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2016年02月03日(Wed)
パラリンピック競技特集(12)ボッチャ
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「知名度を高めるためにもメダルを取りたい」

最初に投げた白いボールをめがけ、赤と青のボールを交互に投げあい、いかに相手より白いボールに近づけるかを競う。「氷上のカーリング」に似ていることから「地上のカーリング」とも呼ばれています。それがボッチャという競技で、パラリンピックの公式種目の一つです。その強化合宿が行われている、大阪府泉南郡熊取町の大阪体育大学を訪れました。

3人ずつで行われる団体戦の練習風景
3人ずつで行われる団体戦の練習風景

全国から集まってきた選手約20人は、全員車いすで会場に入ってきました。ボッチャは重度脳性マヒ、または同程度の筋ジストロフィーなどの四肢機能障害者のために考案された競技で、障害の程度などで4クラスに分かれています。今回は、3月に北京で行われる世界選手権個人戦と秋のリオ・パラリンピック大会に向けての選手強化が狙いです。

練習もクラスごとに行われていました。重度の脳性マヒ(BC1)と軽度の脳性マヒ(BC2)の選手が3人ずつに分かれて競う団体戦は、日本が得意な種目で、この日も練習に余念がありませんでした。各選手とも指定された場所に車いすを置き、まず先頭プレーヤーが白いボールを投げます。それから赤チームと青チームが交互にボールを投げて、どちらが白いボールに近づけたかを争います。

重度の脳性マヒ、あるいは四肢重度機能障害のため、ボールを投げられない選手(BC3)は「ランプ」と呼ばれる、滑り台のような投球補助具を使い、競技アシスタントに手伝ってもらい、ボールを転がします。選手は転がす方向と距離を推測してアシスタントに伝え、ボールをセットしてもらいます。そして頭に付けたアルミ製のヘッドギアで転がすのです。また、脳性マヒ以外の四肢重度機能障害者(BC4)の選手たちは、別の場所で練習していました。

ランプを使ってボールを転がすBC3の選手たち
ランプを使ってボールを転がすBC3の選手たち

この競技はヨーロッパで生まれ、1988年のソウル・パラリンピックから公式競技に採用されました。日本が選手団を派遣したのは2008年の北京大会からです。最初の大会では個人戦で5位に入賞しました。次のロンドン大会では、団体戦で7位に入賞、2回連続で入賞していますが、メダルはまだありません。

個人戦の練習で次のボールを指定する競技アシスタント
個人戦の練習で次のボールの色を卓球のラケットで示す競技アシスタント(右端)

ボッチャの特徴は、高齢者でも子どもでも、健常者でも車いす利用者でも、共にハンディなく楽しめることです。ボールは皮製で、重さは約275グラム。中にはプラスティック製のビーズが入っていて、はねないようになっているそうです。ですから、お手玉のような感触だが、重量感もあり、感触がつかめにくいといえそうです。

河合俊次競技局長日本ボッチャ協会で選手強化を担当している河合俊次競技局長(40)に、リオ大会から東京大会への展望や目標を聞きました。河合局長は「協会は1997年に設立され、約10年でパラリンピックの大会に出ました。過去2回の大会で連続入賞を果たしているので、リオ大会の目標は金しかない。何人出場できるかまだ決まっていませんが、少なくともリオでメダルを取ることによって、東京大会への流れを作っていきたい」と張り切っていました。

ただ、競技が日本に入ってから日が浅く、認知度は高くありません。競技人口も約200人程度で、そのうち障害者は120人くらいだといいます。河合局長は「若い人を発掘し、30代前半から下の世代がもっと入ってくるようにしたい。そのためにも、リオ大会でメダルを取って認知度を高められたらいいと思います」と話していました。

主将の杉村英孝選手(33)に、ボッチャとの出合いや今後の抱負を聞きました。
杉村英孝選手
19歳の時、伊東市で入所した施設の生活指導の先生に紹介され、始めたといいます。1年後に静岡県の大会に出て、いきなり3位に入賞し、熱が入ったそうです。その魅力について杉村選手は「最重度の障害があっても競技者として取り組めるし、ルールも簡単で楽しめる。日本選手権の個人戦で連覇を果たし、自信がつきました」と話しました。

リオ大会については「出る以上はメダルを狙いたい。日本チームとして力をつけ、団体戦でも個人でもメダルを狙う。ロンドン大会から4年たち、実績を積んだのでいいチャレンジができると思う」と言い切りました。

廣瀬隆善選手杉村選手のライバルである廣瀬隆善選手(31)は、千葉県君津市在住。高校時代、色々なスポーツをやってみたが、卒業後もできる息の長いスポーツとしてボッチャを選んだといいます。「子どもから年配者までハンディなしでやれるし、あきらめずに努力すれば大きな舞台へも立てる」と、その魅力を語りました。その言葉通り、北京、ロンドンの2大会に出場し、ロンドンでは団体戦で7位入賞を果たしました。

リオ大会への抱負を聞くと、「チームでは7位以上、個人でも金も視野に入れてがんばりたい。あと半年しかないが、やれることをすべてやりたい」と意気込みを語りました。

藤井友里子選手女性のホープ、藤井友里子選手(43)は富山市在住。03年、身体障害者スポーツ交流会に初出場し、バレーボールなど4種目をやってみたが、どれもうまくできなかったそうです。ところが、ボッチャをやってみたら、面白くなったので、翌年、ボッチャ大会に出て、すっかりハマッタといいます。

今後の目標について、藤井選手は「リオ大会に出られたら、メダルを取りたい。団体でも個人でも色々チャレンジしたい」と語っていました。夫の潤さん(46)も同じ障害者で、一緒にボッチャを楽しんでいると、うれしそうに話していました。

海沼理佐選手海沼理佐選手(44)は東京都足立区在住。14年前まで、ツインバスケットをやっていたが、専門学校の先生に誘われてボッチャに変えたそうです。すると、他のスポーツと違って、思い通りにボールが届き、面白くなったといいます。

また、「パラリンピック北京大会に出ましたが、個人では1勝したけれど団体では1勝もできなかった。東京大会への出場を目標にがんばりたい」と話していました。

ボッチャは日本ではまだ知名度が低いが、大人も子どもも楽しめるので、何かきっかけがあると流行する可能性があります。パラリンピックの大会がその起爆剤になるかもしれません。


競技紹介ボッチャ
まず「ジャック」と呼ばれる白いボールを投げ、その後、赤いボール6個と青いボール6個を交互に投げあい、どちらがいかにジャックに近づけたかを争う。障害の程度によって手で投げられない選手は足でボールをキックしたり、「ランプ」と呼ばれる補助具を使って、競技アシスタントの補助を受け、ボールを転がすこともできる。ただし、アシスタントは選手にアドバイスすることと、コートのほうを振り返ることは禁止されている。

● 日本ボッチャ協会 ウェブサイト
● 日本財団パラリンピックサポートセンター ウェブサイト 






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