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2017年03月17日(Fri)
防災フォーラム静岡で開催
今、地域に求められる災害対応力
支援の在り方・施策を共に考える


東日本大震災が2011(平成23)年3月11日に発生してから丸6年。日本財団は3月14日、防災対策の強化に取り組んでいる静岡県で「防災フォーラム」を開催しました。県との共催です。大規模災害時、自治体や民間団体がどのような被災者支援を展開したのか、その対応状況を共有し、今後の支援の在り方や具体的な取り組みを共に考える催しです。昨年4月に発生した熊本地震での支援活動報告や「今、地域に求められる災害対応力」と題したパネルディスカッションなどを通して、緊急時に必要な対応や施策について意見や情報を交換しました。

防災フォーラム全景

防災フォーラム全景


最大クラスの地震など大災害の発生に備え日本財団は15(同27)年6月、静岡県、同県社会福祉協議会、同ボランティア協会の3者と支援協定を締結。それぞれの持つ専門的知識や見解を大規模災害発生時、相互に活用し、迅速で効果的な連携支援ができるよう平時からの協力体制を構築しています。今回のフォーラムは静岡市駿河区の静岡県男女共同参画センターあざれあ大ホールで開催。自治体の防災担当者や防災に携わる民間団体の関係者など約160人が参加しました。

東日本大震災発生直後に日本財団は「被災者をNPOとつないで支える合同プロジェクト」を創設しました。すぐに先遣隊を仙台市へ派遣し3月29日からは毎週80人から100人の態勢で宮城県内のすべての避難所を訪問。状況を把握した上で、特別な配慮が必要な被災者を、専門的な知識を持ったNPOなどにつなぐ活動を展開しました。こうした問題意識を途切らせないために翌12年( 同24 )年10月からは、避難生活で被害を拡大させないよう、災害関連死の減少を目的とした研修や訓練事業を軸にした防災活動を全国各地で実施。熊本地震でも、甚大な被害を受けた熊本県上益城郡益城町で、避難所や自宅、仮設住宅で暮らす被災者への支援を続けました。

当日は日本財団で防災・災害対応の責任者を務める青柳光昌・ソーシャルイノベーション推進チーム上席チームリーダーが、これまでの活動の経緯や課題を具体的に説明し「今日はこの1年間の活動報告に加え、避難生活で被害者を出さないためにはどうしたらいいか、行政と地域住民の皆さんが一緒になって対応していくにはどうしたらいいか、議論をしたい。共感するところをたくさん見つけ、自分たちの次のアクションに取り組む何かきっかけをつくっていってほしい」とあいさつしました。

講演をするダイバーシティ研究所の田村太郎・代表理事

講演をするダイバーシティ研究所の田村太郎・代表理事

最初に一般財団法人ダイバーシティ研究所の田村太郎・代表理事が「大災害と社会の変化〜阪神・淡路大震災から熊本地震〜」と題して、阪神・淡路大震災以降の災害時の支援の在り方と変化について振り返りました。ダイバーシティは「多様性」などの意味を持つ英語。同研究所は「人の多様性に配慮した組織や地域社会づくり」を支援する非営利の民間団体です。

田村さんのスクリーン画面

田村さんのスクリーン画面

田村さんは阪神・淡路大震災が起きた1995(同7)年と東日本大震災発生前年の2010(同22)年の人口比較データをスクリーン画面に示して「18歳人口は31パーセントも減っている。75歳以上人口はほぼ倍。仮に東南海・南海地震が10年後や20年後に起きたら、日本はもっと高齢化しているので、とても日本国内の人材だけでは助け合えない」と指摘。また別のデータから「大学生のアルバイトの主な目的も、阪神・淡路大震災の頃は遊ぶ金だったが、今は生活費・食費のため。家からの仕送りの額も大幅に減っている。被災地に行けるような若者はもういない。若くて力のある男性が、地域にある程度いた時代は20〜30年前の話だ」と述べました。

田村さんのスクリーン画面

田村さんのスクリーン画面

その上で田村さんは 「今までのやり方だと避難生活での被害拡大は防げない。防災の考え方を根本的に見直してほしい」と念を押しました。「役所に任せておけば大丈夫という意識は変えてください。訓練を1回、2回をやっただけでは駄目、毎年実施を。できれば1泊の具体的で実践的な訓練をしてほしい。普段の生活の中にさりげなく防災を入れる工夫も必要。教育や子育ての施策の中に災害時対応を差し込み、福祉施策の中に災害のことを入れていく。普段からなじみのある子育て拠点や福祉施設を災害時の安心できる拠点に変えていき、全ての住民が安心して暮らせるまちづくりを目指してほしい」と呼び掛けました。

