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2015年08月05日(Wed)
伝統芸の文楽の今と今後
「形」を崩してはならない
3代桐竹勘十郎氏に聞く


ユネスコの世界無形文化遺産にも登録される伝統芸能「文楽」。橋下徹大阪市長の補助金見直し問題をきっかけに支援の輪やファン獲得に向けた新たな取り組みも広がり、10月には発祥の地・大阪で日本財団の「にっぽん文楽」プロジェクトの公演も行われることになった。しかし20年、30年もの厳しい修業の上に成り立つ総合芸術、古典としての「形」を崩すことなく新しい時代の文楽をどう切り拓くか、課題も多いようだ。「文楽の今と今後」について3世桐竹勘十郎さん=写真=に聞いた。


桐竹勘十郎

― 文楽は3人遣いの「人形」、浄瑠璃を語る「太夫」と「三味線」の3者が一体となって行う総合芸術。後世に伝えるためには何よりも後継者の育成が不可欠と思います。1972年には日本芸術文化振興会と文楽協会による研修制度も発足し、現在、技芸員80人のうち半数を研修生出身者が占めるそうですが、一人前になるまでには厳しい修行と大変な時間が必要と聞きます。後継者を確保していく上で、どのような難しさがありますか?


「15年、足をやりました」


人形で言えば、足を動かす『足遣い』、左手を担当する『左遣い』を経て、首(かしら)と右手を動かす『主遣い』に進みます。俗に『足遣い20年、左遣い10年』などと言われますが、“人形が人間以上の動きをする”とまで言われる芸は、こうした修行を経て初めて可能になるんです。僕も中学を卒業してから15年間、足をやりました。来る日も来る日も「足を遣え」と言われ、辞めようと考えたりするのもこの頃です。

浄瑠璃も太夫の声になるまでに20年、それこそ毎日、血が出るまで、腹式の発生、声の鍛錬が必要で、一人前になるには、どうしても時間が掛かるんです。今は昔のように7、8歳で修業を始めるわけにもいきません。それでも今年は研修生が4人入り、一時24、5人だった人形遣いも43人にまで増えました。もっとも今年、うちに弟子として入ってきた子は25歳。研修生として2年間やってきていますが、これから足遣いを15年やったら40歳になる。やっぱり最後は本人の決意、努力次第ということになります。


― 橋下市長の補助金見直し発言は、興行としての文楽の採算性、安定経営に向けた自助努力が強く意識されていたようにも思います。そのせいか、14年度の有料入場者数は11万7672人と84年の開業以来、3番目の数字を記録していますが?


「お客さんは増えてます」


僕らが入門した昭和40年代に比べお客さんは随分増えてます。一時は『東京(は入場券)売り切れ、大阪ガラガラ』などと言われましたが、今は年間を通じても東京と大阪に大きな差はありません。橋下市長の補助金見直し発言以降、『そりゃー、いかんなー』といって応援してくれる人も増えました。やはり文楽を“大阪の宝”と思ってくれている人が多いのだと思います。もちろん人間国宝・竹本住太夫さんの引退公演もありました。いずれにしても有り難いことです。


― 素人の立場で考えると、観客増を図るには興業数を増やすか、公演ごとのお客さんの数を増やすしかないような気がします。そういった可能性はどうですか?


「やはり大劇場には不向き」


毎年、国立劇場(東京)、国立文楽劇場での本公演のほか地方公演、特別講演、時に海外公演などなども組まれています。現在の80人の技芸員で対応するには、ほぼ手一杯といったところでしょうか。仮に増やすとしても、果たして興行主が確保できるか、といった問題もあります。文楽の醍醐味は、太夫や三味線の音が聞こえ、人形の繊細な動きが見えて初めて味わえます。やはり大劇場には不向きで、現に国立文楽劇場は753席、文楽の公演に使われる国立劇場の小劇場も590席に抑えられています。仲間の多くも小劇場が一番やりやすい、と言います。文楽を正しく理解してもらうには300―400席が限度という気がします。


― 文楽はミュージカルやオペラと同じ音楽劇だと思います。ストーリーや人形の動きが分からないと「すごいな」と感動しても、「もっと見てみたい」というところにつながらない。新たな客を確保するには、初心者にも分かりやすく字幕や画面中継などの工夫が必要とも思いますが?


