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2016年07月15日(Fri)
石垣の1割全壊2割に崩れ 熊本城
解体修理、元の形に戻すのが原則
復旧 現時点では予測困難


城を代表する石垣は1割が全壊、2割は崩れや膨らみで解体修理が必要―。熊本地震から3カ月、予想以上に深刻な熊本城の被害の実態が明らかになりつつあります。しかも城跡全体が国の特別史跡。石垣の復旧は「元の形に戻す」のが原則で、今後、文化庁とも協議の上、全体計画がまとめられることになりますが、どの程度の時間が掛かるか、関係者は現時点では予測困難としています。

石垣の崩落で歩道が埋まった宇土櫓前

石垣の崩落で歩道が埋まった宇土櫓前


飯田丸五階櫓用に設置された大型重機

飯田丸五階櫓用に設置された大型重機

熊本城跡は全国約60件の特別史跡の一つ。51ヘクタールの広大な敷地に34の建造物が配置され、うち計13の櫓と門、長塀が国の重要文化財に指定されています。地震では北十八間櫓、東十八間櫓、五間櫓、不開門、長塀の5つの重要文化財が全壊したほか、他の建造物も外壁の剥奪やひび割れなど大きな被害が出ています。

さらに石垣。熊本城総合事務所によると約50カ所で崩落が発生。石垣の表面積全体7万9000平方メートルで見ると、約1割の約8000平方メートルが完全に崩れ落ち、部分的な崩れや膨らみ、石と石の間に空きができている場所も、この2倍約1万6000平方メートルに上っており、復旧作業はいずれも全体を解体、改めて石を積み直すことになるとのことです。

天守入り口も巨石に埋まった

天守入り口も巨石に埋まった

復旧費用は災害復旧事業の上乗せ分も含め7割を国が負担。復旧方法は、石垣全体が特別史跡となっているため石をすべて元あった場所に戻すのが原則となる。「過去何度かの補修工事で石垣の表面写真など資料もあり、技術的には相当程度可能、割れた石も地元で確保できると思います。むしろ石垣の専門技術を持った専門家をどう集めるかが一番の問題かもしれません」(熊本城総合事務所・河田日出男所長)。

ちなみに2011年の東日本大震災で石垣の一部が崩落、補修作業が進められている白川小峰城(福島県)の作業終了は2018年が目標。また熊本城は1889年(明治22年)に起きたマグニチュード6.3の地震で20カ所にわたり石垣が崩落しているが、今回の地震被害はいずれに比べてもあまりに規模が大きく、石垣だけに絞っても現時点で今後を見通すのは困難とのことです。

清正公銅像の後方に甚大な被害を受けた城が

清正公銅像の後方に甚大な被害を受けた城が



熊本城の被害と今後の見通しを語る河田・熊本城総合事務所所長と的場弘二・熊本市観光政策課主査

熊本城の被害と今後の見通しを語る河田・熊本城総合事務所所長=右=と的場弘二・熊本市観光政策課主査

加えて建造物の内部調査が始まるのはこれから。全体の復旧作業は、まず石垣の上に残された建造物を移動させてこれ以上の損壊を防ぎ、その後、石垣を解体して復旧。その上で建造物を元の場所に戻し、一方で残された部材を最大限に活用して建造物を復元や落下して割れた瓦の確保などを進める段取りとなるとのことです。

熊本城は年間で170万人を超す見学客が訪れる観光のメッカ。1日も早い復旧を求める声は強く、関係者も「この夏にも建造物の内部調査を一段落させ、少しでも早く段階的な復旧目標をまとめたい。何十年というのは許されないでしょうが、甚大な被害規模からいっても、やはり10年、20年といったスパンを念頭におく必要があるかもしれません」と語っています。


● 熊本地震支援プロジェクトページ(日本財団 ウェブサイト)












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