続いてダイバーシティ研究所の伊知地亮・研究主幹が、熊本地震の際に日本財団が益城町を中心に実施した支援活動の事例を報告しました。この現地調査や支援活動に携わった伊知地さんは、大震災の発生を想定していなかったので益城町ではいろいろな意味で混乱が起き、災害対策本部を設立した時には、どこに避難所がつくられているのか、どこに避難者がいるのか、全く把握できない状況だったと説明。避難所の開設や運営の訓練も一切されていなかったので、小さな町にもかかわらず、各避難所の運営の仕方が異なっていたり、それぞれの避難所の担い手が違っていたりした、と報告しました。

熊本地震における日本財団支援活動報告をするダイバーシティ研究所の伊知地亮・研究主幹

熊本地震における日本財団支援活動報告をするダイバーシティ研究所の伊知地亮・研究主幹

伊知地さんのスクリーン画面

伊知地さんのスクリーン画面



伊知地さんは「熊本地震における益城町から学べること」として▽避難所の開設・運営の訓練を定期的に実施して住民の意識を高める▽発災時に住民が何をするべきか備え、行政指導ではない仕組みをつくる▽避難所の名簿作りは必要だが、同時に避難者の要望を拾うことも大事▽どんな事情を抱えた人がいるか地域住民の特性は平時から把握できる。あらかじめ把握することは減災につながる▽どれだけ備えていても想定とは異なる事態が発生する。想定外の事態を受け入れる能力の構築が大事▽要支援者は避難所だけにとどまらない。在宅避難者などへの対応も必要−などと今後に向けた多くの懸案を挙げました。

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

最後に「今、地域に求められる災害対応力〜避難所で被害を拡大しないために〜」と題したパネルディスカションを通じて、被害を拡大しないために「命を守る対策」から「命をつなぐ被災対応」について考えました。益城だいすきプロジェクト「きままに」の吉村静代・代表、大分県別府市企画部政策推進課の村野淳子さん、総務省大臣官房企画課の橘清司・課長補佐、静岡県危機管理部危機情報課の筑紫利之・課長の4人がパネリストとして登壇。日本財団ソーシャルイノベーション推進チームの青柳光昌・上席チームリーダーがコーディネーターを務めました。

パネルディスカッションのスクリーン画面

パネルディスカッションのスクリーン画面

熊本地震は16(同28)年4月14日以降に熊本、大分両県で相次いで発生。最大震度7を同月14日夜と16日未明に観測しました。吉村さんは、指定避難所である益城中央小学校体育館に避難、「主役はわたしたち∼明るく楽しい避難所きままに∼」をモットーに避難所の自主運営を行い、仮設団地移行後は現在、自治会長としてコミュニティ形成に取り組んでいます。

パネルディスカッションのスクリーン画面

パネルディスカッションのスクリーン画面

避難所生活を4カ月間体験した吉村さんは、混雑した避難所に2カ所の非常出口と避難通路を確保して避難スペースの整理を図った▽段ボールベットや間仕切りが導入された時に、間仕切り内の安全確認ができるよう日中の開放を取り決めた▽対話のできる安らげる場所としてキッズサロンやコミュニティーカフェ、会食コーナーを設置した▽勉強をしたいという子どもたちのために倉庫を学習コーナーに改装した▽「できる人が、できることを、できたしこ(できた分だけ:熊本の言葉)」と避難所の中での役割分担は一切しなかった‐吉村さんは以上のような体験や意見を紹介し「生活する場には細かい配慮ができる女性リーダーが必要だ」と強調しました。

別府市で個別支援計画のモデルづくり着手している村野さんは、これまでの活動や問題意識について披露し「要配慮者が避難所に行ったときには、すぐ支援者が必要になる。専門家がそこにすぐ入れるような仕組みを日常からつくっておく。地域にどういう方がおられるか事前に把握しておく。地域の中でだれが支援できるのか、どういうふうにお願いすればいいのかということを前もって考えておく。こうしたことが非常に大事。そうしないと命がつながっていかない、支援がつながっていかない」と訴えました。

総務省の橘さんは災害時に外国人や高齢者に必要な情報を確実に届けることを目的とした「情報難民ゼロプロジェクト」の取り組みについて説明し、静岡県の筑紫さんは大規模地震に対して、静岡県がハード面、ソフト面のあらゆる側面から防災対策の強化に取り組んでいる実情や各種施策を紹介しました。



● 平成28年熊本地震への支援(日本財団ウェブサイト)






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