どうした・どうした
「なぜかおりちゃんここにΣ(○口○ )━━━━!!」なぜってここはあなたの家では
「私の部屋は隣よ・・・」 えーーーって事は・・私は誰の部屋で6時間も過ごしていたんだ
なんと英語学科の学長さんの部屋だったらしいしかもその時はアメリカに一ヶ月故郷に帰っていたみたい
 ドアの鍵をかけないまま一ヶ月も留守もどうかと思うが田舎ならではのハプニングだった
授業が始まり学校が始まりまずしたことは学長に謝りに
笑って今度また遊びにおいでといってくれた新年早々お騒がせいたしました

吉田香
3期生
パラグアイ
Posted by 日系留学生管理者 at 21:23 | 日本での思い出 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(1)
雪(びっくり) [2007年01月19日(金)]
日本に来て6年たちました。いい思い出や悪い思いでもいっぱい、でも一番は死ぬところだったかな!!2005年3月24日高山に引越ししてレンタカーをかえしに富士市に帰る途中だった。の中のトンネルを超えるときに道が凍結していて車が反対車線に滑っていきました。左へハンドルをきってましたがぜんぜん戻らなくてその時にトラックが来て死ぬ、正面衝突直前に氷がなくなって車が急に戻り、トラックが俺の車のよこのミラーをぶとんで行きました。俺は顔を真っ青でとりあえぜこうばんにいきました。後1秒でも遅かったら今これを書いていなかっただろうな。
 
                                                                  高松マリオ
 2期生
 ブラジル
私が日本に来たわけ [2007年01月17日(水)]
日本にいる外国人は「どうして日本に来たのか」とよく質問されると思いますが、私にとっては答えは簡単ではありません。
私は日系三世のペルー人です。ペルーで生まれて、ずっとペルーで育って、国籍はペルーで母国語はスペイン語です。しかし、小さいころから自分は他のペルー人と何か違うところがあると思っていました
ある日、小学校二年生の時、友達と話していて、話の中で、私は「まくら」という日本語の言葉を使ってしまいました。友達は不思議そうな顔をしているので私は「まくらって何か分からないの」と友達に聞きました。もちろん友達はそういう言葉を聞くのは初めてでした。そして、その日、家に帰って、母と話していたとき「お母さん、友達はまくらの意味が分からない」と言ったら、母は笑って「それは日本語だよ」と教えてくれました
家の中ではスペイン語しか使われていませんでしたが簡単な日本語の単語もスペイン語と混ぜて使われていました。その理由で、小さいころの私は日本語を使っていた事には気づいていませんでした。日本語は全然話せませんでしたが日常的な言葉は少し分かりました。例えば、お祖母ちゃん、お祖父ちゃん、ご飯、おはようございます、いただきます、おいしいなどという言葉はスペイン語で言わないで、そのまま、日本語で言っていました。
また、日本の言葉だけでなく、家の中では日本の食べ物もよく食べていました。祖母はペルーに移民した時、日本の食べ物はほとんどありませんでしたので食べたいと思った日本料理は全て自分で作るしかありませんでした。私は子供の時から祖母が作ってくれた料理をよく食べていました。そして、毎日の生活の中で日本の文化や習慣の影響を強く受けて成長しました。
そのような理由で、ずっと子供の時から、日本はどういう所かとても知りたかったのです。
しかし、言葉は分かりませんでしたので、「日本に行くことは無理だ」といつも思っていました。自信がなくて、日本に行こうという気もありませんでした
しかし、
ペルーのいとこが日本語を勉強するために日本に来た時「私も是非日本に行きたい」と強く思いました。初めて日本に来て、小さいころから想像していた日本をやっと自分の目で見られて夢みたいナした。祖父母四人とも福島県出身ですが、そのとき福島県にいて、父方と母方の親戚と会うことができて、感激しました
初めて日本に来たわけは日本語を勉強すると言う事より、自分のルーツを知りたいという事です。日本に来てから、いろいろなな事を学んだり、経験したりして、日系人であることをより誇りに思うようになったと思います

Patricia Nakamura
ペルー
Posted by 日系留学生管理者 at 02:55 | 日本での思い出 | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)
Global Warming [2007年01月15日(月)]


2007年になる前からオカシイ。
11・12月は平年より温度が高かった。スキー場などでは雪が積もっていないため、オープンが遅れて。
世界でも:
-ニューヨークでは12月で最高気温が22℃;
-パリでは1月で桜が開花;
-ドイツではスキー場が緑で営業無し;
-南米では大量の雨;
-"El Niño" が今年は発生予想。

今年は環境の変更が農業・漁業などにどのような(悪)影響を与えるか本当に心配していますか?地球温暖化が生活にどのような影響を与えるか考えましたか?

