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ラテン日系留学生

私たちは中南米で生まれ育った日系人です。
現在、日本財団から奨学金をいただき、それぞれの夢の実現のために日本で猛勉強中です。
「中南米日系人から見た日本」をテーマに、28人のラテン日系留学生が毎週記事を掲載します。乞うご期待!


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私が日本に来たわけ [2007年01月17日(水)]
日本にいる外国人は「どうして日本に来たのか」とよく質問されると思いますが、私にとっては答えは簡単ではありません。
私は日系三世のペルー人です。ペルーで生まれて、ずっとペルーで育って、国籍はペルーで母国語はスペイン語です。しかし、小さいころから自分は他のペルー人と何か違うところがあると思っていました
ある日、小学校二年生の時、友達と話していて、話の中で、私は「まくら」という日本語の言葉を使ってしまいました。友達は不思議そうな顔をしているので私は「まくらって何か分からないの」と友達に聞きました。もちろん友達はそういう言葉を聞くのは初めてでした。そして、その日、家に帰って、母と話していたとき「お母さん、友達はまくらの意味が分からない」と言ったら、母は笑って「それは日本語だよ」と教えてくれました
家の中ではスペイン語しか使われていませんでしたが簡単な日本語の単語もスペイン語と混ぜて使われていました。その理由で、小さいころの私は日本語を使っていた事には気づいていませんでした。日本語は全然話せませんでしたが日常的な言葉は少し分かりました。例えば、お祖母ちゃん、お祖父ちゃん、ご飯、おはようございます、いただきます、おいしいなどという言葉はスペイン語で言わないで、そのまま、日本語で言っていました。
また、日本の言葉だけでなく、家の中では日本の食べ物もよく食べていました。祖母はペルーに移民した時、日本の食べ物はほとんどありませんでしたので食べたいと思った日本料理は全て自分で作るしかありませんでした。私は子供の時から祖母が作ってくれた料理をよく食べていました。そして、毎日の生活の中で日本の文化や習慣の影響を強く受けて成長しました。
そのような理由で、ずっと子供の時から、日本はどういう所かとても知りたかったのです。
しかし、言葉は分かりませんでしたので、「日本に行くことは無理だ」といつも思っていました。自信がなくて、日本に行こうという気もありませんでした
しかし、
ペルーのいとこが日本語を勉強するために日本に来た時「私も是非日本に行きたい」と強く思いました。初めて日本に来て、小さいころから想像していた日本をやっと自分の目で見られて夢みたいナした。祖父母四人とも福島県出身ですが、そのとき福島県にいて、父方と母方の親戚と会うことができて、感激しました
初めて日本に来たわけは日本語を勉強すると言う事より、自分のルーツを知りたいという事です。日本に来てから、いろいろなな事を学んだり、経験したりして、日系人であることをより誇りに思うようになったと思います

Patricia Nakamura
ペルー