「舞台全体で見てほしい」


RE_0002.jpg文楽は300年も前に大阪で使われていた言葉をそのまま使っており、初めて『語り』(浄瑠璃)を聞く人には確かに分かりにくい。そんな訳で国立劇場では補助的に字幕を使っていますが、正直言うと反対です。確かに字幕があればストーリーは理解しやすいと思いますが、字幕に目がいくことで肝心なところが見落とされる恐れがあります。やはり舞台全体を見て理解してほしいと思います。だからテレビの中継も、人形の上半身アップといった撮り方ではなく、舞台全体をそのまま中継してもらうのが一番理想的ということになります。そこまで言うのは無理な注文かもしれませんが・・。


― 橋下市長発言をきっかけに「文楽は伝統の上にあぐらをかいている」、「同じ伝統芸能である歌舞伎に比べ、改革の動きが少ない」、「もっとスターを育てるべきだ」といった声も聞きます。確かに「スーパー歌舞伎」や2013年のリニューアルオープンした歌舞伎座の運営などを見ていると、歌舞伎の方が演目も経営も活気があるように見えますが?


「文楽は総合芸術、スターを育てにくい」


能や歌舞伎は世襲制ですが、文楽は厳密な意味で世襲制ではありません。世襲の下で熱心な歌舞伎ファンがスター誕生を待ち望む面もあり、代々、役者さんの家系が芸を継承する歌舞伎の方がスターを育てやすい面もあると思います。加えて歌舞伎には能や狂言、文楽の面白みを取り入れて発展してきた柔軟な体質もあります。これに比べ文楽は人形、浄瑠璃、三味線がうまく合わさって出来る総合芸術で、特定の一人が目立つのは芸の形から言っても歓迎されません。結果、文楽に比べると歌舞伎の方が“役者さんの力でお客さんを呼ぶ”面が強いと言えるかもしれません。

もっとも文楽と歌舞伎は、人形浄瑠璃の演目を歌舞伎が取り入れ、その演出やデザインを文楽が逆輸入するなど昔から兄弟・親戚のような関係にあります。江戸以前の作品である『時代物』の多くは文楽が先行し、それが歌舞伎に流れたといってもいいでしょう。良き関係を今後も維持することが双方のプラスになると思います。


― 文楽にもシェクスピアのヘンリー4世など外国物を題材にした作品があり、桐竹さんご自身も新作への挑戦に熱心と聞きます。最近は若手技芸員から「アニメを取り込んだら」といった提案もあるそうですが、考えてみれば、今、古典と呼ばれる作品も200、300年前に作られた当時はすべて新作だったわけで、その辺りの事情は昔に比べ、何か違いがありますか?


「新作が古典に勝ることはあり得ない」


RE_003.jpg例えば江戸時代、有名な近松門左衛門は竹本座の座付き脚本家でした。世間を騒がせた事件などが起きると、それぞれの座付きの脚本家がこれを題材に物語を書き、三味線が曲を付けるといった作業を競ってやっていました。世話物などは事件発生から1、2ヶ月後には芝居になるといった具合で、多くの作品が次々と世に出ました。もちろん今もヘンリー4世でお世話になった鶴澤清治さんのような天才もおられますが、全体には脚本を書ける人が少なく、新作をどんどん作る環境にはありません。まずは昔からあるものをしっかりと次の世代に引き継いでいくことが何よりも大切です。

もちろん新しい試みに挑戦する気概はもちろん必要で、僕もやっています。しかし形は、ほんのちょっとしたことで崩れるんです。古典を守り、いつでも古典を見せられる状態を保っていくことが芸の質を保ち、ひいては多くのお客さんに見てもらうことにつながると考えています。お能も同じで、形を崩さずに続いているからこそ、500年も600年も続いているのです。はっきり言って古典に勝るものはありません。何百年もかけ練りに練った浄瑠璃や演出に、新作が勝つということはあり得ないのです。


― 世界にも例がない高度の人形劇といわれる文楽は、海外の評価も高く、海外公演も行われています。桐竹さんも数年前、仏シャルルヴィル・メジエール市にある国際人形連盟の国際人形劇研究所で、世界から集まった受講生に文楽の講義をされています。こうした海外の高い関心、評価を今後に活かす手は?


「外国人や女性が人形を使う時代が来るかも」


現在、研修生の応募資格は中卒以上、23歳未満の日本人男性となっている。外国人にも女性にも門戸は開かれていません。しかし国技といわれる相撲でも、たくさんの外国人が活躍しています。最近はまず若い女性が文楽に興味を持ち、彼氏を引っ張ってくるようなケースも増えています。いずれ外国人や女性が人形を使う時代が来るかも知れません。ただその前に一人でも多くの人に文楽に興味を持ってほしいし、見ていただきたい。その意味で道頓堀開削400周年に当たる10月に大阪市中央区の難波宮跡公園で行われる「にっぽん文楽」プロジェクト公演は有り難く思っています。演目の「本朝廿十四孝」(ほんちょうにじゅしこう)は僕の大好きな作品で、一人でも多くの皆さんに楽しんで帰っていただけるよう頑張ります。(宮崎 正)





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