物売りの子供達がいない!−びっくり日本 8
[2006年04月06日(Thu)]
物売りの子供達がいない!
8年前、初めて来日した私は驚きのあまりそう叫んでしまった。
発展途上国である母国、パラグアイでは首都に限らず小さな町でも
雑貨やお菓子、ジュースなどを売りながら生活している子供達が沢山いる。
その多くは学校に通っていない。
自動車が止まる信号などでは、我先にと押しあいしょっちゅうケンカが起きる。
なかには、親が日陰で涼み、まだ幼い子供がホコリまみれになりながら小銭をもらい歩く。
そうやって集まったお金は親の酒代に消える。
そんな光景は日常茶飯事で、そこで生まれ育った私はどの国にもそういう状況があるのだと思っていた。
来日当初、14歳だった私はバスに乗りながら物売りの子供達がいない不思議な物足りなさを感じた。
バスに乗り込んで大きな声で飴やガム、ジュースを勧めるにぎやかさがどこか懐かしかった。
その反面、そういう子供達が自分と比べて不平等な扱いを受けているのだと初めて気付くことができた。
そんな不平等さが見当たらないこの国はなんてすごいのだろう、それが1ヶ月間滞在した14歳の私の意見だった。
2004にもう一度来日、今回の滞在期間は前回とは比べ物にならないほど長い。
前回と同じように物売りの子供たちはいなかった。そのかわり、青いビニールシートのテントに暮すホームレスが目に付いた。路上でマンガ本や週刊誌を売っている。
まだ若く元気なヒトはいい、年老いたヨボヨボなおじいちゃんを見かけると自分の祖父と同じくらいかなと考えてしまう。
雪のふる寒い日にスーパーに買い物に来たホームレスのおじいちゃん。ボロボロになったジャージ姿に見るに見かね、恥ずかしさをしのんでマフラーを首にかけてあげた。今でもあの時の「ありがとう」が忘れられない。
今、私はこう思う。発展途上国では貧しさのために犠牲になる人々がいる。同じく先進国でも豊かさゆえにはじき出されてしまう人々がいる。どちらにも良いとこがあり、改善すべきとこがあるのだと。
パラグアイ国
一期生
上杉ゆき
8年前、初めて来日した私は驚きのあまりそう叫んでしまった。
発展途上国である母国、パラグアイでは首都に限らず小さな町でも
雑貨やお菓子、ジュースなどを売りながら生活している子供達が沢山いる。
その多くは学校に通っていない。
自動車が止まる信号などでは、我先にと押しあいしょっちゅうケンカが起きる。
なかには、親が日陰で涼み、まだ幼い子供がホコリまみれになりながら小銭をもらい歩く。
そうやって集まったお金は親の酒代に消える。
そんな光景は日常茶飯事で、そこで生まれ育った私はどの国にもそういう状況があるのだと思っていた。
来日当初、14歳だった私はバスに乗りながら物売りの子供達がいない不思議な物足りなさを感じた。
バスに乗り込んで大きな声で飴やガム、ジュースを勧めるにぎやかさがどこか懐かしかった。
その反面、そういう子供達が自分と比べて不平等な扱いを受けているのだと初めて気付くことができた。
そんな不平等さが見当たらないこの国はなんてすごいのだろう、それが1ヶ月間滞在した14歳の私の意見だった。
2004にもう一度来日、今回の滞在期間は前回とは比べ物にならないほど長い。
前回と同じように物売りの子供たちはいなかった。そのかわり、青いビニールシートのテントに暮すホームレスが目に付いた。路上でマンガ本や週刊誌を売っている。
まだ若く元気なヒトはいい、年老いたヨボヨボなおじいちゃんを見かけると自分の祖父と同じくらいかなと考えてしまう。
雪のふる寒い日にスーパーに買い物に来たホームレスのおじいちゃん。ボロボロになったジャージ姿に見るに見かね、恥ずかしさをしのんでマフラーを首にかけてあげた。今でもあの時の「ありがとう」が忘れられない。
今、私はこう思う。発展途上国では貧しさのために犠牲になる人々がいる。同じく先進国でも豊かさゆえにはじき出されてしまう人々がいる。どちらにも良いとこがあり、改善すべきとこがあるのだと。
パラグアイ国
一期生
上杉ゆき
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