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ラテン日系留学生

私たちは中南米で生まれ育った日系人です。
現在、日本財団から奨学金をいただき、それぞれの夢の実現のために日本で猛勉強中です。
「中南米日系人から見た日本」をテーマに、31人のラテン日系留学生が毎週記事を掲載します。乞うご期待!


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[2013年05月12日(Sun)]
皆さんお久しぶりですね。
最近とても暖かいですね!もう夏が来たって感じですね。

さて、5月2日から5日までは横浜のJICAでHNK(春の研修)を行い、参加しました。
私は運営グループの一員だったので結構バタバタしていましたが皆に気に入ってもらえたらしくてとても良かったです。
今回がRodrigoの最後のNFSAのイベントの参加でした。Rodrigo今までありがとう!
新しいリーダーとして決まったMateus、これからお願いします!

来月私は福岡に行ってきます!!
外国人による弁論大会に応募したんですけどなんと一次審査に受かり、本選にでられることになりました!弁論大会頑張ります!

安楽美幸レイラ
ブラジル
9期生
海外日系人大会 [2012年11月06日(Tue)]
皆さん、こんにちは!

少なくとも年四回に特別なイベントがあって、奨学金の皆さんは集まる機会がある。その四つの機会から、先週は第53海外日系人大会と言うイベントが行われた。三日間で世界の日系人が東京で集まって、日系人アイデンティティとか日系人コミュニティーの問題と遺贈を論じる。この大会に様々な世代とバックグラウンドの参加者がいるから、豊かな意見交流ができるしネットワークも広げるから大切なイベントだ。
海外日系人大会の二日目に四つの会議が行って、若者に向けているユース会議と言う会議がある。今年のユース会議のテーマは「世界における日本文化の影響」だった。朝は日本のポップカルチャーの講義があった。つまり、アニメと漫画は世界で広まって、外国の子供は日本文化と価値とコンタクトがあって、ある部分は日本語と日本ファッシオンに興味を発展した。それから、現在日本ポップカルチャーは日本のイメージに大切なものだ。昼の講師は日系人と日本人の行動と考え方を比べた。講義の目的はどのように日本で勉強していると働いている日系人が日本社会に貢献できる。個人的に日系人と日本人の話が好きだった。その文化の差は毎日気付いて、どのようにこの壁を超えられるとかどのようにもっと効率的に日本人と共生できることを分かりたいだ。

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他の記憶に残る事件は外務省の供宴で二人のメダリストと会った。水泳選手の立石諒とハンマー投選手の室伏広治だ。東京は2020年オリンピックゲームの立候補都市だから、二人は東京をプロモートために、供宴に出席した。二人とゆっくりで話せて、プロ選手の日常生活と特別なケアを聞いて、凄く盛り上がった。スポーツが大好きだから、二人を見たら、もっと頑張りたいの気持ちが溢れ出した。

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そう言ったら、東京頑張ってね!!!2020年オリンピックゲームの立候補都市を応援してる!!!

ブラジル出身
8期生
陳マテウス
7月12日から8月12日までの収録 [2012年08月12日(Sun)]
皆さんお久しぶりです。

私は今夏休み中です。さてまた今回もざっと一ヶ月間何をしていたかお書きしていきたいと思います!目

さて学校では国家試験課題のワインディングの練習・週に一回のメイクの授業・ヘアアレンジなどの授業をやってきました。
学校での作品の写真や友達に練習させてもらった(ヘアカットやメイク)時の写真や私がモデルになって練習された写真などを追加します:

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同じく9期生のたかし と カリン と髪の毛を切りました!!
あきなにメイクをしました。
先輩にモデル頼まれたので文化祭でやるヘア&メイクを私に練習されました。

さて、夏休み前に学校でスペシャルゼミナーというものがあり、美容業界で有名な方の講義を聞かせてもらいました。
この写真は 遠藤波津子 美容室 (ブライダルでとても有名です。100年以上前から営業している伝統的なサロン) のヘアメイクさんの講義の時です。

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こちらの写真はWELLAの美容師&カラーリストのコンテスト、「Trend vision 2012 area final award TOKYO」を観に行ったときのです。何十人って美容師さん達がその場でメイクやヘアカット、ヘアセットを行うのが観られ、色んなクリエイティブな作品がみられたのでとてもためになりました。

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寮で一緒に住んでいるブラジル人の友達とロシアのサーカスを観にいきました。
空中ブランコが凄かったです!!そして動物を使ったショーもいっぱいあって本当に楽しかったです!
犬や猫、猿、とら、ゾウさんなど、ブラジルと比べるとても豪華なサーカスでした。

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オリンピックはもう明日で終わりです。ブラジルは決勝で負けてばかりで本当に悲しくて悔しいです・・・・・・
寮にはテレビがあっても夜の21時半までしか観れないので私とカリンでRodrigoの家にオリンピック観に行きました。やっぱり三人で観る方が楽しいです!!
Rodoの家で私はホットケーキを作りました!!