農業の場合:りんごの産地が北海道になるの??
そんな単純ではない。今まで長年秋田・青森県で生産していたりんごではまともに花が咲かないため、収量が減少して栽培が不可能になる。
そこで研究者は「北海道でのりんご栽培は可能です」と発表。しかし今までとはまったく違う環境・土壌・などなど・・・ ゼロからの再出発となる。現在の日本のりんご生産者の半分近くは60歳以上。若者は農業にはあまり興味を持たないため田舎離れがほとんど。

世界の農業はますます厳しい状況に・・・

Yamamoto Ryu
ブラジル
2期生
Posted by 日系留学生管理者 at 09:33 | 日本の環境 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
日本財団日系留学生冬期研修会 [2007年01月10日(水)]
2007年度 日本財団日系留学生冬期研修会

1月4日〜7日まで、京都で第1回の留学生冬期研修会が開催されました。全国で勉強する日本財団留学生が集まり、お互いの絆を深める非常に大切な研修会となりました。



研修会の目標は「留学生が個人、或いは団体として、日本国内外の日系コミュニティーの充実、発展に寄与する活動を具現化する」ことでした。講師として、現在の日系社会を代表するアルゼンチンの松本アルベルト氏とブラジルの二宮正人氏でした。


松本アルベルト先生



二宮正人先生


1日目には松本アルベルト氏が「今、我々にできること」をテーマにして、留学生として自分たちが身近にできることをディスカッション形式で話してくれました。2日目には、二宮正人先生が「日系人の若者たちに期待すること」について3時間にわたる講演で様々なヒントを与えてくれました。3日目には、「日系ユース会議のワークショップ」が行われ、
− 日系人とは、日系人としての自覚
− 現在の日系社会(国ごと)
− 日系社会を維持していくことの意義と意思
− 今、何が問題なのか、問題認識
− 今後の日系人、日系社会の行方、帰国後にできること
− 日本にいてできること
などについて話し合われました。


ユース会議のワークショップ


我々留学生は国、専門、目的がバラバラで、唯一の共通点は「日系人」であることです。グループとして「日本や日系社会に対する社会貢献をしたい」という思いがあっても、実行に移すためには様々な困難に直面します。今回の研修会では先生たちの話やワークショップから、大きなヒントが得られたと思っています。個人的に松本先生が言った「大きなことを待ち望むより、取り合えず自分たちが身近にできることから、少しずつやっていく。小さな成功をいくつか積み重ねれば、周りから認められるようになり、サポートしてくれる人も増えてくる」、それから二宮先生が言った「やらないための、言い訳を探し出せば、いくらでも見つかる。やる気があるのかないのかをはっきりすること。やる気があれば、様々な困難を乗り越えることが出来る。活動費用は大きな問題となるが、クリエイティブな計画であれば、サポートしてくれる人たちは自然と現れる。それから、やる気だけではできないこともある。これを見極めることも大切である。無理に何かをやろうとすると自分たちの体力が持たない」が印象に残っています。

これは「日系社会」に限ったことではなく、一人一人の人生にも当てはまる大切なことだと思っています。

個人的には、今回の研修会で何よりも嬉しかったことは、留学生が一人一人心を開き、「腹を割って」正直に話し合えたことだと思っています。このことにより強い絆と大きなモチベーションが生まれたと感じています。これらは将来グループを支える大きな財産になると思っています。何をやるにしても「信頼と団結」がなければ、目的に到達することは不可能だと思っています。

これからの人生に大きな影響を与える「涙あり、笑いあり」の4日間だったと感じています。



Kitsutani Hernan
ペルー
1期生
新年ですね!! [2007年01月01日(月)]

皆さん、新年明けましておめでとうございます。
昨年1年“ラテン日系留学生”のブログを応援して下さった方々、ありがとうございました。
2007年も皆で力を合わせてより良いものを作り上げていきたいと思っていますので、
これからもご声援をよろしくお願いします。

私にとって昨年は一昨年と比べるとゆとりある、充実した1年でした。
友達と呼べる相手ができ、学生生活や環境になじめたのが、大きいといえるでしょう。
授業の内容も専門的なものが多くなっているので、今後はますますウカウカとしていられないと思っています。

日本で迎える3回目のお正月は毎年同じように静かなものでした。
この時ばかりはさすがの私も実家が恋しくなります。特に新年の挨拶をするために電話を入れた時、親戚一同が集まり和気あいあいとしていると、その場にいないのがとても残念に感じます。

実家を離れたとき、最初のうちは誰もがそう感じるのだろうかと新年早々ちょっと落ち込んだ気持ちに浸ってしまいました。これでは駄目だと思い、近所の小さなお寺に(神社がなかったので)初詣に行ってきました。
日本の文化に触れているのが嬉しくて、暗い気持ちはどこかに飛んでいってしまいました。

本当は十分ご縁がありますようにと15円にしようと思ったのですが、欲張ってはいけないと思いご縁(5円)にしておきました。お賽銭の5円玉で、私がしたお願い事は5つ。
少し欲張りすぎたかも知れません。

今年の干支は亥です。そう、私の年でもあります。きっと良いことがあるだろうと信じて、地道にやっていこうと思います。皆様1人1人にとっても、良い年であるように願っています。

特に、世界の様々な場所で苦悩の日々を送られている人々に一瞬でも安らかな時間がありますように。

2007年もどうぞよろしくお願いします。

上杉ゆき
パラグアイ国
1期生
Posted by 日系留学生管理者 at 23:19 | 日本での思い出 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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