現生人類が食べていたもの
[2006年09月29日(金)]

現生人類となった時に主食にしていたのはあくまでも当時入手可能な食物であったことは確かであり、その時に食べていたものがヒト本来の食物になるといえるのだろう。
熱帯から亜熱帯に近い温帯に当てはまる、アフリカ、アジアは食用植物の起源からみるとじつに多くのエネルギー源になる食用植物の原産地になっている。アフリカではアフリカ稲、そら豆、ささげ、ゴマなどがあり、アジアでは稲、そば、あわ、大豆、小豆、里芋などの起源の地になっている。主食になる穀物類の起源の地と現世人類の起源の地がいっしょだったことは偶然の出来事なのかもしれない。しかし、何らかの形でこれが現世人類を生き残らせ、その後の繁栄に大きな役割を果たしたことは間違いないだろう。
先祖返りした食性
進化の流れに添えば、ヒトは完全な植物食になっていても不思議ではないのに植物性と動物性の食品をほぼ等量ずつ食べるようになったことである。ヒトは他の霊長類と違って、発達した大脳と言語を持っている。それゆえ食糧を生産することを覚え、世界各地へ移住することができた。しかし、このことが霊長類としての進化における食性に限っては大きく変化させることになったのではないだろうか。
ヨーロッパ・アフリカの食性
現在、世界各地に住む人々の食事を見てみると完全に植物性の食品を食べて生活をしている人々からエスキモーのような肉食者までいる。ヨーロッパ、アメリカではかなり以前から多量の肉類、乳製品が摂取されている。世界の多くの人が穀物を主食としている中、このような肉類、乳製品の摂取が行われた背景について考えると、これはその厳しい気候に大きな関係があるようだ。植物が豊富な地域から生活圏を拡大し、厳しい寒さ、または乾燥地域など暮らさなければならない時、ヒトはその土地にあるものを利用することになる。ヨーロッパは寒冷な気候のため主食となるような植物がとれなかった。だから牛や豚を飼いヒトの食べられない草を食べさせる代わりにその肉と乳を主食とした。ヨーロッパの人にとって肉類、乳製品の利用は生き残るための必要な手段であった。
日本の食性
日本は温暖な気候と豊かな土壌に恵まれ、肉類や乳製品を必要とせずに生きてきた。しかし、戦争が終わって急速に発達した栄養教育の中身はヨーロッパを根元とするものだった。その後日本は経済的な発展に支えられ、所得も増えたことで大きくヨーロッパ的な食事を取り入れることが可能になった。肉類や乳製品を多く取り入れ、日本の食事は豊かになったと言われるが同時にヨーロッパ人と同じ病気、今までにはなかった病気まで取り入れることになるとは思わなかった。戦前までの食事は動物界から見てもヒトの食性にかなっていたといえる。そして今は進化と風土に逆行する道を益々歩んでいるのではないのだろうか。
ハマグチ・パトリシア
一期生
ブラジル
一期生
ブラジル












の窓から見えた日本海・小さな空港・美しい緑の山地
。レンタカー
で山に向かう途中、2〜3時間全く車とすれ違わなかった事にビックリ。行き先がどんな所か全く分からなかったので Jeans&Yシャツ+普通の運動靴カッコでした。
。散歩のはずだったのが途中からは登山に変わっていました:地面から出てた木の根っ子をはしごとして登ったり、ぶら下がっていた鎖につかんで石を登ったり、せまぁぁぁぁぁい石で出来た通りを祈りながら渡ったり・・・ 富士山の頂上まで行った僕でも本当に大変でした
、それまでたまっていた疲れが全部体から消えるような感じがしました
。音も美しくて最高な気分でした。
それでも僕にとっては一生忘れられない体験でした。

。
散歩していたら、カレーライスの匂いがしてきたのです。とっさに、「あ、ここは、
日系の家族が住んでいるんだな」と
思いました。
食べないからです。でも、あれ
ちょっと、待って。日系人
。「慣れる」ことは「充実した留学生活」の基本です。しかし、
ささやかな疑問は大切にすべきではないでしょうか。私は少し、
学生を見て違和感を覚えました。どうして食べる時間やお昼代がないわけでもないのに
甘いものを食べるのでしょうか。
回りにいた学生に聞いてみました。「昼食に甘いもので済ませることに違和感
でした。それだけではなく、逆に、どうして変に感じるのと聞かれました。私にとっては、
昼食や夕食で「甘いもの」をいっぱい食べても食事をとった感じがしないのです
。
デザートを食べますが、
食べるという行動は、単に体内が必要な
エネルギーをとるということではなく、
人間の習慣を大きく反映するものなのですね。日本に慣れてきた私ですが、いまだに昼食のパンは、
「塩辛い」ものを買っています。今後は、
「甘いパン」だけで昼食を済ませることに挑戦してみようと思います




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