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RodrigoとがSM TOWNという韓国のタレント事務所所属のアイドルのライブを観に東京ドームへ行きました!!
Super Junior、F(x)、少女時代、Exo、BoA、SHINee、東方神起など有名なグループ勢揃いでした。

その次の日には力行会のバーベキューがありました。私とブラジル人のFarley君はお肉の味付けをしました!そして私はポテトサラダも作りました。(冷蔵庫の中に忘れられてしまったけど)
ブラジルの有名なVinagreteというソースも作りました!!
そしてインドネシアの子達と仲良くなれて嬉しかったです。
スイカ割りや花火もあってとても楽しかったです。

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私がほぼ毎土曜日参加させてもらっている写真研究倶楽部で撮影してもらった写真です!
テキーラは撮影のためだけでした!!

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9期生&Mateusで池袋のゲーセンにて。
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昨日私は美容室へ行ってハイライト?をいれてもらいました。学校の課題のため、サロンリサーチをしなければいけなかったからってのもあります。満足度100%じゃないですけど気に入りました。

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さて今日からデジタルハリウッドで勉強しているブラジル人の知り合いの卒業制作のショートフィルムのお手伝いをさせてもらいます。役者さん達のメイクをさせてもらいます。今日の撮影は吉祥寺の井の頭公園で行われました。初めてだったのでちょっとドキドキしましたがとても楽しかったし勉強になりました。
ちなみに明日の撮影は埼玉県で病院でやるそうです。

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さて、長くなりましたのでここら辺で終わりにしようと思います。

安楽美幸レイラ 9期生 2012

可愛い [2010年12月10日(Fri)]
皆さん、
元気ですか。皆様の勉強や研究はどうですか。もう12月、早い!忙しい12月。。大学のレポートや発表が沢山あり、時間がすぐ過ぎます。本当に忙しい月。。でも来週は冬の研修ですね。楽しみです!冬の研修を一生懸命考えている人たちやNFSAグループの皆様全員が頑張っているのでとても良い研修になると思います! 
その後、クリスマスやお正月の予定はたてましたか。乾杯

私は日本に来てもう1年半がたちました。忙しくても、時間があまりなくても、家族とはいつも連絡をします。私が日本にきたときにはこのブログに始めて書いた記事は家族のことでした。ドキドキ大
私が日本にいる間にはブラジルでいろいろ良いことがありました、そして先週には金谷家族の新しいメンバーが生まれました:兄の子供。スカイプのおかげで赤ちゃんの顔を見れて私は幸せです。一緒にいることとはまた全然違いますが、でも写真や顔を見れるので私は嬉しいです。笑顔



私が嬉しいときや大変なときでもいつも支援してくれる家族。
皆様も家族とはなれ、いろんなことがあると思いますが、お互いに頑張りましょう。家族は絶対に応援してくれてると思います!
頑張ろうね!
冬の研修、楽しみです!

金谷マヤ
6期生
ブラジル出身

日系人 [2010年07月21日(Wed)]
日系人

 日本での就学生生活も4年目である。おおよその事にも、慣れてきて、少しマンネリ化している今日この頃だ。

 個人的に、普段の生活では、日系であることを余り主張しないようにしているが、色々な場面で、強調することが多々ある。日系であり、現在留学しているわけで、WinWinな関係を築くのが理想であるから、日本とパラグアイを相対的に見ることも大事ではある。
 さらに、先月のワールドカップによって、かつてないほどにパラグアイがクローズアップされて、パラグアイについて色々考える機会があった。


 私は、普段の生活で特段、日系人であることを意識しているわけではないが、時折、会話で言ってしまうのは、「あ〜。日本人っぽーい(自分の想像する日本と合致するとうれしくて)」決して批判の意味をこめていないにしろ、聞く人により、不愉快にさせていると思う。

