• もっと見る

前の記事 «  トップページ  » 次の記事
2012年03月20日(Tue)
インドでのハンセン病制圧活動(デリー)
(東北新生園入所者自治会機関誌【新生】2012年3月20日掲載)

笹川 陽平 

 昨年秋にインドの首都デリーを訪問しました。ハンセン病対策を統括する各国の責任者が世界中から集まる国際会議に出席するのが主な目的で、ハンセン病の回復者やその家族が集まって生活するコロニーの訪問や政府要人との面談も行いました。
 2010年末現在、世界のハンセン病患者数は19万2千人、1年間に発見される新規患者数は22万8千人です。1985年には患者数が500万人以上を超えていましたが、治療薬MDT(多剤併用療法)が開発され、日本財団の支援などにより無料で配布されるようになってから患者数は大幅に減少しました。人口1万人あたりの有病率1人未満というWHO(世界保健機関)が定める公衆衛生上の制圧についても、1985年は122カ国が未制圧でしたが、現在ではブラジル1カ国を残すのみとなっています。患者数が多い国は今回の訪問国インドが最大で年間12万9千人、続いてブラジルで3万5千人、3番目にインドネシアで1万7千人が新規患者として発見されています。まだまだ多くの人々がこの病気にかかり、発見が遅れ障害が残ってしまう人もいるだけでなく、病気が治ったあとも社会に根強く残る偏見や差別に苦しんでおり、医療面と社会面の両面における闘いが必要なのです。

 デリーに到着した翌日の午前中、WHOが主催するハンセン病グローバル・プログラム・マネジャー会議に出席しました。アジア、アフリカ、中南米など50カ国近くから責任者が一堂に会し、世界のハンセン病対策を決める重要な会議です。WHOは現5カ年戦略のなかで、新規患者中のグレードUの障害(目に見える障害)数を2015年までに2010年比で35パーセント減らすという目標を掲げています。会議の冒頭で、WHO東南アジア地域事務局長のサムリー博士がこの目標を再度表明し、スティグマ・差別の問題を克服していくための取り組みについても力を入れていくと発表されました。また今回は、WHOが長年開催してきたこの会議において、初めてスティグマと差別に関するセッションが設けられ、さらに2日間ある日程の一番初めに行われました。WHOがいかにハンセン病の差別の問題を重要視し始めたかが伺える出来事であり、各国の政府保健省高官や国際機関職員たちが回復者の生の声を聞くよい機会となったと思います。先に述べた5カ年戦略でも社会面での取り組みが包含されており、私がよくたとえで使うモーターサイクルでいうところの前輪と後輪がそろって動き始めていることが感じられました。

 私からは基調講演で、各国のハンセン病責任者に対してこれまで制圧活動を成功に導いてきてくれたことへの感謝を伝えると同時に、今後も医療面、社会面の両側面において課題が残されているなか、戦略的、創造的な取り組みが求められており、また、昨年WHOが発行した「ハンセン病サービスにおける回復者参加強化ガイドライン」を各国に適用し実施していただきたい旨も述べました。社会面においては、人々の間でハンセン病に対する誤解や迷信が根強く残るなか、スティグマや差別をなくすための戦略として、国際機関と政府機関へのアプローチ、一般社会の認知の向上、当事者のエンパワーメントという三つの柱に基づく戦略を紹介しました。一つ目は、2010年12月、国連総会で「ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」およびその原則とガイドラインが全会一致で可決されたことを触媒として、各国政府に差別的法律の改正や生活の改善を訴えるという取り組みです。2つ目の具体的な取り組みは、2006年から行っている差別撤廃の声明であるグローバル・アピールで、これまでノーベル賞受賞者をはじめとして、NGOや宗教、企業や大学の指導者に賛同を得て発表してきました。2012年は世界の各国医師会に賛同を得る予定であり、それを機に医療施設での患者に対する偏見を撤廃する足がかりとしたいという考えを述べました。3つ目の回復者のエンパワーメントとして、インドでのハンセン病回復者団体ナショナル・フォーラムによる当事者間のネットワーク化の動きと、笹川インド・ハンセン病財団による小規模融資や奨学金の取り組みを紹介しました。これらの3つのアプローチが組み合わさり「NGOと政府、国際機関、そして回復者自身が共に力を合わせることではじめて、差別をなくし尊厳を回復していくことができると信じている」と訴えました。

 会議はその後、スティグマ・差別の問題と対策、世界のハンセン病の状況、障害への対策などをテーマに、各国の代表や専門家、あるいいは回復者自身から発表があり、積極的な意見交換がなされました。2015年までの5カ年戦略のもと、各国が積極的に対策を進めることを期待しています。

zm2011950_01.jpg
WHO主催の会議で基調講演をする筆者

 午前中の会議の後、午後は、デリーで28のコロニーが点在するタヒプール地域のアナンダグラム・コロニーを訪問しました。このコロニーでは笹川インド・ハンセン病財団の融資で養鶏事業を行っており、一千匹ものヒヨコが元気よく走りまわっており、成長すれば鶏肉として1kgあたり160ルピー(約300円)で販売されるそうで、その成果と結果の報告を楽しみにしています。また、このコロニー以外からもタヒプール地域の15のコロニーの代表が集まる集会も行いました。コロニーの代表からは、住民のほとんどが物乞いをして生活をしていること、家が古くて雨漏りすること、プロジェクトを行うための支援がほしいことなどが切々と訴えられ、支援策を検討することとなりました。

 また、回復者組織ナショナル・フォーラム代表のゴパール博士の同席のもとインド連邦政府のクルシッド法務大臣と面談しました。私からは先述のハンセン病差別撤廃の国連決議や、インド国内に残る差別的法律について話をしました。大臣からは「国連決議を尊重する。差別的条文が残っているこれらの法律はいずれも古いまま残っており、変えなければならない条文は改正する。法律の分野においてできることをフルサポートする」という積極的発言をいただきました。

 今回のデリー訪問では、モーターサイクルの前輪である医療面と後輪である社会面の両輪の必要性がWHOはじめ関係者に少しずつ理解されてきていることを確認できました。一方で、社会面での具体的な取り組みはインドはじめ各国でまだまだ遅れているのが現状です。長い歴史を通して人々のDNAの中に深く刻みこまれてきた差別の心を取り去るのは決して簡単なことではありません。しかし、世界で最も古い歴史を持つこの病気自体をなくすだけでなく、ハンセン病に伴う差別をなくし、回復者の方々が物乞いをせずに尊厳をもって生きられるよう、これからも回復者たちと共に歩んでまいりたいと思います。

zm2011950_02.jpg
アナンダグラム・コロニーを訪れる

zm2011950_03.jpg
(左から)ゴパール回復者組織代表、ワルシッド法務大臣、筆者
タグ:ハンセン病 インド
カテゴリ:健康・福祉




トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
トラックバックの受付は終了しました


コメントする
コメント


 東日本大震災1年 まだ必要な若い力  « トップページ  »  被災漁民の闘い ボランティアに支えられ着実に復興へ