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ラテン日系留学生

私たちは中南米で生まれ育った日系人です。
現在、日本財団から奨学金をいただき、それぞれの夢の実現のために日本で猛勉強中です。
「中南米日系人から見た日本」をテーマに、28人のラテン日系留学生が毎週記事を掲載します。乞うご期待!


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日本のタクシー- ビックリ日本14 [2006年04月27日(木)]

タクシーで赤っ恥・・・

来日してまもなくの頃、親戚の伯父のところへ遊びにいきました。
そこは交通手段があまり便利ではなく、遠くへ移動するためにはタクシーが多く利用されていいたのです。
東京にいた頃はどこへ行くにも地下鉄や電車で十分だったため、その日までは日本のタクシーになど乗ったことなどありませんでした。
伯父と従妹が先に乗り込み私は最後でした。
次の瞬間、何の違和感もなく私は自分でドアを閉めたのです。
運転手さんはビックリして、「お客さん、ドアは私のほうで閉めますので」と、もう一度ドアを閉めなおされてしまいました。
ビックリした私はキョトンとして、何がいけなかったのかが分かりませんでした。
隣にいた伯父は、可笑しさを隠そうともせずに大笑いしました。 従妹に日本では自分でドアを閉める必要がないと教えてもらうまで、間違いには気付けなかったのです。
確かにブラジルでタクシーに乗ったときには運転手さんが外からドアを閉めてくれました。
その時、とても親切だと感じたのを覚えています。でも今回は運転手さんが中に乗ったままだったので、まさか自動に閉まるとは思っていなかったのです。
伯父が言うには、パラグアイから来る人の大半が私と同じことをしてしまうそうです。それを分かった上で、私を最後に乗せ、想像通りのリアクションだったと喜んでいました。
パラグアイでは、人数が多いとお客さんが助手席に乗ることもあります。ドアも自分でバタンと閉めます。
間違えてもしょうがないよね、と思いながらそんな些細な出来事にも国の違いを感じさせられた出来事でした。。。


パラグアイ国
一期生
上杉ゆき
コスプレフィーバー!- ビックリ日本13 [2006年04月24日(月)]
コスプレフィーバー!



もうこのコスプレブームは日本で10年?くらい経っているとか雑誌などに書いてあるけど、
僕が98年に日本を発ったときはこういう人はぜんぜんいなかった

むしろまだガングロコギャルがピークに達していたころだから、
僕としてはそのイメージが固まったまま去年、再来日したワケだ。

久しぶりにコギャルの溜まり場だった原宿に行ったとき、こういう「変わった」
人たちとたっくさん出会った。 日曜日だったから、なおさら神宮前の橋はコギャルでいっぱいだった。

あれっ?もしかしてキディランド(キティちゃん人形のお店)でイベントでもやっているのかな?と思いながら歩いていくと、メイド服を売っている店に着いた。
前は僕の大好きなラテンブランドの服を売っている店だったのに!

たしかにハロウィーンでは僕も(コスプレではなく)仮装するのは好きだけど、
ここは毎週がハロウィーン状態だ!
日本に来て一年経つけれど、この大胆さにまだ脅かされる。

でも別に悪いことではないと思う。まじめすぎるといつも批判される日本社会が、
こういった面白く楽しいイベントやモダン文化を持っていることで、決してそうではないということがアピールできる。

世界で日本ブームになっているのは日本アニメのおかげでもある。
本屋さんで「これからの日本はアニメ文化を輸出する」という本を見つけたけど、
まさしくそうかもしれない。

チリでもアニメがブームになっていて、友達からオタッキーな質問が僕に降り注ぐ。
「僕はそこまでアニメは詳しくないのに」といつも一人でつぶやいていた。

こういうことが出来るのも国が豊かだからだし、変わったことにもチャレンジすることで、
新たなアイディアや発想が出てくる。

僕はハロウィーン以外絶対こんな格好をしないけど、コスプレーヤーにはにやけながらだけど応援します!笑
年齢について- ビックリ日本12 [2006年04月20日(木)]
日本に来てビックリしたことの一つとして、アルゼンチンとの「年齢」に対する意識の違いがあります。いわゆる、年齢による上下関係です。

