日系人
[2010年07月21日(Wed)]
日系人
日本での就学生生活も4年目である。おおよその事にも、慣れてきて、少しマンネリ化している今日この頃だ。
個人的に、普段の生活では、日系であることを余り主張しないようにしているが、色々な場面で、強調することが多々ある。日系であり、現在留学しているわけで、WinWinな関係を築くのが理想であるから、日本とパラグアイを相対的に見ることも大事ではある。
さらに、先月のワールドカップによって、かつてないほどにパラグアイがクローズアップされて、パラグアイについて色々考える機会があった。
私は、普段の生活で特段、日系人であることを意識しているわけではないが、時折、会話で言ってしまうのは、「あ〜。日本人っぽーい(自分の想像する日本と合致するとうれしくて)」決して批判の意味をこめていないにしろ、聞く人により、不愉快にさせていると思う。
人の事をいえる立場でもないし。。。。。汗。。。。かくいう私は、
日系人仲間は、「涼子日本人だよね〜」と言う。私は時間、礼儀、に口うるさい、仲間うちのミーティングでも、1会合だと思うと、どうしても型にはまってしまうし、親しき仲でも礼儀を優先する。また、後先考えず、その時を満喫することができず、南米の「のんびり〜」の雰囲気にはそぐわない部分があることは自覚している。
日本人仲間では、「篠藤さん、やはりちょっと日本人とちがう」と言う。私は、毎日元気で、人懐っこい・・らしい。日本の・・・?!日本に!、合わないところがある。(笑)と言うのも、日本育ちの日本人との生活は今までしたことがなかったので、自分のどこが南米っぽいのかは余り解らなかった。そもそも、私はパラグアイでは、常々、「日本人ぽいね」と言われており、特段性格が明るい、社交的と言われたことはなかった。
考えてみれば当然である、パラグアイにいるときは、パラグアイらしさは当たり前な部分なので、特段フォーカスされることがなかったのだ。
日本生活4年目にして、ようやくきがついた、新たな自分だ。日本にも慣れてきたが、まだまだ新しい発見は色々あった。ここらで気を引き締めなおさなければ、慣れとは、いいものであり怖いものである。
初心にかえり、色々、闘志を燃やすぞ、初心貫徹だ!!
四期生
パラグアイ
篠藤 涼子 グラシエラ
日本での就学生生活も4年目である。おおよその事にも、慣れてきて、少しマンネリ化している今日この頃だ。
個人的に、普段の生活では、日系であることを余り主張しないようにしているが、色々な場面で、強調することが多々ある。日系であり、現在留学しているわけで、WinWinな関係を築くのが理想であるから、日本とパラグアイを相対的に見ることも大事ではある。
さらに、先月のワールドカップによって、かつてないほどにパラグアイがクローズアップされて、パラグアイについて色々考える機会があった。
私は、普段の生活で特段、日系人であることを意識しているわけではないが、時折、会話で言ってしまうのは、「あ〜。日本人っぽーい(自分の想像する日本と合致するとうれしくて)」決して批判の意味をこめていないにしろ、聞く人により、不愉快にさせていると思う。
人の事をいえる立場でもないし。。。。。汗。。。。かくいう私は、
日系人仲間は、「涼子日本人だよね〜」と言う。私は時間、礼儀、に口うるさい、仲間うちのミーティングでも、1会合だと思うと、どうしても型にはまってしまうし、親しき仲でも礼儀を優先する。また、後先考えず、その時を満喫することができず、南米の「のんびり〜」の雰囲気にはそぐわない部分があることは自覚している。
日本人仲間では、「篠藤さん、やはりちょっと日本人とちがう」と言う。私は、毎日元気で、人懐っこい・・らしい。日本の・・・?!日本に!、合わないところがある。(笑)と言うのも、日本育ちの日本人との生活は今までしたことがなかったので、自分のどこが南米っぽいのかは余り解らなかった。そもそも、私はパラグアイでは、常々、「日本人ぽいね」と言われており、特段性格が明るい、社交的と言われたことはなかった。
考えてみれば当然である、パラグアイにいるときは、パラグアイらしさは当たり前な部分なので、特段フォーカスされることがなかったのだ。
日本生活4年目にして、ようやくきがついた、新たな自分だ。日本にも慣れてきたが、まだまだ新しい発見は色々あった。ここらで気を引き締めなおさなければ、慣れとは、いいものであり怖いものである。
初心にかえり、色々、闘志を燃やすぞ、初心貫徹だ!!
四期生
パラグアイ
篠藤 涼子 グラシエラ
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