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2017年05月08日(Mon)
耳の聞こえない人にも、能狂言を
鎌倉能舞台で初の試み

聴覚障害のある人たちにも「能・狂言」を楽しんでもらいたい――そんな試みの能楽公演「能を知る会」が5月3日、鎌倉市長谷の鎌倉能舞台で催されました。ゴールデンウイーク、大仏と長谷観音の間に位置する表通りは人の波ですが、少し横道に入った能舞台周辺は静寂が広がります。狂言1番、能1番ずつ朝・昼2度の公演。そして、会を主催する観世流能楽師、中森貫太さんによる解説で構成されています。

液晶モニターで字幕を流した能楽公演「能を知る会」の様子

液晶モニターで字幕を流した能楽公演「能を知る会」の様子


朝の部は開場前から50人を超える行列ができ、150人収容の客席はほぼ満員。その観客に中森さんは聞きました。「これまで能を見たことがない人?」。すると、多くの人の手が挙がりました。

公演を待つ人が列をなす鎌倉能舞台外観

公演を待つ人が列をなす鎌倉能舞台外観

ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)無形文化遺産登録第1号となった能楽ですが、あまり知られているとはいえません。それは武家の式楽として発達した能の持つ堅苦しさや、詞章と呼ぶセリフまわしの難しさなどに起因しているように思われます。古い言葉がそのまま舞台で語られ、ストーリーが進んでいきます。知識のある人には問題ないものですが、多くの人は「聞いていても意味さえわからない」といいます。まして、耳に障害のある方は楽しむことなどできません。

「能をわかりやすく伝え、多くの人に楽しんでもらいたい」。中森さんの思いは、父であり師範でもある能楽師、故・中森晶三さんの願いでもありました。鎌倉に能舞台を開いて能の普及に努めてきた父の姿を見て育った中森さんは、希望者に謡や仕舞を教えるかたわら、「県民のための能を知る会」を開いてきました。能の歴史や能面、装束、能舞台などのほか、上演する能の背景を解説、わかりやすく親しんでもらう活動を続けてきました。

そして今回、日本財団の助成を受けて見所(けんじょ)と呼ばれる客席の壁に液晶モニターを設置し、初めて、わかりやすい字幕解説を流すことになりました。

液晶モニターは、正面席の後方、地裏(じうら)と呼ばれる舞台に向かって右の壁面、脇正面と呼ぶ舞台にむかって左奥の3カ所に設置されました。見所のどこからでも観ることができるようになっています。

「一昨年、オペラの『椿姫』を観に行った際、字幕が流されていて大変、助かりました。能でもこうした工夫ができないかと思い立ち、去年、日本財団に助成をお願いしたのです」

観世流能楽師・中森貫太さん

観世流能楽師・中森貫太さん



中森さんはこれまでも、小学校に普及で訪れた際、現代語訳の字幕を流す工夫をしてきました。それを正規の公演でも実施すれば理解が広がると考えたわけです。2017年1月から試行錯誤を重ね、約1000人から是非のアンケートも取りました。「9割の方が賛成でした。1割の方からは邪魔という声もありましたが、実行してみることにしました」

パワーポイントを使って授業をするように、中森さんの解説のときからモニターに説明が映し出されました。図解があったり、表があったり、わかりやすく工夫された資料は中森さん自ら作成したものです。

「狂言はオチがわかるといけないし、演者の家ごとに詞章や演出が異なるので、あらすじだけを掲示しました。能も詞章をそのまま流しても舞台上の語りと合わないこともあるので要約にしました。ただ昼の部の狂言『柿山伏』は、小学校の公演で使った資料がありましたので現代語訳を流しました」
加えて、知人のハリソンたかこさんに依頼して英語訳を作り、同時に流しました。

モニターに映し出された字幕

モニターに映し出された字幕



「初めて観る人、鎌倉に多い外国人観光客にも能狂言が親しみやすくなります。私も年に2、3回能を観に行きますが、邪魔になるとは思いません。文化を広めるいい試みですね。行政としても後押ししていきたい」。朝の部を観た松尾崇・鎌倉市長の感想です。

昼の部には「誰でも舞台芸術を楽しめるよう」活動しているシアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)の皆さんが訪れました。正面後方席からモニターを参考に舞台を観ていました。終了後、中森さんも交えた意見交換が行なわれ、参加者からはさまざまな意見が飛び出しました。

・要約では何を話しているのか、わからない。きちんと詞章と現代語訳を流してほしい。
・後方席からはモニターを仰ぎ見る形になるので見づらい。舞台横に置けないか。
・狂言で登場人物のセリフが重なり、わかりづらいし、字幕の切り替えが遅い。
・現代語訳に違和感がある。スマートフォンで詞章を流してみてはどうか。
・地謡や囃子が強調したりする部分で、アイコンを使ったり工夫すればわかりやすい。
・要約は健常者向けで、何も聞こえない私たちには楽しめない。

ほかにもいろんな意見が飛び出し、中森さんは一つ一つ丁寧に説明しました。TA-net理事長の廣川麻子さんはこう話します。「まだまだ工夫する余地はたくさんありますが、字幕モニターがあることで能を楽しむことができました。これを機会に私たちも意見を出して、よりよい環境をつくれれば…」

その言葉に、中森さんも応えます。「これが1回目の試みです。モニターとは別に詞章を印刷物にして事前に希望者に渡すなど、いろいろ工夫していくつもりです」

TA-netの皆さんと中森貫太さん

TA-netの皆さんと中森貫太さん










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