日本に来てから、される度にいつも困る質問がありますが、それは何だと思いますか?
「名前は?」・・・残念!そんなに何度も名前を聞かれるほどナンパはされてません(笑)
私がいつも困ってしまう質問・・・それは 「何歳ですか?」 です。
まだ自分の年齢が、相手に対してどんな影響を与えるかを知らなかった頃は、年齢を聞かれても普通に答えていました。だけど、日本語学校の上級クラスで出会った韓国人クラスメイトの文化に触れてから、ちょっと悩みはじめました
韓国では、年齢による上下関係に対してとても厳しくて、年上の人は年下の人の面倒を見て、一つでも年上だと目上の人として扱われます。年齢が上だと、友だち同士の関係になるのが難しいという残念な文化がありました

4月から晴れて大学生になって、この悩みからは解放されたと思っていたけど、早くもオリエンテーションで、日本の学生も同じだと気づきました
自己紹介のときに、生年月日を言わなければならず、どうしようかと思いましたが、正直に自分の年齢を言うことにしました。その結果、少し前まで普通に話していた女の子たちの態度がちょっと変わってしまって、正直落ち込みました
まだこの悩みは自分の中で解決していません。自分自身どういう態度をとったらいいのかわからないけど、友だちの輪になかなか入れないのは、みんなより年上だから、ということだけではないかもしれません。もしかしたら自分の性格にも問題があるのかも

悩んでも自分の年齢は変えられないし、今の環境を大切にしていろんなことを学びたいです。本でしか知らなかった「縦社会」というものを体験して、私の存在で少しでも何かを変えられればいいな、と思います!

今回は少し暗い話になりましが、積極的にみんなに近づいていって友だちになったり、浪人して大学にはいった女の子と仲良くしたりしています
これからもがんばって日本の留学生活からいろいろ学んでいきたいです

古堅マリアクラウディア和賀

アルゼンチン
「小切手」って何?? - ビックリ日本11 [2006年04月17日(月)]

ブラジルでは、大きい金額が必要な時にはクレジットカードと「小切手」をよく使います。レジで支払いをする時に、金額とサインさえすれば、自動的に銀行の口座から引かれるようになっているのです。
しかし、日本では今まで一回も小切手を見た事がありません。どんなに大きい買い物でも、だいたい現金で支払っているようです。(クレジットカードもだいぶ普及してきているようですが・・・)「よくあんな大金を持ち歩けるね〜」といつも思います。

だからかな、日本人が外国で襲われやすいのは???
「日本人=金持ち」そういう意識が全然なさそうだから・・・
いらっしゃいませ−ビックリ日本 10 [2006年04月13日(木)]
日本に来て
「いらっしゃいませ〜」
の掛け声の多さに、驚いた。そういうサービスに慣れていないから、始めはなんて丁寧なんだろうと思ったものだ。

だけど、高級店はともかくとして、多くのお店ではもはや言葉の意味を忘れているかのように濫用されていて、辟易するほどだった。
客は私一人しかいない店内で、同じ店員が2度3度
「いらっしゃいませ〜〜」
といいながら後ろを通って言ったりすると、どうもピクッときて店を出ちゃう。短気で申し訳ないとも思うものの、どうも追い立てられているような気分で不愉快になるのだ。今では、なんて中途半端なサービスだ、と思うようになってしまった。

言葉自体は美しいと思うし、もてなしの心を言葉に出すことは接客の上で大事、と理解はしている。いかんせん、過ぎたるは及ばざるが如し。言わないほうがマシ、ということもあるんじゃないかと思ってしまうのです。

