幸せ祈願し移住時植樹
[2008年05月06日(火)]
ペルーで生まれた日系人の私はサンパウロ出身のブラジル日系人の少女と結婚しました。 あまり雨が降らないペルーの首都のリマには、基本的に夏・冬の季節しかありません。なので、来日する前に春の桜美を見た事がなかった。現在、妻と東京に住んでいて、日本の居住者として、桜の花を見るのが大好きです。
桜の文化に関して調べてみたら、そんな昔の習慣を思わなかった。平安時代(794-1191)の間、社会現象を含む中国からの多くの習慣を見習おうとした日本貴族、詩人、歌手が桜木の下で集まって、お祝いします。そこで、観桜会が誕生するらしいです。しかし、春の微風で桜花が飛んで、日本人はどんな気持ちになるでしょうか?花が落ちるのはどんな象徴的な意味でしょうか?今年石川県で桜が咲いていたのを見ながら、その質問の答えを探そうと思いました。
妻の家族には、面白い話がある。妻のお祖母さんの千恵子さんが1953年石川県小松市松岡町からブラジルへお見合いで結婚しに行きました。女子高生が一人で出発した時に自宅の側に記念のシダレザクラが植えられた。この72歳になったシダレザクラは地元で「千恵子桜」の愛称で親しまれ、高さ約17m、幹回り260cmに成長。最近、千恵子ザクラは人気になり、2002年に松岡町でファンクラブが出来ました。このファンクラブが千恵子さんに一度会いたくて、2005年初体面千恵子さんは松岡町でのファンと会え、一緒に楽しみました。
千恵子さんは松岡町に9回帰っても、桜花を見る機会はなかった。ブラジルの家族では始めて千恵子桜を満開で見に行く妻は浮き浮きして、旅行の準備を2ヶ月前に始めました。今年の4月、小松市の家族に連絡した従兄弟小父さんは親切に連れてくれました。

千恵子さんの実家に近づいたら、千恵子桜の梢を見られ、嬉しくなりました。到着して、千恵子さんの家は駐車場になったことに気づいた。驚いたことに、

千恵子ダンゴでも売っていました!大人気だね!

千恵子さんのお姉さんとお姉さんのご主人に私を紹介していただいて、一緒に千恵子桜を見に歩きました。

枝や葉が密生した一本の千恵子桜を見て、素晴らしかったです。シダレザクラのことだから、涙のように花びらが空をつたっていました。多分、千恵子さんを待つシダレザクラのやり方です。茂っている千恵子桜の前に、たくさん写真を写った:ファンクラブ会長、妻の従兄弟小父さん、妻の大伯母とご主人、妻、後私。

喜んでいた妻の笑顔を見て感動してくれました。やっぱり答えを探して、桜美の意味を感じました!
ペルーの3期生
岸本グスタボ




