ペルーの日系人はほとんど日本語が話せません。
第2次世界大戦中に日本人に対する暴動や差別が激しくなって
日本語を使用しなくなった一世が殆どだと聞いています。
それでも単語単語が残っていますが、微妙に日本語の本当の意味とずれていることがあります。殆ど「
日系語」の様な感じになっています。
例えば:
「マッチ」は日本語でマッチですが、ペルーではライターを頼むときも「マッチ」を使います。
「マクラ」は家庭の中で、普通に使用していた言葉なので、子供の頃はてっきりスペイン語だと思っていました。小学校一年生のときに、実家に泊まりに来た友達に「マクラとって」と頼んで、通じないのを見て、初めて日本語だと知ったのです


。
「便所」は子供の頃から使っていました。しかし「便所」は下品な言葉であることを知ったのは日本に来てからです。小学校5年生だった僕は先生に片言の日本語で「便所ある?」と聞いたら、先生に変な顔され


、注意されました。「『便所』はよくないから『お手洗い』『トイレ』を使いなさい」と言われたことは今でも記憶に残っています。
「姉さん、兄さん」は普通の日系人のおばさんやおじさんを呼ぶときに使います。おまけに親戚でもない人にも使用します

。知らない日系人に使っても、嫌がられることなく、逆に親しみを感じることが多いです。
それから
「ゴハン、寝巻き、布団、ありがとう、いただきます、おはし、バカ」などもよく使われています。
少し話しがずれますが、今でも日本語が使える日系1世や2世は「古い〜日本語」がそのまま残っているので、非常に違和感を感じます。それに無意識のうちにスペイン語の単語を混ぜながら話すから、日本人にとって本当に理解しにくいと思います。
数年前、ペルーに日本人の従兄弟が遊びに来ました。父方の親族が集まり、歓迎会を開き、そのとき、父の一番上の兄に当たる人と日本語で話をしていました。おじさんは自分のことを指すときは必ず
「私」ではなく
「ヨ」を使っていました。「
ヨが若かったころ〜」「
ヨが日本に行ったとき〜」「
ヨは寿司が好きだ〜」と言う感じでした。
おじさんの目を盗んで、従兄弟が僕に「
おじさん自分のこと凄く偉いと思っているの?」と聞かれて爆笑しました。実はスペイン語で「
私」は「
Yo(ヨ)」なのです、だからおじさんはスペイン語と日本語を混ぜながらはなしていたのです。それを説明したとき従兄弟は「あ〜なるほど〜、おじさんが嫌いになる寸前だったよ〜


。
ヨを使うし、単語も古いから分かり難いし。。。」と言ってくれました。
ペルーでこの様に日本語が変化して行くのは面白いと思いませんか?
今、日本で日本語を覚えたので、間違っているところや微妙な意味の違いに気がつくことが出来るのですが、それ以前は何の違和感もなく使っていました。
Kitsutani Hernan
日系ペルー
1期生
個人ブログでも日本での思ったことなど書いていますので、
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