日本のシステムについて−ビックリ日本 9 [2006年04月10日(月)]
私は二十八年の人生の中で、日本人と接触する機会が多く、たくさんのことを学んできました。その触れ合いの中で「日本のシステムは固い」、「多くの日本人は閉鎖的な考え方を持っている」ということに気がつきました。いろいろな場面や出来事で、このような考え方を持つようになりましたが、今回は「日本の英語教育システム」とオーストラリアの例を比べて、話を進めて行きたいと思います。

現在の日本では中学校から高等学校にかけて六年間も英語を勉強しますが、実際に話せる人は少ないです。それは、日本の英語教育システムが悪いからだと思います。このような考え方を持つ日本人は多いのに、どうして改善しないのだろうか。このことについて、私はいろいろ考えてみました。

まず、日本は生徒にモティべーションを与えずに、暗記・翻訳形式で英語を教えています。テストの為に単語を覚え、文法を覚えさせます。しかし、これではただ、生徒たちには英語を日本語、日本語を英語に置き換えるだけの作業をさせられているにすぎません。英語が伸びない原因の一つがここにあると思います。 

一方オーストラリアでは日本語を教えるとき、初級の本でも、英語は全然使われず、写真や絵や漫画形式が多く、生徒たちに日本語を日本語で連想させ、豊かな想像力を発達さています。この教育システムで勉強した多くのオーストラリア人の知り合いは二年程度で、日本語が出来るようになっています。

私の考え方をある先生に話したら「英語は日本で大学受験にパスする為に必要な科目だから、教え方が悪いと分かっていても、変えることが出来ない。変えようと思ったら、日本の英語教育システムそのものを変えなきゃいけない。それが無理だから、私はシステムに従うだけだ」と返事が帰って来ました。まるで、NHKの朝の連続ドラマ「さくら」に出てきた英語教師沢田先〜生のように。

現在の日本ではこのようにシステム化された教え方をしていますが、明治維新で活躍をした山口県出身の吉田松陰はシステムに捕らわれずに、生徒たちに「個性教育」を行っていました。一人一人の短所、長所を見極め、ポジティブな面を伸ばし、学問を暗記する形ではなく、一人一人に考えさせ、それぞれの答えを見つけさせていたようです。だから歴史に名を残すほど優秀な人物たちを沢山、育て上げることができたのではないでしょうか。

日本の英語教育システムのような、固いシステムや閉鎖的な考え方を完全に批判している訳ではありません。いい面もたくさんありますが、今、紹介したオーストラリアや吉田松陰の例からみても、生徒を中心にした教え方、生徒たちの興味を引き付ける教え方の方がより目的を達成することが可能になると思います。それはどの国でも目指さなければいけないことだと思います。

人間には判断力、応用力、個性があるからこそ、今まで成長し進歩してきました。だから、それらを失ってはいけません。物事の長所と短所を見極め、常に改善に向かわなければならないと思います。より多くの人たちがどう思っているかではなく、自分はどう見ているかが大切です。我々は個性を殺し、システムに動かされる駒で満足してはいけません。システムを動かす人間にならなければいけないと思います。システムが間違っていれば、「システムを変える努力をする」、それが出来るからこそ、我々は人間であり、今の社会を築くことが出来ました。これだけは、いかなる時も忘れないでほしいと思います。


橘谷エルナン
ペルー、一期生
物売りの子供達がいない!−びっくり日本 8 [2006年04月06日(木)]
物売りの子供達がいない!

8年前、初めて来日した私は驚きのあまりそう叫んでしまった。
発展途上国である母国、パラグアイでは首都に限らず小さな町でも
雑貨やお菓子、ジュースなどを売りながら生活している子供達が沢山いる。
その多くは学校に通っていない。

自動車が止まる信号などでは、我先にと押しあいしょっちゅうケンカが起きる。
なかには、親が日陰で涼み、まだ幼い子供がホコリまみれになりながら小銭をもらい歩く。
そうやって集まったお金は親の酒代に消える。
そんな光景は日常茶飯事で、そこで生まれ育った私はどの国にもそういう状況があるのだと思っていた。