 人の事をいえる立場でもないし。。。。。汗。。。。かくいう私は、

 日系人仲間は、「涼子日本人だよね〜」と言う。私は時間、礼儀、に口うるさい、仲間うちのミーティングでも、1会合だと思うと、どうしても型にはまってしまうし、親しき仲でも礼儀を優先する。また、後先考えず、その時を満喫することができず、南米の「のんびり〜」の雰囲気にはそぐわない部分があることは自覚している。

 日本人仲間では、「篠藤さん、やはりちょっと日本人とちがう」と言う。私は、毎日元気で、人懐っこい・・らしい。日本の・・・?!日本に!、合わないところがある。(笑)と言うのも、日本育ちの日本人との生活は今までしたことがなかったので、自分のどこが南米っぽいのかは余り解らなかった。そもそも、私はパラグアイでは、常々、「日本人ぽいね」と言われており、特段性格が明るい、社交的と言われたことはなかった。

 考えてみれば当然である、パラグアイにいるときは、パラグアイらしさは当たり前な部分なので、特段フォーカスされることがなかったのだ。

 日本生活4年目にして、ようやくきがついた、新たな自分だ。日本にも慣れてきたが、まだまだ新しい発見は色々あった。ここらで気を引き締めなおさなければ、慣れとは、いいものであり怖いものである。
初心にかえり、色々、闘志を燃やすぞ、初心貫徹だ!!

四期生
パラグアイ
篠藤 涼子 グラシエラ
ペルー日本人移民激動の一世紀の物語 [2010年02月25日(Thu)]

ペルーへ渡った日本人移民の歴史を語る本が、2月20日に日本で出版されました!

本の内容を紹介したいと思います笑顔(「BOOK」データベースより)

海外雄飛の夢、排日への気運、母国の戦争への道、突然の米国への拉致、資産の全てを失った父―多感な少女として両親と共に監禁所暮らしを体験した著者が語る「忘れないで」。本書は父親が娘を通して語った日本人移民そのものの歴史でもある。

著者紹介:坪居寿美子。1932年ペルー共和国リマ市で生れ、リマ日本人小学校四年生のとき、一家は日米戦争によって1942年6月ペルーを追放され、アメリカ、テキサス州シーゴビル抑留所に監禁される。1943年9月第二次日米捕虜交換船で両親らと日本へ送還した。1953年滋賀県立短期大学家政学部(現滋賀県立大学)卒業し、日清紡勤務、1956年坪居恭平と結婚した。1970年日本万国博覧会アルゼンチン館副館長。1996年NHK臨時特派員としてペルー取材調査。

この本を読むことを、とても楽しみにしています。

中村パトリシア
ペルー
日系人として生きるということ [2009年09月10日(Thu)]


先日、ペルー国籍の日系人と知り合い、彼とその家族から日系人として生きることの厳しさを聞くことができた。そしてその多くは私自身も経験していることだったので強く共感したのでブログに書くことにした。

日系人は二つの祖国を持つと言われているが、ペルーではjapones(日本人)と言われ、日本に来るとペルー人と呼ばれる。つまりいずれの国でも外国人として扱われているということ。この点についてパラグアイは親日的な国なので特に差別を受けるというようなことはなかった。

就職に関しては彼は日系人が運営している派遣会社から派遣されて働いているのだが、その賃金は同じ仕事をしている日本人よりも低く、外国人であり日本語も話せないという弱い立場にあるため不景気になった今、仕事がなくなっているということ。

この様な話をしていたが、彼とその家族はやはり南米という環境で育ったせいか、とても明るく笑いながら話をしてくれた。彼の太陽のように明るい笑顔がとても印象的だった。

パラグアイ出身
日系スカラーシップ4期生
飯田博子

私の異文化体験 [2009年04月29日(Wed)]
私はブラジルから参りました三世の日系留学生です。祖父母は日本で生まれ、移民としてブラジルへ渡りました。そのおかげでブラジルで生まれ育った私は少し日本の文化や習慣が身に付いています。

日系人の私はブラジルや日本にいる時には「ブラジル人じゃない」とか「日本人じゃない」などとよく言われました。なぜなら私はブラジル人の明るさと気楽なライフスタイルを持っているし、日本人の真面目な性格や親切さも持っているから私は半分ブラジル人で半分日本人です。

