日本でも、”Home sweet home”
[2008年03月10日(月)]
私の日本での留学生活が間もまもなく4年目になります。
最初ホームシックで泣き虫だったのに自分自身でも驚くほど日本に慣れてきました。日本にいる間、人生の大きな変化になったので本当に来て良かったと思っています
。
それにしても、何年経っても生まれ育ったボリビアのことは忘れられません。時には懐かしくてどう使用もなく、国の思い出に襲われる事もあります
。
そんな時に効果のある方法を見つけました。それは故郷ボリビアの料理を作ったり、何か聞いたり見たりすることです。
例えば、ある日ボリビア風の料理が食べたいなと思い自分で作るしかないので作ってみました。ラテン音楽を聴きながら、踊りながらなんとかボリビアの「肉のエンパナダ」をマキ風にできあがりました
。
エンパナダという料理は、鶏肉や牛肉を玉ねぎとトマト、オリーブ、ゆで卵、レーズンと色んな調味料で味付けて焼いてから小麦粉で作った皮に餃子みたいに包みます。

この前うれしい事に、初めてボリビアのコーヒー豆を発売されていたお店に入りました。そこで、ボリビアだけでなくブラジルやニカラグアのコーヒー豆も買えます。ボリビア
のコーヒーってこんなに美味しかったのかと久しぶりに味わいました。

最後に面白い事に、数年前ブラジルのサオ.パウロに行ったとき、有名なショッピングモールで外食をしました。その時ボリビアだけで作っているはずと生まれてからずっと思っていたおやつを発見しました。それは「Pão de Queijo=ポン.デ.ケイジョ」 でした。私の国では 「cuñape=クニャペ」か「rosca=ロスカ」と呼ばれているおやつで、形や味もそっくりです。
また日本に来てからも、私の大好きな「cuñape」が「Pão de Queijo」と呼ばれ、色んな所で発売されている事を分かりました
。
日本では海外の色んな製品が手に入るので、外国人コミュニテイーにも便利です。日本に来る外国の方も私と同じに日本を記憶に残して欲しいです。ですから皆の力を合わせ社会を徐々にグローバルな考え方を持つように変化して行くことが大切だと思います。
古木 マキ
ボリビア出身
一期性
最初ホームシックで泣き虫だったのに自分自身でも驚くほど日本に慣れてきました。日本にいる間、人生の大きな変化になったので本当に来て良かったと思っています
。それにしても、何年経っても生まれ育ったボリビアのことは忘れられません。時には懐かしくてどう使用もなく、国の思い出に襲われる事もあります
。そんな時に効果のある方法を見つけました。それは故郷ボリビアの料理を作ったり、何か聞いたり見たりすることです。
例えば、ある日ボリビア風の料理が食べたいなと思い自分で作るしかないので作ってみました。ラテン音楽を聴きながら、踊りながらなんとかボリビアの「肉のエンパナダ」をマキ風にできあがりました
。エンパナダという料理は、鶏肉や牛肉を玉ねぎとトマト、オリーブ、ゆで卵、レーズンと色んな調味料で味付けて焼いてから小麦粉で作った皮に餃子みたいに包みます。

この前うれしい事に、初めてボリビアのコーヒー豆を発売されていたお店に入りました。そこで、ボリビアだけでなくブラジルやニカラグアのコーヒー豆も買えます。ボリビア
のコーヒーってこんなに美味しかったのかと久しぶりに味わいました。

最後に面白い事に、数年前ブラジルのサオ.パウロに行ったとき、有名なショッピングモールで外食をしました。その時ボリビアだけで作っているはずと生まれてからずっと思っていたおやつを発見しました。それは「Pão de Queijo=ポン.デ.ケイジョ」 でした。私の国では 「cuñape=クニャペ」か「rosca=ロスカ」と呼ばれているおやつで、形や味もそっくりです。
また日本に来てからも、私の大好きな「cuñape」が「Pão de Queijo」と呼ばれ、色んな所で発売されている事を分かりました
。
日本では海外の色んな製品が手に入るので、外国人コミュニテイーにも便利です。日本に来る外国の方も私と同じに日本を記憶に残して欲しいです。ですから皆の力を合わせ社会を徐々にグローバルな考え方を持つように変化して行くことが大切だと思います。
古木 マキ
ボリビア出身
一期性