来日当初、14歳だった私はバスに乗りながら物売りの子供達がいない不思議な物足りなさを感じた。
バスに乗り込んで大きな声で飴やガム、ジュースを勧めるにぎやかさがどこか懐かしかった。
その反面、そういう子供達が自分と比べて不平等な扱いを受けているのだと初めて気付くことができた。
そんな不平等さが見当たらないこの国はなんてすごいのだろう、それが1ヶ月間滞在した14歳の私の意見だった。

2004にもう一度来日、今回の滞在期間は前回とは比べ物にならないほど長い。
前回と同じように物売りの子供たちはいなかった。そのかわり、青いビニールシートのテントに暮すホームレスが目に付いた。路上でマンガ本や週刊誌を売っている。
まだ若く元気なヒトはいい、年老いたヨボヨボなおじいちゃんを見かけると自分の祖父と同じくらいかなと考えてしまう。

雪のふる寒い日にスーパーに買い物に来たホームレスのおじいちゃん。ボロボロになったジャージ姿に見るに見かね、恥ずかしさをしのんでマフラーを首にかけてあげた。今でもあの時の「ありがとう」が忘れられない。

今、私はこう思う。発展途上国では貧しさのために犠牲になる人々がいる。同じく先進国でも豊かさゆえにはじき出されてしまう人々がいる。どちらにも良いとこがあり、改善すべきとこがあるのだと。

パラグアイ国
一期生
上杉ゆき
日本の刑務所−ビックリ日本 7 [2006年04月03日(月)]
日本の刑務所



去年のことになるが、大学の授業(行政学)で府中刑務所を見学することになった。
「えっ、刑務所!」と思いながら、他の生徒11人と一緒に刑務所に向かった。
行ってみると、この刑務所は新装されたばかりで、自分が持っていた刑務所の暗いイメージとは異なっていた。

早速、10分くらいの説明と30分の質問タイムをもうけた。
刑務官の方は、丁寧に我々の質問に答えながら、何やら時間をうかがっていた。
どうやら、ある一定の時間、ほとんどの受刑者が刑務所内の工場で作業をしており、
その現場を後ほど見学させていただけるとのことであった。

その前に、写真に出ている本部棟から実際に受刑者が生活する場所へと移り、部屋や給食所などを見学した。

ここまではあまり驚かなかったのだが、刑務所の中にある工場に入ったときはゾッとしてしまった。自分たちが通っている場所が信じられなかった。

それは100人ものB級犯たちがノコギリやトンカチを持ちながら作業をしていて、その他には銃を持っていない刑務官2人と生徒11人のみだった
南米チリから来た私にはとうていありえないシナリオだった。
にも関わらず工場のど真ん中を歩いて渡った。

受刑者たちは僕らと目を会わせてはいけないというルールがあったのだが、何人かと目が会った。睨めつかれた人もいれば、とてもやさしい目でこっちを向く人もいた。

刑務官の方にどうして銃などを持ち歩かないのかと聞くと、「受刑者との信頼を深めるためにも銃を持たない、必要がない」とのことだった。

なるほど、たしかに日本の刑務所は南米と違って罰する場所ではなく、矯正を行う場所である。刑務官の方がこう仰っていた。「長く拘禁して自由を奪うことで「罰を与える」というイメージが強いが、むしろ、受刑者を理性ある人格として尊重し、社会の担い手として復帰できるような自発性の教育こそ重要である。」

チリの刑務所と比べると、刑務所内での喧嘩や暴行が非常に少ない。
こういった扱い方のほうが適しているのではないだろうか。

受刑者の急増化、国際化、施設の整備、刑務所の運営など色々な問題をかかえている府中刑務所だが、この隠れた日本の実態を生で見れたのは貴重な経験だった。

あまり知られていない刑務所の実態をもう少しオープンにメディアで放送する必要があるかもしれない。



日系スカラーシップ1期生
チリ出身
打村 明
http://blog.canpan.info/akira