ですからブラジルにいても、日本にいても、異文化体験を感じます。

ブラジルにいる時にいつもびっくりするのは無駄使いです。ブラジルは国が広いだけではなく、天然資源も多いからみんなは自由に水や食材や紙などの無駄使いをします。そして私は日本人のようにもったいないと考えます。

ぎゃくに、日本にいる時には一つの事をよく感じます。それは日本人は自分の気持ちや考え方をはっきり言わないことです。相手のほうが自分より大事だから自分の意見をちゃんと伝えません。私は相手を大事にすることはとても良いことだと思いますがあまり自分の意見や気持ちを伝えないと人々の関係を深めることが難しくなると思います。

異文化体験にとまどうところは多いのですが、グローバルな人間になるために、すごい良い勉強だと信じています。

崎山メリーナ
ブラジル出身
6期生

僕の考え方 [2009年03月05日(Thu)]
先月、僕はインドに行きました。 インドについて良いことがいっぱい書きたいけど、日本語で説明することができないので もし、良かったら このリンク見てください: http://www.nikkeiportal.com/nikkei すいません

今回、僕の考え方は教えてもらいたい:

- 自分の目標に立ち向かおう,ただし人を傷つけてはいけない.電球

- 今日できることを明日に持ち越すな.足跡

- 自分自身と自分の可能性を信じよう.力こぶ

- 幸せになろう,そしてその幸せを周りの人々に広めよう.猫

- 愛し,愛されよう.ドキドキ大

- 決断しよう,そしてその結果を受け入れよう.びっくり

- 良いことをしよう,しかし見返りを期待してはいけない.OK

- いつも笑顔でいよう,いつか誰かがあなたに微笑み返してくれるはずだから.クジラ

- 人生があなたに与えるささいなことにも最上の喜びを感じるように生きよう.太陽

- 夢に目覚めよう,そしてすばらしい夢を持とう.あなたが迷ったとき,それがあなたを導いてくれるはずだから.カギ



磯谷セイジ
ブラジル
3期生
 
異文化共存 [2009年02月06日(Fri)]
 日本では、12月の忙しさを師走(しわす)ということがあります。私にとっては、修論の締切、発表から始まり、出前授業、大学の留学生活動と多忙な1月となり、師走が少し遅れてやってまいりました。


 
写真は1月の北海道生協の発行物で執筆したものです。


 下は、北海道大学留学生センターの「インターナショナル・トーク」に参加させていただいたものです。


インターナショナル・トークは、大学学内部・外部の人に留学生のお国について自由にお話をするものです。

 この機会に私は、日本(北海道)の方になじみの薄い
「パラグアイ」
の一般情報、歴史、文化について紹介させていただきました。
また日本とは位置的にも文化的にも対照(私見)なパラグアイで現在日系人はどのような暮らしをしているかについて、実体験にもとにお話をさせていただきました。

 終了して質疑の時間では(後で感想もたくさん届き感激です)、日系人について集中しました。

 お話の中で私は日系人の頑張りと現地の人との友好関係について、

現地の方を雇用するまでに至っいる

と表現したことに対して

「現地の方は日系人のもとで働くのは賃金設定が良いからあり、納得しているといえるのですか?」

という質問がありました。

 確かに、私は親の仕事を見ていて現地の人と友好な関係のもと雇用関係にあると勝手に思いこんでいたことで、直接本人に聞いたことはありません。

 ほぼ自給自足で平和に大自然の中独自の文化で暮らしていたのが、突然外国からきて、開拓始め、日系移住地を作り独自の文化を展開していく現状をよく思われない方がいても当然です(雇用をうむ、発展を別として)。

 しかし、20数年暮らしてそのようなことを感じたことがなかったのは、私が鈍感なのか、パラグアイ人があたたかく異文化をあるがままに受け入れてくれた寛大からなのでしょうか?
歴史的にパラグアイ人は読み書きや田畑を耕すことをスペインから来た伝道師により教わります。(環境破壊や経済大恐慌が言われている今、文明開化が必ずしもいいとは言えないかもしれませんが、現在のパラグアイはあることは事実です)
また植民地であるスペイン人に対しても友好的であったと記されていることからも、後者であると思われ、また思いたいです。


 あらためて異国で日系人として生きていく上で、移住当初あたたかく受け入れてくれた各国への感謝をわすれず、これからもさまざまな場所で日系人として活躍をしていきたいです。


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